#51
それは…突然…訪れた!!
あんなに…無邪気に笑う母上を見たのは久しぶりだった。
あんなに…キラキラと瞳を輝かせている美月の笑顔もなんだか懐かしく思えてならない。
この笑顔だけでも守りたい…!
父上と兄上が守ろうと懸命に戦った命だから…。
妖魔の怒号で…束の間の安らぎと笑顔に満ちた食事の時間は水泡に帰した。
「母上は…美月と一緒に彫魂神殿の麒麟の間で霊力をなるべく小さくして潜んでいて下さい。
あそこなら邪なる者を拒む結界も張ってありますから。
私は…リンと共にヤツを倒してみせます!
では…また後で………。」
とても不安げな様子の母上と美月に…鏡月は的確に指示すると後ろ髪を引かれる思いを断ち切り…振り向かずに付け加えた。
「お願いです…母上、これが今生の別れとなる訳では無いのですから涙を見せてはいけません。
美月の為にも母として強く心を持っていて下さい。
…ッ私は、私はァァッ!
必ず…勝ちます…勝ってみせます!
未来永劫…笑顔で暮らせる明日の為に!!」
その言葉を残して…きつく口を結ぶ…鏡月。
彼は…妖魔の強烈な邪気を感じて…部屋を飛び出し、神社の境内へと駆け出して行ったのであった。
リンは二人に…ペコリと会釈をすると天地霊気筒を大事そうに抱えて、鏡月の後を追いかけながら飛んで行くのであった。
……………………………。
妖魔は…境内で大胆不敵にあぐらをかいて腕組みをし…今か今かと手練れとの戦いを待ち望んでいたのであった。
妖魔の背にした境内に繋がる長い長い数百段もある御影石の階段が…異世界へ登る為にあるかのように…
妖魔の背丈よりも遥かに大きな朱色の鳥居が冥府への入り口を指し示しているかのようにも見受けられたのであった。
眼下には鬱蒼とした森が見えるだけであった。
「待たせて悪いな…
すまないが早く始めてくれないか?
いつまでもキサマの思い通りにされて堪るものか。」
鏡月は殺気に満ち溢れていた!
『フヘヘヘ…ようやく来やがったぜ!
待ち構えてると思っていたんだがな…
まさか…待たされるとは思っていなかったからな、待ちくたびれたぜ。』
妖魔は…堅く閉じていた瞼をバッと開くと、ギロリと鏡月の姿を上から下までを舐め回すように睨み付けると、スクッと立ち上がった。
『フヘヘヘ…凄~ェッ、スゲー殺気とオーラだが、驚いたぜ…まだガキじゃねぇか…
ん~…これじゃ、思ったよりも楽しめなさそうかな?
一体…何のソウルズの能力者かは知らないが、適当に痛め付けてから、美味しく喰らって取り込んでやるから感謝しな。』
そう事も無げに…妖魔が独り言ちると、鏡月に向かってチョイチョイと指をさして無防備だから、いつでも攻撃してみせろと挑発的なジェスチャーをしてみせた!
『いつでも良いぜ…
さぁ…かかって来やがれよ、坊や!』
妖魔が挑発するよりも素早く…鏡月の右手が輝いた。
妖魔は…なかなかに楽しめそうだとニタリと不敵に微笑う。
「後悔させてやる…無惨に散らされた父上と兄上の命の叫びをなッ!!」
…ギュンッ!
精悍な顔つきの鏡月は一足跳びに間合いを詰めたのであった。
蹴り上げた境内の敷き石が白く煙る。
『な…なにィッ!』
妖魔は視界から消えてしまう程の余りの瞬速に度肝を抜かれた。
ふいに真下から声が聞こえた。
「キサマを殺す…」
鏡月は…右手に集中させた霊力を妖魔の胸板に叩きつけた!
それは中国拳法の掌底の動きにも似た攻撃だった。
「食らえ…紫月雷光拳ッ!(しげつらいこうけん)」
右手の掌に左手の掌を重ねるようにして…集中させたソフトボールくらいの大きさの霊力の塊と全体重をかけた衝撃を妖魔の心臓付近に叩きつけた。
それは…単なる霊力の塊では無く、雷の攻撃力と性質を最大限に込めた代物であった。
まるで…鏡月自身が光の槍のようであった!!
『ガッ…ガァァァァッ!』
紫色の閃光が激しく明滅を繰り返し、光の粒子が周囲へ…千々にほとばしる。
妖魔は全身を焼くような…突き刺さるような痛みと痺れで身動きが取れなくなっていたのだった。
これこそ…鏡月の狙っていた策のひとつである。
酔月から教えて貰っていた『脱兎』も霊力のコントロールさえ出来れば…コツを掴むのは簡単だった。
自分には不可能だろうと思っていた技であったから、なおさら驚いていた。
夕食へ向かう…家までの帰り道で少し試してみたが、あまりにも…あっさりと出来たので戸惑いを隠せなかった。
ただ、日々の繰り返した鍛練と、敬愛なる兄…酔月との特訓の賜物だろうと考えていた。
鏡月は…幼い頃に自転車を補助輪無しで漕げるようになった時の感覚、道具と自分との一体感…慣れてしまえば、それこそ当たり前のようにさえ思えてしまう心地好さを肌で感じているのだった。
ポツリと呟く。
「兄上…これで終わらせてみせます!」
妖魔の身動きが取れなくなった三分という僅かな間に…先程、放った力よりも格段に凄まじく力強い輝きを放つ光の矢を完成させていた!
それは…もはや光の矢などでは無く…魔を祓い貫く巨大な杭のようにも見えた。
『ぐ…ぐぬ、グヌゥッ!!』
妖魔は…しくじったとばかりに悔しそうな表情を浮かべた。
鏡月の解放された力は…リンの姿をも大人の女性へと変身させていたのであった。
「少々…侮ったな!!
消え失せろ…妖魔めェェェッ!」
その瞬間…夜中の夜明けが訪れた!
カッ!…と、ストロボみたいな閃光が瞬くと同時に大地は唸りをあげて震え、稲妻の如く轟音が響き渡るのであった。
その威力は凄まじく…鳥居の柱の片方が、大きな穴を空けて階段の方へと倒れていった。
《ず…ズ…ズ……ズ………ズドォォォーンッッ…!!》
引き連れるように…もう片方の柱も倒れていくのだった。
そうして…風穴を空けられたのは鳥居だけでは無かった。
『……ご…ウゴォ…グガァ…ァァァァァ…ヲヲヲ…ッッッ…!!』
妖魔の左半身は…肩から腰の辺りにかけて痛々しく弧を描くようにして抉りとられていて…テラテラとした筋肉の繊維やデロリとした内臓の一部が見える。
さらには…大量の血液がドプドプッ!!…と溢れ出していたのであった。
『チ…ぢぐ…ぢ…じ…畜生めェェッ!!』
コヒュー…コヒューッ…と喘息患者の呼吸のような息づかいで妖魔は苦しそうに口を動かした。
「……少し軌道がズレれたか…。
すまない…一撃で殺せなかったようだな。」
鏡月は…口角を少しだけ上げた。
あまりにも呆気なく倒せそうな妖魔にがっかりしていた。
こんな事だけでは…父上や兄上の無念を晴らす事など出来るのであろうか?…と言う思いが脳裏を掠めていく。
しかし…すぐに鏡月は、かぶりを振った。
何と忌まわしく残虐な行為をしようと想像したのだろうと…これでは目の前にいる妖魔と何ら変わらない下卑た存在になるでは無いかと、イメージした靄を振り払うのが…やっとであった。
鏡月は戒めるように心を正すと淀みの無い心の光を…もう一度…束ね始めたのであった!
第一射目よりも清らかで淀みない力が集中し始めた…怒りも哀しみも超えた純粋な霊力の輝きが…そこにはあった!
『アッハッハッハッハッハッハッハッハッハ…!』
虫の息であったハズの妖魔が笑い出した。
「どうした…気でも触れたか?」
鏡月が…妖魔に…そう話し掛けると………。
『フハハハハッ…違う、違う、やっぱり期待ハズレだったんだなぁ~!…と思ったらスゲー可笑しくて………。』
妖魔は馬鹿みたいに笑い出した。
「残念だが…半死半生の妖魔の戯言に付き合っている暇など無いのでな…
次で…終わりだ!!」
鏡月が…もう一度、光の矢を完成させながら…言い放つ。
《ッ…ビクン………ビクン……ビクン…ビクン、ギュバァッ!!》
鏡月が言い終わるや否や…妖魔の傷口がビクン…ビクンと数回程度の脈動と共に抉り取られ、損傷していた肉体が元通りに復活したのであった。
「そ…そんな、馬鹿な。」
その僅かな動揺は…結果として、鏡月に光の矢を構えたまま茫然とさせてしまうのであった。
気を取り直し…未だに笑い続ける余裕綽々の妖魔へと狙いを定めて…鏡月は第二射目を放った!
案の定、乱れた心では的が定まる事など無く…あっさりと避けられてしまうのであった。
『その攻撃の威力は認めてやるとしよう…
残念だが…相手が悪かったな!!
ほんの少し前のオレなら…あんな攻撃でも簡単に倒せたんだろうが、なんせ強くなり過ぎちまったからな。
悪いな…アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ…!!』
鏡月は…満を持した攻撃でも倒せ無かった事で戦意を無くしつつあった。
妖魔は…人間を絶望へ落とす、もっとも最適な手段を講じていたのであった。
眼前に見えた勝機が実は相手によって見せられていた幻に過ぎないのだと痛感させられたのである。
擬似餌に踊らされていた魚と同じようなものだ。
『フヒャヒャ…愉快、愉快だぜ!!
さぁ~て…どうやっていたぶってやろうかな?』
妖魔は…酔月の得意としている攻防一体の独特な低姿勢で地面すれすれに、虎のような構えをとると…こう言い放った。
『どうだ…キサマの愚かな兄が得意な体術らしいな!?
フハハハッ…皮肉なモノだな。
そう、そんな顔を見たかったぜ…
そのまま…絶望のうちに殺してくれるわ。』
「………あ…ぁッ…兄上…兄上ェェェぇぇ…ッ…!!」
鏡月の心からの叫びに応えるもの等…どこにもいなかった。




