#33
怪しげなトラックの乗員二人組が…真っ黒な影に襲われていたのと…ほぼ同時刻に紫月山の方向から、凄まじい悪意に満ち満ちた…嫌悪感のあるプレッシャーに背筋をゾクリとさせた者がいた。
「オォ…な、何という、まがまがしい気配だ……
妖魔の類か…それとも悪霊か?
恐らく…父上も…お気付きだろうが………」
十キロ以上離れた紫雲神社の境内から…そう言ったのは、朝から広い境内…祭殿と御神体の掃除に勤しんでいた神主見習いで…鏡月の兄。
紫雲・酔月であった。
酔月は…鏡月よりも六つ年上の二十三歳で…紫雲神社に祭られている神の力を受け継ぐべき後継者として育てられてきた。
生憎…父・円月は、神の力を受け継ぐ事は出来なかったが…それでも凄まじい霊力で魔を払う事を生業としていた。
酔月は百八十五センチという長身であった。
鏡月よりも長く背中まで伸ばした漆黒の髪は…白色の細長い布地でキュッと絞られていた。
痩せ形で…筋肉質の引き締まった身体は見るからに霊験あらたかな修験者そのものであった。
凛とした白装束から…スラリと伸びる手足は少し日焼けしていた。
大きく開いた胸口からは…形の良い胸板と腹に巻かれたサラシが男らしく感じられた。
境内で…竹箒を握り締め掃除している兄を見つけて…次男の鏡月が背中越しに声をかけた!
「あ…兄上、兄上…あ~に~うえ~ッ!!」
「………ッ!?
ん、何だ…キョウか?
どうした…まだ寝ていても良いのだぞ。」
その邪悪なる気配に…気を取られていて…寝巻姿のままの弟に話し掛けられたのに気付くのが遅れて…ハッと驚きながら、咄嗟に…そう答えた。
「身体中をゾワゾワとさせる嫌な気配を感じるんだ。
黙って寝てなんていられないさ。」
十七歳になったというのにも関わらず…四歳を迎えたばかりの妹の美月みたいな子供扱いをされた事に…多少、もどかしさを感じて鏡月が言い返す。
「ふむ…そうだな……ならば本日の学業は休みなさい。
キョウの感じた気配は本物だ!
もうじき…招かれざる客人が訪ねて来るだろうからな………
先程、父上が風呂場にて霊力を高める為に身体を冷水で清められていたから…そろそろ御神体に祈りを捧げておられるハズだ。
キョウは…父上と共に神社と母上…そして美月を守るのだぞ。」
ゆっくりと落ち着いた口調で…酔月は指示した。
「あ…兄上は…どうなさるのですかッ!」
ツイと背中を向けて…紫月山の方角に素早く…歩を進めた兄と…今、ここで別れたらもう一生…会えなくなるような不安が胸一杯にグッと込み上げてきて…つい大声で呼び止めてしまっていた。
「シッ…。
………大きな声を出すな、美月が目を覚ましてしまうだろ…。」
酔月は…右手の人差し指を真っすぐに立てたまま、自らの口元にあてがって小声で…ニコリと軽く笑ってみせた。
「情けない顔をするな…大丈夫だ!
この兄は…早々、簡単には死なん。
心配などするな。」
口元にあてがっていた手を鏡月の頭の上に置くと乱雑に…ワシワシと撫でまわした。
「では、行ってくる。」
酔月の雪駄が、いつもよりも力強く大地を蹴り上げると…一陣の風の如く、頼もしい兄の姿は吹き抜けていったのであった。
「兄上………」
時刻は…まもなく、五時を迎えようとしていた。
時は…無情にも…最悪なる結果へと……その針を進め続けるのであった。




