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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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16/20

第16話 美しい世界の醜さ



 王都に戻った翌日。


 町の空気は、明らかに変わっていた。


 人々はいつもより静かだった。


 店先では小声で話す者が増え、兵士の姿も多い。


 そして。


 街角の壁には、一枚の紙が貼られていた。


 ゆみえは足を止めた。


「……何、これ」


 紙には大きな文字が書かれていた。


 ――美しい者を守れ。


 ――美しい者に従え。


 ――美しい者こそ、世界を導く。


 その下には、昨日見たものと同じ紋章。


 美しい顔と、醜い顔。


 上下に分けられた二つの人間。


「気味が悪いね」


 リリアが呟いた。


 ゆみえは返事ができなかった。


 なぜなら。


 そこに描かれている「美しい顔」が。


 どこか自分に似ていたからだ。


     ◇


「この思想は、ここ数年で広がり始めた」


 王宮の会議室。


 アルベルトが説明していた。


 集まっているのは、アルベルト、ルシアン、レオン、セレナ、そしてゆみえ。


「最初は単なる貴族の流行だった」


 アルベルトは地図を広げた。


「美しい人間を高い地位に置く。醜い者を下働きにする。そんな程度だった」


「それが?」


 ゆみえが尋ねる。


「徐々に思想になった」


 アルベルトは答えた。


「美しさは神から与えられた才能である」


「……」


「だから、美しい者には人を支配する資格がある」


 ゆみえの指が震えた。


 それは。


 以前、自分が心の中で望んでいたものと似ていた。


 美人になれば。


 誰かに優しくしてもらえる。


 特別扱いしてもらえる。


 誰かに愛してもらえる。


 もっと言えば。


 醜い人より、自分のほうが価値がある。


 そんな感情を。


 ほんの少しでも持ったことがあった。


「……馬鹿みたい」


 ゆみえが呟く。


「何が?」


 レオンが見る。


「私も……似たようなことを考えてた」


「ゆみえ」


「綺麗になったばかりの頃」


 ゆみえは自分の手を見る。


「私は、醜い人を見て……自分のほうが幸せだと思った」


「……」


「自分が特別になったと思った」


 誰も口を挟まなかった。


「でも」


 ゆみえは顔を上げる。


「それって、この思想と何が違うんだろう」


 静かな部屋。


 アルベルトが答えた。


「程度の差はある」


「……」


「だが、根っこは似ているかもしれないな」


 その言葉は厳しかった。


 けれど。


 ゆみえには必要だった。


     ◇


 その日の午後。


 セレナが街へ出ることになった。


 人々を安心させるためだった。


 ゆみえも同行する。


 広場に着くと、たくさんの人が集まっていた。


「聖女様!」


「セレナ様!」


「美しい……」


 歓声が上がる。


 セレナは微笑んだ。


 いつもの聖女の顔。


 けれど。


 ゆみえには分かった。


 彼女は緊張している。


 そのとき。


 一人の男が叫んだ。


「美しい者は、我々を導いてくださる!」


 別の男が続ける。


「醜い者は、美しい者に仕えるべきだ!」


 群衆の一部から歓声が起こった。


 しかし。


「やめろ!」


 別の場所から声が上がった。


「人の価値を顔で決めるな!」


 言い争いが始まる。


「醜い奴は黙ってろ!」


「お前たちこそ狂ってる!」


 広場が騒然となる。


 そのとき。


 ゆみえの目の前に、一人の少年がいた。


 ノアだった。


 彼は人混みの中で、怯えた顔をしている。


「ノア!」


 ゆみえが駆け寄る。


「どうしてここに?」


「買い物に来ただけだった」


 ノアは周囲を見回した。


「でも……」


 誰かがノアを見る。


 そして。


「醜い奴だ」


 小さな声。


 ノアの肩が震えた。


 ゆみえの胸が痛んだ。


 以前の自分なら。


 見て見ぬふりをしていたかもしれない。


 関わらないほうがいい。


 面倒に巻き込まれたくない。


 そう思っていた。


 でも。


 今は違う。


「ノア」


 ゆみえは彼の前に立った。


「私の後ろにいて」


「でも……」


「いいから」


 ノアは黙って頷いた。


 ゆみえは群衆を見る。


 怖い。


 でも。


 もう逃げたくなかった。


「顔が綺麗だから偉いなんて」


 声が震えた。


 それでも言葉を続ける。


「そんなこと、誰が決めたんですか?」


 広場が静かになった。


「美しいから人を支配していいんですか?」


 誰も答えない。


「じゃあ――」


 ゆみえはノアを見る。


「この人の顔が美しくないから、傷つけてもいいんですか?」


 沈黙。


 ノアの目が大きくなる。


「そんなの、おかしい」


 ゆみえは言った。


「私は、美しいと言われるようになってから、たくさんのものをもらいました」


 人々がゆみえを見る。


「道を譲ってもらった」


「店で優しくされた」


「知らない人から好意を向けられた」


「それは嬉しかった」


 正直に言う。


「本当に嬉しかった」


 ゆみえは自分の胸に手を当てる。


「だからこそ分かります」


 声が大きくなる。


「美しいことが、人を幸せにすることはある」


「……」


「でも」


 一拍。


「美しいことと、人間として価値があることは違います」


 広場が静まり返った。


 その瞬間。


 群衆の奥から声がした。


「偽善者め」


 ゆみえが振り返る。


 一人の男が立っていた。


 黒い服。


 胸元には、あの紋章。


「お前は美しいから、そんなことを言えるんだ」


 男が笑う。


「醜い者の苦しみなど、本当には分からない」


 ゆみえは言葉を失った。


 その言葉は。


 どこか正しい。


 自分は今、美しい。


 だから。


 ノアと同じではない。


「……そうですね」


 ゆみえは認めた。


「私は、あなたの苦しみを全部は分かりません」


 男が少し驚く。


「でも」


 ゆみえは続ける。


「分からないからって、傷つけていい理由にはならない」


 男の顔から笑みが消えた。


「そして――」


 ゆみえは自分の胸に手を当てる。


「私は、自分が美しいから偉いなんて思いたくない」


     ◇


 男は逃げた。


 兵士が追いかける。


 広場には、静けさが戻った。


 ノアがゆみえの服を掴む。


「ゆみえ……」


「なに?」


「ありがとう」


 ゆみえは笑った。


「友達だから」


 ノアは俯いた。


 目に涙が浮かんでいた。


     ◇


 その夜。


 ゆみえは一人で部屋にいた。


 鏡を見る。


 いつもの美しい顔。


 けれど。


 今日は、その顔が少し違って見えた。


 この顔は。


 自分を救ってくれた。


 同時に。


 自分を危険にも晒している。


 そして。


 人を幸せにすることもあれば。


 人を傷つける理由にもなっている。


「美しさって……」


 ゆみえは鏡に触れた。


「本当に、怖いね」


 そのとき。


 背後から声がした。


「そうだな」


「……殿下?」


 アルベルトだった。


 いつの間にか扉の近くに立っていた。


「今日はよく言った」


「怖かったです」


「だろうな」


「足が震えてました」


「見ていた」


「恥ずかしい……」


 アルベルトは少し笑った。


「それでも立っていた」


 ゆみえは黙った。


「君は変わったな」


「そうですか?」


「ああ」


 アルベルトは続ける。


「最初に会った頃の君は、自分が美しいことを恐れていた」


「……」


「今は違う」


「何が違うんですか?」


「自分の美しさを、自分のためだけに使おうとはしなくなった」


 ゆみえは鏡を見る。


 少しだけ。


 自分の顔を好きになれた気がした。


 美しいからではない。


 この顔で。


 誰かを守ることができたから。


     ◇


 翌朝。


 王都には新しい知らせが届いた。


 昨夜逃げた男が所属していた組織。


 その名前が判明した。


 ――「美しき世界」。


 アルベルトは報告書を読んだ。


 そして、顔を曇らせた。


「……組織の中心にいる人物が分かった」


「誰ですか?」


 ゆみえが尋ねる。


 アルベルトは答えた。


「ヴァルガス」


 その名前を聞いた瞬間。


 セレナの顔色が変わった。


「……ヴァルガス?」


「知っているの?」


 ゆみえが尋ねる。


 セレナは震える声で答えた。


「私が聖女に選ばれる前から……」


 一度、言葉を止める。


「私を『神に選ばれた美しい器』と呼んでいた人です」


 ゆみえの背筋に寒気が走った。


 アルベルトが報告書を閉じる。


「そして奴は」


 低い声で言った。


「この国で最も美しい女性を、自分たちの象徴にしようとしている」


 全員の視線が。


 ゆみえへ向いた。


 ゆみえは、動けなかった。


 そして初めて。


 自分の「美しさ」が。


 自分だけのものではなくなっていることを知った。

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