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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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15/20

第15話 それでも誰かを好きになる



「セレナ様!」


 男たちが一斉に動いた。


 馬車の中で、ゆみえは息を呑んだ。


 黒い服。


 顔を隠す布。


 手には武器。


 ただの盗賊ではない。


 明らかに、セレナを狙っている。


「ゆみえ、下がって!」


 レオンが剣を抜いた。


 馬車の扉が開く。


「レオン!」


「大丈夫。僕がいる」


 レオンはゆみえを庇うように前へ出た。


 その背中を見て、ゆみえの胸が震えた。


 以前の自分なら。


 誰かに守ってもらえることを、ただ嬉しいと思ったかもしれない。


 けれど今は。


 違う。


 レオン一人に任せたくなかった。


「私も行く」


「駄目だ!」


「でも――」


「危険だから!」


 その瞬間。


 黒服の男がこちらへ走ってきた。


「下がれ!」


 レオンが剣を振る。


 金属音が森に響いた。


 男の武器を弾き飛ばす。


 しかし。


 別の男が横から迫ってきた。


「レオン!」


 ゆみえが叫ぶ。


 反射的に手を伸ばした。


 魔力が走る。


 地面から光の壁が現れた。


 男が弾き飛ばされる。


「……!」


 自分でも驚いた。


 以前より、魔力が強くなっている。


 レオンも目を見開いた。


「ゆみえ……今の魔法」


「私にも、できた……」


 その直後。


「こっちへ!」


 セレナが叫んだ。


 彼女の手には、白い光が集まっていた。


 聖女の魔法。


 光が森を照らす。


 黒服の男たちが怯んだ。


「今です!」


 レオンが走る。


 ゆみえも続いた。


 三人は森の奥へ駆けた。


     ◇


 しばらく走った。


 やがて、男たちの気配が消えた。


「……はぁ……」


 ゆみえは木に手をついた。


 息が苦しい。


 心臓が激しく鳴っている。


「大丈夫?」


 レオンが近づいてきた。


「うん」


「怪我は?」


「ない」


「本当に?」


「大丈夫」


 レオンは安心したように息を吐いた。


「よかった……」


 その顔を見て。


 ゆみえの胸が温かくなった。


 自分のことを心配してくれている。


 ただそれだけのことが。


 どうしようもなく嬉しかった。


「レオン」


「ん?」


「ありがとう」


「何が?」


「私を守ってくれて」


「当然だよ」


 レオンは笑った。


「好きな人が危険な目に遭っていたら、助けたいと思う」


 ゆみえの顔が熱くなった。


「……好きな人」


「あ」


 レオンも顔を赤くした。


「いや、その……」


「ふふ」


 思わず笑ってしまった。


 こんな状況なのに。


 少しだけ嬉しい。


 少しだけ楽しい。


 その感情が、自分でも不思議だった。


     ◇


「二人とも」


 セレナが近づいてきた。


「ありがとうございます」


「セレナさん」


「私のせいで、巻き込んでしまったわ」


「違います」


 ゆみえは首を振った。


「セレナさんのせいじゃない」


「でも……」


 セレナは俯いた。


 その表情を見て。


 ゆみえは昼間の彼女を思い出した。


 美しい顔。


 人々から愛される聖女。


 誰もが羨む存在。


 けれど。


 彼女もまた、怖がっている。


「セレナさん」


「はい」


「あなたは、これからどうしたいですか?」


「……分からない」


 セレナは小さく答えた。


「私はずっと、誰かに求められるまま生きてきたから」


「……」


「聖女だから。


 美しいから。


 人々を救う存在だから」


 セレナの目に涙が浮かぶ。


「自分が何をしたいのか、分からないの」


 ゆみえは、その言葉を聞いて。


 自分と同じだと思った。


 前の人生では。


 醜いから。


 若くないから。


 誰にも選ばれないから。


 今の人生では。


 美しいから。


 若いから。


 人から求められるから。


 結局。


 他人の目に、自分の価値を預けていた。


「……私も」


 ゆみえは言った。


「ずっと、自分が何をしたいのか分かりませんでした」


 セレナが顔を上げる。


「でも、今は少しだけ分かります」


「何が?」


「自分で選びたい」


 ゆみえは答えた。


「誰に好かれるかじゃなくて」


「……」


「誰を好きになるかも」


 その言葉を口にした瞬間。


 ゆみえはレオンを見た。


 レオンもこちらを見ていた。


 二人の視線が重なる。


 ゆみえは、慌てて目を逸らした。


     ◇


 その夜。


 三人は森の中で野営することになった。


 焚き火の前。


 セレナは眠っている。


 レオンとゆみえだけが起きていた。


「眠れない?」


 レオンが尋ねる。


「うん」


「僕も」


「怖い?」


「少し」


 レオンは笑った。


「でも、ゆみえがいるから大丈夫」


「……私が?」


「うん」


「私、そんなに頼りになる?」


「なるよ」


 レオンは即答した。


「今日だって僕を助けてくれた」


「……あれは、たまたま」


「たまたまでもいい」


 レオンは焚き火を見る。


「僕は、ゆみえのそういうところが好きだよ」


 また。


 その言葉。


 胸が高鳴る。


 けれど。


 今度は少し違った。


「レオン」


「うん?」


「私の顔が、今と違っても?」


 レオンは黙った。


 以前なら。


 その沈黙だけで怖くなっていた。


 けれど、今は待てた。


 レオンはゆっくり口を開く。


「……分からない」


「……」


「前にも言ったよね」


「うん」


「僕は、今のゆみえしか知らない」


 正直な答えだった。


「だから、絶対なんて言えない」


「……そっか」


「でも」


 レオンは続けた。


「今のゆみえを好きになった理由は、顔だけじゃない」


「……」


「一緒にいると楽しい」


「……」


「話していると落ち着く」


「……」


「困っている人を放っておけないところも好き」


 ゆみえの目に涙が浮かぶ。


「それに」


 レオンは笑った。


「たまに変なことを言うところも」


「ひどい」


「褒めてるんだよ」


「絶対違う」


 二人で笑った。


 その瞬間。


 ゆみえは思った。


 私は。


 この人が好きなのかもしれない。


 顔が好きだからではない。


 王子だからでもない。


 若いからでもない。


 私を見てくれるから。


 そして。


 私も、この人を見たいと思ったから。


     ◇


 翌朝。


 王都へ戻る途中。


 アルベルトたちと合流した。


「無事だったか」


 アルベルトが言う。


「はい」


 ゆみえが答える。


「襲撃した者たちは?」


「逃げました」


 アルベルトの表情が険しくなる。


「聖女を狙う理由が分からない」


「……」


 セレナは黙っていた。


 そのとき。


 一人の兵士が駆け寄ってきた。


「殿下!」


「どうした?」


「襲撃者の一人から、こんなものが」


 兵士が差し出したのは、黒い布だった。


 そこには。


 奇妙な紋章が描かれていた。


 美しい顔をした人間と。


 醜い顔をした人間。


 その二人を上下に分けるような紋章。


 アルベルトの顔色が変わった。


「……この印は」


「知っているんですか?」


 ゆみえが尋ねる。


「ああ」


 アルベルトは答えた。


「最近、王都の裏で広がっている思想だ」


「思想?」


「美しい者こそ、選ばれた存在である」


 ゆみえの背筋が冷たくなった。


「そして――」


 アルベルトは黒い布を握りしめる。


「醜い者は、美しい者に従うべきだと主張している」


 セレナが震えた。


「そんな……」


 アルベルトはゆみえを見る。


「君も、狙われる可能性がある」


「私が?」


「ああ」


「どうして?」


「君は、この国でも特に美しいエルフだからだ」


 ゆみえは黙った。


 かつて欲しくてたまらなかった美しさ。


 それが今。


 自分を危険に晒すものになろうとしている。


 そして――。


 森の奥。


 誰もいない場所で。


 一人の男が黒い布を拾い上げた。


 その顔には、深い傷があった。


 男は呟く。


「美しい者を守る必要はない」


「美しい者こそ――」


 口元が歪む。


「利用するべきなのだから」


 ゆみえたちは、まだ知らない。


 この国で始まろうとしているものが。


 単なる誘拐事件ではないことを。


 そして。


 ゆみえがこれまで信じてきた「美しさ」という価値そのものが――。


 大きな争いの火種になろうとしていることを。

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