#35
麒麟の後継者について…彼等の父である円月が蕩々と語っている頃。
かたや…紫月山に向かっていた鏡月の兄・酔月は、と言うと………。
駆けていた!!
正しく韋駄天の如く、山肌を緑が鬱蒼と生い茂る森の中を………
まるで…タンポポの綿毛のように身軽に…スーパーボールみたいに…ポーン、ポーンと獣道ですら無い…険しい道を…山肌を…弾むように駆け上っていたのであった。
「……フゥッ…フゥ。」
僅かに…呼吸を荒くしてはいたが…それほど疲労は表情には出ていないように見受けられた。
「やはり…高速移動術『脱兎〔だっと〕』を使い続けるのは霊力の消耗が激しいな。」
速度を落とさずに…邪悪なる気配を目指して…駆けていたのだった。
しかし…高速移動術『脱兎』とは…いかなるものかと言うと………
足の裏に霊力〔オーラと同義語であるが、彼等は、古来から呼称され続けてきた霊力と呼ぶ〕を凝縮、一点集中させて…強力なバネのように反発させて速力とし、常識を超えた速度を得ていたのであった。
酔月の頬を撫でる風がピシピシと邪悪なる念を感じていた。
「………近いな。」
ピタリと歩みを止め…周囲を隈無く見渡して、スッと自然に警戒態勢をとる。
あのトラックのあった方向から…さらに邪悪なる気配を感じて、酔月は…こう一言漏らした。
「ん……
む…しかし…これほどとはな!!」
身体中を電気がピリピリと走り抜ける。
そんな感覚の強大なプレッシャーを感じて…近くの砂利で舗装された道路を崖下から…フイと見上げてみると、この辺りでは…あまり見慣れないトラックが停められていた。
「何だ…アレは?」
トラックの停められている場所まで…一気に駆け上がると空気感がガラリと一変したのを感じていた。
それは間違いなく…肉食の獣が餌を捕縛する時にだけ垣間見せる明確な理由のある殺気である。
「もしや…コレか?」
トラックの荷台は無造作に大きく開かれていて扉の手前には…誰かが先程まで着ていたのであろうと思われる衣服がサイズ違いで二着あったからだ。
まだ…ほんのり温もりの残る衣服を酔月は…ツイと…手に取って…手掛かりを探していた。
「何だ…この心臓を貫いたかのような大きな穴は?」
酔月は不審に思い…作業着にポカリと空けられた穴の周りを指で触ってみるが…血液や血痕などは一切残されてはいなかった。
「妙だな………。」
そう言って…荷台へと軽快に飛び乗ると、埃臭い暗がりの中で…目の前には粉々に砕けた機械らしき部品や破片と醜悪なデザインをした西洋風の大剣のような武器が酔月の瞳に飛び込んできた。
「………この剣か?
否、違うな………
恐らくは…これの持ち主だな。
しかし…これほど『魔』を秘めた…この剣、私ひとりの力で破壊するのは到底、無理であろうな。
…かと言って、このままにしておく事も出来ないからな。
うむ…念の為、封印しておこう。」
酔月は…とにかく出来る限りの事は自らの力で…しておこうと思い。
懐から『念神封呪』と書かれた霊札を取り出すと…身の丈ほどはある剣の柄をグイと掴んで持ち上げた。
不思議と重くは無かった。
まるで…ウレタンか発泡スチロールで作った見てくれだけの模造品か玩具のような感覚だった。
それが…少し気持ち悪く感じられた。
その剣は…金属とも化石ともつかない不可思議で面妖な物質で構成されていた。
剣の刃部分の表面は粒子の細かな砂のように…ザラザラとしていて工作や日曜大工に使用される紙やすりに似ていた。
色は…全体的に茶褐色だが錆びている訳では無い様子で醸し出す独特な剣気から三胴以上の相当な業物であるように感じられた。
※三胴とは…一断ちで三人分の胴体を真っ二つに出来る事を指します。
ギラリと剥き出しにされた剣を納める鞘が無ければ、凶々しいオーラを放つ『ソレ』を封印など…することは出来なかった。
「近くに…鞘は落ちていないのか?」
酔月が左手に面妖な剣を持ち…右手に霊札を持ちながら辺りを念入りに隈無く見渡してみる。
その瞬間…酔月の左腕を何かが掴まえていた。
それは…節足動物か………
はたまた…猛毒巨大蜘蛛・タランチュラの足のような果てしなく嫌悪の対象であろう…気味の悪い生物の触手か足のようであり、赤黒い腐敗したワインみたいな色をしていた。
酔月の肌に感じられる触感は…何かしら…ヌラリとした質感に覆われていて…
それらの節々の所々からモシャモシャとした毛のようなモノが生えた足が剣の鍔の部分から…グニュグニュッと六本伸びて…彼の左腕を絡めるように捕まえていた。
「………………!!!?
何ッ!?
い…生きているのか?」
酔月が言い終える前に柄の最後尾…根元の部分から血走った大きな目玉が…ギョロリと現れ…柄はバナナの皮を剥くようにパカリと四方に分かれ、その中からはゾロリとした鋭い牙にヌタヌタとした糸を引いている粘性の強い唾液か消化液らしきモノがキラリと光って見えたのであった。
「キケケケケケケッ…!!」
酔月の視界に飛び込んできた光景。
それは食虫植物を数十倍…気色悪くしたような剣がヌチャリと粘液を糸引きながら…クパァッと開かれた口元から、脳に直接響くかのような甲高く…それでいて地鳴りみたいな低く唸るような笑い声を死神みたいにあげてみせた。
「ウヒヒ…オマエ…!!
ツヨイ…オーラヲ……ヒメテイル!!
…ソノカラダ………キ、キ、キニイッタ……………クケケケケ…ッ!!」
その剣は…そう笑うと酔月の背中に…次々と気持ち悪い足を四本ばかり、ズブズブと射し込んでいくのであった。
「ぐ…グヌヌ……う、うわぁぁぁ…ぁ…………ッ!!」
酔月の悲鳴が…紫月山の朝霧が霞む蒼白な月に吸い込まれるように消えていくのであった。
酔月…一生に一度の不覚であった。
揺らぐ視界の中で…酔月は鏡月が…我が弟が…この妖魔を倒してくれると確信していた。
「私は…私は……そう簡単には死にはしないッッ…………!!
約束した……から………な……………ッ。」
酔月が理性を途切れさせながらも…必死に叫ぶと、酔月の身体を支配し…寄生し終えた妖魔が高らかに笑い声をあげた。
『クケケケケ…ッ!!
バァァ…カ…メガァァッ!!
コノ…オレサマノ……アタラシイカラダト…ナレタコトヲ……シアワセニオモエニンゲンメッッ………
フ…フハハハハハッ…!!』
妖魔は続けて笑った。
『フフフ…サッキノジジィタチダケジャ………クイタリナイナ!!』
すると…妖魔に支配されたと思われた酔月が最後の抵抗を示した。
《まだ…終わっちゃいないぞ!!
妖魔め…命を賭けてキサマを封じてみせる………。》
『ヴァ…カナ……ッッ……ギ…ギ……ギギギ………ヂ…チクショウ………ヴ…………ニンゲン…メ………………ヤッテク…レ…ル。』
妖魔が…酔月の無垢な霊力により激しく苦痛に悶える。
そして…懸命に掴んでいた霊札を支配されつつある自らの胸の中央にペタリと張り付けてみせたのだった。
まもなく…七時になろうかという時の出来事であった。




