#49
トクトクトク…と音を立てて不思議な徳利から…これまた面妖な色合いをした液体が注がれていた。
父の円月が酒を呑む際に使っている透明感のある繊細な藍色の薩摩切子に半分ほど注がれた液体。
それは水銀のようにピカピカと光を反射させ…時折、ぼや~っと淡い桃色や緑色に輝き、およそ人の口にして良い飲み物には見受けられなかった。
匂いこそ…特段…感じ無いのだけれども……?
取り敢えず…見た目から推察してみる鏡月。
………う~ん。
どうなのであろうか?
少なくとも美味では無いのであろう…飲む事が出来たとしても………だ。
切子の波打つ表面には…鏡月の姿が映し出されていた。
「あ、あの~。
まさか…これを飲み干せとおっしゃるのですか?
………は…母上。」
鏡月も流石に…コレにはたじろいだ。
見た目は…丸っきり不気味に微笑む魔女などが差し出した毒か…何か怪しい効能が盛りだくさんの薬のようであるからだ。
「……うふふ…その…ま…さ…か…なのよ。
さぁ…ぐいッと飲み干しちゃいなさいな。」
向日葵のような素敵すぎる満面の笑みで…ワクワクしながら…黒目がちな瞳で、こちらをジ~ッと見つめる母に困惑しつつ…リンに助けを求めて目配せしてみる。
リンは…顎を摘まむように親指と人差し指をかけて、小首を傾げて、何かしらを思い出そうとしていた。
否…敢えて、目を合わせてくれないようにも思えた。
母上が…私に毒を盛る事など考えられない。
あるとすれば…ちょいとしたイタズラくらいかな~?…と思い、腹をくくって一息にソレを飲み干したのである。
ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。
罰ゲームで怪しいミックスジュースを飲み干すバラエティータレントも真っ青の潔さであった。
「どうかしら?
どんな味なのかしら?」
待たしても向日葵のような微笑みで…こちらを見つめる母と妹。
いつの間にか…興味津々な子猫のような瞳で美月もこちらを見つめているではないか。
「……ん!?
特に…これと言って…味は感じられないなぁッ………
ぐ…ぐぁ。」
鏡月が味の感想を口にした………
その直後に喉を焼きつける様な痛みが襲ってきたのであった。
膝を折って…喉を両手で押さえると母の顔を見た。
………まさか…毒…を…!?
「何…故…母上は…こんな事を……!?」
頭で考える事が出来ても声にはならない。
それに加えて…ヒリヒリと火傷のように痛む喉からは声を出す事など無理であったからだ。
「うふふ…それは毒なんかじゃ無いわよ。
劇薬みたいなものではあるけれど…どうなのかしら?
もう…そろそろ頃合いなのかしら?」
母の言葉は鏡月に聞こえたのだろうか?
「キョ~兄様…大丈夫?」
美月が…とても心配そうに鏡月の顔を覗き込む。
「ケホ…ケホ…ケホッ。」
鏡月が苦しそうに咳き込むと…喉を押さえていた両手を離した。
「あ…あれ、何とも無い…痛みも消えた。」
鏡月は身体中を確認するようにして…隅々を見てみるが…特別、変わった所は見当たらなかった。
それどころか…全身から吹き出してくるかのように霊力が沸き出して来るのであった。
溢れる虹色の輝きに包まれると…鏡月の霊力が回復するばかりか…霊力の総量そのものが増大したように感じられたのであった。
『思い出しました!!
ま…まさか、至宝の霊酒とも呼ばれる…天地霊気筒と双竜の涙なのでは…無いのでしょうか?
どうでしょうか…母君。』
リンは…何事かを思い出すと声を高らかに質問したのであった。
「あらあら…まぁまぁ、そんな名前だったのね~。
そうね…話せば長くなるのだけど…
私が巫女をしている時になのよね。
お祖父様から奇跡を起こす癒しの薬酒であると先祖代々…言い伝えられていると聞いていたの。
え、え~と………
そうそう…確か、どんな病にも効果があるとか…霊力を上昇させたり…回復させたり、とにかく…本当に凄いらしいんだから。」
鏡月は心の声で…『説明、短ッ!』と、突っ込んでみた。
母の能天気さ加減に呆れ果て…鏡月は何も言えなかった。
愛想笑いが…やっとであった。
「母上は…これが本当に何か分からずに私に飲ませたのですか?」
鏡月は…ガックリと肩を落として一応の確認をしてみる。
「む~…何で…何で怒っちゃったの~。
うふふ…ツンツン~。」
鏡月の頬をお茶目に…はにかみながらツンツンと突っついてくる母。
「そうでは無くて…もしも万が一、猛毒や…何か怪しげな効能があったりしたら…とか考えてはくれなかったのですか?」
いつも以上に…鏡月は残念そうな顔をする。
「うふふ…平気だったじゃない。
それどころか…元気モリモリの勇気リンリンよね!」
あっけらかんとした表情でスマイルを注文されたファーストフードの店員並みに爽やかに…にこやかに母は語るのであった。
「天衣無縫と言うのか…天真爛漫と言うのか…果てしなく無邪気な母上であるのだな。」
心の中で…やれやれと、ため息をついた。
『そうです…それは玄武が宿り主に持たせていた魂具と呼ばれる神器でしたわ。
私の記憶では…癒しの力を持つ者が霊力を大量に注ぐ込む事で、たった一滴の双竜の涙になるらしいのですが…詳しい事は忘れました。
そのようなものが…何故、ここにあるのか、幾つかの疑問はございますが…少しばかり勝機が増した事だけは確かですね。』
急に…ひらめいたとばかりにリンは思い出した記憶と自らの考えを述べたのであった。
「なるほど…理解できたのは、これに回復させたりする力があるって事と中身が無くなったとしても…玄武の力を有する者なら新しく作り出せるって事だな。」
鏡月が…皆に確認するように、ゆっくりと語った。
『付け加えるならば…現時点で、これを作り出せる能力を持った者は…ここには…いないと言う事もですね。』
リンも…真剣な眼差しで語った。
「みんな…早く食べないと冷めちゃうんだよ。」
美月の…その声で、皆が和やかな食事の最中である事を思い出し…再び、箸を動かしたのであった。
そんな幸せな一時などをお構い無しに…ぶち壊そうと、招かれざる来客が静かに近づいて来ていたのだった。




