#38
神々しく…目映い輝きの中から…とても美しい大和撫子と呼ぶに相応しい…膝丈まで伸ばした艶やかな漆黒の黒髪。
穏やかでありながら女神の気高さと誇らしさを感じられた。
そんな麒麟の念神体がゆらりと…たおやかに…しなやかに現れた。
麒麟の纏う着物は…紫から青へと繰り返しながら、徐々にグラデーションしていくのだった。
それは…携帯電話の着信ランプや走馬灯の淡い光みたいな感じにも思えた。
肌が透けて見えるくらいに薄い光の羽衣を幾重にも幾重にも羽織っていて…神様の着る十二単があるとすれば、こんな感じなのだろうか?
鏡月は…言葉に表せない美しさにホゥと感嘆の息をついた。
『…我が主人……鏡月様。
一体…どうか致しましたか?』
透けてしまうのでは無いかと思えるくらいに真っ白な淡雪のような滑らかな肌が…鏡月の目と鼻の先に迫ってくる。
鏡月は…念神体を発現させた際にガクリと膝を折って…身体中から生命力と言うのか、激しい運動をした後のような疲労感を覚えて体力の回復を図っていたのだった。
そんな所へ…しなだれかかるように麒麟が動くものだから…。
結果として意外に…ゆったりとしている衣服の隙間から…控えめながらも形の良い胸の谷間が見えたのだ。
それゆえ…鏡月は尚更に、たじろいだのであった。
自らの邪な感情を断ち切ろうと思わず…クッと目を瞑ると鏡月の右頬に…ひんやりとした感覚が優しく触れた。
麒麟はスッと左手を伸ばすと…壊れ物でも扱うように…そっと優しく鏡月の頬に触れたのだった。
『本当に大丈夫ですか?
なんだか…少し熱っぽいですよ。』
そう言われても…鏡月にはどうすることも出来ずに、さらに体温を上昇させてしまうだけであった。
驚いて…目を開いたものの麒麟の姿を直視する事が出来ず、頬を朱に染め…俯いたまま…鏡月は訊ねた。
「現在の麒麟と言う呼び名では少々…呼びにくいし違和感がある。
これからは…なんと呼べば良い?」
麒麟は当たり前のように…間髪入れずに答えた。
『フフフ…鏡月様のお好きなように呼んで下さいまし…私は主人の命に従うのみで御座いますゆえ。』
「そ、そうじゃないんだ。
私は…君が何と呼んで欲しいのかを知りたいだけなんだ。」
鏡月は…どう説明したら良いものかと頭を抱えて苦悩する。
『え~と…え~と…そうですね。
それでは…リンとお呼び下さいませ。』
どうしようか?…と悩みながら、くるくると目まぐるしく表情を変える麒麟の姿が…鏡月にとってはとても可愛らしく見えたのであった。
「リン…リン……か。
…うん…なるほど……良い名だ。
これは…誰かに………。」
相変わらず…目線を反らしつつ、鏡月は麒麟に質問した。
『はい、その初めての主人だった…双月様に名付けて頂きました。』
パッと…顔を上げて、リンを見つめる鏡月。
「それは…開祖様の事ですか?」
鏡月が…リンの両肩をしっかりと掴み、そのように真剣に訊ねられたものだから…ピクリと身体を震わせて…ついつい驚いてしまう。
『はい…そうです。
こちらで開祖と呼ばれている方だと思われますよ。』
その言葉に鏡月は嬉しくなる。
何故なら鏡月にとっては、いつも…子供の頃に聞かせられた。
紫雲家に代々伝えられている、あの…お伽噺の勇敢なる戦士のような伝説的な存在と肩を並べる力を手に入れたのだと思うと…ワクワクしてくる高揚感と同時に恐いくらいの不安な気持ちも去来するのであった。
「私が…あの方と同じように出来るのか…
否、やらなければならない。
未熟で…未完成とは言え、私には…その力があるのだから。」
鏡月は自分の両手を再度…まじまじと見つめると、ゆっくり確かめるように握りしめて拳同士を軽く…弾くようにぶつけて気合いを入れた。
それは…兄の窮地を救えるだけでなく、漠然と靄のような正義感を何かしら方向づけるものだったからかも知れない。
『あの~鏡月様…まだ妖魔と合いまみえるまで時間がありますから…もっと…私の事を上手く扱えるように訓練致しませんか?』
鏡月は…その言葉を受けてスクッと立ち上がると、リンの両手をグッと掴むと力を入れて起こしてあげた。
リンは…勢い良く立ち上がる事が出来たものの着物の裾を踏んでしまい……
鏡月を巻き込んで…その場に折り重なるようにして、倒れてしまうのであった。
『き、鏡月様…申し訳ありません。』
「うぷぷ…く、苦しい、とりあえず退いてくれないかな?
ん、ぁ…恥ずかしいからさ……………。」
あろうことに…鏡月はリンの胸の谷間にスッポリと挟められていて、窒息しそうなくらいに苦しそうな表情をしているでは無いか?
鏡月が苦しそうに…モゴモゴと顔を動かすと…リンは擽ったくて、敏感にピクンと反応してしまう。
リンは…自分が…どんな風になっているのかを認識すると…途端に血液が沸騰する思いに駆られたのであった。
リンは飛び跳ねるように…鏡月から離れると、羞恥心から逃れるように…もじもじと床に何かを描くかのように指先をくねらせながら…深々と頭を下げて謝る。
『大変申し訳ありませんでした…鏡月様。
私ったら…あの…その…なんと……はしたない事を……………。』
リンは…そこまで言い終えると顔を上げたが…両手で恥ずかしそうに顔を隠す。
すると…白かった素肌は見る間に桜色に染まり、頬も上気して湯気が立ち上りそうな様子であった。
一方の鏡月も母とは違う温もりをリンから感じていた。
あまつさえ…肌から、ほんのりと立ち上る…うら若き乙女特有の何とも言いがたい程に鼻孔を擽る甘い香りと柔らかく滑らかな肌の余韻に少しばかり…酔ってしまっていた。
今まで修行と鍛練などと…その手の事には…てんで疎い彼には…あまりにも刺激が強かったらしい。
今も目が…くるくると泳いで…鼓動が早鐘のようにドクドクと波打つのを悟られまいと平気な顔をしてはいるが、誰から見てもワタワタとソワソワと落ち着かない様子である事は明らかであった。
『やはり…この姿のままでは鏡月様にとって…体力的にも…え~と…精神衛生の面から鑑みても宜しく有りません。
…ですので簡易体へと変化させて貰えませんでしょうか?』
もう一度…恭しく頭を下げると、リンは…このような申し出をするのであった。
「え…と、簡易体って何の事なんだい。」
鏡月は鳩が豆鉄砲でも食らったみたいに目を点にして…聞き返す。
『…そうですね。
現在の霊力の解放状態は水道の蛇口を全開にしているようなものですから…その蛇口のカランをキュッ!…と絞る感じでしょうか?』
リンが蛇口を知っている事に多少…驚かされたのだが言っている内容は…ぼんやりとではあるが、それとなくイメージする事が出来た。
「確かに…もの凄い勢いで身体中から霊力が吸い取られているような感覚、部活が終わった後の疲労感に似ている。」
そう言うや否や…息を止めるみたいに身体中から溢れ出る霊力を徐々に小さく小さく…しぼめていくのであった。
『初めてのハズなのに…もう自在に操る事が出来るだなんて………凄いです!!』
リンが…この言葉を発するとポワン!…と弾けるような音と共に藍色の煙の中から…愛らしい雛人形みたいに縮んでしまった簡易念神体となったリンの姿があった。
風船みたいに漂いながら…鏡月の肩に、ちょこんと正座すると…耳元で囁いた。
『これからもよろしく御願いします。
……ッ…鏡月様!』
鏡月は…頬にリンの唇が軽く触れるのを感じた。
彼女なりの親愛な気持ちを表現する為…精一杯の挨拶のつもりなのだろう。
先程みたいに…両手で顔を隠して林檎みたいに真っ赤になっているからだ。
こんなに愛くるしい姿のリンに…どれだけの力が秘められているのかと疑問にも思えてくるのであった。
リンの簡易体の姿に…どことなく妹の美月の姿を連想してしまっていた。
鏡月は兄・酔月を取り込んだ妖魔を倒す事が出来るのか?
まもなく…午前十一時を時計の針は示そうとしていた。
悲劇へと向かう鏡月に残された時間は…あと僅かしかなかった。




