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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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第3話 生まれ変わりたい



 その日から、ゆみえは少しずつ変わっていった。


 職場では、蓮と必要以上に話さなくなった。


 目が合えば笑う。


 挨拶もする。


 仕事の話もする。


 それだけ。


 蓮は何も悪くない。


 それは分かっていた。


 彼は自分の気持ちを正直に伝えただけだ。


 だから、恨むこともできなかった。


 むしろ――。


 恨めないことが、苦しかった。


「ゆみえさん、最近ちょっと元気ないですよね」


 昼休み、同じ派遣の女性が声をかけてきた。


「そうかな?」


「うん。前より静かになった気がする」


「ちょっと寝不足なだけ」


「ちゃんと寝てくださいね」


「ありがとう」


 笑った。


 いつものように。


 けれど、心の中では別のことを考えていた。


 ――私が美人だったら。


 もし自分が、20歳くらい若かったら。


 もし、痩せていたら。


 もし、生まれつき綺麗な顔だったら。


 蓮は自分を見てくれただろうか。


 答えは分からない。


 分からないからこそ、考えてしまう。


 その夜。


 ゆみえは宗教団体の集まりに参加した。


「ゆみえちゃん、最近どうしたの?」


「え?」


「なんだか元気がないように見えるわ」


「ちょっと疲れてるだけです」


 そう答えた。


 隣に座っていた90歳の女性が、優しく笑った。


「無理しちゃ駄目よ。人生は長いんだから」


 ゆみえはその言葉に、胸が締めつけられた。


 人生は長い。


 本当にそうだろうか。


 49年生きてきた。


 その49年間で、何があった?


 学校ではいじめられた。


 恋人はできなかった。


 結婚もしなかった。


 仕事をして、家に帰って、眠る。


 それを繰り返してきただけ。


 もちろん、楽しかったこともある。


 美味しいものを食べた。


 テレビを見て笑った。


 季節の花を見て綺麗だと思った。


 老人たちと話すのも嫌いではなかった。


 でも。


 人生で一度くらい、


「あなたが好きです」


と言ってほしかった。


 一度くらい、


「あなたじゃなきゃ嫌だ」


と言われたかった。


 そんなことを考えながら帰宅した。


 部屋の電気をつける。


 誰もいない。


「ただいま」


 当然、返事はない。


 靴を脱ぐ。


 鞄を置く。


 冷蔵庫を開ける。


 何も食べたいものがなかった。


 ゆみえはそのまま洗面所へ向かった。


 鏡を見る。


 そして、長い間、自分の顔を見つめた。


「……醜いな」


 いつもの言葉。


 でも、その日は違った。


 ゆみえは鏡の中の自分に問いかけた。


「もし……美人だったら?」


 鏡の中の女は答えない。


「もし、20歳だったら?」


 当然、答えない。


「もし、誰も私を馬鹿にしなかったら?」


 沈黙。


 ゆみえは鏡に手を伸ばした。


 冷たい。


「……違う人生を生きてみたかった」


 涙が落ちる。


「一回でいいから……」


 声が震えた。


「綺麗になってみたかった」


 それは、願いだった。


 誰に聞かせるでもない。


 神に祈るわけでもない。


 ただ、自分自身に向けた願い。


 その夜、ゆみえは眠った。


 そして翌朝。


 目を覚ますと――。


 いつもの天井ではなかった。


「……え?」


 ゆみえは目を開いた。


 木でできた天井。


 見たことのない部屋。


 壁には見たことのない紋章。


 窓から差し込む光。


「ここ……どこ?」


 起き上がろうとした。


 その瞬間。


 長い髪が肩から滑り落ちた。


「……え?」


 ゆみえは髪を掴んだ。


 銀色だった。


 白ではない。


 光を受けると淡く輝く、美しい銀色。


「何……これ……」


 手を見る。


 細い。


 自分の手ではない。


 腕も細い。


 指も長い。


 そして、妙に身体が軽い。


 ゆみえはベッドから降りた。


 ふらつきながら、部屋の中を見回す。


 壁際に、大きな鏡が置かれていた。


 その鏡に近づく。


 一歩。


 二歩。


 そして――。


 鏡の中を見た。


「…………」


 声が出なかった。


 そこにいたのは。


 20歳くらいの女性だった。


 長い銀髪。


 透き通るような肌。


 翠色の瞳。


 整った鼻。


 薄く紅い唇。


 長く尖った耳。


 そして――。


 誰が見ても分かる。


 絶世の美女だった。


「…………誰?」


 鏡の中の女性も、同じように口を動かした。


 ゆみえは自分の頬を触った。


 鏡の中の女性も頬を触る。


「私……?」


 膝から力が抜けた。


 その場に座り込む。


 涙が出た。


 悲しいからではない。


 嬉しいからなのかも分からない。


 ただ、涙が止まらなかった。


「……綺麗」


 初めて。


 生まれて初めて。


 自分の顔を見て、


「綺麗」


と思った。


 ゆみえは鏡に手をついた。


「これ……私なの?」


 すると。


 部屋の扉が勢いよく開いた。


「ゆみえ!」


 若い女性の声。


 振り返る。


 そこには、美しいエルフの少女が立っていた。


「よかった……!」


 少女は涙を浮かべながら駆け寄ってくる。


「目が覚めたのね!」


 ゆみえは呆然と少女を見る。


「……あなたは?」


「何を言ってるの?」


 少女が首を傾げる。


「私よ。リリア」


 そして、ゆみえの手を握った。


「あなたの友達でしょう?」


 その瞬間。


 ゆみえの胸の奥に、知らない記憶が流れ込んできた。


 森。


 エルフの村。


 魔法。


 家族。


 そして――。


 自分の名前。


「……ゆみえ」


 少女が呼ぶ。


「ゆみえ?」


 ゆみえは震える声で答えた。


「……私の名前は……ゆみえ」


 49歳だった自分。


 そして今。


 20歳のエルフとして生きる自分。


 ゆみえの二つの人生が、そこで初めて重なった。


 窓の外には、見たことのない巨大な森が広がっていた。


 そして遠くから、鐘の音が聞こえてくる。


 この世界で、ゆみえはまだ知らない。


 ここが――。


 美しい者ほど価値を持つ世界であることを。


 そして自分が、その世界で最も美しい存在の一人になったことを。

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