#45
「……やったぞ…やったぞ…ハハハッ!
やったぞ…リン!!」
鏡月は達成感と喜びのあまり、念神体のリンの小さな手を指先で摘むように握りしめると社交ダンスのターンみたいにクルクル回ってみせた。
『き、鏡月さまぁ~。
目が~…目が回りますわ~。』
鏡月は…ハッと我に帰り、ピタリと動きを止めたが…
鏡月が手を離した時には目をクルクルと回し、頭の上に星がいくつもメリーゴーランドみたいに回転していて…グラングランと赤ベコみたいに揺れ動いていたリンなのであった。
後ろでニコニコと笑顔で見ていた美月も両腕を飛行機の翼みたいにピーン!…と真っ直ぐに伸ばして、楽しそうにクルクルと竹とんぼのように回転していたのだが、途中で目が回ってしまい…気持ち悪くなると、ストンと尻餅をついてケラケラと笑っていたのだった。
さて…鏡月は何に喜んでいたのかと言うと、リンから教えられた必殺技を完璧には…程遠いものの実戦的なレベルまでには扱えるようになった事に喜んでいたのである。
ここに至るまでには…こんな事があった。
それは妖魔が空腹を満たそうとしていた時まで遡る。
あの妖魔を倒す事で…皆の無念を晴らそうと誓った鏡月は、より実戦的な霊術と霊力をコントロールする方法を会得しようと自宅である神社から…五~六百メートル離れた所にある少し拓けた森の中にいた。
ここは兄・酔月の溺愛する弟が…なんと弓道を始めたと聞きつけて、簡素ではあるが練習場として作ってくれた所であった。
テニスコートくらいの拓けたスペースに幾つかの丸太木がドスンと剥き出しの地面に突き刺さり、塗装用の黒いスプレーを使って歪んだ円で的らしきものが描かれていた。
練習の際に邪魔にならぬようにとの配慮から…石ころ等は一つも落ちておらず、酔月が如何に鏡月を溺愛していたかが窺い知れた。
その場所で霊力のコントロールという初歩的ながらも戦いの基礎となる大切な教えをリンに師事されていたのである。
『鏡月様…まずは霊力を身体の一部に集中させる事から始めましょう。』
リンは手本とばかりに指先に霊力を集中し始めた。
鼓膜を低周波の唸るような音が…ヴブブブブブ……と震えさせる。
ピンと真上に向かって立てられた右手の人差し指と中指に蛍光灯のような真っ白な明かりが灯ると、揚げ物でもしている台所みたいなパチパチっと何かが…はぜる音に変化していった。
それはピンポン玉くらいの大きさのままで明滅を繰り返していたのだった。
『このままでは…単なる霊力の塊に過ぎません。
ここに無垢な闘気を加えます。
そうすると…………ッ!』
リンが集中させていた霊力の塊が淡い紫色に変化していくのであった。
「こんなに小さな輝きなのに、なんて…なんて…力強いんだろう。」
鏡月は…心を奪われたように、その輝きをじっと見つめているだけであった。
美月は「おぉ~ッ!」と感嘆の声を漏らすと…パチパチと手を叩いて喜んでいた。
『………んもぅ~、感心している場合では…ございませんよ、鏡月様。
次は…あなた番なのですから。』
リンは鏡月を軽くたしなめると、さらに続けた。
『それでなのですが…この小さな霊力の塊でも、それなりの威力はありますよ!
見ていて下さいませね。
てやぁッ…!!』
酔月が作ってくれた丸太木の一つに向かって…ちょいっと指先を振ると、まるで銃弾のような速度で飛んでいき…歪んだ的の中心をいとも簡単に射ぬいたのであった!
細く貫通した穴からは黒い煙がブスブスと燻っていた。
『どうですか?
通常の純粋な霊力に…私、独自の性質を含んだ霊気を混合させて作り上げたのが今の攻撃ですよ。』
なんだか…今までで一番に誇らしげなリンは、ちょっぴり、お茶目に見えた。
「私の霊気の性質は何なのだ?
霊力の塊のままより強いのは理解できたのだが……」
鏡月は小首を傾げ…考え込むと、美月も真似して考え込むフリをする。
美月は…とても楽しそうにしている。
いつもなら…遊び相手は母だけで酔月や父の円月は忙しく修行や神社の仕事をしていて、あまり構って貰えないのだ。
しかし…学生という事もあってか、生来…面倒見の良い鏡月はお転婆な美月でも危ない事をしない限りは黙って見守っているし、手が空けば…一緒に遊んであげる事も、しばしばだった。
美月は今日で、この兄や家族と二度と会えなくなりそうな予感がしていたのかも知れなかった。
霊力の強さでは鏡月に優るとも劣らない潜在能力を秘めていたからである。
ただ、その力を発揮させる機会が訪れる事は願わくも叶わなかった。
『…そうですね。
鏡月様の霊気の性質は…私と同じく、雷の性質があるようですわ。
まぁ…私の主人なのですから当たり前と言えば…当たり前かも知れませんね、フフフ。』
空中でフワフワと浮かびながら自慢気に語ると…ゆっくりと鏡月の肩まで戻り、ちょこんと腰掛けたのであった。
『さぁ…それでは鏡月様の番でございますよ。』
その言葉に反応するように美月が自分の手のひらと、ムゥ~ッと…にらめっこをし始めた!
美月も兄と一緒に特訓したいらしく、真剣な眼差しでリンが出したキラキラを出そうと頑張っていたのだった。
鏡月は…そんな美月の頭を偉い偉いと優しく撫でてやると、美月はニコリと嬉しそうに微笑んでから、再び手のひらとの対決…にらめっこを開始するのであった。
流石に幼い妹には負けていられないと鏡月も、指先に霊力を集中させ始めた。
「…………………………」
鏡月は…言葉にならない声で、深呼吸するように霊力を集中させている。
深く目を瞑り…視覚以外の感覚を研ぎ澄ましてみる。
身体中を霊力が血液のように駆け巡っているのが解る。
淀み無く流れている霊力を自らの指先に集中させようとするが…霊力の流れをどうやって変化させるのだろうか?…と少し戸惑う。
鏡月の不安な気持ちをつぶさに感じとったのか…リンは耳元でひそひそと囁くように、こっそりアドバイスをしてみせた。
『鏡月様…まずは身体中を巡っている霊力をピタリと止めてみて下さいませ。』
その声に…コクリと首を縦に振って頷くと。
《…ッ…ヴゥゥゥ…ゥ………ゥゥ…ゥゥ……ンッ!!》
冷蔵庫のモーターみたいに低く唸るような音と共に風がざわめき立てた。
それは…すでに闘気に満ち溢れた霊力で右腕を渦巻くように紫色の輝きが包みこんでいたのであった!
霊力の質感を肌に感じ取り…パッと目を開くと鏡月は右腕を見つめた。
「そうか……なるほど…なんとなくだが、コツは掴んだような気がする。」
『後は…ソレを指先に集中させてみて下さいませ。
しかし…こんなに容易く霊力の集中が出来るだなんて………なんて才能なのでしょう。』
リンは…甘い溜め息を漏らすと素晴らしい才能に満ちた主人を惚れ直したみたいな眼差しで見つめていた。
美月も目を点にして驚くと…「キョ~兄様…すごい、すご~い」と言いながら、パチパチと拍手していたのであった。
……だが、集中している鏡月には周囲の声も届いてはいない様子であった。
「これを…指先へと集中させるのか。」
鏡月は集中力を高めようとすると無意識ながら、眉間にクッと皺を寄せて険しい表情になる。
その表情に…美月はハッとした!!
何故ならば…美月は自分が叱られたり、怒られたりした時に…しばしば見せる恐い表情をした鏡月から…叱られるのかもしれないと思い…摺り足で、ゆっくりと後退りしながら…少~し距離をとって物陰に隠れる。
すると…恐る恐るひょっこりと顔を覗かせ…様子を窺う事に決めたようであった。
「クッ…難しいな!
強力なバネでも押さえつけてるみたいだ。」
霊力を束ねるという事は…どんなに素質のある優秀な霊能力者でも数年で覚えられるか…覚えられないか?…と言った非常に高度な技術である。
それを…たった数時間で使いこなそうと言う訳であるから、そもそもが無茶と言うか無謀であった。
『…………鏡月様。
焦りは禁物です。
心の迷いを断って…霊気と会話して下さいな。
その力を…どう使うのか明確な意思を持って…もう一度、集中してみて下さいませ。』
リンは今…自分に何が出来るのかを考えて最良と思えるアドバイスをしたのである。
「よし…もう一度、もう一度だ!」
鏡月は…再び、右腕に凝縮させた霊力を指先で集中させ一塊にしようと挑戦してみる。
鏡月の頬を頭から吹き出した汗が伝って、顎の辺りで氷柱から流れる雫のようにポツリポツリと落ちては地面へと小さな円を滲ませながら濡らしていた。
そうして…なんとか霊力を手首の辺りにまでは持ってこられるようにはなっていた。
しかし…それは…あまりにも不安定で、すぐにでも弾けて飛び散ってしまいそうに見えた。
「無理やり…力で押さえつけるから反発するのか?
…なら、その流れを感じてやれば良いのか……!?」
鏡月は…スッと肩の力を抜いて霊力の流れに身を任せてみたのだった。
「温かい…とても温かい、そして何よりも優しく、汚れ無いものなのだと感じられる。」
鏡月は頭の中で…そう呟くと自らを取り巻いている霊力に念じてみたのであった。
「私の中に…流れる力よ。
どうか…私に力を与えてはくれないか?
大切な人の為に…この力が必要なんだ。
戦わなければ…守れないものもあるんだ!」
……誰かが…その想いに…応えてくれた。
『ヴァハハハ…ファハハハ…なんと、なんと懐かしい事よ。
汝の器量、確かめたくなるな…
うむ……
その想い…双月と同じく純粋とみたり…
純粋さ故に危うくもあり…
双月が果たせぬ希望を叶えられんとする光たらんか。
命をとして渇望するのなら…力をやろう…
その想いの強さを力に出来るように…
……ならば、敵を穿つ力を汝に授けよう。
汝が最も得意とする力であろうからな。』
聞いた事も無い男の鈍く低い声。
雄々しく猛々しい武将のような血気盛んな猛者が放つ声のようにも思えた。
『全ては…我の気紛れだ。
気にせず…思うがままに戦うが良いぞ。
我が…汝の主人であると真に…見初めた時に………』
声は…耳鳴りのように頭を響かせると、また何事も無かったかのように静まり返ってしまったのであった。
「……な…声が聞こえた。
リン…今の声は…何だ!」
集中する為に閉じていた目をパッと大きく開くと…リンの顔を見つめた。
リンには…まるで何も聞こえていなかった様子で不思議そうに、パチクリと鏡月を見つめ返した。
『鏡月様…な、何の事でしょうか?』
その瞬間…目を疑うような光景が、そこにあったのだ!!
鏡月の右手には信じられないくらいに強く眩い輝きが嘶いていたのであった。
「こ…これは…これは何なのだ!!」
鏡月は幻か何かを見たような驚きを言葉にするのが、やっとであった。




