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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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2/20

第2話 最後の恋



 その人を初めて見たとき、ゆみえは自分でも驚くほど長い時間、目を離せなかった。


 23歳。


 整った顔立ち。


 少し長めの黒髪。


 笑うと目尻が柔らかく下がる。


 背も高い。


 そして何より、誰に対しても明るかった。


「おはようございます!」


 出勤してきた彼は、入口にいた社員一人ひとりに声をかけていく。


「おはようございます」


「おはよう!」


「今日もよろしくお願いします!」


 相手が若い女性でも、年配の男性でも、派遣社員でも関係ない。


 彼は同じように笑顔を向けていた。


 名前は、蓮。


 23歳。


 職場では誰からも好かれている青年だった。


 ゆみえは最初、自分には関係のない世界の人だと思っていた。


 自分とは住む世界が違う。


 そう思っていた。


 ところがある日。


「ゆみえさん、大丈夫ですか?」


「え?」


 仕事中、蓮が声をかけてきた。


「さっきからちょっと顔色悪いですよ」


「……そう?」


「無理しないでくださいね」


「ありがとう」


 たった、それだけだった。


 それだけなのに。


 帰宅してからも、その言葉が頭から離れなかった。


 大丈夫ですか。


 無理しないでくださいね。


 そんな言葉を男性からかけられた記憶が、ゆみえにはほとんどなかった。


「……馬鹿みたい」


 鏡を見ながら、自分で笑った。


 49歳の自分が、23歳の男性に何を期待しているのだろう。


 そう思った。


 それでも。


 翌日、蓮が出勤してくる時間になると、少しだけ胸が高鳴った。


 彼の声が聞こえる。


「おはようございます!」


 ゆみえは顔を上げた。


 目が合った。


「おはようございます、ゆみえさん」


「……お、おはよう」


 たったそれだけで、一日が少し明るくなった。


 それから、ゆみえは少しずつ蓮を目で追うようになった。


 休憩室で笑っている姿。


 誰かの仕事を手伝っている姿。


 失敗した新人を励ましている姿。


 怒られて落ち込んでいる人に、


「大丈夫ですよ。次がありますから」


と声をかけている姿。


 見るほどに、好きになっていった。


 そして、ある日。


 ゆみえは気づいた。


 自分は恋をしている。


「……私、何考えてるんだろう」


 49歳。


 恋愛経験はない。


 それでも、胸の奥が苦しくなるほど、彼のことが好きだった。


 夜、布団に入っても眠れない。


 もしも。


 もしも、彼が自分を好きになってくれたら。


 そんなことを考えてしまう。


 あり得ない。


 そう思う。


 でも、完全には否定できない。


 蓮は誰にでも優しい。


 だから、自分にも優しい。


 ただ、それだけ。


 頭では分かっている。


 それでも心は期待してしまった。


 ある日、ゆみえは鏡の前に立った。


 髪を整える。


 服を選ぶ。


 少しでも綺麗に見えるようにする。


「……無理かな」


 自分の姿を見る。


 49歳。


 肥満体型。


 美人とは、とても言えない。


 それでも――。


「一回くらい……いいよね」


 人生で一度くらい。


 好きな人に、自分の気持ちを伝えてみてもいい。


 断られてもいい。


 そう思った。


 数日後。


 仕事が終わったあと、ゆみえは蓮を呼び止めた。


「あの……蓮くん」


「はい?」


「あのね……」


 喉が震える。


 心臓が激しく鳴っている。


 逃げたい。


 でも、逃げたくない。


「私……蓮くんのことが好きです」


 言った。


 言ってしまった。


 蓮の表情が止まる。


 数秒。


 沈黙。


 ゆみえには、その数秒が永遠のように感じられた。


「……ありがとうございます」


 蓮は困ったように笑った。


「でも……ごめんなさい」


 その瞬間。


 胸の奥が冷たくなった。


「そう……だよね」


 ゆみえは笑った。


「ごめんなさい。変なこと言って」


「違います。ゆみえさんが悪いわけじゃ――」


「いいの」


 ゆみえは遮った。


「分かってるから」


 帰ろうとした。


 しかし。


「ゆみえさん」


 呼び止められた。


「一つだけ、聞いてもいいですか?」


「……何?」


「どうして、僕なんですか?」


 ゆみえは少し考えた。


「優しかったから」


 蓮は黙った。


「私に優しくしてくれたから」


 それだけ言って、背を向けた。


 その日は眠れなかった。


 何度も考える。


 やっぱり無理だった。


 当たり前だった。


 23歳と49歳。


 そもそも、釣り合うわけがない。


 それでも――。


 数日後、蓮がゆみえに話しかけてきた。


「この前のことなんですけど……」


「もういいよ」


「でも、ちゃんと理由を言っておきたくて」


 ゆみえは黙った。


 蓮は少し迷ったあと、言った。


「僕は、同年代くらいの女性と恋愛したいと思っています」


「……うん」


「だから……年齢のこともあります」


 ゆみえの指が震えた。


「それと……」


 蓮は言葉を選んでいた。


「恋愛するなら、やっぱり見た目も気にします」


 その瞬間。


 何かが、ゆみえの中で切れた。


 分かっていた。


 そんなことは、ずっと昔から分かっていた。


 なのに。


 実際に好きな人から言われると、耐えられなかった。


「……そっか」


 ゆみえは笑った。


「ありがとう。ちゃんと言ってくれて」


 笑顔を作った。


 蓮も申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい」


「謝らなくていいよ」


 その夜。


 ゆみえは自宅の鏡の前に座っていた。


 鏡の中には、自分がいる。


 49歳の女。


 醜い。


 太っている。


 誰にも選ばれない。


「……やっぱり、そうなんだ」


 涙が頬を伝った。


「美人じゃなきゃ……」


 声が震える。


「若くなきゃ……」


 涙が止まらない。


「誰にも愛してもらえないんだ」


 その夜、ゆみえは初めて、


「生まれ変わりたい」


と思った。


そして、その願いが叶うことになる。


ただし――。


それが本当に幸福への入り口だったのか。


このときのゆみえには、まだ分からなかった。

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