呼び出し
★第68話目
食堂に着いた途端、いきなり肌を針で突き刺したような、ピリピリとした空気を感じた。
は、はて?一体この殺伐としたような雰囲気は……な、なんざんしょ?
何だか新手の強敵(しかも悪)が登場しそうな、そんな雰囲気だ。
見渡すと、皆もどこか張り詰めた表情で、一言も漏らさずに黙って座っていた。
とても『みんなで仲良く楽しい夕食の風景』と言うのからは程遠い、まるで死刑執行前の最後の晩餐……そんな感じの光景だ。
う、うぅ~む……
俺はポリポリと頭を掻きながら入り口で佇んでいると
「しゅ、守護天使様。早く席に着くっぺよぅ」
ミトナットウが意味深な視線を送りながら、そそくさと自分の席へと行ってしまう。
そう言えば、チェイムの御機嫌が凄く斜めだと言ってたが……
俺はチラリと、長方形のテーブルのほぼ中央に陣取っている彼女を覗うと
「――はうッ!?」
チェイムはまるで、能面のような表情で微動だにせず座っていた。
しかも何だか、凶悪なオーラと言うか、闇の波動を発している。
こんな彼女を見たのは初めてだ。
チェイム……いや、怒り狂う真咲姐さんは見慣れた筈なのだが、冷静に怒っている、または醒め切っているという感じの彼女の態度に、俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。
な、何があったんじゃろう?今朝までは普通だったのに……
取り敢えず俺は自分の席に座った。
チェイムの正面だ。
俺の両隣には、ウィンウッドと、新たにパインフィールド内政事務次官に就任したピッケンズ男爵が腰を下ろしている。
ちなみに二人とも、何故か俯き加減で、揃えた両膝にきちんと拳を乗せて行儀良く座っていた。
まるで卒業式に出ている生徒のようだ。
う、うぅ~む……分からん。
原因がサッパリ分からんですたい。
俺は何ら疚しい事をした記憶は無いので、取り敢えずごく普通を装って、目の前のチェイムに気さくに声を掛けてみた。
「よ、チェイム。相変わらず美人じゃのぅ……ダーハッハッハッハッ」
だが彼女は、そんな俺を一瞥し、まるで石仏のように表情を変えず一言。
「……黙れ」
「……」
黙ってみた。
瞬時にこの食堂内の重力値が倍になる。
緊張で死ぬ事があるとしたら、今この場にいる者は全員即死だ。
「あ、あのぅ……ど、どうかしたのか?」
「……黙れと言った」
「……」
また黙ってみた。
洸一、素直である。
う、うぅ~ん……まるで親の仇を相手にしているような様ですな。
言葉に殺気すら篭められているよ……
しかし、何でだ?
今朝までずっと、新婚さん的な甘い雰囲気だったのに、何故にいきなり倦怠期なのだ?
「い、いや……あのぅ……チェイムさん?」
「……守護天使殿」
何か言い掛ける俺を止めるように、ウィンウッドが肘で脇腹を突っ突いて来た。
そして囁くように
「何があったかは知りませんが、口を開くと殺されますぞ」
「こ、殺されちゃうのかぁ……」
そいつは勘弁だ。
ってゆーか、動機はなんだ?
脳内HDがガリガリと音を立てながら高速で検索しているが、該当する項目は無かった。
「でも僕チャン、何もしてない無実の好青年なんだが……」
「まぁ……良くある事ですよ」
と、今度は逆隣の男爵が囁いた。
「女性と言うのは……結構、気分屋な所がありますからね。いつもと同じように振舞っていても、何故か突然気に障ったとか……そう言う事ってありますからね」
「そ、そうか。だったら俺はどうすれば良いんだ?」
「……謝っちゃえば良いんじゃないですか?」
「謝るのか……」
それは俺の得意技だ。
土下座し続けて17年。
もはや『匠』と呼ばれる無形文化財の俺様とって、『ごめんなさい』の一言などいと容易き事。
だが……
「で、でもなぁ……全く理由も分からんのに謝るなんて、俺様のプライド的にちょっと……」
「はは、守護天使様は若いですな。男のプライドとか……そんなもの、愛の前には不用ですよ」
「不用なのか……」
「ええ。変に突っ張ってないで、素直に謝る。これが家庭円満の秘訣ですよ」
「そ、そうか。さすがは既婚者だな」
また一つスキルが増えてしまった。
「よ、良し。だったら一丁、スパパーンと謝ってみるか」
俺は大きく息を吸い込み、勢い良く席を立った。
みんなの視線が集中する。
――見ろッ!!これが俺様の詫び入れ方だッ!!
「テヘッ♪ごめんなちゃーーーーい」(躍る様に)
「……」
「……」
黙殺された。
あまつさえ重力値が3倍になった。
「あ、あのぅ……チェイムさん?何かコメントをくれると有難いのですが……」
「……洸一」
「は、はいッ!!何でごわす?」
「……話がある。後で校舎裏へ来い」
「り、了解ですッ!!」
って、校舎裏ってどこだ!?
「でも話って……一体、何の話ですか?」
「後だ…」
チェイムはそう言って席を立ち、
「真面目な話だ。……絶対に来い」
そう言い残して、食堂を後にした。
「真面目な話……」
な、何じゃろう?
よもや……いきなり出来ちゃったとか……かな?
何が出来たかは分かんねぇーけどな。
★
重苦しい雰囲気での中で夕食を摂った後、俺はチェイムに言われた通り、校舎裏へ向かう事にした。
ちなみにそれが何処にあるかサッパリ分からんので、取り敢えず城の裏庭に行ってみる事にする。
しっかし、何であんなに怒ってるんだ?
月明かりを頼りに、俺はトボトボと歩きながら考えていた。
正直、チェイム……いや、真咲姐さんの怒りの原因が分からない。
出会ってから今まで、何度も理不尽なお怒りに遭遇したが、今回ほどワケの分からないものはないのだ。
うぅ~む……晩御飯のお肉が硬かったから怒ってる……なんて事はねぇーよなぁ……
もしそうなら、僕チンが可哀相過ぎだ。
でも、俺的には別に思い当たるフシは無いし……全く、女心と秋の空とは良く言ったもんだぜ……意味は知らんけどな。
俺は夜のしじまを破るような重く深い溜息を吐き、人気の無い裏庭を見渡した。
「……ありゃ」
チェイムはそこにいた。
満天の星空を見上げながら、独り佇んでいる。
す、凄く近寄りがたいオーラが出てるんじゃが……帰ったらアカンよな?
バックれたら最後、明日の朝日は拝めない気がする。
んじゃ、行きますか……嫌だなぁ……
「よ、よぅ」
俺は頭を掻きながら、彼女の背後から静かに近付いた。
「こんな所へ呼び出して……話って、何かなぁ」
「……」
げッ!?いきなり無視された?
「あ、あのぅ……チェイムさん?」
「……いづみって……誰」
「……はへ?」
「いづみって、誰なの?」
「……え?あ、あれ?」
此方を振り返りもせずに呟く彼女の言葉に、俺の心臓は64ビートを刻んだ。
心不全、一歩手前だ。
お、おいおいおい……な、なんで?何でチェイムがいづみチャンの事を知ってるんだ?
……
よもや、あの馬鹿猫が漏らした?
だとしたら、明日は絶対に猫鍋だ。
もちろん皮は三味線だ。
骨の一本たりとも残さずに有効活用してやる。
「え、え~と……」
口の中に大量の生唾が溜まる。
俺はそれをゴクリと飲み込み、
「うむ、何て言うのか……実は俺が夢中になっているアニメキャラの一人で……」
「……嘘を吐くな」
はぅぁッ!?いきなりバレた!!
「う、うむ……すまん。何と言ったら良いのか、ちと説明が難しくてなぁ」
チェイム……真咲は、いづみチャンの事は知らないんだよなぁ……
彼女達が俺の世界から弾き出されてから知り合ったワケだしね。
いや、そもそも、真咲たちが居なくなったから、俺の世界に登場したっちゅうか……
「難しい?」
「そ、そうなんだよぅ。ま、簡単に言うとチェイムの知らない女の子で……」
「私の知らない女だとッ!!」
えぇッ!?いきなりそこでブチ切れますかッ!?
どど、どうしよう?
俺、既に半泣きですよ。
「ま、待て待て待て。なんちゅうか……それを言ったら、チェイム……真咲だって、俺の知らない男と知り合いだっただろ?例えばあの伯爵とか」
「む……」
「それと一緒だ。いづみチャンってのは、真咲達のいなくなった世界で、俺が知り合った女の子だ」
「……なるほど」
「御理解、いただけましたか?」
「でもその女……可愛いんだろ?」
「は、はい?そりゃ……うん、確かに可愛い……かな?てへへへ……」
「で、その女に手を出したと……」
「ふはッ!?ち、ちょい待て。いきなり何を根拠に言い出すんですか?」
「私やまどかの居ない世界。もちろん記憶の片隅にも無い世界。そんな世界でお前が可愛い女の子と出会った。……何もしないわけないだろがッ!!」
「ぼほ、僕の名誉が行方不明中だ!?」
とは言っても、実際には手を出したと言うか恋人なワケなんだけどね。
だってそれが本来在るべき世界の運命で……
とは言え、それは永遠の秘密なのだ。
墓場まで持って行く俺だけの秘密だ。
だってバレたら確実に、今のこの場で墓が作られてしまうからね。
「ほぅ……なら洸一は、そのいづみって女には何もしてないと言うのか?」
もちろんしていない。と言うのは簡単だが、しかしそれは、いづみチャンに対して余りにも酷い。
正直、今も俺は彼女の事を好きだ。
間違いない。
とは言え、真咲達も好きだ。
これも間違いない。
ならばここは、正直に言うべきだ……それが俺のジャスティスだ。
「もちろん、何もしていない」
俺はキッパリと言い切った。
だってジャスティスだろうが何だろうが、先ずは身の安全が第一じゃね?
「……嘘を吐くな」
またもやいきなりバレた。
何でだ?
「う、嘘じゃねぇべ」
「でも好きなんだろ?」
「う゛……それは……まぁ……その……何と言うか……チュキかな?」
「……そうか」
チェイムは大きく深呼吸すると、いきなりニッコリと微笑んだ。
そして次の瞬間、ビッターーーンと豪快な音を立て、渾身の一撃が炸裂。
鞭の様にしなる彼女の掌が、俺の可愛い頬を襲った。
甲高い音を立て、俺は錐揉みしながら吹っ飛ぶ。
うむ、相変わらず力加減を知らないようだ。
僕チャン、凄く可哀相なり。
「この浮気者!!洸一なんか、大ッッッ嫌いなんだから!!」
「はぅはぅ……ち、ちょいと待て。少しは話を……」
「う、うるさい!!うるさーーーいッ!!洸一の馬鹿ウンコッ!!」
いきなりクソ扱い。
しかも頭まで悪い。
洸一、ニ冠王だ。
「チェイム……」
「黙れッ!!洸一の顔なんか見たくないんだからッ!!」
チェイムはそう叫んで、ノッシノッシと地響きを立てて去って行くのだった……




