第10話 醜い王子
町に、王子が来た。
その噂は、瞬く間に広がった。
「ルシアン殿下が来られたぞ!」
「本物?」
「王都から?」
「なんて綺麗な人……」
町の人々が、一斉に通りへ集まっていく。
ゆみえも、その人の波に押されるように広場へ向かった。
「ルシアン……」
その名前を聞いたとき。
胸の奥が、妙にざわついた。
広場の中央。
白い馬車が止まっている。
扉が開く。
最初に見えたのは、金色の髪だった。
太陽の光を受けて輝いている。
そして。
青い瞳。
整った鼻。
薄く笑った口元。
誰が見ても美しい。
――完璧。
ゆみえは、そう思った。
「……綺麗」
思わず声に出ていた。
周囲からも歓声が上がる。
「ルシアン様!」
「素敵!」
「こちらを見て!」
ルシアンは笑顔で手を振った。
その瞬間。
ゆみえの胸に、懐かしい感情が蘇った。
前世。
蓮を初めて見たときと同じだった。
優しそうな顔。
明るい笑顔。
誰からも好かれそうな雰囲気。
「……似てる」
ゆみえは呟いた。
「誰に?」
隣にいたリリアが尋ねる。
「……昔の人」
「恋人?」
「違う」
ゆみえは少しだけ笑った。
「私が、一方的に好きだった人」
◇
ルシアンは町の人々に挨拶を続けていた。
子どもに声をかけ。
老人に頭を下げ。
商人の話にも耳を傾ける。
誰に対しても態度が変わらない。
「……すごい」
ゆみえは見入っていた。
「ルシアン様って、本当に優しいんだよ」
リリアが言う。
「そうなんだ」
「身分の低い人にも、すごく丁寧だから」
「……」
ゆみえは黙った。
そのとき。
ルシアンの視線がこちらへ向いた。
一瞬。
目が合った。
ゆみえの心臓が跳ねる。
そして。
ルシアンがこちらへ歩いてきた。
「こんにちは」
ゆみえの前で立ち止まる。
「……こんにちは」
声が震えた。
「君は?」
「ゆみえ……です」
「ゆみえ」
ルシアンは名前を繰り返した。
「美しい名前だね」
「え……」
頬が熱くなる。
ルシアンが微笑む。
「君は、この町の人?」
「最近来たばかりです」
「そう」
そのとき。
周囲の人々から声が飛んできた。
「殿下、その方はとても美しいエルフです!」
「きっと王都でも話題になりますよ!」
ルシアンは苦笑した。
「そういうことを本人の前で言うものじゃないよ」
「……」
ゆみえは胸が高鳴っていた。
この人も。
自分を美しいと思ってくれている。
それだけで嬉しかった。
◇
その日の夜。
町では王子を歓迎する晩餐会が開かれた。
ゆみえもリリアに誘われて参加することになった。
「私が行っていいの?」
「もちろん」
「王子様だよ?」
「だから面白いんじゃん」
会場に入ると。
たくさんの人がいた。
美しいドレス。
高価な宝石。
整った顔。
まるで、美しい人間だけを集めたような場所だった。
ゆみえは少し息苦しくなった。
そのとき。
「ゆみえ」
ルシアンが近づいてきた。
「楽しんでる?」
「はい」
「無理してない?」
「……え?」
「少し緊張しているように見えたから」
「分かるんですか?」
「顔を見ればね」
そう言って笑う。
その笑顔。
やっぱり蓮に似ていた。
ゆみえは胸が苦しくなった。
「殿下」
そこへ、一人の貴族がやって来る。
「こちらの方は?」
「ゆみえさんだよ」
「なるほど」
貴族はゆみえをじっと見る。
「確かに美しい」
その言い方に。
ゆみえは少しだけ嫌な気持ちになった。
人ではなく。
商品を評価するような目だった。
「王都に連れて行かれてはいかがです?」
「どうして?」
「殿下のそばに置けば、話題になります」
「……」
ゆみえの表情が固まる。
ルシアンは静かに言った。
「ゆみえは物じゃない」
「もちろんです」
貴族は笑う。
「失礼いたしました」
去っていく。
ゆみえはルシアンを見る。
「ありがとうございます」
「何が?」
「助けてくれて」
「当然のことだよ」
そして彼は笑った。
「君は君だから」
その言葉に。
ゆみえの心が揺れた。
◇
晩餐会のあと。
ゆみえは一人で庭に出た。
夜風が髪を揺らす。
「……まただ」
自分でも分かっていた。
ルシアンに惹かれている。
顔。
声。
優しさ。
立場。
全部が魅力的だった。
そして何より。
――前世の蓮に似ている。
「馬鹿みたい」
ゆみえは自嘲した。
別人なのに。
分かっているのに。
「また、同じ人を好きになろうとしてる」
そのとき。
「こんなところにいたんだ」
振り返る。
レオンだった。
「レオン」
「探した」
「どうして?」
「君がいなくなったから」
レオンは隣に座った。
「ルシアン殿下と話してたね」
「うん」
「楽しかった?」
「……うん」
レオンは少し笑った。
「そっか」
それだけだった。
「レオン」
「ん?」
「嫉妬してる?」
「……」
レオンは少し考えた。
「してる」
ゆみえは驚いた。
「え?」
「僕だって男だから」
「……」
「でも、仕方ないよ」
「どうして?」
「僕と殿下じゃ、違いすぎる」
その言葉を聞いて。
ゆみえは胸が痛くなった。
「そんなことない」
「あるよ」
「ない」
「ある」
レオンは苦笑した。
「顔も、身分も、魔力も、全部」
「でも……」
「それでも」
レオンはゆみえを見る。
「僕は、ゆみえが好きだよ」
時間が止まった。
「……え?」
「ごめん。困らせたね」
レオンは立ち上がる。
「今日は帰るよ」
「待って」
「うん?」
「今の……」
「忘れて」
「どうして?」
「まだ、君が僕をどう思ってるのか分からないから」
レオンは少し笑った。
「急がなくていいよ」
そう言って、歩いていった。
ゆみえは一人残された。
「……好き」
その言葉が、頭の中を何度も回る。
前世では。
自分が誰かを好きになった。
でも。
相手から好きだと言われることはなかった。
今は。
自分を好きだと言ってくれる人がいる。
なのに。
ゆみえの視線は、レオンが去った方向ではなく――。
さっきまでルシアンがいた場所へ向いていた。
「……どうして?」
自分でも分からない。
◇
翌朝。
ゆみえは町の外れを歩いていた。
そこで、一人の男とすれ違った。
黒い髪。
粗末な服。
顔には大きな傷。
周囲の人々は、彼を見ると道を空けた。
「……」
男は何も言わずに歩いていく。
ゆみえは、その背中を見つめた。
「誰?」
リリアが答える。
「アルベルト様」
「様?」
「人間王国の第三王子」
「……王子?」
ゆみえは驚いた。
「あの人が?」
「うん」
リリアは小さな声で言った。
「ルシアン殿下のお兄さん」
「……」
「ただし――」
リリアが続ける。
「この国では、あまり人気がないの」
ゆみえは振り返る。
傷だらけの男。
粗末な服。
誰からも歓迎されない王子。
そして。
誰もが憧れる、完璧な美貌の第一王子。
同じ王族。
同じ兄弟。
なのに。
人々の扱いは、あまりにも違っていた。
ゆみえはその瞬間。
自分が前の人生で何度も感じていた疑問を思い出した。
「……どうして、人は」
外見だけで。
「人の価値を決めるんだろう」
その答えを。
彼女はまだ知らない。
そしてこの第三王子との出会いが――。
ゆみえの「美しさ」に対する価値観を、大きく変えていくことになる。




