アンバランス
★第67話目
一言で言えば、凄惨。
それはまさしく、地獄のような光景だった。
一部の兵は幻覚を見せられ、辺り構わず攻撃を繰り返し、更にそこへ俺に脅された別働隊が急襲。
剣を振るい槍を突き出す。
一万を超える人間、それも味方同士がお互いに殺し合ってるのだ。
城壁に佇むパインフィールド軍は、ただ固唾を飲んでその光景を見つめているだけであった。
ちなみに俺は……
「おおぅ、スゲェ。中々にワンダフルな戦いじゃのぅ」
罪悪感、微塵も無し。
純粋に愉しんでたりする。
いやね、なんちゅうか……現実味が沸かんのですよ。
目の前で実際に殺し合いが勃発していると言うのに、まるで映画とかテレビを見ている気分だ。
ぶっちゃけ、ワクワク感すらあったりもする。
う、うぅ~ん……大丈夫か、俺?
やっぱ心が少し壊れているのかな?
「これは……戦と呼べる代物ではありませんな」
ポツリと、ウィンウッドが漏らした。
え?そう?それ、どう言う意味?
「……フン、仕方あるまい」
だが真咲姐さんは、鼻を鳴らしながら事も無げにそう言った。
彼女は現時点で半分がチェイムであり、こういった光景は見慣れているのだろうか、その表情はいつもとさして変りはない。
「此度の闘いは敵に恐怖を与え、戦なぞ起こす気を無くすのが目的だ。ただ勝てば良いと言うものでもあるまい」
「うむ、チェイムの言う通りだ。これは帝国を二度とパインフィールドの地に侵入させない為の処置なのだ」
俺はウンウンと頷き、目の前の惨劇を正当化する。
そして剣を鞘から抜き、
「さて、ボチボチ仕上げと行きますか」
精神を集中。
――目覚めろッ!!
そう念じた瞬間、それまで狂乱状態で仲間達を襲っていた部隊は、まるで悪夢から醒めた時のような表情で、ぽつねんとその場に立ち尽くしていた。
足元には、友軍の死体が累々と重なっている。
ある者は己の所業に震え、ある者は涙を流してその場に蹲ってしまう。
……ねぇ、どんな気持ち?今、どんな気持ち?
とか言ってやりてぇ……
ウィンウッドもパーソンズもミトナットウも、そして他の兵士達も、一様に難しい顔をしているけど……あ、黒兵衛は自分の玉金を舐めてるよ。
マイペースだねぇ……ま、俺もそうだけど。
心は驚くほどフラットですよ。
本当に何でじゃろう?
以前の俺だったら、ここまで冷静ではいられなかったと思うが……
……
あ、もしかして……謎の復活を遂げたからかな?
最初にホリーホックを助けようとして転落死した時はまだしも、二回目は奴等に殺された訳だし……
それで精神が少し壊れちゃったのかな?
とその時、不意に手に触れるものがあった。
見るとチェイムが、俺の手をギュッと握り締めてくれていた。
「ん?」
「……仕方ないよ」
彼女は悲しそうに、そう呟いた。
「ん?んん?」
「だって……私達、いつまでもここにいられないんだ。だから……出来るだけ早く、戦を終わらせて……」
「え?いや、なんちゅうか……もしかして俺を心配している?」
「え?」
「いや、大丈夫だぞ?全然、平気だぞ?」
むしろ物足りないぐらいだ。
もう一度幻覚を見せてやろうか、とか考えてたぐらいだし。
「そ、そうなのか?何か少し、難しい顔をして考えていたから……洸一は優しいから、罪悪感に苛まれているのかと……」
「全然、平気。カッコ笑い。そう言うチェイムの方は大丈夫なのか?」
「私も平気だ。二荒真咲としてならば、少々思う所もあるが……今の私はチェイムだ。帝国に裏切られ、殺され掛けたと言う恨みの方が強い。それに色々と修羅場を潜り抜けて来たからな。実際、過去には戦で何人もの人を殺めて来たワケだし……だから別に、何とも思わないな」
「おおぅ……そっか、チェイムとしての過去か」
思ったとおりだ。
勇者やら帝国の戦姫やらの称号をあるんだ、さぞかし壮絶な経験があるんでしょうな。
そんな事をボンヤリと考えながら、俺は剣を大きく振り上げ、一呼吸置いてそれを思いっきり振り下ろす。
――ドグワァンッ!!
凄まじい爆音と共に、眼下の大地が人馬もろとも吹き飛んだ。
「がはははは……パインフィールドの地に入った蛮族共よ!!この大魔王、神代洸一様の天罰を受けるが良い!!」
雷鳴が轟き、無数の雷が矢となって大地に突き刺さる。
そこを逃げ惑う敵兵達を、俺は酷薄とも言える表情で見つめていた。
「うぅ~ん……超リアルなシューティングゲームみたいだな」
「凄い感想やな」
黒兵衛が呆れた顔で俺を見上げた。
「雷落として敵を殺すなんて単調やないか。往年のゲームウォッチみたいやで」
「……お前も結構、酷い事を言うね?」
★
「す、凄まじいものですなぁ」
累々と折り重なる帝国軍の死者を見て、現役の軍人であるウィンウッドは思わずそう漏らした。
それほど凄惨の一言に尽きる戦場跡だった。
顔を潰されたもの、体の半分が吹き飛んでいる者、内臓を食み出させながら痙攣する者……
僅か数時の間で、あれほどの威容を誇っていた軍勢の末路がこれだった。
「それで……これからどうします?守護天使様?」
「取り敢えず、死んだ敵兵を弔ってやれ。今日の軍事活動はそれで終了だ」
俺は軽く鼻を鳴らしながら答えた。
中々に刺激が強過ぎる光景だし、放置して疫病とか発生したら嫌だからね。
「んで、明日はバオア山まで侵攻する。その準備を忘れるなよ」
★
自室に戻り、俺はベッドに身を投げ出した。
シーツの冷たい感触が心地良い。
ハァ~……取り合えず今日の戦は簡単に終わったけど、問題が山積みですなぁ……
寝返りを打ち、ボォーっと天井を眺めていると、段々と眠気が襲ってきた。
疲れた……
まだ昼前なのに、妙に体がだるい。
うぅ~ん……魔法を酷使した影響かな?
それともストレス?
……
ま、なんだ……ごく普通の高校生である俺様が、異世界で戦争に参加しているのだ。
いくらタフガイな僕チンでも、知らず知らずの内に、精神的にも肉体的にも疲労がかなり蓄積されていてもおかしくないのだ。
今までバテなかったのが不思議なぐらいだ。
「……ふむ、昼飯の時間まで、ちょいと寝るか」
そう独りごち、瞼を閉じると同時にあっという間に意識が闇の底へと沈んだ。
★
――コンコン……
反応は……無い。
私は静かに、部屋のドアを開けた。
「洸一?」
呼びかけてみるが、やはり反応は無い。
「……?」
そっと部屋に入ってみると、静かな寝息が聞こえた。
なんだ、眠っているのか……
私は後ろ手で扉を閉め、足音を忍ばせベッドに近付く。
洸一は何だかベッドの上に無造作に体を投げ出し、眠っていた。
お世辞にも良い寝相とは言えない。
それに戦時中だというのに、とても呑気な寝顔だ。
まだ昼だと言うのに、よほど疲れているのだろう。
「……洸一?」
そっと呼びかけてみる。
「そろそろお昼御飯の時間だが……どうする?食べられるか?」
「……」
返答は無かった。
規則正しい呼吸音だけが聞こえる。
……ま、しょうがないか……
私は静かに、彼の眠るベッドの縁に腰掛けた。
洸一……
実を言うとな、お前が死んじゃったと言われた時……私は後を追おうと思ったんだ。
そっと彼の頬に触れる。
優しくて……頼もしい笑顔。
私の大好きな洸一の笑顔。
初めて出会った時の、少しだけ困った笑顔。
本当に、いっつも心配ばかり掛けるんだから……
そっと洸一の胸元へ顔を埋める。
芳しい汗の匂い。
彼の鼓動が私を落ちつかせる。
洸一……っと、そうだ。
私はふと思いついた。
良く考えたら、まだ洸一と、ちゃんとしたデートもしてないんだ……
元の世界に戻ったら……どこかへ連れ行ってくれるかな?
チラリと彼の顔を伺う。
「……無理か」
思わずそう独りごち、苦笑。
「妙な所で鋭いと思えば、当たり前の事には疎いもんな」
きっと洸一のことだ……
遊びに行こうと誘っても、だったらまどかや優ちゃんも誘おう、とか何も考えずに言いだすんだ。
私は少しだけ溜息を吐きながら、洸一の頬を軽くキュッと抓んでみる。
でもやっぱり……二人っきりで遊びに行きたいなぁ……
さらに少しだけ、ウニウニと引っ張ってみる。
なぁ洸一……どこか行こうよ……もちろん、二人っきりで……
「う、うぅ~ん……」
おっと……起きたかな?
くぐもった声を上げたので、私は少し慌てて洸一の頬から指を離した。
すると彼はムニャムニャと口を動かし、
「いづみちゅわぁぁん……チュキチュキだぜぃ……」
と呟いた。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚が私を襲った。
……誰?
いづみ?
一体、誰の事だ?
好きって……どーゆー意味だ?
★
う……うにゃ?ま、眩ちい……
突き刺すような光に、眉を顰め、ゆっくりと重たい瞼を開ける。
窓から零れる薄赤い陽光が、室内に差し込んでいた。
「……ふにゃッ!?」
俺はガバッとベッドから跳ね起き、固まった筋肉を解す様に伸びを一回。
ポリポリと頭を掻きながら何気に窓から外を眺めると、東の空には夜の帷が降り始め、既に一番星が輝き始めていた。
お、おいおいおい、もう夕方かよ……
少し寝るつもりだったのだが、いきなり爆睡してしまったようだ。
全く、なんて隙の多い人生なんだろう。
「参ったねぇ……昼飯、食いそびれちまったよ。しかもまだ疲れが残ってるなぁ……体が重いや」
ここは一つ、熱い風呂にでも入って来るかぁ……等と考えつつ、ベッドから緩慢な動きで抜け出すと
「お、おおぅ?」
いきなり常識では考えられない光景が目に飛び込んできた。
テーブルが……粉微塵になってる……どーゆーこと?
部屋の中央に置かれていた筈の丸テーブルが、まるで大山倍達のデモンストレーションを受けたかのように砕け散り、ただの木片と化していた。
何があったんだ?
俺が寝ている間に何が……
って、何故に起きないんだ、俺は?
★
風呂から上がり、部屋でゴロゴロしていると、夕食の準備が出来たとミトナットウが告げに来た。
しかもエプロン姿で。
……国家の重鎮が夕飯のお手伝いかい……
何だかとても微笑ましいが、この国の未来が少し不安だ。
俺はそんなゴブリンな大将軍の残念な後ろ姿を見ながら歩いていると、不意に彼は足を止め、どこか辺りを憚る様に小声で尋ねてきた。
「守護天使様。その……勇者殿と、なにか喧嘩でもしたんだっぺか?」
「はぁ?」
俺は思わず聞き返した。
「喧嘩って、俺とチェイムがか?」
「そ、そうだっぺよぅ」
「いきなりを何を言い出すんだ?何かクスリでも決めてんのか?」
俺は一笑に附した。
本当に、突拍子もないことを言い出しおってからに……
「あのなぁ……俺とアイツは前世からの縁とラヴで結ばれているんだぜ?心が繋がっているって言うのか?ま、体も繋がったんだけど(洸一セクシャルギャグ)……そんな俺達が喧嘩なんてする訳ねぇーだろうが」
「だ、だども……勇者殿、すっごい不機嫌だっぺよ」
「不機嫌?」
うぅ~ん……どちらかと言うと、真咲姐さんは機嫌の良い時の方が少ないと思うんじゃが……
「んだ。近寄りがたいオーラを発しているっぺよ」
「そりゃ、真咲……チェイムは元々、武の人だからな。常在戦場を地で行ってるんじゃないか?はたまた……月に一度の女の子の日が来たとか」
真咲姐さんの場合は男の日とかも来そうだがな。
どんな日か知らんが……
「そうだっぺか。守護天使様がそう仰るなら、別に良いんだっぺが……」
ミトナットウはどこか釈然としない様子であったが、俺は敢えて突っ込まなかった。
チェイムが不機嫌って言ってもなぁ……僕チャン、心覚えはないし。
うぅ~ん……やっぱホリーホックの事で、少し精神が不安定になっているのかな?
もし本当にホリーホックが優ちゃんだったら、中々に厳しいモンがあるし……
それで精神的ストレスが溜まってイライラしているとか……
でもまぁ、怒ってるチェイムって言うのは、見慣れたもんと言うか、そもそもそれがデフォルトな状態なワケだし……別にどーって事ないですな。
「ど、どうしたんだっぺか守護天使様?」
ミトナットウが俺様の顔を覗き込みながら首を傾げる。
「しかめっ面したりニヤニヤしたり……なんか無気味だっぺよ」
「な、なんと失礼な事を。世が世なら打ち首ものだぞ?」
俺は自分の肩ぐらいの高さのゴブリンを軽く小突く。
「さ、それより早く食堂に行こうぜ。昼飯抜いちゃったから、腹がペコペコで死んじゃいそうだぜ」




