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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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第13話 もう一人のゆみえ



 その女性を初めて見たとき。


 ゆみえは、思わず立ち止まった。


「……綺麗」


 それは、素直な感想だった。


 銀色の髪。


 白い肌。


 深い青色の瞳。


 細く整った鼻。


 長いまつ毛。


 そして、誰もが振り返るような整った顔立ち。


 ゆみえと同じくらい。


 いや――。


 もしかすると、自分より美しいかもしれない。


 女性は町の中央に立っていた。


 周囲には、たくさんの人が集まっている。


「セレナ様だ」


「本物だ……」


「あの方が聖女様?」


「なんて美しい……」


 人々の声が聞こえる。


 セレナ。


 聖女。


 この国でも特別な存在として知られている女性だった。


 彼女が微笑むだけで、人々も笑顔になる。


 彼女が歩けば、人々は道を開ける。


 誰もが彼女を見ていた。


 ゆみえは、その光景を見ながら――。


 妙な既視感を覚えた。


 自分と同じだった。


 いや。


 自分以上だった。


「ゆみえ?」


 隣にいたリリアが声をかける。


「どうしたの?」


「……ううん」


 ゆみえは首を振った。


「なんでもない」


 そう言いながらも。


 目が離せなかった。


     ◇


 セレナは町の人々に囲まれながら歩いていた。


「聖女様!」


「こちらを向いてください!」


「祝福をお願いします!」


 次々に声をかけられる。


 セレナは嫌な顔一つせず、微笑み続けていた。


「皆さん、ありがとうございます」


 優しい声。


 美しい笑顔。


 完璧だった。


 ゆみえは思った。


 きっと、この人は幸せなんだ。


 自分よりも。


 ずっと。


 そして、その日の夕方。


 偶然だった。


 ゆみえが図書館へ向かっていると、裏手の小さな庭にセレナがいた。


 一人だった。


 昼間とは、まるで別人だった。


 木の下に座り込み、俯いている。


「……」


 ゆみえは声をかけるべきか迷った。


 すると。


「そこにいるのは、誰?」


 セレナが顔を上げた。


「あ……」


「ゆみえさん?」


「私のことを知ってるんですか?」


「もちろん」


 セレナは微笑んだ。


「この町で一番美しいエルフだって、有名ですもの」


「……」


 その言葉に、ゆみえの胸がざわついた。


「一番美しい……」


「ええ」


 セレナは立ち上がった。


「あなたも、私と同じですね」


「同じ?」


「美しいから、たくさんの人に見られる」


 ゆみえは黙った。


「美しいから、期待される」


「……」


「美しいから、勝手に優しい人だと思われる」


「……はい」


「美しいから、何をしても許されると思われることもある」


 ゆみえはセレナを見る。


 昼間の笑顔とは違う。


 疲れていた。


 ひどく疲れている。


「でも」


 セレナは、自分の顔に触れた。


「醜くなったら、誰も私を必要としなくなる気がする」


 ゆみえの胸が強く締めつけられた。


「……私も、同じことを考えています」


「そうでしょうね」


 セレナは悲しそうに笑った。


「あなたの目を見れば分かります」


     ◇


 二人は庭のベンチに座った。


「私ね」


 セレナが言った。


「小さい頃から、ずっと『綺麗』と言われてきたの」


「私も……今は」


「嬉しかった?」


「最初は」


「私も」


 セレナは笑った。


「綺麗だと言われるたびに、自分には価値があるんだと思った」


「……」


「学校でも、町でも、どこへ行っても人が寄ってきた」


 ゆみえは静かに聞いていた。


「でも、ある日気づいたの」


「何に?」


「私が何を言っているか、誰も聞いていない」


 ゆみえは息を止めた。


「みんな私の顔を見ている」


「……」


「私の笑顔を見ている」


「……」


「私の身体を見ている」


 セレナは自分の胸元を押さえた。


「でも、私の気持ちを見ている人はいなかった」


 ゆみえは何も言えなかった。


 それは、自分がずっと欲しかったものだった。


 誰かに見てほしい。


 顔ではなく。


 自分自身を。


「じゃあ……」


 ゆみえは尋ねた。


「セレナさんは、誰かに愛されたことはないんですか?」


「あると思う」


「思う?」


「私を愛してくれていると言う人は、たくさんいたわ」


「じゃあ……」


「でもね」


 セレナはゆみえを見る。


「私が醜くなっても、同じように愛してくれるかは分からない」


 その言葉が、胸に刺さった。


 ゆみえも同じだった。


 自分の顔が変わったら。


 若さを失ったら。


 また太ったら。


 誰かに嫌われたら。


 そう考えると怖い。


「ねえ、ゆみえさん」


「はい」


「あなたは、昔は醜かったんでしょう?」


「……どうして?」


「目がそう言ってる」


 セレナは優しく笑った。


「あなたは今の顔を喜んでいる。でも、完全には信じていない」


「……」


 図星だった。


「美しさがなくなったら、自分には何も残らないと思っている」


 ゆみえは下を向いた。


「……はい」


「私も同じ」


 セレナは笑った。


「だから、あなたを見たとき、少し安心したの」


「どうして?」


「私と同じ人がいるって思えたから」


 ゆみえは驚いた。


 これほど美しい女性でも。


 自分と同じ不安を抱えている。


 だったら――。


 美しさとは、一体何なのだろう。


     ◇


 翌日。


 ゆみえは町を歩いていた。


 以前とは、少しだけ世界の見え方が違っていた。


 美しい人。


 醜い人。


 若い人。


 年老いた人。


 裕福な人。


 貧しい人。


 今までは、無意識に人を分類していた。


 けれど今は。


 一人一人の人生を想像してしまう。


 あの人も。


 あの人も。


 何かを抱えているのかもしれない。


 そのとき。


「ゆみえ」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 アルベルトだった。


「殿下」


「昨日、セレナと話していたな」


「見ていたんですか?」


「ああ」


「どうでした?」


「何が?」


「私たち」


 アルベルトは少し考えた。


「姉妹のようだった」


「……似ていますか?」


「顔ではない」


 ゆみえは笑った。


「ですよね」


「ただ」


 アルベルトが続ける。


「二人とも、自分の価値を他人の目で測っている」


 胸を刺された。


「……そうかもしれません」


「それは苦しいだろうな」


「はい」


 アルベルトは歩き出した。


「僕も昔はそうだった」


「殿下も?」


「もちろん」


 ゆみえは隣を歩く。


「醜いと言われるたび、自分には価値がないと思った」


「……」


「でも、ある日気づいた」


「何に?」


「人の評価は、その人間の価値を決めるものではない」


 ゆみえは黙った。


「褒められても価値が増えるわけではない」


「……」


「嫌われても価値が減るわけではない」


「……」


「美しいと言われても」


 アルベルトはゆみえを見る。


「醜いと言われても」


 ゆっくりと。


「その人が、その人であることは変わらない」


 ゆみえの目に涙が浮かんだ。


 そんな当たり前のことを。


 四十九年間、一度も理解できなかった。


     ◇


 その夜。


 ゆみえは再び鏡の前に立った。


 鏡の中には、美しい自分がいる。


 けれど今日は。


 その顔を見て、初めてこう思った。


「……ありがとう」


 誰に向けた言葉なのか分からない。


 昔の自分か。


 今の自分か。


 それとも、この顔を与えてくれた何かに向けた言葉なのか。


「あなたのおかげで、私はいろんな人を見ることができた」


 鏡の中の自分が笑う。


「でも……」


 ゆみえは、その顔に手を触れた。


「あなたがなくなっても、私は私でいられるようになりたい」


 そう言った瞬間。


 少しだけ。


 鏡の中の自分が、以前より好きになれた気がした。


 美しいからではない。


 自分の顔だから。


 そう思えた。


 その直後だった。


 コンコン。


 扉を叩く音。


「ゆみえ」


 レオンの声だった。


「ちょっといい?」


「今行く」


 扉を開ける。


 そこにいたレオンは、いつもと少し違う表情をしていた。


「どうしたの?」


「王都から知らせが来た」


「王都?」


「うん」


 レオンは一枚の封書を差し出した。


「ゆみえに、王宮から招待状が届いてる」


「私に?」


「ルシアン殿下からだ」


 ゆみえの心臓が跳ねた。


 美しい第一王子。


 優しい青年。


 かつての蓮を思わせる人。


 その人からの招待。


 ゆみえは封書を見つめた。


 そして――。


 まだ知らなかった。


 この招待が。


 自分の「幸せ」という問いを、決定的に揺さぶることになるとは。

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