エピソード22『聖女の二大奇跡と、絶体絶命のケロ吉』
• ep.115:ミルキーウェールズに聖女現る。
妖しく発光するガラスの画面を見つめながら、カノープスの脳細胞は恐るべき速度で回転していた。
(――なるほど、これが帝国がこの項を血眼になって隠蔽した真の理由か……!)
帝国は、この予言を自国だけで独占し、内密に『聖女』を我が物にしようと画策しているに違いない。予言が公になれば、ミルキーウェールズ王国は警戒を強め、聖女の保護に国力を挙げるだろう。そうなる前に歴史を隠蔽し、秘密裏に我が国へ調査員を送り込んで聖女を拉致、あるいは懐柔し、帝国の駒として囲い込もうという企みだ。
それほどまでに、歴史上における『聖女』が国家に与える影響は計り知れない。聖女がもたらす神聖な奇跡は、その国に莫大な富をもたらすばかりか、その都度、世界の破滅を救ってきたからだ。
過去、世界エキティカの歴史において、聖女が出現したのはわずかに2回。
最初の聖女が現れたのは、他ならぬ我が祖国、ミルキーウェールズ王国だった。かつて圧倒的な軍事力を誇るロメーダ帝国が我が国に侵攻した際、絶望的な戦力差を覆して帝国軍を退けたのは、初代聖女が呼び起こした大奇跡の光だった。さらにその聖女は、東の海から現れて世界を滅ぼしかけた伝説の怪物『大怪獣クラーケン』をも鎮めてみせた。
2回目の聖女は、大帝国ロメーダに現れた。
当時、傲慢な帝国は自国以外の『6カ国連合』によって完全に包囲され、国家存亡の瀬戸際に立たされていた。その包囲網を退けるきっかけを作り、帝国の滅亡を寸前で食い止めたのが2代目聖女の奇跡だ。そればかりか、彼女はエキティカ全土を震撼させた『邪神龍』が出現した際にも、その強力な封印を補佐する決定的な役割を果たした。
歴史上、聖女の恩恵を受けて世界の覇権を握ったのは、ミルキーウェールズとロメーダのわずか二大国のみ。
もし3人目の聖女がミルキーウェールズに降臨すれば、現在の国際バランスは完全に崩壊し、我が国が世界の頂点に立つ可能性も秘めている。新皇帝レグルスが、即位直後の混乱の最中であってもこの部屋の警備を最優先で強化した理由が、今すべての線となって繋がった。
(……凄まじい情報を掴んでしまった。だが――)
カノープスは激しく高鳴る鼓動をグッと抑え込み、思考を強制的に停止させた。今は考察に耽っている時間はない。プロのエージェントとして、最優先すべきは安全な『撤収』だ。
「ミラさん、片付けるよ」
「ええ、分かったわ」
二人は息の合った手際で、見たこともない長方形の魔道具を元の位置へと戻し、保管ケースの重厚な蓋を閉じた。カノープスの超絶技巧とミラのサポートにより、解錠するよりも早い速度で『ロックレベル5』の厳重な罠と警報システムを完璧な状態へと復旧させていく。
カノープスは即座に壁へと背を向け、隠密スキル『地獄耳』を展開した。全神経を耳へと集中させ、宝物室のドアの外、廊下の音を細部まで探る。
(……よし、こちらに近づく衛兵の足音はない。気配はクリアだ)
「行くぞ」
カノープスは音もなくドアを開け、滑り出すように廊下へと脱出した。ミラが背後で素早くドアを閉め、内側からの施錠状態を偽装する。
しかし、宝物室から数十メートル離れた角を曲がった、その時だった。
「――よし、追い詰めたぞ! 網を狭めろ!」
「逃がすな! 魔法を使う珍獣だ、確実に生け捕りにしろ!」
静まり返っていた寺院の奥から、複数の衛兵たちの荒々しい怒号が響き渡った。
カノープスとミラは顔を見合わせると、気配を完全に消したまま、音もなく声のする方角へと急速に接近した。
廊下の影からそっと戦況を覗き込む。
そこでは――縦横無尽に跳躍してソードマスターたちを翻弄し続けていたカノープスの忠実な使い魔『ケロ吉』が、幾重もの槍と網に囲まれ、いよいよ壁際にまで追い詰められている絶体絶命の光景が広がっていた。
ケロ吉の小さな緑の身体が、心なしかプルプルと震えている。主人のために命懸けで稼いだ時間は、どうやらここが限界のようだった。




