第1話 醜い私の人生
ゆみえは、自分の顔を見るのが嫌いだった。
朝、洗面所の鏡を見る。
鏡の中には、寝癖のついた髪と、腫れぼったい目。そして、大きな身体が映っている。
「……今日も、ひどいな」
49歳。
独身。
恋人いない歴は、49年。
それを誰かに聞かれれば、ゆみえは笑ってごまかす。
「私、恋愛とか向いてないんですよ」
本当は違う。
向いていないのではない。
怖かった。
人が怖かった。
特に、自分と同じくらいの年齢の人間が。
幼い頃から、ゆみえは容姿を理由にからかわれてきた。
小学生の頃。
「デブ」
「ブス」
「なんでそんな顔なの?」
笑われるたび、ゆみえは黙っていた。
反論すれば、もっと笑われる。
泣けば、もっと面白がられる。
だから、いつからか何も言わなくなった。
中学生になっても、高校生になっても、それは変わらなかった。
男子から好意を向けられたことは一度もない。
女子のグループにも入れなかった。
休み時間は、一人で過ごした。
誰かと目が合うだけで、
「何か言われるんじゃないか」
と思うようになった。
そして、大人になった。
就職しても、派遣社員になっても、人との距離は縮まらなかった。
仕事は真面目にする。
遅刻もしない。
頼まれた仕事は断らない。
だから、
「ゆみえさんって、真面目ですよね」
と言われることはある。
でも、その先はない。
食事に誘われることもない。
休日に遊びに誘われることもない。
まして、恋人になるような相手など、いるはずもなかった。
そんなゆみえにも、一つだけ居場所があった。
宗教団体だった。
そこには12人のメンバーがいた。
平均年齢は、およそ90歳。
最年長は100歳を超えている。
ゆみえの49歳という年齢は、そこでは「若者」だった。
「ゆみえちゃん、今日も来てくれたのかい」
「はい」
「若い人が来てくれると嬉しいねえ」
老人たちは、ゆみえを可愛がってくれた。
お菓子をくれる。
昔の話を聞かせてくれる。
体調を気遣ってくれる。
誰も、
「太っている」
とか、
「顔が悪い」
とは言わなかった。
ゆみえは、ここなら自分を受け入れてもらえると思った。
ある日の帰り道。
ゆみえは一人で歩きながら、空を見上げた。
「人間って、年を取ったら見た目なんて気にしなくなるのかな」
そう思った。
若い頃の自分を知っている人たちは、誰も自分を好きになってくれなかった。
でも、この人たちは違う。
そう信じたかった。
ところが、ある女性が団体に入ってきた。
年齢は、ゆみえよりずっと上。
70代だった。
ただし――美しかった。
背筋が伸びている。
髪は綺麗に整えられている。
笑顔も上品だった。
初めて会った日。
「あら、綺麗な方ねえ」
「本当に」
「昔はさぞかしモテたでしょうね」
老人たちは、その女性を囲んだ。
ゆみえは少し離れた場所で、その光景を見ていた。
「……あれ?」
いつも自分に話しかけてくれる人たちが、その日は自分のところへ来なかった。
その女性が帰るときには、
「また来てくださいね」
「次も楽しみにしています」
と、何人もの人が声をかけていた。
ゆみえにも、同じように優しくしてくれる。
でも――明らかに違った。
ほんの少し。
ほんの少しだけ。
自分より、その女性のほうが大切にされている。
その夜、ゆみえは布団の中で考えた。
「……見た目じゃないって、思ってたのにな」
誰かを責めたいわけではない。
老人たちに悪意がないことも分かっていた。
だからこそ、苦しかった。
人間は、意識していなくても、美しいものに惹かれる。
年齢を重ねても。
宗教を信じていても。
優しい人でも。
「結局……同じなんだ」
ゆみえは布団の中で目を閉じた。
それでも、まだ一つだけ夢があった。
一度でいい。
一度でいいから、誰かに好きになってもらいたい。
そんな小さな願いだった。
まさかその願いが、人生最後の恋になるとは。
このときのゆみえは、まだ知らなかった。




