102.内輪
リサとの話が纏まったところで、ちょうど医師が回診に来た。
ラシェルは直ぐにでも帰宅してニーナ達の説得に当たりたかったが、心配したディルクと医師によって今夜一晩入院し、様子を見て何もなければ明日退院するよう言われた。
「怪我も掠り傷くらいで、全然平気なのに……」
「いいから。医者の言うことは聞いとけ」
いつになく過保護なディルクに拗ねた目を向けたが、そんな顔してもダメなものはダメだと窘められる。
代わりに、怪我人相手にこれ以上長居してもと病室から出ようとするリサをもう少しだけと言って引き留め、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、この世界が『天虹』だけを舞台にしたものじゃないっていうのは理解したけど、その『オーバト』って、どんな内容のゲームだったの?」
ラシェルの問いに、ふぅむ、とリサは悩まし気に口をへの字に曲げたが、まぁいっかと溜め息混じりに再び椅子へ腰かけて答えた。
「まぁ、詳しくは追々話していくが、ざっくり言えば魔法有り、モンスター有りの殺戮と絶望をテーマにした物語、かな。人間同士で戦争しまくり、魔族とも戦って、最後は勇者共々、魔王に世界を滅ぼされてエンドするって感じの」
「何それ……その、夢も希望もない、聞くからに物騒な世界……」
「とことん救いようがないのがいいだろう。ワシもお気に入りだった」
はっはっは、と高笑いするリサの、思わず正気を疑ってしまう。
てゆーかリサ、そんな物語にどっぷりハマるって、前世、どんだけ歪んだ生活環境下に置かれてたんだ。
もしくは生まれつき、そーゆー嗜好の持ち主とか?
前世の成育歴について詳しく彼女に問い質したい件がいくつも頭に浮かぶが、さすがに直接聞くのは失礼かと、喉元まで来ていたそれを飲み込んでラシェルは苦笑いするに留めた。
「そしてその、世界が混沌とした混乱に陥る切欠となるのが、まさしくアウローテとレオノキアの開戦だ」
ラシェルが引いていることに気付いてか、わざとらしくコホンとリサが咳払いする。さらに、ここからが本題だと言わんばかりにリサは姿勢を質して続けた。
「だからこそ、ワシはレオノキアとの争いを回避出来れば、その後の大戦も食い止められるのではないかと睨んでいる。ワシとて、無用な血が流れることなど望んではいない。戦争なんて、避けられるものなら避けたいと心から思ってるからな」
なるほど、とラシェルは初めてリサの言葉に共感を覚えた。
ラシェルもまた、前世を含めて平和な時代を生きてきた者の一人。
もちろん、戦争なんて絶対嫌だ。
「ところでリサ、前世では『オーバト』だけでなく、もちろん『天虹』もプレイしてるって話だったわよね?」
「ああ、『オーバト』の世界観を深めるために、一通りはな」
けど、ゲーム以外のノベルズや二次創作までは手を出してないから、あまりマニアックなことは聞いてくれるなよと念押しされる。
「えっと、そうじゃなくて。何て言うか、ホントに男性でも『天虹』をプレイしてる人がいたんだなって思って聞いたの」
「正直、少数派ではあるが一定数はいるぞ」
腕組みし、何を今さらといった様子で首を傾げるリサに、ラシェルは「なるほど」と返す。
「ふと、思い出したんだけどね。私、前世で義理の兄がいて、彼がやっぱりゲーマーだったのよ。初対面だったのに、私が天虹ファンと知るや、その話題で盛り上がったなぁって」
とはいえ、前世の自分は女子大生、相手は社会人だったので、互いの緊張を和らげるためにかなり話を合わせてくれていたのかもしれないけど。
「優しい義兄じゃないか」
リサの返答に、ふふ、と笑みを漏らす。
「うん。ウチ、兄が二人いたんだけど、私が大学に入ってすぐの頃に上の兄が結婚してね。そのお嫁さんの弟にあたる人で、式の時に一度だけしか会ったことないから名前も朧気なんだけど、まだまだ精神的に子どもだった私には退屈でしかなかった披露宴を、一緒に抜け出してくれたんだ」
懐かしいなぁと振り返る。
「ベイサイドにあるお洒落な洋風のゲストハウスで式を挙げてたんだけどね、潮の香りと輝く太陽の下、白くて可愛い噴水の傍で二人、これまた白くて可愛らしいベンチに座って、場違いにもひたすらマニアックなゲーム談義に明け暮れてたわ」
確か実家が西の方の地方都市で、地元の企業で働いてるんだとか。よし兄って言って、上の兄より二つも年上なのに話しやすく気さくな人柄だったから私、実の兄より懐いてたわ。その後もID交換したSNSで偶に連絡を取り合ってたんだよね。
そこまで話したところで、「んっ?」とリサが喉に何か詰まらせたような相槌を打つ。
「ラシェル、ちょっと聞くが、そこって、ひょっとして……」
都内のベイエリアに位置する式場の名を、リサにズバリと言い当てられる。
すごくお洒落で素敵な会場だったけど、やっぱり結構有名なところだったのねと、改めて義姉のチョイスに感心した。
「そう、そこ。まだ司法修習生にも拘わらず、インターン先でお世話になった弁護士先生と付き合って一年もしない内のゴールインだったから、お兄ちゃんお金なくてね。親に出世払いを約束して、いくらか借りてたみたいだけど結局、費用の殆どは相手さん持ちで、代わりにお義姉さんが場所から何から全部決めたみたい。でも、何をするにも慎重派だった上の兄がスピード婚なんて、家族全員、暫く信じられなくて。キツネに摘ままれたような気分だったわ」
繋がっていく記憶の糸を辿るのが楽しくて、つい長々と話し込んでしまった。そのことにハッと気付いて謝ろうと顔を上げたら、神妙な面持ちでこちらを見つめる彼女の視線とぶつかる。
「なぁ、……ラシェル。まさかとは思うが、お前の兄二人というのは、芳史と昌嗣じゃないだろうな……?」
「えっ」
「父親が俊夫、母が妙子でもないよな?」
「どうして、それを……?!」
思わず両手で口許を覆う。
やっぱり、そうなのかとリサが頭を抱えた。「なんじゃ、里沙ちゃんじゃったんか」
「えっ? ……え、えぇっ!?」
ラシェルもリサの様子に混乱するも、必死でこれまでの遣り取りを整理して考える。
確かリサは、前世での名を古橋義雄と名乗った。
古橋…………コバシ、そうだ。
義姉の名字を「小林」と間違えて覚えていて、式の前日に母から指摘された記憶が蘇る。
古橋……古橋、義雄…………よしお……
「よっ、よし兄?!」
項垂れたまま、ラシェルの問いにリサが頷く。
暫くの沈黙の後、リサが
「あー、もう! 堅苦しいから、この言葉遣いもやめやめ。なんか、色々カッコつけて損したわ……」
と、頭を掻き毟りながら、態と髪の毛をボサボサにしてリサがボヤいた。
「フルネーム聞いた時、一瞬まさかと過ったけど、本当にそうじゃったなんて」
言葉が完全に、よし兄の地元訛り風に変わる。
「損って……」
ラシェルも義理とはいえ身内と分かり、全身から力が抜ける思いがした。
一応、元日本人であると言う彼女を信じて交渉し、今後も協力すると決めたが、どこまで相手を信用して良いか疑心暗鬼な心残りはあった。
だが、相手が元身内の、しかもよし兄であるなら話は別だ。
安心して信用できる。
「なんだ、どういうことだ……?」
大人しくただ交わされる会話を聞き続けていたディルクだったが、突然、場の雰囲気が砕けたことに戸惑いを覚え、二人に尋ねる。
ラシェルはあのねと言って、リサが前世でお世話になった義理の兄で、これからも頼りにして良い存在であることを話した。
「じゃあ、リサは身内の痴態を視姦する変態なのか?」
「!」
大真面目な顔で、ディルクがラシェルに返す。
確かにそうだと思い、ゆっくりと首をリサの方に曲げて条件の変更を目で促した。
さすがにあのよし兄が、妹のように接っしていた自分の処女喪失シーンを見たいとは言わないはずだ。
てか、あの好青年の塊みたいだったよし兄が、他人のナニを見たいとか言ったこと自体、ちょっと信じられないのだけれど。
が、
「そっ……ソレとコレとは、別だ!」
まさかの返答に、ラシェルは思わず目を見張った。
「よ、よし兄……?」
それ本気で言ってる?! と聞くラシェルに、顔を真っ赤にさせて煩いと一喝する。
「そんな穢れたモノを見るよーな目で、ヒトのこと見るでないっ! 変態で結構! これだけは、誰が何と言おうと絶対に譲れん!」
プイとそっぽ向いて、取り合わない体で対抗するリサにチッとディルクが舌打ちする。
これ以上ないくらい蔑みの目で尚も見つめるラシェルのこともガン無視して、リサは続けた。
「とにかく、ワシらの目的は一つ。戦いのない、平和な暮らしを手に入れることじゃ」
それに関してはラシェルも異存なく、チラリと見やったディルクも深く頷いていた。
「今はそのことに集中して、みんなで力を合わせようじゃないか」
はっはっはと豪快に笑い、ラシェルとディルクを強引に引き寄せて肩を抱くリサに、ディルクが盛大な溜息を洩らす。
ラシェルもラシェルで、こんなことでは誤魔化されないぞと、思いっきり軽蔑の視線で返した。
とはいえ、これまで強敵のイメージしかなかった彼女が元義兄と分かり、交渉する以前よりは気分的に幾分マシかな、とも思う。
何より、相手はあの『よし兄』だし。
今はまだ自分から言い出した手前、引くに引けないだけなのかも知れない。時間をかけて頼み込めば、折れてくれそうな気がする。
それくらい、前世では義妹に甘い義兄だった。
一先ず、この件に関するリサとの話し合いは置いておくとして、ラシェルは次なる課題の対策に集中しなければと気持ちを引き締めた。




