#37
兄・酔月が命懸けの戦いの末…妖魔の足止めをしてみせた頃。
円月と鏡月は…酔月の霊力を感じられない程に小さくなっていくのに気付いたのであった!!
「……………!!!?
う…嘘だ…そんな…あ、あぁッ…兄上、兄上が……………ッ!!」
「な…なんと…まさか……酔月が…やられたのか?」
二人は…驚愕の声を漏らすと酔月の安否と彼を倒した妖魔の力に憎悪と恐怖を抱いてしまっていた。
「ち…父上…あぁ…兄上が兄上の霊力が感じられないのです。
一緒に…兄上を助けに行きましょう!!」
そう困惑し…鏡月が言うと…円月はピシャリと、その言葉を制してみせた。
「そう急くな…
今のままの…非力な…お前の力では返り打ちに合うのが目に見えている。
…であるからして…鏡月よ。
今の今まで…お前と麒麟様との契約の為の準備をしていたのであろう。
血解陣〔けっかいじん※魔法陣のようなもの〕も…あと少しで完成する。」
そこまで言い終えると…円月は…鏡月の左手を握り締め、自分のいる方向へ軽く引き寄せると…くるんと掌が見えるように裏返し…話し続けた。
「そして…中央に描かれた麒麟の刻印に…お前の血を数滴、捧げるのだ。」
コクリと…鏡月は首を縦に頷くと…こう言った。
「血を捧げるのですね。」
「そうだ…私は…これより先の儀式には立ち合えない。
何故か…などと聞くなよ!
選ばれし者のみが立ち入られる聖域となるのだからな。
麒麟様は特別なのだ…四霊であり、四神を統べる力を持つ偉大な神だからな…
忘れるな…麒麟様への畏敬の念を…
儀式とは…血を捧げた後に麒麟の書を結界内の刻印の上で広げるのだ!
…よいな。」
円月は…懐から霊力で清められた和紙に包まれたカミソリの刃を取り出して…鏡月に渡しながら、そう告げた。
「…よし、やってみせるさ。」
円月が部屋から出ていったのを見計らい…血解陣の中央、麒麟の刻印の上に立った。
そして右手の人差し指と親指で…そっと摘んでいるカミソリの刃を左手の人差し指の先端に押し当てて、スッと引いてみせた。
「………ッ!」
白く細い彼の指先には…赤い線が一筋引かれ、そこからプックリとした赤い雫が静かに生まれ出でてくると……
その雫にゆらゆらと映る自分に『覚悟を決めろ!!』と腹を括り…その雫を刻印に捧げた。
タチッ……と言う無機質な音を立てて、最初のひと雫は指先から…零れ落ち、それに続くようにパタパタッと数滴の血液が堪えきれない涙みたいに溢れては…刻印を目がけて零れ落ちた。
鏡月の血に呼応するように…ボォォ~ッと血解陣が、青白く輝き…心臓の鼓動のように静かに脈を打って明滅し始めた。
「これは…私の魂に呼応してくれているのか………!?
麒麟は………。」
まだ…血の滲む指先を軽くくわえて、血をキュッと吸い出すと…錆びた鉄のような血の味が口の中に広がる。
「……………麒麟よ!!
私に『魔』と戦える力を…その力を授けてくれ!!」
傍らに置いておいた麒麟の書の『封』と書かれた札を剥がし…きつく結ばれた紫色の紐をスルスルと解いて血解陣の光り輝く刻印の上に…バッと転がして大胆に広げていった。
麒麟の書に描かれていたものは…天空を舞踊り、躍動する麒麟と…天空に向かい駆け昇るように地上を疾走する麒麟に救いを求める人々が懇願し…お祭りをしている様子であった。
「凄い力を感じる!?
まるで…生きているような画だ………。
違う…生きているんだ。
確かに………この中で!!」
麒麟の書に描かれている。
この世の物とは思えぬ、色彩と躍動に、鏡月が…感嘆の声をあげると…その画の中から可憐な少女の声で、自分に呼び掛けて来られたので…鏡月は、尚更に驚かされる事となったのである。
『もしも~し…私の声が聞こえますか~。
ホッ、よかった…聞こえているみたいですね。』
麒麟は、鏡月と意志の疎通が出来る事を確認すると安堵の声を漏らした。
『はじめまして…鏡月様。
…私が麒麟です。
あっ…そうでした。
時は…一刻を争う緊急事態でございますゆえ…不躾な物言いを失礼いたします。』
こんな和やかな雰囲気で話しているべき時では無いのだと自分を戒め…さらに麒麟は続けて話しだした。
『…それでは、さっそくですが…この画の上に右手を乗せて、私の力が欲しいと念じるのです。
心から私を欲して下さいませ。
それが…私との契りとなりましょう。』
「……な、なるほどな。
了解した…。」
巻き物の画と会話している事に…少々、たじろいだが麒麟の言葉通りに鏡月は右手を差し出し…麒麟の書の上に置いた。
右手からは麒麟の鼓動が、ドクン…ドクン…ドクンと伝わってくる。
錯覚などでは無く…紛れもない確かな感覚なのである。
それは…とても暖かな春の陽射しのような心を穏やかにしていく感覚を身体中の細胞が感じていたのであった。
「麒麟よ…私は…あなたが欲しい。
私と永遠の契約を…!!」
鏡月の心からの切なる声に麒麟の魂は震えた。
『嗚呼…やはり、あなたでした。
今日…この時より…あなたを私の主人と認め、契りましょう。
さあ…私の名を呼んで下さいませ、鏡月様!』
麒麟は…鏡月を主人として認め、契約の発動を呼び掛けたのであった。
その言葉に秘められた想いに…答えうるべき鏡月が、自らの魂に誓い叫んだ!
「麒麟よ…
紫雲鏡月の名において命ずる…
天を駆る神馬の如く、すべからく光をもたらす剣となりて…我と共に進もう!」
パァァァァァァッッッ…!!
目の前が…神々しい光の洪水となり、世界を真っ白にしていく!
「な…うぁぁ、ま、眩しいッ!!」
思わず…鏡月は声をあげていた!
次に…鏡月の瞳に飛び込んで来た光景は…右腕をシュルシュルと這うように、滑るように上ってくる麒麟の画であった!
生命力に漲る輝きを放ちながら鏡月の身体を伝い…左肩まで上ってくると、そこの居心地が良いとばかりにピタリと動きと輝きを止めたのであった!
『我が…主人、鏡月様…私の念神体を発動させてみて下さいませ!』
今度は…耳鳴りみたいに、頭の中に直接、響き渡るような麒麟の声が聞こえてきた。
「念神体とは…何だ…?
それに…これは…一体……………。」
状況の把握が出来ずに…聞き慣れない『念神体』と言う言葉をオウム返しに聞き返すのが、やっとであった!
『そうですね…
詳しく説明しても……さらなる混乱を招きかねないので、簡潔に言いますと……。
え~と…何とも表現しがたい感覚なので、あまり頭を悩ませ無くとも宜しいのですよ…鏡月様!
ただ…私を感じて…解き放って頂ければ良いのですから………。
まずは…鏡月様自身の霊力をゆっくりと高めてみて下さいませ。』
麒麟が柔らかい物腰で伝えると鏡月は…少しだけ理解を示して、父や兄と修業している時を思い出し、静かに…しかし、深く深く呼吸を整えた。
ゆっくり…ゆっくりと…身体の中心へと霊力を集中し始めた!
「フゥゥゥゥゥゥ…ッッ」
吐き出した呼気が心を落ち着かせる…
新しい源泉を掘り起こしたかのように…凄まじい霊力が渦を巻いて、鏡月を取り囲んだのである。
鏡月自身も驚きを隠せないと言った表情をしていた。
麒麟との契約をした事で、潜在的な霊力が…ほんの少しだけ解放されただけなのに…この霊力なのだ!
「…のぉぉッッ!
な…何事か……この凄まじい霊力は………鏡月のモノなのか?」
神殿の扉の傍…入り口付近から、ビル風のように…バタバタバタと霊力の風になびいて……円月の着衣が乱れる!
「凄い…これが麒麟の力なのか?」
鏡月が…自分の両の掌を溜め息をつきながら…まじまじと見つめていた。
『私は…触媒にしか過ぎません。
故に…その力は…鏡月様自身のお力なのですよ。』
麒麟は…自分を誉められたような気がして奥床しく…妙に照れながら…合いの手を入れた。
「これだけ…霊力を高めれば念神体とやらも呼び起こす事が出来る気がするよ…。」
鏡月が自信を持って囁くと、麒麟は…そっと優しく助言する。
『大丈夫…誰でも…その…初めては緊張いたします。
焦らずに…ゆっくりで構いません。
集中してみて下さいな…次第に、私を…深く…イメージして具現化していくのです。』
「感じる…感じるよ……
私の中に…麒麟がいる。
もっと、違う何か…
例えるなら…君と一つになる感覚…
繋がっている感覚を…そうか!
私は…君で……君は…私なんだ!!」
鏡月が集中させた霊力を解放すると…目の前に麒麟の念神体が…まばゆい光と共に、その姿を表したのであった!!




