#57
凄まじい稲光が…空を縦横無尽に飛ぶ妖魔への敵意を剥き出しにしたかのようにゴロゴロと低く唸り声を上げて威嚇するのであった。
鏡月は…光の柱の中心にいた。
鏡月の背中には…煌めく光の粒子が集中していくのだった。
それは流麗な動きと共に大きな翼を形作っていくのであった。
背中に生えた立派な両翼を…鏡月は優雅に大きく広げたのであった。
見た目の変化は翼だけでは無く…気高さを感じさせる品格を持った弓道の防具と袴姿に…それも見たことが無い斬新で革新的な洗練されたデザインであった。
真冬を連想させる穢れなき霊気で…白銀に輝く袴と紫水晶のような未知なる材質で出来ているであろう防具という派手な出で立ちであったのだが、何か神々しささえ感じてしまう姿…
それとは裏腹に秘められた力と押し寄せる気迫から妖魔はたじろいでしまうのであった。
『ぬぐぅ…翼があるからと言って…どうなるものかよッ!
キサマ如きの死に損ないの坊やくらい…簡単に捻り倒してくれるわ。』
妖魔は…グンと空中を蹴って急降下していくのであった。
凶刃な爪を振りかざす妖魔。
ギラリと爪を輝かせて…光の中でフワリと優雅に宙に浮いている鏡月を目掛けて強襲する妖魔だった。
「妖魔め…血迷ったか、私の翼は飾りじゃない。
空中での機動力では劣りはしない。
好機なのか…それとも…」
鏡月の頭にリンの声が響いた。
『鏡月様…妖魔は何か罠を仕組んでいるハズです。
間合いを空けて様子をみながら仕掛けましょう。』
「そうだな…そうするよ。
それにしても…またリンの声が聞けて良かったよ。」
鏡月はリンの声が聞けた事で安堵の溜め息をついた。
『ひとつになるのは容易な事では有りませんのに…鏡月様は容易くこなしてしまわれるのですね。』
「そうかな…そうなのかも知れないな。
しかし、リン…凄く気持ちの良いものなのだな、こんな感覚は初めてだ。
何だか…分からないけれど気力が充実して、少し興奮してるみたいだよ。
リンと…ひとつになれて嬉しいよ。」
鏡月は感じたままを言葉にした。
『あの…その…気持ち良いだなんて………ぽっ』
リンは凄く照れくさそうに囁いてみせたが…鏡月にはあまり意味が理解できなかった。
「………来たぞッ!」
ギュン…ギュンと十五匹の大蛇が襲い来るように妖魔の爪は波打ちながら鏡月を貫こうするのであった!
それらのひとつひとつを舞い踊るようにヒラリ…ヒラリと直撃寸前で避けていくのであった。
鏡月が…ひとつ…またひとつと避ける度に妖魔の爪は凄まじい勢いで…ザス、ザスンと地中深くまで、めり込みながら突き刺さり…引き抜こうにも多少の時間が掛かりそうなのであった。
妖魔は…余程、自信があるのか…それとも馬鹿なのかがまったく分からないが確信する何が自惚れに似た自負のようなものがあったのか少しも動じた様子を見せはしなかった。
鏡月は羽根のように軽やかでしなやかな動きで妖魔の爪による連続攻撃をことごとく翻りながら避けきってみせるのであった!
妖魔は顔をククッとしかめた。
その絶好なる好機を鏡月が見逃すハズは無かった。
翼を羽ばたかさせて…一瞬で間合いを詰めると、スルリと妖魔の懐に潜り込んだのであった!
『……………………ッ!!』
妖魔は不覚だとばかりの表情を浮かべていた。
鏡月の右手には紫雷の輝きが目を眩らませる程に激しく瞬いていたのであった!
バチバチッ…パチパチッ…と雷撃のはぜる音も強さを増していく!
「これで終幕だッ!」
素早く突き出した鏡月の右拳が妖魔を貫いた!
「…ッな…………!!!!?」
貫いたかに思われた必殺の拳は…あと僅か…数ミリのところで妖魔に届かなかったのであった!
妖魔はニタリと笑い…こう言った。
『悪いが…坊やの方が終幕となるんだよッ!』
鏡月が仕掛けた…その刹那、妖魔の背中はバクンと割れて、その中から四本の鋭利な西洋の槍・スピアと呼ばれている形状に似た爪を有した触手が一斉に飛び出した!
触手は鏡月の両肩と両大腿をズブリと貫いたのであった!
「………ッ、くぅぅッ!」
鏡月は妖魔の策略にはめられてしまったのであった!
『な…なんてことでしょうか。』
リンは万策尽きたとばかりに悔しそうな声を漏らした。
『その心臓から念神体の核を取り出して喰らってやるわッ!』
妖魔の右手の五本の爪がキュルキュルと螺旋に巻き上がりドリル状になっていくのであった。
『クケケケケケッ!!
んふふッ…これだ…この顔だ!
ア~ッハハハハハッ!!
絶望に満ちて…希望の灯火を握り潰す…なんと至福の瞬間であろうか!
さぁて…このワクワク、ゾクゾクする時を存分に味わおうではないかッ!』
ひとしきり…自惚れにも似た笑い声を妖魔が上げるとグリンッと身体を大きく捻り、反動で鏡月の心臓を貫こうとしていた。
鏡月が必死に抵抗して、もがけば…もがく程に触手はズブリ、ズブリと深く突き刺さっていくだけであった。
「新しい力に自惚れていたのは私の方かな。
皮肉なものだ。」
『ア~ッハハハハッ!
これは…せめてもの礼だ、苦しむ猶予も無い程に粉々にしてくれる。
喰らえェェェェェェッ!』
鏡月の左胸からは鮮血が流れ落ちたのであった!
「………………………!?」
鏡月もリンも『死』を覚悟した。
しかし…鏡月の左胸には妖魔のドリルの尖端部分がチクリと表皮に刺さっているだけで貫いてはいなかったのである。
《いまだ…鏡月ゥ…ッ!!
トドメをさせ~…ッ!!!!》
鏡月は目の当たりにした光景に驚愕すると共に…懐かしい声を聞く事が出来て感激するのであった!
「あ、兄上ェェェ…ッ!!」
妖魔の胸部の真ん中に酔月の顔が現れたのだった。
《よく聞け…コイツの弱点は一つじゃない!!
私の顔の下に核らしきものがある》
酔月は…さらに続ける。
《それを貫いたら…即座に首を断つのだ!!
そうすれば…新しい核は作られる事は無く、妖魔は消滅するだろう。》
妖魔が酔月の抵抗から垣間見させて狂気の叫びを上げる。
『グ…ギギ、ヤ……メロ、ヤメ………ロ、ダ…マ…レ…オ…レ………ハ………』
《すまない…兄も限界だ、今すぐ枷を解いてやる。
そうしたら躊躇わずに私の顔を貫いて妖魔の首を断つのだぞッ!!》
ギチギチと妖魔の筋肉は軋み、酔月の支配から逃れようと抵抗していた。
《ザシュ…ザシュ………ザンッ!!!!》
触手に絡め捕られた鏡月の顔に妖魔の血が降り注いだ。
妖魔の右腕と全ての触手、爪、両足をもろともに斬り落とされたのであった!
斬り落としたのは…最後であり最高の抵抗とばかりに酔月が爪や触手を巧みに操作して鏡月を解放したのだった。
《私に…出来る限りの事はした!!
皆の為に未来を生きろォォッ!
最後の希望となれ…鏡月ゥゥーッッ…!!!!!!!!》
鏡月は目頭が熱くなる想いで一杯だった。
「妖魔を断ち切り…貫く刃となれッ!
ハァァッ!
紫月雷光双刃!!
(しげつ・らいこう・そうじん)」
鏡月の両手には紫の閃光をバチバチとほとばしらせた二振りの刃がスラリと現れたのだった!
これから刃に貫かれると言うのにも拘わらず…酔月はこれ以上無いくらいに最高の笑顔で優しく微笑んだのであった!
鏡月は目を背けたくなる程に悔しく辛かったのだが眉根ひとつも動かさずに微笑みを絶やさぬ兄を…ひたむきに敬愛するからこそ…敢えて、険しく研ぎ澄ました真摯な視線を真っ直ぐに向けるのだった!
「兄上ェェェェェッ…!!」
鏡月は…身体を捻るとコマのように回転する。
それは…瞬く間に光輝く槍となり、流星の如き加速度で酔月の顔を…妖魔の核とやらを見事に貫いたのであった。
流星と化した鏡月が妖魔の身体を貫くと…自然と背中側に回り込む状態となる。
鏡月は体勢を素早く整えると…刃をハサミのように重ね合わせて、一瞬にして妖魔の首をズバッと断ち切るのであった!
《よくやった…それでこそ我が弟だッ!!》
酔月の言葉と共に…首を落とされた妖魔が爆発した!
粉砕した肉塊と血の雨が戦場となった境内にバラバラと降り注いだのであった!
断たれた首は地上へ向かって落下していくだけであった。
鏡月は…身体中の痛みに耐えながら、翼を懸命にはためかせて、妖魔から解き放たれた兄の首をいとおしそうに抱きしめるのであった。
ゆっくりと着地をして、鏡月が兄の首を見ると……
鬼のように変わり果てていた酔月の顔が穏やかで優しい兄の顔へと戻っていたのであった。
酔月の瞳から赤々とした血の涙が一滴、頬を伝って溢れ落ちたのであった!
鏡月が涙を拭ってやると、酔月は…もう一度、ニコリと嬉しそうに微笑んでから静かに語り出した。
『鏡月、お前が妖魔に放った光の矢………
あれで…私は正気を取り戻して目覚める事が出来たのだ。
フフフ、もっと伝えなければいけない事が…あった…の…だが…
…ッ、鏡月…生…きろ、お前は…生き…て、人…々に………こ…んな悲し…みを………もう…………二度と味わわせては…い…け…な…い………守り…抜…け…よ、未来……を…な……』
鏡月は掠れた声を上げて、嗚咽し…泣き叫んだ!
「兄上ェェェェェ…ッ!
私…ひとりで…これから生きていくのですか?
兄上ェェ………ッ!!
あァァッ…お…置いていかないで………
私は…昔と変わらず……弱いままです。
それなのに………」
『甘えた事を言うなッ!
兄を…失望させるな!!
お前に…なら…出来るさ、人々の…欲望による戦乱から…幸福な未来を…選択して、其処へと導いてやる事がな。』
鏡月の声を遮るように叱咤激励する酔月。
「わかった…やってみるよ。
リンとなら出来るかも知れないから。」
鏡月も兄の言葉を噛み締めていたのだった。
『さ…最後に…ひ…と…つ…伝え…な……けれ…ば…い…けな…い事…が……あ………る…………美………月……は……ま……………だ………………は………』
何か大事な事を伝えようと最後の力を振り絞り…口を動かすが、僅かに残された時間は費えて、兄の首は灰と化して鏡月の胸の中でサラサラと崩れ落ちていくのであった。
「あ…兄上…兄上ェェェェェェェェェェ…ッ…ッ!!」
「…………………………」
幾許の時が過ぎたのか…分からないままに兄の面影を求めるように鏡月は自分自身を強く抱きしめていたのだった!
鏡月の翼は再び…光輝き、花吹雪のように羽根が舞い散ると、その中からリンの念神体が現れたのであった。
リンは…ただ脆弱な自分自身を不甲斐なく思い…ひたすらにとうとうと涙を流し…贖罪の念に捕らえられている鏡月を背中から優しく包み込むように抱きしめるだけであった。
リンの温もりだけが救いだった。
今宵だけは…そぼふる涙雨に濡れる事をいとわないと思うリンであった。




