愁嘆場
★第73話目
「良いかみんな。あの忍者な真咲ちゃんの件は、絶対にチェイムには内緒だぞ」
俺は居並んだ幹部達に、そう固く言っておいた。
言っておいたのだが……
「神代様。部隊長が何やら報告したき儀があるとの事ですが……」
「神代様。そろそろご夕食の準備が整います」
「神代様。今夜の歩哨にはどなたを……」
なんちゅうか……彼女はそれこそ、影の様に俺の傍を付いて離れなかった。
それを見て、最初は単に訝しげな顔をしていたチェイムも、段々とその表情が険しくなって行く。
洸一、生きた心地がしません。
「うぅ~む……胃が痛い。それどころかストレスでゲロ吐きそうだ」
「どうかなさいましたか、神代様?」
「あ、いや……その……別にな。それより、もうすぐ夜の大会議の時間だが……幹部連中は集まっているか?」
俺は背後に控えている忍者の真咲ちゃんに尋ねた。
「ハッ。皆様、本陣でお待ちです」
「そ、そうか。当然、真咲……じゃなかった、チェイムも居るんだろうなぁ」
「ハッ。女王陛下でしたら、先程お見かけしましたが……」
「そ、そうか」
ぬぅ……
「あ~……桐弥の真咲ちゃんよ」
「ハッ、何で御座いましょう」
「その……誠に申し訳ないが、会議には俺だけが出席するのが妥当と言うか、災難を避ける為と言うか……その……」
「……?」
「あ~……なんちゅうか、お前さんはここで休んでてくれ。俺の後ばかり付いて来て疲れただろ?」
「は?」
「だ、だから、会議には俺だけが行くから……」
ただでさえチェイムとの関係が拗れているのに、ここで俺にベッタリな忍者な真咲ちゃんを引き連れて行くのは、なんちゅうか……爆弾抱えて崖から飛び降りるようなモンだ。
「神代様。その言は承服しかねます」
真咲ちゃんは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「私は桐の葉一族を代表し、神代様のお側に仕える身です。神代様の身を守るのは某の務め。例え如何なる理由があろうとも、片時も離れる訳には参りませぬ」
「あ、あらそう?」
いやはや、悲しいぐらいに仕事熱心と言うか……
頑固過ぎて融通が利かない所も、俺の世界の真咲姐さんにソックリだねぇ。
「で、でも……僕チンにも、プライベートな時間が必要だと思うのだが……だってほら、男には独りになりたい時もあるワケだし……」
「ハッ、大丈夫であります。某の事は、空気、とお考え下さい」
グッと拳を固めて真咲さんは力説。
しかしどこが大丈夫なのか、悲しいぐらいに分からない。
「し、しかしなぁ……空気と考えろって言われても……」
「神代様は我等にとって大切な御方であります。何かあってからでは遅いのです」
何かあってからって言っても、君がいるからその何かが起こりそうなんだが……
「き、気持ちは有り難いんだけど……その……例えばお風呂に入っている時とかも、付いて来るわけ?」
「当たり前です。宜しかったら、某がお背中をお流しします」
「そ、それは嬉しいけど嬉しく無いなぁ……」
良かった……この監視所に風呂が無くて、本当に良かった。
万が一、そんな所をチェイムに見つかったら、確実に国家非常事態宣言が発令されちゃうぜ。
「で、でもさぁ……寝る時とかはどうすんの?僕チン、独り寝の時は確実に布団の中でモゾモゾと青春の反復運動を繰り広げちゃうんだが……」
「……はい?」
「あ、いや……だからその……鮭だったら一生に一度の大イベントを行っている時とかさぁ……」
「言ってる意味が分かりかねますが……」
真咲は首を傾げながら唸った。
「あぅ。だ、だからさぁ……俺が誰かと、もしくは独りでエッチな事をしている時は?って言ってるわけで……」
「……あぁ……夜伽のことですか。それだったらご安心下され。某も、そのぐらいの気は利かせます。天井裏にでも潜んで護衛仕ります」
「ど、どこが気を利かせてるんだ?」
「それにお相手がいない時は、某が……」
「……」
ハッ!?い、いかんいかん……
思わず『くの一陵辱ごっこ』とかワケの分からん妄想が頭を駆け巡っちまったぜ……
ぬぅ……忍者の真咲さん、恐るべし。
★
「と、言うわけで……定例の、夜の大会議を執り行なっちゃうのだが、本日のテーマはズバリ、これからどうするかにゃあ、だ」
ランプの明かりに照らされた本陣である大テントの中、俺は居並んだ幹部達を前にそう口を開いた。
「ま、そうは言っても、基本的な行動は既に決てあるんだけどね」
「ほぅ……と、言いますと?」
紅茶を啜りながらウィンウッド。
「うむ。ま、以前にも言ったように、このバオア山に永久陣地を設営し帝国の出方を待つ、と言う防衛主体の作戦だ。ちなみに陣地の名称は、ア・バオア・クーと名付けよう」
「と、すると……これ以上の進軍は無しですか?」
「その通りだ。我が軍の戦力、補給線の距離を鑑みるに、この辺りまでが進軍限界点だろう。それにこれ以上領土を増やしても維持は出来ん。だからこのバオア山を境界線にし、北を帝国、南を桐の葉一族とパインフィールドの領土として交渉するつもりだ」
「防衛戦は分かるんだども、和平交渉までは中々に難しいと思うっぺが……」
ミトナットウが小難しい顔をする。
ウィンウッドも頷きながら
「確かに、防衛戦で勝ち続け、厭戦気分を作り出して交渉の場に引き摺り出す。その戦略は間違ってはいないと思います。が……相手は帝国。戦力も豊富ですし、貴族や併合した国々の離反を恐れ、そう簡単に交渉の場には出て来ないでしょう。下手をすれば、10年20年と戦が続くかと……」
「むぅ……」
中世ヨーロッパの30年戦争とか100年戦争みたいな感じか。
それはそれで困るな。
ってか、俺はそんなに長くは付き合ってやれないし……
「黒兵衛はどう思う?」
「あ?ワテか?」
股を広げて自分の玉を舐めていた畜生は顔を上げ、
「ま、どーでもエエやんか」
と、超投げやりな感じで言った。
幹部達はヤレヤレみたいな顔をしたが……俺は違う。
黒兵衛の目を見て、あぁ……そう言う意味か、と瞬時に悟った。
そうなのだ……黒兵衛の言は、ある意味、真理なのだ。
そう、俺と黒兵衛にとっては、実際問題、どうでも良いのだ。
薄情な言い方だが、この世界、この国がどうなろうと、知った事ではない。
何故なら俺達の使命は唯一つ、この世界に転生した女の子二人を見つけること。
真咲さんと、あともう一人、おそらくホリーホックに転じた優ちゃんを、魔界へ連れて帰ること。
それ以外は、どうでも良いのだ。
けどなぁ……
それはそれで正しいのだが、感情的にはどうよって感じだぞ。
関わってしまった以上、俺はそこまでドライになり切れない。
ま、黒兵衛自身も、そこまで薄情にはなれないだろう。
ただ……問題が長期化すれば、感情よりも魔界への帰還を優先させなければならないが……
「……チェイムはどう思……」
と言い掛け、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
チェイムこと真咲姐さんは、物凄い目つきで俺を睨んでいた。
いや、正確には、視線の先は俺ではなく、俺の背後に佇んでいる忍者の真咲ちゃんを睨みつけていた。
洸一、心臓が止まりそうである。
「あ、あ~……と、ともかく、何とか帝国を交渉の場に引き摺り出すのだ」
「だども守護天使様。帝国が交渉してくる確率は低いと思うっぺよぅ」
「私も大将軍殿の意見に同意します。それに仮に帝国と交渉しても、すんなりと我等の独立を認めるとは思えませんが……」
「ふむ……俺様の力を知ってるのにか?そこまで無謀な馬鹿ではないと思うが……情報総監、何か新しい情報は入ってるか?」
俺は新たに諜報関係の責任者に任じた、桐の葉一族の長、桐弥重蔵爺さんに尋ねた。
小柄な白髪の老人はゆっくりと席を立ち、皆を見渡す様に口を開く。
「……帝宮内に潜り込ませている部下によりますと……第三軍の潰走は既に伝わっておるとのことですじゃ。そこで大規模増援隊を発するとの事でしたが……帝国北部で何やら何やら不穏な動きがあるとの事で、軍の代りに特使を派遣したと、つい先程連絡が入った所で御座いますじゃ」
「特使?早速に和平の使者かな?」
「いえ、恐らくは……一時的な休戦交渉……等を建前にした、敵の間者と言った所でしょうな」
「ふ~ん……となると、目的は情報収集って所かな?」
「その辺りが妥当かと」
「しかしそれでも、帝国がそんなに簡単に特使を派遣してくるとは……些か気になりますな」
ウィンウッドが訝しげな表情で言う。
「某もそう思いましたが、帝国内では近頃、不穏分子の動きが活発になっておるそうですじゃ。それに乗じて北の国境でも騒ぎが起こっているとの事で御座る。既に神代様はパインフィールドを解放し、帝国第三軍を壊滅させておりますれば……これ以上、徒に戦力を消耗させるよりは、先ずは様子見と……そう判断したのではないでしょうか」
「ふ~ん……時間を掛ければ此方の戦力が増強されるだけなんだが……相変わらず帝国とやらは馬鹿じゃのぅ」
「アホに馬鹿って言われてたら、帝国もビックリやろうなぁ」
黒兵衛が薄く鼻を鳴らしながら。
相変わらず失礼な野良猫である。
今度のその髭を、蝶々結びにしてやろう。
「せやけど、これで休戦協定でも結べたら、取り敢えずは万々歳って事やな。……色々と時間も取れるし」
「……まぁな」
これでホリーホックの治療にも専念できるし、残りの女の子の探索も出来る。
そしてもし仮に、ホリーホックが優ちゃんだったら……
俺はゆっくりと、ウィンウッド、パーソンズ、ミトナットウの面々を見渡した。
「……」
「へ?どうかしたっぺか?」
とミトナットウ。
思えば、この人懐っこいゴブリンにも色々と世話になった。
なんか……感慨深いものがある。
「そ、そんなに見つめないで下さいっぺよぅ。無気味だっぺよ」
「……」
前言撤回だ。
去る前に天誅を与えてやらねば気が済まん。
「ま、今日の会議はこんな所だな。取り敢えず、帝国の特使とやらの到着待ちと言う事で……何か質問はあるか?」
「……ある」
それまで無言を通してきたチェイムが、おもむろに口を開いた。
「一つだけ、聞きたい事がある」
「な、何かなぁ?」
「……その女は何者だ?」
俺の背後を凝視しながら、やけに殺伐とした声でそう言った。
「……」
場の空気が急激に重たくなった。
ピーンと張り詰めた緊張が漂う。
「え、えと……なんちゅうか……」
キョドりながら、チラリと目で皆に助けを求める僕チン。
「……っと、それではボチボチ行くっぺ。仕事が残っているだっぺよぅ」
「わ、私も、部下達の様子を見に……」
「では私はホリーホック様の警護に……」
幹部達はそそくさと席を立ち、本陣から出て行ってしまった。
黒兵衛に至っては、
「へ…」
と鼻で笑い、あまつさえ屁までこいてくれた。
「……」
ポツンとその場に取り残される俺とチェイムと忍者ちゃん。
もちろん俺も、
「さ、さて……僕チンも、コーラ瓶を神の国へ返しに行かなければな」
そう言ってその場を後にしようとするが
「おい洸一。話は済んでないぞ」
当然、真咲さんは帰してくれないのだった。
★
「で、その女は何者なんだ?どうしてお前の傍にいる?何故、くっ付いている?」
「そ、それは……そのぅ……」
「女王陛下。某は桐の葉一族を纏める長が血族、桐弥真咲と言う忍びの者で御座います」
真咲ちゃんはズイッと一歩前に出ると、片膝を付いて丁寧に挨拶した。
「この度、神代様の警護役を仰せつかりました」
「桐弥……真咲?」
呟き、ジト目で俺を見やるチェイム。
「真咲……そうか……真咲かぁ……ふ~ん……」
「い、いやぁ……こんな偶然もあるんだねぇ。僕チンもビックリだよぅ。てへへへ♪」
取り敢えず軽やかに笑みを溢してみるが、緊張して笑顔が強張ってしまった。
「……そうだな。凄い偶然だな。名前もそうだが、顔までそっくりとは……」
「よ、世の中には、似ている者が三人は居るって昔から言うからねぇ」
もちろん、誰が言ったかは知らないけど。
「あのぅ……神代様」
真咲ちゃんがキョトンとした顔で俺を見た。
「偶然とか、似ているとか……それはどう言う意味なのですか?某が誰かに似ていると?」
「あ、それはそのぅ……」
「二荒真咲」
ボソリとチェイムが呟いた。
「二荒真咲と言う、可憐で優しく健気で美人な女にソックリだ。なぁ洸一?」
「はへ?」
誰だ?そのゲームに出てきそうな理想のヒロインは?
俺の知っている真咲姐さんは、困ったら取り敢えず腕力で片付けよう、と言うアマゾネス気質の女の子なんじゃが……
「何だ?違うのか洸一?」
チェイムの目が、段々と細くなる。
「いや……違うと言うか……少々、誇張しているのではないかと……」
「……」
<ボグンッ!!>←腕力で片付けられた音
「ち、違いません。二荒真咲さんは、可憐な女の子でふ。う…ぐ……うぅぅぅ……歯が痛いよぅ」
うぅ~む、これが『正直者がバカを見る』というヤツかぁ……
また一つ人生経験を積んでしまったぞ。
「二荒真咲……ですか?その者と私が似ていると?」
「そうだ。似ているなんてもんじゃないぐらいにソックリだ。なぁ洸一?」
「そ、そうですね」
「あのぅ……それでその人は、神代様の……」
「最愛の人だ。そうだな洸一」
「……そ、そうでござんす」
具体的に言うと、俺様ハーレムの一員なんじゃが……
言うとまたブン殴られるから、言わないでおこう。
「なるほど。あ、では……その二荒真咲なる御方が、神代様の正室なワケですね」
「せ、正室ッ!?」
ボッと火が付いたように、チェイムの頬が赤らんだ。
「そ、そんな……洸一のお嫁さんだなんて……」
「違うのですか?」
「ち、違わないんじゃない…かなぁ。ね、洸一?」
「わはははははは」
取り敢えず乾いた笑いが出てしまった。
「そうで御座いましたか。その二荒真咲様が、神代様の御正室で御座いますか。あ、だとすると……失礼ながら女王陛下は?まさか、某と同じく側室で?」
「……側室?」
ピクンとチェイムの眉が跳ね上がった。
もちろん、それに比例して俺の心臓も跳ね上がる。
「同じく側室?同じくって……どう言う意味だ?」
「あ、申し遅れましたが……某、桐の葉一族とパインフィールドとの間に縁を結ぶ為、神代様の御側に置いて頂く事になりました」
そう言って少しだけ頬を赤らめる忍者の真咲ちゃん。
ちなみにもう一人の真咲ちゃんは……うむ、何だか赤黒い顔をしている。
ちなみに俺は青を通り越して藍色だ。
「……洸一。一体、どう言う事だ?え?側室って……どう言う事だ?」
「さ、さぁ?な、何だかねぇ……僕の知らない所で、話が一人歩きしていると言うか……」
「しかも選りにも選って、同じ名前に同じ顔の女を選ぶなんて……それって私への当て付けか?」
ゆっくりとチェイムの腕が伸び、そして俺の胸座を掴む。
「ねぇ……答えてよ、洸一」
「ちゃ、ちゃいまんがな。先ずは少し落ち着け。落ち着き給へチェイムちゃん」
「洸一……」
「は、はい?」
「この……浮気者がッ!!」
叫ぶやそのまま大遠投。
俺は本陣のテントを突き破り、そのままいきなり星になってしまったのだった。




