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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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第7話 醜い少女



 その夜。


 ゆみえは眠れなかった。


 ベッドに横になって目を閉じても、昼間の光景が何度も蘇ってくる。


『醜いくせに』


『金もないの?』


 笑い声。


 俯いた少年。


 そして――。


 逃げるように去っていった、小さな背中。


「……ノア」


 名前まで覚えてしまった。


 どうしてだろう。


 たった一度見ただけなのに。


 気になって仕方がない。


 ゆみえはベッドから起き上がった。


 窓の外を見る。


 月明かりに照らされた村は静まり返っていた。


「私も……あんなだった」


 子どもの頃。


 鏡を見ることが嫌だった。


 写真を撮られることも嫌だった。


 教室で男子が笑っているだけで、自分のことだと思った。


 誰かが「太った」と言えば、自分のことだと思った。


 そしていつからか――。


 人の目を見ることができなくなった。


「……ノアも、同じなのかな」


 翌朝。


「ゆみえ、どうしたの?」


 リリアが尋ねた。


「昨日の男の子……ノアって子」


「ああ……」


「どこに住んでるの?」


 リリアの表情が少し曇った。


「会いに行くの?」


「うん」


「やめたほうがいいと思う」


「どうして?」


「ノアは、人と話すのが苦手なの」


「だから?」


「……綺麗な人が近づくと、もっと警戒する」


「綺麗な人?」


 ゆみえは自分の顔に触れた。


「私みたいな?」


「うん」


 リリアは少し困ったように笑った。


「ノアにとっては、綺麗な人って、自分を傷つける人と同じなんだと思う」


 その言葉を聞いて。


 ゆみえは胸を締め付けられた。


「……会いたい」


「ゆみえ」


「話をしたいだけ」


 リリアはしばらく黙ったあと、ため息をついた。


「分かった」


 ノアの家は、町外れにあった。


 小さな家だった。


 周囲の家と比べても、明らかに古い。


 ゆみえが扉を叩く。


 返事はない。


「ノア?」


 もう一度叩く。


「……帰って」


 中から声がした。


「ノア?」


「帰ってよ」


「昨日、会ったよね」


「知らない」


「嘘」


「……」


 沈黙。


 ゆみえは扉の前に座った。


「じゃあ、ここにいる」


「なんで?」


「話したいから」


「話すことなんてない」


「私はあるよ」


「……何?」


「昨日、悲しそうだったから」


 その瞬間。


 扉の向こうから、強い声が返ってきた。


「可哀想だから来たの?」


「え?」


「僕が醜いから?」


「違う」


「じゃあ何?」


 ゆみえは答えられなかった。


 ノアの声が続く。


「どうせあなたも同じでしょ」


「……」


「僕を見て、可哀想だと思ったんでしょ」


「違う」


「じゃあ、何を思ったの?」


 ゆみえは唇を噛んだ。


 そして。


「……昔の私に似てると思った」


 扉の向こうが静かになった。


「昔?」


「私も……人に見られるのが嫌だった」


「あなたが?」


「うん」


「嘘」


 即答だった。


「あなたみたいな人が?」


「……」


「そんなに綺麗なのに?」


 その言葉が胸に刺さった。


「今はね」


「……え?」


「今の私は綺麗」


 ゆみえは自分の顔を思い浮かべた。


「でも、前は違った」


「……」


「私は四十九歳だった」


 ノアは何も言わない。


「太っていて」


「……」


「可愛くなくて」


「……」


「誰にも好きになってもらえなくて」


 言葉にするたび、胸の奥が痛んだ。


「だから、あなたの気持ちが分かる……とは言えない」


「……」


「だって私は、もう綺麗になってしまったから」


 しばらくして。


 扉が少しだけ開いた。


 隙間から、ノアの目が見えた。


「……じゃあ」


「うん?」


「今は、幸せ?」


 ゆみえは答えられなかった。


「……分からない」


「綺麗なのに?」


「うん」


「どうして?」


「……怖いから」


「何が?」


「この顔がなくなること」


 ノアが目を見開いた。


「みんなが私を見るのは、この顔のおかげだから」


「……」


「もし、この顔じゃなかったら……また誰も私を見てくれなくなる気がする」


 ノアは黙っていた。


 ゆみえも黙った。


 しばらくして。


「……変なの」


 ノアが呟いた。


「え?」


「綺麗なのに、そんなこと考えるんだ」


「うん」


「僕とは違うけど……」


 ノアが少しだけ扉を開いた。


「……少しだけ分かる」


 その言葉に、ゆみえは笑った。


「ありがとう」


     ◇


 それから。


 ゆみえは何度かノアの家を訪ねるようになった。


 毎回、長く話すわけではない。


 一言だけの日もある。


「今日は何してた?」


「魔法の練習」


「できた?」


「失敗した」


「そっか」


 それだけ。


 でも。


 少しずつ、ノアは扉を開けるようになった。


 ある日。


「ゆみえ」


「なに?」


「どうして僕に優しくするの?」


「……友達だから?」


「まだ友達じゃないよ」


「じゃあ、友達になりたいから」


「……変なの」


「よく言われる」


 ノアが初めて笑った。


 ほんの一瞬。


 それだけだった。


 けれど、ゆみえには嬉しかった。


     ◇


 その帰り道。


 リリアと二人で歩いていると、リリアが言った。


「ノア、笑ってたね」


「うん」


「すごいじゃん」


「そうかな」


「うん」


 リリアはゆみえの顔を見る。


「ゆみえは、人を変える力があるのかもね」


「そんなことないよ」


「でも――」


 リリアは少し笑った。


「ノアは、ゆみえが綺麗だからじゃなくて、ゆみえだから笑ったんじゃない?」


「……」


 ゆみえは足を止めた。


 その言葉が、胸に残った。


 自分が欲しかったもの。


 顔ではなく。


 年齢でもなく。


 条件でもなく。


「私だから」


 そう言ってくれる誰か。


 そんな人が、本当にいるのだろうか。


 そしてその夜。


 ゆみえは鏡の前に立った。


 いつものように、美しい自分が映っている。


 でも。


 今日は少しだけ違って見えた。


「この顔じゃなくても……」


 そう呟く。


「誰かに好きになってもらえるのかな」


 答えは分からない。


 けれど。


 以前ほど、その答えを急いで欲しいとは思わなかった。


 そのとき――。


 鏡の中の自分が、一瞬だけ別人に見えた。


 四十九歳の自分。


 皺のある顔。


 疲れた目。


 泣き腫らした瞳。


「……私?」


 瞬きをする。


 そこには、いつもの美しいエルフがいる。


「……気のせいか」


 ゆみえは鏡から離れた。


 けれど。


 知らなかった。


 この夜を境に。


 過去の自分が、少しずつ夢の中に現れ始めることを。


 そして――。


 美しい身体を手に入れた彼女が、


 やがて自分自身の中にある「醜さ」に気づいていくことを。

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