シカトリーチェ
★第65話目
やれやれ、真咲姐さんも相変わらず、猪突猛進と言うか取り敢えず手が出る性質と言うか……もう少し後先考えて行動して欲しいよなぁ……
俺は馬の背から飛び降り、苦笑を溢しながら彼女に近付く。
真咲…チェイムは、キョトンとした顔をしていた。
目を大きく見開き、まるで幽霊でも見たかのような顔つきで俺を見つめている。
「ん、どうしたチェイム?猫に舌でも取られたか?」
と声を掛けていると、俺達の回りを駆けている騎士の一人が、
「貴様ッ!?そこで何をしているかッ!!」
そう叫んだ。
「あん?ンだよぅ……」
俺は目を細め、そいつを睨みつけた。
口髭を蓄えた偉丈夫の騎士だ。
何だかとっても強そうな感じ。
いや、感じどころではなく、現に俺の魂のスカウター値は、物凄い戦闘力を弾き出していた。
洸一、既にオシッコちびりそうである。
「な、何でもないっス」
俺はテヘヘヘと、天使のような洸一スマイルを披露した。
「だけどちょっと取り込み中だから……少しの間、黙っててくれると有り難いにゃあ」
「な、何だとッ!!」
「良いから良いから……」
そう言いながら俺は未だ呆然とした感じで突っ立ているチェイムを軽く抱き寄せ、その背中に差している魔法剣を引き抜くや、
「取り敢えず、全員その場を動くな」
同時に、手にした魔法の剣、チート武器である羅洸剣は光り輝き、いきなり辺りは静寂に包まれた。
誰も動かなかった。
敵も味方も、小動物や羽虫でさえ動かなかった。
いや、動けなかった。
それまで馬蹄の轟きと、鉄のぶつかり合う音に支配されていたこの西側城壁間近の激空間は、まるで全ての音が一瞬にして消滅したかのように、ただ、緩やかな風の囁きが頬を掠めるだけであった。
そこに居た全ての生きとし生ける者全てが、体の自由を奪われその場に佇んでいた。
それはさながら、ただ不気味に視線だけが交差する生きた彫像のであった。
うぅ~む、しっかし魔法って便利だよねぇ……
でも、反動が怖いよ。
今の所、特に体に不調とかは無いけど……絶対、後から何か来るよなぁ。
ま、そん時はそん時だけど。
「さて、ようやく静かになったな」
俺はニッコリ笑顔でチェイムを見やる。
その瞬間、彼女は「あ…」と小さな声を上げ、ヘナヘナ~とまるで腰でも抜けたかのように、その場に座り込んでしまった。
「ど、どうしたチェイム?」
ちょいと慌てて彼女の顔を覗き込む僕チン。
彼女の大きな黒い双眸が、ひたと俺を見据えていた。
「こ…洸一……なの?」
掠れた声だった。
「へ?洸一君で御座るよ?ってか、この俺様が洸一でなくて何だと言うんだ?隣のクラスの山田クンだとでも言うのか?」
ちなみに山田君とは、飼育部所属でウサギを飼うのが好きな好青年だ。
もちろん私生活でもウサギが好きで、付き合ってる女の子にバニーの格好をさせようとしてフラれた過去を持つガイ(漢)だ。
もちろん、今はそんなこと全く関係無い。
「こ、洸一……」
見る見る間にチェイムの瞳が潤み、そして
「こ、洸一…こういち……うぅぅ……」
「どどど、どうした?もしかして……お腹でも減った?」
「うぅ……う、ううわぁーーーーーーーーんッ!!」
いきなり号泣してしまった。
「うわぁぁぁぁん……こう…い……うぅ…うわぁぁぁん!!」
「わわわッ!?ちょ、ちょいとチェイム。いやさ真咲しゃん。どど、どうしたんだ?え?誰かに苛められたのか?それとも財布でも落としたとか?」
どうして良いか分からず、取り敢えず華麗なるステップで慌ててみた。
俺の得意技だ。
「うわーんうわぁぁん……グスグス……ううう、うわぁぁぁ~ん」
子供の様に泣きじゃくるチェイム。
俺はしゃがみ込み、彼女の頭を優しく撫でながら、
「ほ、本当にどうしたんだよぅ。な、何が悲しいのか分かんねぇーけど……泣いてばかりいると、俺様も思わず困ってしまってワンワンワワーンと泣いちゃいと言うか……」
「だ、だってだって……グスグス……洸一が生きてるんだもん。うぅぅ……うわぁぁーん」
「や、生きてるって……取り敢えず、死んだ憶えがないんじゃが……」
「ちゃ、ちゃんと死体もあるし……だ、だから私……」
死体って……あ、転落した可哀想な俺様一号の事か。
「チェイム…」
俺はギュッと彼女を抱き締めた。
「その……悪かった。直ぐに戻って来てやれば良かったな」
「うぅぅ……グスグス……わ、私……最初は信じてなかった。あの黒猫が死んでないって言ってたから……洸一の死体を見ても、何処かで生きてるって思ってた。だから泣かなかったのに……ちゃんと姿を見たら……な、涙が溢れて……うぅ……うわぁぁぁん」
「も、もう大丈夫だから。取り敢えず、泣き止んでくれぃ」
「グスグス……こ、洸一……グスングスン」
鼻を啜りながら、チェイムは俺の胸に顔を埋め嗚咽していた。
こんなか弱い彼女を見るのは初めてだ。
その分、俺の中で罪悪感が何倍にも膨れ上がった。
ぬぅぅぅ……スマン。誠に申し訳ない。
彼女の髪を優しく撫でながら、心の中で猛烈に謝った。
ったく……漢の中の漢、人類最後のナイスガイである神代洸一様ともあろう者が、女の子を心配させた挙句に泣かせちまうなんて……実になっちょらんですな。
それに……
「……さて」
俺はゆっくりと立ち上がり、動けなくなった兵士達を眺め回した。
「俺様の不在を良いことに、色々と好き放題やってくれたのぅ。あまつさえチェイムを傷付けようとは……普段は菩薩と呼ばれたこの俺様も、ちょいと修羅になっちまったぜ」
★
「……で、俺様の真咲……じゃなかった、チェイムを苛めてたヤツはお前か?ん?」
俺は固まったままになっている、口髭を蓄えた騎士に近付き、その頬をペチペチと叩きながら尋ねた。
「お前が俺様のチャイムを傷付けようとしたのか?」
「……」
男の目にはありありと、恐怖の色が浮かんでいた。
定まらない視線が、そのまま心中を描いている様だ。
「……フンッ。自国の皇女を手に掛け様としたんだ。それなりに償わないとな」
俺は酷薄とも言える表情を浮かべ、彼の頭に手を翳した。
その瞬間、魔法剣が一瞬だけ瞬き、騎士は音も立てずに、一匹のアンタエウスオオクワガタ(インド産)に姿を変えてしまった。
「おおぅ……これは……カッチョイイ」
思わず惚れ惚れとしてしまう。
やはり少年は、カブトとかクワガタに憧れるのだ。
何でだろう?
カナブンには憧れないのにね。
「さてと、お次はここにいる奴等に天罰を与えるか」
ニヤリと笑い、その他、取り囲んでいる騎士達を見渡しながら手にした剣に向かって精神を集中。
哀れ彼等は、あっと言う間に夏の自由研究の素材になってしまった。
「ふ……この無敵で素敵な俺様に歯向かうからこうなるんだ」
俺は蠢く虫達に吐き捨てる様に言いながら、未だ座り込んでグシュグシュと鼻を啜って泣いているチェイムの元へ戻った。
「さ、チェイム。城へ戻ろう。もう日が落ちたし……晩御飯を一緒に食べよう。僕チン、腹ペコだし」
俺はスンスンと泣いている彼女の手を引き、ゆっくりと歩き出した。
もちろん、パインフィールド軍を動ける様にしてやるのを忘れない。
ちなみに残った敵軍は、固まったままその場で放置プレイだ。
我が軍に逆らったらどうなるか、身を持って教えてやるのだ。
★
色んな意味で青天の霹靂だった。
先ず第一に、ホリーホックの現状に、俺は打ちのめされた。
何故?
何故こんな事に?
掛ける言葉が見つからない。
そして第二に、俺様の遺体1号が何故オブジェに?
壁からニュインって上半身が飛び出しているし……
いくら何でも可哀相じゃんか、僕チンが。
もう、なんちゅうの?
掛ける言葉見つからないどころか、呆れて物が言えないですよ。
そして最後に、
「どーして早く戻って来なかったんだッ!!」
真咲姐さん大暴れ。
泣いた子が笑うを通りこしてブチ切れ状態。
な、何故だ?
さっきまであんなにか弱く可愛かったのに……どうして?
僕の真咲を返してくれッ!!
取り敢えず俺は、100回くらい土下座した。
「いや、まぁ……物凄く色々とあったんですよぅ」
俺は城の広間に居並んだ最高幹部達を前に、今までの経緯を事細かに説明した。
敵兵と死闘を繰り返していた俺は、不意に響いてきた物音に慌てて身を隠した。
だがそれは、街道を迂回してきたピッケンズ達だった。
俺は彼らと合流し、俺様の遺体2号を回収すると、そのままパインフィールドへ。
ただ、敵軍を避ける為に何度も道を変えながら進んだので、予想外に時間が掛ってしまった。
それどころか少し迷ってしまった。
そして着いたら着いたで、城の周りは敵に囲まれていた。
これではどうする事も出来ない。
俺は何とか城に忍び込もうと敵兵に化け、その動向を探ってたら、今回の戦闘に遭遇した、と言うワケなのだ。
「と、まぁ……以上が、俺様物語の顛末なのですよ」
俺は言い終え、テヘヘと可愛いスマイルを披露した。
「ところで、御飯はまだでしょうか?実は僕チン、殆ど何も食べてなくて……」
「んなもん、後にせーや」
何故だか吐き捨てる様に黒兵衛が言った。
「だいたいなぁ、オドレは毎度毎度、無茶な単独行動が多過ぎるんや。上に立つモンの責任とか考えたことあるんか?あん?残されたモンの事も少しは考えろや」
おぉぅ……猫に説教されてるよ、俺。
「す、すまんのぅ」
ポリポリと頭を掻く俺。
もちろん、反省度は限りなくゼロに近い。
と、黒兵衛以下幹部達に睨まれている俺に、ピッケンズ男爵が恐る恐る声を掛けてきた。
「ところで守護天使様……アレはどう致しましょう?」
「アレって言うな」
「アレって……なんだっぺ?」
ミトナットウが尋ねる。
「ん?ん~……ま、見れば分かると思うが、ズバリ言うと、俺様遺体2号機の事よ」
俺は軽く顎を動かし、馬車を指した。
「さすがになぁ……あのまま放置しておくのは、何だかとっても嫌な気分だから持ってきちゃったけど……どうしようか?」
「……取り敢えず、見てみるとしましょう」
ウィンウッドが頷くと、パーソンズが馬車へ駆け寄った。
「……うわッ!?死んでますよコレ」
「コレって言うな」
俺様の遺体を何だと思っちょるんだ。
「どうでも良いけど、それを早くこっちへ持って来てくれよぅ」
「わ、分かりました……」
頷きながら、パーソンズは馬車の中へ入って行った。
「言っとくけど、丁寧かつ慎重にな。何てたって俺様なんだから」
「は、はぁ……し、しかしこれは……」
困惑した顔付きで、パーソンズは俺を背負いながら馬車から姿を現した。
「どないしたん?」
と黒兵衛。
「いや、あの……コレって本当に死体なのでしょうか?」
またしてもコレ扱い。
尊厳も何もありゃしない。
「あん?そらどーゆー意味や?」
「は……いえ、何と言うか……寝ているだけみたいな感じなんですよ。今にも動き出しそうと言うか……微かに体温もありますし……」
そう言いながらパーソンズは、皆の前に俺の遺体を下ろした。
「うぅ~ん、我ながら惚れ惚れするほど良い男じゃのぅ。まさに眠れる森の皇子様と言った所ですな」
「死体見てそーゆー事言うのは、世界でもオドレだけだろうな」
黒兵衛が脱力した様に言うのだった。
★
「……美味い」
俺は思わず呟き、口の中に広がる何とも言えない味に深い感動を覚えた。
「いやぁ~……向うを出発してから殆ど飲まず食わずで来たもんだから、無茶苦茶にメッチャ飯が美味いで御座る。空腹こそ最高の調味料だよねぇ」
「洸一。これも食べると良い」
隣の席に座ったチェイムが、フォークに何か肉の塊を突き刺して差し出してきた。
「ほら、ア~ンしろ」
「え?いや……かなりハードルの高い事を要求しますね?皆も見ているし……硬派な俺様としては中々に……」
「気にするな。ほら、早く口を開けろ」
「ぬぅ……」
ズイズイとフォークを突き出してくるチェイムに根負けした俺は、大きく口を開けた。
物凄く恥ずかしいで御座るよ。
「どうだ?美味いか?」
「お、おぅ。とっても美味ちいよ♪」
俺はテヘヘ~と笑った。
何だかこう、照れ臭いけど脳方面が全面的に幸せな気分だ。
だがそんな俺を見て、
「ハァ……自分、何してんねん?見ているだけで背中が痒うなるわい」
黒兵衛が吐き捨てる様に呟いた。
「うっせぇ。文句言うヒマあったら、お前も可愛い雌猫の1匹ぐらい見つけてこいや」
「あ?何やと?」
「あ~……しかし何ですな」
ナプキンで口元を拭いながら、ウィンウッドが俺と黒兵衛の間に割って入るように話し掛けてきた。
「あの遺体はまさしく守護天使殿でしたが、どう言う事でしょうな。何か、魔法みたいなものなのでしょうか?」
「う、うぅ~ん……どうなんだろう?」
俺はパンを齧りながら首を捻った。
「なんちゅうか、魔法を使った憶えは全く無いんじゃが……ってかそもそも、使えない状況だったし。正直、全く分からんですたい」
「具体的には、どうしたらあんな事になっていたんだ?」
とチェイム。
「具体的にと言われてもなぁ……あ、スープの御代り頂戴。ふむ……ただ単に、死んだ、と思った瞬間に、自分の遺体が目の前にあって……俺は新しい体でそれを眺めていたと言うか……うむ、上手く説明出来ないですな」
「……なるほど。黒兵衛殿はどう思いますかな?」
ウィンウッドが、皿に顔を突っ込んでいる黒猫の方を見た。
「ん?せやなぁ……何や特別な力が作用している、ってのは間違い無さそうなんやけど……ちと分からへんなぁ」
「力って、何だ?魔法とかじゃないの?」
俺は尋ねるが、黒兵衛は難しい顔をしながら首を横に振った。
「分からん。遺体をそのままに肉体だけ蘇生させる魔法なんて、聞いた事あらへん。そもそもや、復活の魔法なんてモンは、ゲームや小説の中だけの話や。死んだら、普通はそこでお終いや」
「そ、そうなのか?だったら……何かこう、この世界特有のルールがあるとか、はたまたグライアイが関係しているとかは?」
「ん?その可能性も考えたんやけど……いくら魔神の姉ちゃんやからって、そこまでの力はない筈や」
「ん~……そっか。分からん事ばかりだね。ま、別に命に別状はないから、ノープロブレムだけど」
言いながら俺は、デザートのメロン的なフルーツを摘んだ。
「相変わらず気楽なやっちゃのぅ」
黒兵衛がフゥ~と溜息を吐く。
「それより自分、これからどないするん?」
「ん?まぁ……後でホリーホックの様子を見に行って、それから寝るだけかな?僕ちゃん、超お疲れモードだし」
「誰がオドレの事を聞いた!!ワテが聞いてるのは、これからのこの国の行く末はどーするんや、ちゅーことや」
「そ、そんなに興奮するなよぅ。血管が切れるぞ?」
俺はそう言って、大きく伸びをして立ち上がった。
「ま、その辺の事はちゃんと考えてあるから……詳しい事は、明日にでも表の軍隊をやっつけてから話してやるよ」
★
夕食の後、俺は黒兵衛を連れてホリーホックの部屋の前まで来ていた。
さてさて、話には聞いてたけど……実際の具合は、どうなんじゃろう?
ノックしようと、俺は少しだけ躊躇いがちに木製の扉に手の甲を当てるが、
「おう、ワテや。ちょっくらここを開けてくれんかーーーッ!!」
黒兵衛は品の無い声でいきなり叫んだ。
相変わらず、怖いもの無しである。
「あのなぁ……俺達は病人の見舞いに来たんだぞ?もう少し静かにしろよ……」
眉間に皺を寄せてそう言うと、黒兵衛はフンッ鼻を鳴らし、
「じゃかましい。こうなった元凶を作った本人が、何をヌカしてるねん」
と言った。
「……」
なるほど。言う事はもっともだ。
ホリーホックが壊れちゃった原因は、全て俺にあると言っても過言では無い。
むぅ……お詫びに、今度彼女に特製の猫鍋を作ってあげなくては。
素材が素材だけに、あまり美味くはないと思うけど。
俺は独り頷き、どうやったら美味い出汁が取れるかと痩せこけた黒兵衛を睨んでいると、キィ~と音を立てながら微かに扉が開き、中からヒョイと、ミトナットウが顔を出した。
「ありゃ?これは黒兵衛殿……と、守護天使様だっぺか」
おやおや、俺はオマケですかい。
「よぅ。ホリーホックの顔を見に来たぜ」
「そうだっぺか。あ、取り敢えず入るっぺよ」
ミトナットウは少しだけ疲れた顔で、ドアを開けた。
「丁度ホリーホック様も、夕御飯を食べ終えた所だっぺ」
「……そうか」
俺は少し躊躇いがちに部屋に入ると、彼女は大小様々なヌイグルミに囲まれて、何やら摩訶不思議な歌を口ずさみながら転がっていた。
中々にフリーダムである。
う、うぅ~む……
「よ、よぅホリーホック。調子は……どうだ?」
「あ~♪」
顔を上げ、ニコニコと嬉しそうな笑顔。
無垢な瞳に俺が映る。
お、おおぅ……思った以上に、アレですな。
心が痛んだ。
鋭い刃物で胸を抉られたような感じがする。
とは言え、同じアレでも、某幼馴染のアレとは全く違うので、少し安心したのだが。
「……」
俺は無言で彼女の隣に腰掛け、その小さな頭の上に手を置くと、丹念に梳かれている柔らかい髪の毛をぽふぽふと撫でつけた。
「あ~♪」
目を細め、ホリーホックはうっとりとした表情でしなだれる。
「……なぁミトナットウ」
彼女の頭を撫でながら、俺は尋ねた。
「心のお医者さんには、見せたのか?……この世界に心のお医者がいるかどうか知らんけど」
「……」
ゴブリンはゆっくりと頷いた。
「むぅ……そうか。その表情からして……つまりはダメ、って事だな?」
「何でも、幼児退行と言うには、あまりにも記憶の欠如が多過ぎると言ってたっぺ」
「……そっか」
仕方が無い。
ここはやはり、この俺様が魔法で治すしか……
その瞬間、
「う…」
俺は顔を顰め、こめかみ辺りを押さえる。
まただ……
ここ最近……いや、殆ど記憶に残ってないが……実は結構前からだと思うが、不意に頭の中に声が響くことがあるのだ。
どこか機械的な感情の無い声が、短い言葉で俺に忠告みたいなものを与えて来るのだ。
現に今も、『ダメだ』と声が響いた。
……
……
もしかして俺は、知らない内にヤク中になっているのではなかろうか?
心当たりは大いにある。
何しろ妙な薬を調合するの大好きな魔法使いが身近にいるし。
あの女の事だ、こっそりと俺の食べる物に何かしらの危険薬物を混入させているかもしれん。
うむ、その可能性は高い。
「あん?どないしたんや、自分?」
「ん?いや、実は幻聴が……」
「は?幻聴?」
「……何でもない。ところで黒兵衛よ、ちと尋ねるが……」
「あ?あ~……止めとけや」
「ま、まだ何も言ってないんじゃが……」
「言わんでも分かる。自分……姉ちゃんがこない具合なんやけど、エッチな事が出来るか試したいんやろ?」
「ちち、違うわボケッ!!」
こ、この駄猫は……やはり猫鍋に決定だ。
「はん、冗談や」
黒兵衛はそう言って、ペロペロと自分の前足を舐め始めた。
「自分、アレやろ?魔法で姉ちゃんを元に戻そうとか思ったんやろ?」
「お、おぅ…」
「ま、そうやろうな。せやから言うたんや。止めとけってな」
「……理由は?」
「危険過ぎるんや」
黒兵衛はそう言って、ホリーホックを見つめる。
「その魔法剣ってのは……多分やが、魔力を付与すると同時に、複雑な魔法式も簡略化するんやないかと、ワテは思っとる」
「は、はい!!」
「あ?なんや?」
「何を言ってるのかサッパリ分からんですたい。日本語でお願いします」
「最初から日本語やろうが……まぁ、ええわ。本来はな、魔法ってのはもちっと複雑なんや。例えば自分……怪我を治すヒール系の魔法を使うとするやん。そん時、自分……どうやって使っとる?」
「ふぇ?どうやってと言われても……普通に、治れ、みたいな感じ?」
「ごっつい省略しとるやないけ。あんな、本来なら怪我の具合……そもそもその怪我がどれぐらい肉体にダメージを与え取るとか、医学的知識も駆使して魔法式を組み立て、それに魔力を注入して使うのが魔法なんや」
「……わ、分からん」
「今の自分は、下等な魔法生物とかと一緒や。単に本能だけで使うとるねん。一見、便利やろうけど、無駄が多いし、何より複雑な魔法は使えへんのや」
「そ、そうなのか?」
「ま、あくまでもワテの推論や。せやからな、話は戻すけど、心の治癒は止めといた方がエエ。いや、使うなや。今の自分じゃ手に負えへん。もちっと勉強してからや。それだけ、精神を治す魔法は複雑で難しいんや」
「つまり……精神系魔法を掛けられた仲間は治せないって事なのか?」
「や、それは攻撃魔法って言う外的要因やろ。それなら簡単に治癒できるわい。せやけど、自分で発症した場合は……ちとな」
「ぬ、ぬぅ……そっか。もし上手く行けば、某幼馴染にも使ってやろうと思っていたんじゃが……」
「あのクマ姉ちゃんか?そら無理やで。あれは先天的やし」
「まぁな。しかし、うぅ~ん……試すのもダメか?」
「……やってみるとエエ。正直言うとな、心の病は治ると思うで」
「ふぇ?」
「せやけど多分、ホリーホックの姉ちゃんは、自分の知ってるホリーホックの姉ちゃんと違う存在になってるやろな」
「……」
「心の傷はな、魔法でもそう簡単に治るモンやないんや」
と黒兵衛が大きく溜息を吐きながら、どこか沈んだ声で言った。
「だったら、結局は自然治癒しか無いってことか……」
俺はゴリゴリと頭を掻いた。
そんな俺をホリーホックがニコニコ顔で見つめてくる。
「……ぬぅ」
黒兵衛が前足で、座り込んでいる俺の膝を叩いた。
「ま、そない気に病んだって仕方あらへん。それに今は、他に考える事があるやろ?そっちを優先させな」
「……そうだな」
俺は頷いた。
猫如きに諭されるのは片腹痛いが、まぁ……言う事はもっともだ。
今は目先の敵軍の事を考える事が先決だ。
しかしながらホリーホックがこの調子では……
俺は何時になったら元の世界に戻る事が出来るのだろう?




