#32
その悲劇の始まりは…こうであった。
鏡月が…愛しい家族の亡骸を抱きしめていた頃から時計の針を戻してゆく。
その十五時間前…早朝四時まで遡る事になる。
※※※※午前四時※※※※
東の空に…顔を出しはじめた朝日に赤く焼かれて照らさせれる霊峰・紫月山
その紫月山は…今の季節ともなると万緑を讃え…葉の一枚一枚、全てに生命力がみなぎるようであった。
樹木のそれらは優しい香りを漂わせながらも…青々としていて、鮮烈でありながらも清々しい凛とした色彩に溢れた力強い霊峰である。
そんな霊峰の獣道のような…いりくんだ山道を、その景色に馴染まない超大型のトラックが排気口からゴウゴウと音を鳴らして…真っ黒な溜め息を吐きながら走り抜けていくのであった。
「あぁ~…疲れたなぁ。
どれだけ遠回りしていくってんだよ。
………ッなぁ。
こんな田舎の山道ばかり走らせやがって…この田舎を過ぎたら運転、代わってくれよ。」
眠たそうに…けだるそうに大欠伸をしながら、中年のドライバーは助手席にいるチーズとハムカツの挟まったカロリーの高そうな油っぽい惣菜パンをムシャムシャと、ほうばっている少し背の低い小太りな初老の男に声をかけた。
「あぁ、分かっている…分かっているともさ。
あまり大層な愚痴を言うなよ…ルドルフ様に聞かれたら…どうなると思っているんだ。」
「ケッ…あの欲の革のビロ~ンと突っ張った性悪な狸ジジィの小間使いにされているだけで…腹がムシャクシャするぜ。
俺は…あの方の理想の為にこそ働きたいのによ………
ところで…それ、美味いか?」
腹の底から黒い塊でも吐き出すみたいにドライバーの中年は言った。
「確かに…性格などに著しく問題はあるかもしれないが…ソウルズやアレの研究にかけては第一人者でもあるし…財団の財源とも言える例の薬の開発もルドルフ様がいなければ…瞬く間に潰えるだろうからなぁ~。
お…大丈夫、お前さんの分もあるから後で食べな。」
溜め息混じりに食べ終えると、パンのカスがついた指をズボンにゴシゴシと擦り付けながら…助手席の白髪が混じる男はキレイになった指で不精髭を軽く擦るのであった。
すると…その愚痴に反応するかのようにトラックの後部の荷台から突如として………
《 …ッガン!! 》
《 ドガンッ!!!! 》
《 バガーン!!!!!! 》
…と何か猛獣が暴れているような物音、否、破壊音がするのだった!
「お…オォォ…オイッ!!
な、なんだ…なんだ、なんだってんだよ~ッ
た…確か、荷台に積んでるのは『核』じゃなかったのかよッ!」
ドライバーは怯えるように恐々と言った。
「ああ…確かに、私も実験用の核ミサイルだと聞いていた。」
普段から…核ミサイルという大量殺戮兵器を運ぶ事に馴れているだけで、十分過ぎるくらいに凄い事のような気もするが………
「オイッ…車を停めろ!
二人で確認するぞ。」
助手席の男は…そう言って作業着の胸ポケットにある特別製の拳銃を取り出したのだった。
バタンと乱雑にドアを開閉して、ヒョイとトラックの左右から下りてくるドライバーの二人組。
「この前みたいな実験用の気色悪い突然変異の動物やら生物兵器とかの可能性もあるから…お前さんは猛獣専用の強力な麻酔の弾丸に替えておけよ。
商品だってのが一番にムカつくぜ!」
助手席の男は自らの拳銃をチラリと確かめるとドライバーの中年の男に続けて話し掛けた。
「チッ…またグロテスクで気持ち悪い生物兵器の出来損ないを脳みその腐った成金ブタ野郎共に売り付けようって魂胆かよッ!!
イラつくぜ…まったく!!」
急な山道の下り坂…かなりの高低さがある崖の途中で…荒っぽくブレーキをギュッと踏むとトラックを停車させながら…ドライバーの中年は苦々しく吐き棄てたのであった。
二人組は…ザスザスと砂利道を踏みならしながら…トラックの後方へと回り込むと厳重に施錠されている核シェルター並に分厚い観音開きのドアを静かに開けたのだった。
完全に密閉された荷台の暗がりの中にあったモノは、頑丈そうな金属製の箱に何やら機械か装置が付いているのだった。
「さっきのは…あの箱から鳴っていたのか?」
まだ不安気な様子で外側から…恐る恐る、中を覗き込む助手席の男であった。
「……チッ、なんだよ…驚かせやがって気のせいかよッ!!」
恐る恐る覗き込む慎重な助手席の男とは反対に…もう一人の男はヒョイと軽々しく荷台に上るのであった。
男は…荷台のそれに目と鼻の先くらいまで近付き、マジマジと見つめて…何も異常が見当たらないと察するや、否や…直ぐさま…そう毒づいて言い放つとガゴンと思い切り…箱を蹴りあげたのだった。
「ケッ…何とも無いぜ、畜生めッ!
多分、気のせいだろ………
ヘッ…やれやれ…なぁ、そろそろ、ここいらで運転交替してくれよ。」
男が、くるりと踵を返して…箱に背中を向けて荷台から下りようとした時である。
「う…ウワァァァ~………
あ…あぁ…う、後ろ…後ろだ…。」
助手席にいた男が恐怖の声をあげる。
「な…何、なんだよ。」
その声で怪訝そうに身体を捻り…振り返ると………!?
真っ黒で大きな影が襲い掛かってきた!!
「ウワァァァァァァァァァァァァァァ…ァアッ…!!」
《パン、パァーン…!!》
…と銃声が辺り一帯に響き渡った。
……………………………。
時刻は…ちょうど午前四時半になろうとしていた。




