#52
いつにも増して肌寒く感じられた………。
悲哀なる風が恐れ戦く………!
妖魔が放つ…異様なまでの闘気の高ぶりに周囲の山々の木々が…ざわざわと揺れ動いていた。
『フヒャヒャハハハハッ…喜べ…キサマの兄とやらが…オレの意識の片隅で幾度と無く…消え入りそうな声で必死に泣き叫んでおるわ!!
鏡月だけは見逃してくれ………となぁ。
アッハッハッハッハ!
ア~ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…!!』
ギン…と空気を貫く視線で妖魔が鏡月を睨み付ける!
弾丸のように放たれた殺気と共に妖魔が仕掛けた。
その攻撃は…未だに妖魔の笑い声が…こだまするなかで酔月のような流麗な山突きから身体を半回転させての鋭い下段突きまでの連撃!!
そして…必殺の左脚を軸にした右脚の回し蹴りが見事に鏡月へと命中した!
鏡月は咄嗟に脇を締めて防御するが…連続攻撃の威力は凄まじく…真後ろに…ギューンと…すっ飛ばされてしまう。
空中で体勢を整えて土煙を上げながら…地面をズザザザザッ!…と引き摺りながら着地すると視界から妖魔の姿は消え失せていた。
「な…なに、ヤツは…どこへ………?」
ぐるりと周囲を見回すようにして視線を泳がせる………
『バカめ…後ろだッ!』
振り返った鏡月の腹に突き刺さるような膝蹴りが命中した!
ズドンッ!…と太鼓を素手の平手打ちで叩きつけたような低音が骨に響く。
「…カハァッ!」
鏡月は勢いよく吐血した。
恐らく…臓器の一部が損傷したのであろう。
そんな事はお構い無しに…妖魔はテコンドーのような華麗な動きで上空へ突き抜けるくらいに強烈な蹴り技の連続攻撃を仕掛ける。
ゴム製のタイヤを思い切りバットで叩きつけたような…鈍く低いこもった音がドス…ドスと…幾度となく鏡月の腹や胸の辺りから響き、小さなクレーターが無数の歪みを描き出すと…トドメとばかりに、妖魔は両足を使って痛烈な一撃を放った!
体操選手みたいに素早いアクロバティックなバク転をすると、両手を地面につけ…その反動を利用してプロレス技のドロップキックのような一撃を鏡月のみぞおちに命中させたのであった!
鏡月は…痛みもろともに上空へグン…と飛ばされる。
「ッ………ぐ、強い。」
せめて…ダメージを最小限に留めようと、落下途中に身体を捻って体勢を整える。
またしても視界から妖魔は消え失せていた。
「下か…否、上か?」
しかし…やはり妖魔の姿は見当たらなかった。
このまま無事に着地できると思われた時…妖魔の声がした。
『残念、また後ろだッ!』
先程…確認したハズの真後ろから妖魔の声が聞こえた。
後方で回転し…勢いを増し…その反動と妖魔自身の体重を利用した強力な蹴りが鏡月に炸裂した!
一流のサッカー選手が放つオーバーヘッドキックのように鋭く…鮮やかであった。
鏡月は再び…吐血し、白目を剥いて地面に叩きつけられた。
『フハハハッ!
弱い…弱いねぇ…
ほら…コイツはオマケだ、食らえェッ!!』
境内の敷石から少し外れた細かな砂利が敷き詰めてある地面に小さなクレーターが出来ていた。
その中で、うずくまり微動だにしない鏡月に…妖魔が放った黒く禍々しいオーラの塊が迫ってくる!
しかし…それは鏡月に命中する事は無かったのであった。
何故なら…その攻撃を防ごうとリンが鏡月の盾になったからである。
『大丈夫です…私が守護ります!』
バチバチとオーラを集中させた両手を焦がしながらも誰もいない森の方向へと弾き飛ばしたのであった!
弾き飛ばされたオーラの塊が森へと衝突すると着弾した部分だけが採石場みたいにグリンと抉り取られてしまっていたのだった。
リンは…その攻撃を弾き飛ばすと、視線を妖魔から離さないようにして鏡月に近づくと、そっと自らの口に双竜の涙を含ませて…やおら口移しに、それを飲ませたのであった!
リンの押し当てた唇に伝わるのは大量に吐血した鏡月の冷たい体温。
それは…ゼリーのようにヒンヤリとして柔らかい弾力と感触だけであった。
鏡月の口内は歯が閉じられていて容易に飲ませる事が出来なかった。
強引に顎を持ち上げ…リンの舌で鏡月の口から溢れないように絡めさせて飲ませるのであった。
『………ん、んん…んむ、んくッ…!』
リンは、気道を確保する為に顎へ指をかけて持ち上げると…鏡月の喉がコクリと音を立てるのを確認してから…再び、戦闘体勢をとったのであった。
鏡月の血の気の引いた顔に赤みがさしたような感じがした。
咄嗟に取った事とはいえ、こんな時なのに先程の行為が、とても控えめで大和撫子な乙女には似つかわしく無いもののように思えてくる。
そういう風に意識してしまうと途端に…ポ~ッと身体中が火照る感覚とドキドキという鼓動の波打つ音に気恥ずかしくなってしまうのであった。
『フハハハッ…どうした、能力者と念神体が別れを惜しんで口づけでもしようってのかッ!』
怪訝そうな顔をしながら妖魔は…そう言い放った。
リンは目の前にいる妖魔への怒りの感情を思い出したのだった。
『私の主人を…好き勝手にやらせるわけには参りません!
覚悟なさいませッ!』
リンは…凛々しい顔つきで、きつく眉根を結んだのであった。
『フハハハッ!
何事かと思えば…念神体ふぜいが笑わせてくれるわぁッ!
念神体の女など一捻りにしてやるわッ!』
リンも…妖魔も…お互いに構えを取り、間合いをはかり、仕掛けようとした時の事であった。
倒れている鏡月に向かって駆け足で近づいてくる影があった。
構えていた両者も視線を、向かってくる影にやるのであった。
「うわぁぁ~ぁぁんッ!」
泣き叫びながら…こちらへ駆け寄ってくる影の正体は美月だった。
可愛らしい巫女服を風にはためかせて懸命に駆けてくるのであった。
『………妹君殿。』
リンは…何故こんな時にと焦った。
『チッ…なんだガキか?』
妖魔は…影の正体を知り、落胆と怒りを覚えたのであった!
とてつもないオーラを感じたのに勘違いなのかと思ったからかも知れない。
美月は…死んでしまったのではないかと思えるくらいに、ピクリともしない兄の身体に…しっかりと…しがみつき涙で肩を振るわせると哀しみを深めていくのであった。
「キョ~兄様…キョ~兄様………死んじゃイヤだよ。
うわぁぁ~ぁぁぁッ…!!」
美月は泣き叫び…嗚咽しながらも、キッと鋭い眼差しと殺気で妖魔を射抜いた。
その眼差しが…蛇に睨まれた蛙のように、ガチガチに妖魔を硬直させてしまうのであった。
『………ヌゥ、な…何だとォ………!?
オレが…あんなガキに怯えているのか?
ふざけるなよ…』
「オマエか…オマエが…!!
キョ~兄様をこんなに…こんなに…!!
許さない…許さない…
大好きなキョ~兄様をイジメたなァァァッ……!!」
《ズドォォォォォッッ!!》
爆発するように青白い閃光が渦巻き…台風の如き烈風が吹きすさぶと途端に勢いは収まった。
否…それは限り無く強力な霊力が凝縮され…さらに威力が増したのであった!
ソウルズの能力者でもない…まだ四歳の幼い子供が到底発する事など出来ないくらいの霊力…オーラであった。
『な、な、何だと…
キサマは…何者なのだ!?』
美月からの返事は無い…ただ怒り狂った眼差しが妖魔を凍てつかせる。
青白き閃光の砲弾と化した美月が妖魔に向かって飛び出した!
「ヤァァァァァッッ…!!」
普段の愛くるしい美月からは想像など出来ない勇ましい声であった!
『ヌゥ…速いッッ!!』
《ズドォォォォンンッ!》
凄まじい威力の体当たりを美月が…妖魔の土手っ腹に食らわせると鏡月とは反対方向へ落下し、大きなクレーターを作り上げるのだった。
美月は…ストンと真下に着地すると、両手を天にかざして…リンが見せたような霊力の塊を作り出すのだった。
美月の身体よりも大きな霊力の塊は…無垢な魂が怒りと哀しみを含んでキラキラと輝いていた。
美月は躊躇わない…何よりも大切な人を傷つけられたのだから。
未だにダメージが予想外に大きく身動きが取れずにもがいている妖魔に追い撃ちを仕掛けたのであった。
《ズ…ガァァァッッン!!》
落雷の如き…閃光が瞬き、ほとばしる。
妖魔の呻き声が響き渡る。
美月の霊力がガクンと落ちて行く。
それきり…スゥーッと貧血をしたみたいにパタリと意識を失い、その場へ倒れ込んでしまう美月であった。
『これほどまでに潜在的な霊力を秘められていたとは驚きました。』
リンは…美月を抱き上げると離れた場所から見守っていた母の元へと駆け寄って行った。
『母君殿…何故…外に出られたのですか!?
ここは危険ですから…お戻り下さいませ。』
「すみません…ふと目を離した隙に美月が外に飛び出して行ったものでして。」
そそくさと…美月を抱いたまま、駆け出す母であった。
その時、背後から怒りに打ち震えた妖魔の奇声が響き渡った!
『ヌゥ…ヲヲォォォォォォォォォォ…ヴァァ…ブラァァァァァァァァッッ…!!』
妖魔が飛び上がるように起き上がると…頭部に幾つかの裂傷が出来ており、水芸のようにピュ~ッと鮮血が吹き出していた。
『ヲォォォォォ…ッ!!
な、舐めやがって…どいつもこいつも………
遊びは終わりだ…皆殺しだッッ!!
地獄を見せてやるゼ。
ガァァァァァッッ…!!』
見る間に身体中の筋肉がメキメキと軋むような音を立てて、風船のように膨らみ出したのだった。
筋肉の強化が終わると…妖魔は膝を抱えるように、しゃがみ込むと勢いをつけて上空に向い…ギュンと飛び上がったのであった。
『逃がすものかよッ!』
妖魔は…美月を抱えた母が逃げ込んだ彫魂神殿に直滑降で突貫した!
《バチバチ……ッ…パリパリ………ドガァァァァ……ンッッ…!!》
破邪結界による多少のダメージは食らうものの何という事は無かった。
妖魔は閻魔の如き、憤怒の表情をしていた。
麒麟の間は…屋根が吹き飛んでしまい、その為に剥き出しにされてしまった。
廃屋と化した…その場へ立ち尽くす母が…気を失った美月を抱えたままで恐怖から何も言えずに硬直していた。
怒りと共に吐き出された邪気に当てられて動けないと言った状態であった。
『フンッ、まとめて葬ってやるとするか。』
先程の嵐のような霊力の凄まじさが…まるで嘘みたいに小さくなってしまった事に落胆しながらも…腹の虫がおさまらない感覚を…その苛立ちをどうにか晴らしてしまいたいという欲求の方が勝ってしまっていた。
『まぁ…喰ってる時間が無いのが残念だが…
…良しとするか。』
妖魔は…ニタリと笑うとギラギラとした爪を伸ばして構えた。
妖魔が凶刃を奮わせようとさせた時に背後から声が響いた!
その声の主は二人を助ける事が出来るのだろうか?
そして…妖魔の身体にも、ある異変が起き始めていたのだった。
光と闇のせめぎあいの果てに待つものとは………
風が薫る…夜の闇の濃い森と大地の嘆きと共に。
紫の月が涙する…
これから待つ…彼らの報われない運命に………




