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『醜い私が、美しい世界に転生した』  作者: こうた


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第12話 幸せの正体



 幸せとは、何なのだろう。


 ゆみえは、ここ数日ずっとそのことを考えていた。


 前の世界では、幸せになれなかった。


 少なくとも、本人はそう思っていた。


 四十九年間、生きてきた。


 仕事をして。


 家に帰って。


 誰とも深く関わらず。


 休日には一人で過ごした。


 恋人はいなかった。


 結婚もしていなかった。


 鏡を見るたび、自分の顔が嫌いになった。


 だから最後には――。


 生まれ変わりたいと思った。


 綺麗になりたい。


 若くなりたい。


 誰かに愛されたい。


 そして今。


 願いは叶っている。


 銀色の髪。


 緑色の瞳。


 二十歳の身体。


 エルフの美しい容姿。


 以前の自分が欲しくてたまらなかったものを、すべて持っている。


 なのに。


「……どうして、満たされないんだろう」


 朝の湖を眺めながら、ゆみえは呟いた。


「ゆみえ」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 レオンだった。


「こんなところにいたんだ」


「うん」


「探したよ」


「ごめん」


 レオンは隣に座った。


 しばらく二人とも何も話さなかった。


 湖の水面が、朝日に照らされて輝いている。


「最近、難しい顔してるね」


「そうかな」


「うん」


 レオンは笑った。


「前はもっと楽しそうだった」


「……」


 その言葉が胸に刺さった。


 確かにそうだった。


 この世界に来たばかりの頃は、毎日が楽しかった。


 鏡を見るだけで嬉しかった。


 誰かに声をかけられるだけで嬉しかった。


 店員が笑顔を向けてくれるだけで嬉しかった。


 男性から好意を向けられると、心が浮かれた。


 まるで、人生を取り戻したようだった。


「私ね」


 ゆみえは湖を見たまま言った。


「この世界に来たとき、本当に嬉しかったの」


「うん」


「自分が綺麗になったことが嬉しくて」


「うん」


「初めて、人に見てもらえることが嬉しくて」


 レオンは黙って聞いていた。


「でも……」


 ゆみえは自分の手を見る。


「最近、怖くなってきた」


「何が?」


「もし、この顔がなくなったらって」


 レオンは少しだけ驚いた。


「この顔?」


「うん」


「どうして?」


「だって……」


 ゆみえは笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


「この顔がなくなったら、誰も私を見なくなるかもしれないから」


 レオンはすぐには答えなかった。


 やがて、静かに言った。


「僕は見るよ」


「……どうして?」


「ゆみえだから」


 その言葉に、ゆみえは顔を上げた。


「また、それを言うんだね」


「うん」


「私の何を知ってるの?」


「まだ、全部は知らない」


 レオンは正直に答えた。


「だから知りたい」


 胸が熱くなった。


「私の過去も?」


「話したくなったら聞く」


「醜かった頃の私も?」


「見たことがないから分からない」


「もし見たら?」


「たぶん、今と同じように話すと思う」


 ゆみえは黙った。


 嬉しい。


 でも――。


 どこかで怖かった。


 レオンの言葉を信じてしまうことが。


 期待してしまうことが。


 また失うことが。


「……ありがとう」


 それだけ言った。


     ◇


 その日の昼。


 ゆみえはノアのところへ向かった。


 小さな家の前に、ノアは座っていた。


「ノア」


「ゆみえ?」


「少し話してもいい?」


「うん」


 ゆみえは隣に座った。


「ノアはさ」


「なに?」


「幸せ?」


 ノアは少し考えた。


「……前よりは」


「前より?」


「ゆみえが来る前より」


 ゆみえは驚いた。


「私が?」


「うん」


 ノアは少し恥ずかしそうに笑った。


「話をしてくれる人なんて、ほとんどいなかったから」


「……」


「僕のことを見ても、みんなすぐ目を逸らす」


 ノアは自分の顔に触れた。


「この顔だから」


 ゆみえの胸が痛んだ。


「でも、ゆみえは違った」


「……最初は違わなかったよ」


「え?」


「私も怖かった」


「……」


「あなたのことを知る前は、正直に言うと……どう接していいか分からなかった」


 ノアは少し笑った。


「今は?」


「友達だと思ってる」


「……そっか」


 ノアの笑顔を見て、ゆみえも笑った。


 不思議だった。


 ノアの顔は、決して美しくない。


 でも今は。


 その顔を見ると、安心する。


 嬉しくなる。


 少しだけ、温かい気持ちになる。


「ねえ、ノア」


「うん?」


「私、少し分かった気がする」


「何が?」


「人を好きになるって、その人の顔を見ることじゃないのかもしれない」


 ノアは首を傾げた。


「じゃあ、何を見るの?」


「……分からない」


 ゆみえは笑った。


「これから探す」


     ◇


 夕方。


 町に戻ると、人だかりができていた。


「何かあったの?」


 ゆみえが近づく。


 その中心にいたのは――。


 ルシアンだった。


「殿下!」


「ルシアン様!」


 人々が次々と声をかける。


 美しい金色の髪。


 青い瞳。


 完璧な顔。


 誰もが彼を見ていた。


 ゆみえも。


 思わず目を奪われる。


「……綺麗」


 その瞬間。


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 以前なら、それだけで恋に落ちていたかもしれない。


 優しくされれば、なおさら。


 けれど今は違った。


 ルシアンは誰にでも優しい。


 子供にも。


 老人にも。


 兵士にも。


 店員にも。


 貴族にも。


 ゆみえだけではない。


 それを理解したとき――。


 胸の中にあった何かが、静かに崩れた。


「……私、ルシアン殿下のことが好きなのかな」


 自分でも分からなかった。


 憧れなのか。


 昔の恋の記憶を重ねているだけなのか。


 それとも、本当に惹かれているのか。


「ゆみえ」


 突然、ルシアンがこちらを見た。


「君も来ていたのか」


「はい」


 笑顔を向けられる。


 それだけで胸が高鳴った。


 やっぱり――。


 私はこの人に惹かれている。


 そう思った。


 しかし。


 その直後。


「君、怪我をしているね」


 ルシアンが、近くにいた少年へ声をかけた。


「え?」


「腕を見せて」


「でも……」


「大丈夫だ」


 ルシアンは少年の傷を治癒魔法で治した。


 周囲から歓声が上がる。


 ゆみえは、その光景を見つめていた。


 ルシアンは優しい。


 本当に優しい。


 だからこそ――。


 以前の世界の蓮を思い出す。


 誰にでも優しかった青年。


 自分だけに優しいわけではなかった。


「……また同じことをしてる」


 自分でも驚くほど、小さな声だった。


 蓮をルシアンに重ねて。


 ルシアンの優しさを、自分だけのものだと思いそうになって。


 私は何も変わっていない。


 顔が変わっただけ。


 そう思った。


     ◇


 夜。


 ゆみえは一人で部屋に戻った。


 鏡の前に立つ。


 美しい顔。


 昔なら、これを見れば安心できた。


 でも今日は違った。


「私は……何が欲しいんだろう」


 お金でもない。


 美しさでもない。


 人気でもない。


 王子様でもない。


 誰かに「綺麗」と言われることでもない。


 では何なのか。


 考えても答えが出ない。


 そのとき。


 扉が軽く叩かれた。


「ゆみえ」


 リリアだった。


「どうしたの?」


「アルベルト殿下から伝言」


「私に?」


「うん」


 リリアは一枚の紙を渡した。


 そこには短い文章が書かれていた。


『明日、時間があれば図書館へ来てほしい』


 それだけ。


「……何の用だろう」


「さあ?」


 リリアが笑う。


「でも、ちょっと気になるね」


 ゆみえは紙を見つめた。


 アルベルト。


 醜いと言われ。


 避けられ。


 それでも誰かを恨むことなく、生きている王子。


 彼と話すと、不思議と自分自身のことを考えさせられる。


 そして今。


 自分が求めている「幸せ」の答えを探すために――。


 会ってみたいと思った。


     ◇


 翌日。


 図書館。


 アルベルトは窓際に立っていた。


「来たか」


「はい」


「昨日の質問の答えは出たか?」


「質問?」


「君は、幸せなのか」


 ゆみえは息を呑んだ。


 そんなことまで覚えていたのか。


「……まだ分かりません」


「そうか」


「殿下は?」


「僕?」


「はい」


 アルベルトは少し考えた。


「僕も分からない」


「……」


「ただ」


 彼は窓の外を見る。


「幸せというものは、与えられるものではなく、自分で決めるものなのかもしれないな」


「自分で?」


「ああ」


「でも……」


 ゆみえは言った。


「私はずっと、人から何かをもらえば幸せになれると思っていました」


「美しさか?」


「……はい」


「愛情か?」


「……はい」


「若さか?」


「……はい」


 アルベルトはゆみえを見る。


「では、それを全部手に入れた君は、なぜまだ幸せではない?」


 答えられなかった。


「……分かりません」


「なら」


 アルベルトは静かに言った。


「探すしかないだろう」


「探す?」


「君にとっての幸せを」


 ゆみえは黙っていた。


 窓から差し込む光が、アルベルトの横顔を照らしていた。


 傷のある顔。


 美しいとは言えない顔。


 けれど――。


 今のゆみえには、その顔が少しも怖く見えなかった。


「……殿下」


「なんだ?」


「私、もう一度ここに来てもいいですか?」


 アルベルトは少しだけ笑った。


「もちろん」


 その笑顔を見て。


 ゆみえも笑った。


 まだ幸せではない。


 たぶん、答えも出ていない。


 それでも――。


 誰かと一緒に答えを探せることは。


 少しだけ、幸せなのかもしれなかった。


 そしてゆみえは、まだ知らなかった。


 これから自分の前に現れるのが――。


 自分とよく似た「もう一人の女性」だということを。

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