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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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8/20

第8話 私は変わった


 それから数日。


 ゆみえの生活は、少しずつ変わっていた。


 朝起きる。


 鏡を見る。


 銀色の髪を整える。


 緑色の瞳を見る。


 そして――。


「……今日も綺麗」


 自分でそう思うことにも、慣れてきた。


 最初は鏡を見るたびに違和感があった。


 けれど今では、この身体で生活することが当たり前になりつつある。


「おはよう、ゆみえ!」


「おはよう」


 村を歩けば、声をかけられる。


 店に入れば、笑顔を向けられる。


 以前の世界では、ほとんど経験したことのないことだった。


 それは、やっぱり嬉しかった。


 ――私は、変わった。


 そう思っていた。


     ◇


「ゆみえ!」


 村の広場で、リリアが手を振っている。


「今日は市場に行こうよ」


「うん」


 二人で市場へ向かう。


 すると、途中で一人の青年とすれ違った。


「……」


 ゆみえは、無意識にその青年から少し距離を取った。


 青年は太っていた。


 髪は薄く、肌にはニキビがある。


 服装もあまり清潔には見えなかった。


 その瞬間。


 ゆみえの胸の中に、ある感情が浮かんだ。


「……ちょっと嫌だな」


 自分でも気づかないほど自然に。


 ただ、それだけだった。


 青年が通り過ぎる。


 ゆみえは何事もなかったように歩き続けた。


「ゆみえ?」


「なに?」


「今、避けた?」


「え?」


「さっきの人」


「……」


 ゆみえは黙った。


「別に……」


「そう?」


 リリアはそれ以上聞かなかった。


 でも。


 ゆみえ自身は気づいていた。


 自分が、あの青年を避けたことを。


     ◇


 昼過ぎ。


 ノアの家を訪ねた。


「ノア、いる?」


「……いる」


 扉が開く。


「今日は何してたの?」


「本を読んでた」


「どんな本?」


「魔法の本」


「難しそう」


「ゆみえには無理だよ」


「ひどい」


「だって、ゆみえって魔法使えないじゃん」


「まだ使ったことがないだけ!」


「同じことだよ」


 ノアが笑う。


 ゆみえも笑った。


 少しずつ。


 この関係が自然になってきていた。


 そのとき。


「……ねえ」


 ノアが言った。


「ん?」


「ゆみえは、町で人気なんでしょ?」


「どうして?」


「みんな話してる」


「……そうなの?」


「綺麗なエルフが来たって」


 ゆみえは少し照れた。


「まあ……」


「嬉しい?」


「……うん」


「そっか」


 ノアは本に視線を戻した。


「じゃあ、僕みたいなのと一緒にいるのは嫌じゃないの?」


「どうして?」


「だって……」


 ノアは自分の顔を触った。


「僕、醜いから」


 ゆみえは何も言えなかった。


「昔から言われてる」


「……」


「学校でも、店でも」


 ノアは笑った。


 でも、その笑顔は寂しかった。


「綺麗な人は、僕とは違う世界にいるんだって」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ゆみえの胸が痛くなった。


「そんなことないよ」


「本当に?」


「うん」


「じゃあ、僕の顔が綺麗じゃなくても、友達でいてくれる?」


「もちろん」


 ゆみえは即答した。


「顔なんて関係ないよ」


 言ったあと。


 その言葉が、自分の胸に突き刺さった。


 ――顔なんて関係ない。


 本当に?


 数時間前。


 自分は誰かの外見を見て、避けた。


 それなのに。


「……私」


「ん?」


「いや……なんでもない」


     ◇


 帰り道。


 ゆみえは一人だった。


 夕方の道を歩きながら、昼間の出来事を思い返していた。


 太った青年。


 荒れた肌。


 薄い髪。


 清潔ではない服。


 そして、自分の中に生まれた感情。


「嫌だ」


 その感情を、何度も思い返す。


 前の自分なら――。


 同じような目で見られていた。


 太っている。


 醜い。


 近づきたくない。


 そう思われていた。


「……私も」


 足が止まる。


「私も、同じことをしてる」


 気づいた瞬間。


 急に怖くなった。


 自分は、この世界に来て何が変わった?


 顔が変わった。


 年齢が変わった。


 身体が変わった。


 人生まで変わった。


 でも――。


「心は……変わってない」


 むしろ。


 美しい側に立ったことで。


 今まで自分が受けていたものを、今度は自分が誰かにしている。


「……最低」


 自分で自分を責める。


 でも。


 そこで、別の声が頭の中に浮かんだ。


『仕方ないじゃん』


『嫌だと思うものは嫌なんだから』


『誰だって綺麗な人が好き』


 それもまた、自分の本音だった。


 ゆみえは顔を上げた。


 夕焼けが綺麗だった。


 以前なら、こんな景色を見ても自分のことばかり考えていた。


 でも今は違う。


 世界が見える。


 人が見える。


 そして――。


 自分自身が見える。


「……私って」


 小さく笑った。


「こんな人間だったんだ」


     ◇


 その夜。


 ゆみえは眠りについた。


 夢を見た。


 古い教室。


 机。


 黒板。


 そして――。


 そこに座っている少女。


 太った身体。


 俯いた顔。


 誰にも話しかけられない少女。


「……私」


 夢の中のゆみえは、その少女に近づいた。


「ねえ」


 少女が顔を上げる。


「誰?」


「私だよ」


「……知らない」


「私」


 ゆみえは自分の顔を指差した。


「あなたの未来」


 少女は不思議そうに見つめる。


「綺麗だね」


「……」


「どうして泣いてるの?」


「……分からない」


 少女は答えた。


「綺麗になったら、幸せになれるんじゃなかったの?」


 ゆみえの身体が固まった。


「……え?」


「ずっとそう思ってたんでしょ?」


「……」


「綺麗になれば」


「……」


「若くなれば」


「……」


「誰かに愛してもらえるって」


 ゆみえは何も言えなかった。


 少女が笑う。


「じゃあ――」


 一歩、近づいてくる。


「どうして、まだ泣いてるの?」


「……」


「どうして?」


「……分からない」


 その瞬間。


 少女の顔が、自分の顔に変わった。


 美しいエルフ。


 銀色の髪。


 緑色の瞳。


 そして、その顔が――。


 ゆっくりと崩れていく。


「やめて……」


 ゆみえが後ずさる。


「やめて!」


 鏡が割れる。


 無数の破片。


 その一つ一つに、違う自分が映っていた。


 醜い自分。


 若い自分。


 美しい自分。


 泣いている自分。


 笑っている自分。


 そして。


 誰かを見下している自分。


「嫌……」


 ゆみえは目を閉じた。


「私は、こんな人間じゃない」


 どこからか声が聞こえる。


『本当に?』


「……」


『あなたは、変わった?』


「……」


『顔が変わっただけじゃない?』


「違う……」


『じゃあ、証明して』


「どうやって……?」


『次に、醜い人を見たとき――』


 声が消える。


『あなたは、その人をどう見る?』


「……」


 ゆみえは目を開いた。


 ベッドの上だった。


 朝。


 汗で身体が濡れている。


「……夢」


 胸に手を当てる。


 心臓が激しく鳴っている。


 そして。


 その日の午後。


 ゆみえは再び、昨日の青年とすれ違った。


 青年はこちらに気づいた。


 ゆみえも気づいた。


 以前なら。


 目を逸らしていた。


 距離を取っていた。


 けれど――。


 ゆみえは立ち止まった。


「……こんにちは」


 青年が驚いた顔をする。


「え?」


「こんにちは」


 もう一度言った。


 青年は戸惑いながら。


「……こんにちは」


 と返した。


 たった、それだけ。


 何も変わっていない。


 青年の顔も。


 ゆみえの顔も。


 世界も。


 けれど。


 ゆみえの中で、何かがほんの少しだけ変わった。


「……私、変われるのかな」


 その答えを、彼女はまだ知らない。


 ただ一つだけ分かった。


 美しくなることと。


 美しい人間になることは。


 ――まったく別のことなのだ。

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