どですかどん
★第69話目
な、何がなんだか……困ったねぇ……
俺は呆然としながら、その場に蹲っていた。
もちろん、チェイムにビンタを受けて足腰が立たないからだ。
脳震盪すら引き起こしているのか、頭がクラクラとまでする。
ビンタと言うより、熊の一撃を受けた感じだ。
まぁ、チェイム……真咲姐さんからの理不尽な折檻には慣れているけど、問題はそこじゃない。
何故に彼女がいづみチャンの事を知っているかだ。
そりゃね、いつかは言おうと思っていましたよ。
いつまでも秘密にしている何て事は出来ないし、俺はそんなに不誠実な男じゃない。
ちゃんと正直に言う。
……
けどね、それは今じゃないのよ。
心の準備も出来てないしな。
「いやはや……参ったね、どうも……」
「ハァ……なんや、バレてもうたんか」
不意に響く声に振り返ると、そこには月明かりに目を光らせた黒猫が一匹、どこか面白そうな顔で俺を覗っていた。
「く、黒兵衛……ってお前か!!お前がチクったんかーーーッ!!」
「あん?いくらワテでもそないな事する訳ないやろ……」
「だ、黙っらしゃいッ!!俺といづみチャンの事を知ってるのは、この世界でお前だけだろーが!!覚悟は出来てるんだろうな……明日の晩御飯は猫鍋に決定だッ!!」
ちなみに俺は食わんけどな。
「あ~……確かに、言われてみればそうやな。せやけど、こないな状況で言うほど、ワテはアホやないで?そもそもそれ以前に、言う必要があらへんやろ。お前達の間をゴタゴタにして、ワテに何の得があるねん」
黒兵衛は前足で顔を拭いながら、少し困った顔で言った。
「む、むぅ……だ、だったらどうしてチェイムが……」
「知らんがな。せやけど……大方、寝ぼけてあの姉ちゃんの名前でも呟いたんと違うか?女は、そーゆー事には五月蝿いさかいな」
「む……ふざけるなッ!!この俺様がそんな馬鹿な事を……」
「はぁ……まぁ、エエやないか」
「エエって……何がだッ!?俺はいきなりビンタされたんだぞ!!奥歯が3本もへし折れたんだぞッ!!」
しかもウンコとまで言われたのだ。
こんな事で喜ぶのは、かなり気合の入った性倒錯者ぐらいだ。
「あん?どうせいつかはバレるんやし……洸一のことや、どうせ自分から言う勇気なんてないやろ?」
「当たり前だ!!そんな勇気は生まれた時から持ってないわいッ!!」
「なに威張ってるんねん……」
黒兵衛は呆れ顔で溜息を吐いた。
「まぁ……早い段階でバレて良かったやないけ。なまじ残りの姉ちゃんが全員見つかってからバレてみい。自分……どうなると思うんや?」
「はぁ?どうなるもこうなるも……」
頭の中で簡単にシミュレートしてみる。
「あ、やべぇ……小便漏らしちった」
それどころか大も出そうだ。
「園児かオドレは」
「ぐ、ぬぅ……」
「ま、バレたのがあの姉ちゃんで良かったやないけ。後から見つかる姉ちゃん達に、色々とフォローしてくれそうやしな」
「ま、まぁ……真咲姐さんは、まどかと違ってそう言う意味では頼りになるけどで……で、でもなぁ……」
「あん?まだ何かウダウダと言うんか?何時かこうなる事は分かってた筈やないか。それを承知で、いづみの姉ちゃん捨ててこないな世界にまで来たんやろ?今更なにを言うてんねん」
「す、捨てたって……少々語弊があるようですなッ!!俺は別に、ただ……」
「ただ……何や?いづみの姉ちゃんも含めてみんなで仲良く、なんて甘っちょろい夢でも見てたんか?」
「……」
図星だった。
「あんなぁ洸一。自分、みんなの性格分かってる筈ないか。そないバラ色な未来が存在する訳ないやろ。待ってるのはバトルロワイヤルな殺伐とした未来だけやで」
「いや、それは分からんぞぅ。この俺様の溢れる魅力で、ヤーでバンな女の子も、あっと言う間に淑女に早変わりじゃわい」
「頭の中に麹味噌でも詰まってるんか?」
「相変わらず失礼な事を……」
「ハァ……ま、エエわ。バレてしまったんなら、今更言い訳は逆効果や。ここは正直に、ちゃんと話をした方がエエんとちゃうか?しかも出来るだけ早くや。思い詰めると、何をしでかすか分からへんで?」
「そ、そうだな。腕力ピカ一の真咲姐さんが穂波化したら、もう無敵だもんな」
俺は頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「と、とにかく謝って……や、別に謝る事ではないと思うけど……ともかく正直に話してみるよ」
「せやな。それがエエな」
黒兵衛は満足そうに頷き、
「もちろん、遺書も用意しとかなアカンで」
嫌な釘を刺してくれたのだった。
★
取りつく島もなかった。
チェイムの部屋に行ったものの、
「あっち行け。この浮気者ッ!!」
けんもほろろに追い返された。
もちろん、殴られたのは言うまでもない。
洸一、超トホホである。
「全く、ヤキモチも度が過ぎると……ただの自然災害だよなぁ。ただただ嵐が過ぎ去るのを待つだけっちゅうか……ホント、困っちゃうよなぁ」
俺はやるせない溜息を吐き、肩を落としながら自室へと戻る廊下をトボトボと歩いていると、
「おや?これは守護天使殿」
次席将軍、ウィンウッドに声を掛けられた。
少しだけ生えてきた口髭が、相変わらずチャーミングだ。
「ど、どうしたのですかな?そのお顔は……」
「ん?あ、あぁ……これか」
俺は大きく腫れている頬に手を添え、
「まぁ、色々とな」
「……なるほど。詳しくは聞きませんが……ま、若い内は色々とあるもんですよ」
「俺の場合は有り過ぎて困っちゃうんだが……」
「ハッハッハ……でもその内、殿下の機嫌も治るでしょう。止まない雨は無いと言いますからね」
彼はそう言って、気さくに俺の肩を軽く叩いて来た。
凄く陽気だ。
恐らく、落ち込んでいる俺を元気付けようとしているのだろう。
何となく、大人の男、と言う気がして頼もしい。
師匠二号機と言う称号を与えてやっても良い位だ。
「それより守護天使殿。明日の侵攻準備は整ってますが……編成はどう致しましょう?」
「ん?あぁ……それか。取り敢えず残留組は……ナッシュと長老、後はマリオットの爺さん三連星で……それ以外は全員出撃だ」
「ホリーホック様も?」
「そうだ。手元に置いていた方が、何かと安全だからな。向うに行きがてら、地道に治療も出来るだろうし」
「治るのですか?」
「当たり前だ」
俺は胸を張って答える。
が、大きく溜息を吐きながら、軽く首を横に振った。
「本当はそう言いたいんだが……正直、分からん。魔法や呪いによる狂気状態なら簡単に治せるんだけどねぇ」
★
「洸一の馬鹿ッ!!」
怒鳴りながら枕を思いっきり壁に叩きつけると、少しだけ気分がスッキリした。
「フンッ。暫らく口も聞いてやんないんだから……」
鼻を鳴らしながら椅子に腰を下ろし、手荒い仕草でお茶を煎れる。
……ったくあの浮気者……私と言う恋人が側にいると言うのに……
会った事はないが、洸一の言った『いづみ』と言う女がどう言う女か想像するだけで物凄くムカムカする。
泥棒猫め……
何処のどいつか知らんが、私の居ない間に洸一にちょっかいを出しやがって……
「それに洸一も洸一だ」
周りにいる私達の方がよっぽど可愛いに違いない。
いや、間違いなく可愛い。
目が腐ってるのか?
「それとも……本当にそのいづみって女の方が良いとか……」
ふと漏らした自分の言葉に、言い知れぬ不安が過った。
もし本当に……私やまどか達なんかより、その『いづみ』って女の事が好きだとしたら……
「……」
耐えられない。
もしそうなら、とても耐えられそうにない。
洸一が他の女の元へ行くなんて……そんな現実、考えたくもない。
★
「あ~……ほっぺが風船のように膨らんでるやないけ。その顔じゃ、上手くいかんかったみたいやなぁ」
自室に戻った俺に、ベッドの上で転がってる黒兵衛は、どこか面白そうにそう言った。
「……まぁな」
投げやりに答え、俺はそのまま深い溜息と共に椅子に腰掛ける。
「あんなに怒ってる真咲姐さんを見るのは……正直、初めてだよ」
「まぁ……そら、しゃーないやろ。まどかの姉ちゃん達と乳繰り合ってるのとは違い、何せ『初めての浮気』って言うてもエエんやからな」
「それ、どーゆー意味?」
「あん?そのままや。まどかの姉ちゃん達とデートしたって、真咲の姉ちゃん、あそこまでは怒らんやろ?」
「……まぁな。殴られたりはするけど……あんなにお怒りにならないなぁ」
「そら、元を正せば真咲の姉ちゃんも他の姉ちゃんも、プルーデンスとリステインやったか?その魔族や神族の生まれ変わりやないか。異世界の姉ちゃんと言うカテゴリーで括られた仲間や。対していづみの姉ちゃんは……普通の街の姉ちゃんや」
「うぅ~ん……そうか」
プルーデンスとリステインは、喧嘩ばかりしていたけど、実際は仲が良かったモンな。
まどかと真咲姐さんを見ていれば良く分かるよ。
「分かるやろ?ワテが言いたいのは、今の状況は転生した姉ちゃんVSいづみの姉ちゃんって構図やで、と言うこっちゃ。いつもより怒るのは当然やないけ」
「うぅ~ん……なるほど。そうだよなぁ……でもさ、いづみちゃんと付き合ってたのは、その……そもそもがそう言う世界だったからって言う話だし……」
仮にそうじゃなくても、いづみチャンは可愛いからなぁ……
まどか達が居る世界……俺が住んでいた世界に、いづみチャンが現れて、付き合って、とか言われたら、どうなっていた事やら……
「は……嫉妬しとる女に、そないな理屈が通用するかいな」
黒兵衛は苦笑しながら言った。
「ま、何にせよ……ホンマに振られる前に、ちゃんと仲直りしとかなアカンぞ」
「振られるって……俺が真咲に?んなバカな……」
「悠長な事言うとるのぅ。エエか洸一?世の中には、オドレよりエエ男が、仰山おるんやで?ちゃんと繋ぎ止めておかんと、誰かに寝取られてしまうかも知れへんで」
「ふ、ふんっ。それならそれで結構だい。あんな腕力女、こちらから願い下げだい」
「強がっとるなぁ……」
「フンッ、ほっとけ」
「ま、お前らしいんやけど、それでも仲直りは早い方がエエで?これから先の練習も兼ねてな」
「ん?それはどう言う意味だい?」
「あん?分かるやろう……これから先、姉ちゃん達は次々と見つかって……いや、見つけて行くんやで?全部で10人の姉ちゃんや。そして確実に、いづみの姉ちゃんの事はバレる」
「……ゲッ」
「対処の仕方を間違えてみぃ……振られるならまだしも、嫉妬に狂って刺されるかも知れへんで、自分」
「や、やめろよ。物凄く有りそうで、超怖いんですけど……」
「せやから真咲の姉ちゃん一人ぐらい、簡単に宥めておかんとな。自分……これから先、生きて行けへんで?」
「……モテる男は辛ぇなぁ……」
「何でそう呑気なんや。ホンマに脳みそ、発酵しとらんか?」




