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スピンオフ 忍者エージェントカノープス 賢者の書の秘密  作者: クワトロばなな


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エピソード18 覚醒の若き獅子と、お姫様の憂鬱

(……あぁ。もう、どうなってもいいかも、これ……)


自由を奪う麻痺の呪縛と、目の前に乗っかる下着姿のアンドロメダ皇后が放つ絶世の美貌。その二重の暴力の前にカノープスが完全に理性を手放し、すべてを諦めて身を委ねようとした――まさに、その刹那だった。


バンッ!!!と、静寂に包まれていた寝室の重厚なドアが、凄まじい勢いで跳ね開けられた。


「――皇后陛下、そこまでです」


(……っ!?)


カノープスの脳裏に浮かんだのは、「邪魔が入った!」という16歳の煩悩か、あるいは「助かった!」という安堵か。自分でも判別のつかない複雑な感情と共に視線を走らせると、抜剣した大勢の重装衛兵を引き連れて部屋へ踏み込んできたのは、昼間に対面したはずのあの人物だった。


ロメーダ帝国新皇帝――レグルス。


「……レグルス!? 無礼者、そなたこそ、この皇后の私的な領域(プライベート)に無断で踏み込むとは、いかなるつもりか!」


馬乗りになったままのアンドロメダが、ガウンを乱暴に引き寄せながら、怒りでエメラルドの瞳を剥いてレグルスを鋭く睨みつけた。アークウィザードの放つ殺気が部屋を満たすが、レグルスは眉ひとつ動かさず、冷徹なまでの覇気を全身から放ちながら一歩前へと出た。


「では、謹んで申し開きを。……我が国の大事な同盟国たるミルキーウェールズ王国の、それも『未成年』の外交官を言葉巧みに誘惑し、深夜に自身の寝室へと連れ込む。――皇后陛下、この一連の破廉恥な行為が、果たして帝国の威信、ひいては国益を鑑みての行いであると、本気で仰るつもりですか?」


「……何ですって?」


「私はこの件を、直ちに帝国の『問診委員会』にかける所存です。……そして皇后陛下。規律に基づき、問診期間の間、このロメーダ帝国のすべての統治権限は、このレグルスが一時的にお預かりすることといたします」


堂々たる、完璧なチェックメイトの宣言。

レグルスはさらに背後の衛兵たちへ視線を送り、淀みない口調で言葉を続けた。


「なお、ミルキーウェールズの外交官カノープス君については、本件が完全なる現行犯であること、ならびに被害者が外国籍かつ未成年であることを理由とし、帝国法に基づき、今後のすべての証言義務を免除(免責)するものとする。――直ちに彼を保護せよ!」

(……な、なんだ、この手際の良さは……!?)


ベッドの上で動けないカノープスは、目を見開いて戦慄していた。

昼間、アルキメオン城の謁見の間で見た、あの「操り人形のような凡庸な若き皇帝」の姿はどこにもない。瞬時にして現場の全状況を把握し、合法的に母の権力を剥奪するための法網を敷き、周囲のすべてを掌握してみせたその圧倒的な威厳。


(ロメーダ帝国皇帝レグルス……。この人、凡庸なんかじゃない。……とんでもない『英俊(怪物)』だ……!!)


すべては、実の母親である絶対権力者アンドロメダの油断を誘い、一撃でその首根っこを掴むための、完璧に計算された偽装だったのだ。カノープスの「プランAダッシュ」すらも、彼は自らの政変のための最高の手駒として利用し尽くした。


「…………」

長い沈黙が、部屋を支配した。

やがて、アンドロメダ皇后は深く、妖艶なため息を漏らすと、憑き物が落ちたようにゆっくりとクスクス笑い始めた。


「……そう。やるわね、レグルス」


アンドロメダはベッドからしなやかに降りると、レグルスを愛おしげに見つめた。


「十七歳の貴方には、もう少し泥塗れの政治から離れて、青春を謳歌させてあげたいと思っていたのだけれど……。どうやら私の余計なお世話だったようね。いいわ! 貴方にこの国を返してあげる」


彼女は妖しく微笑み、降伏を示すように両手を軽く上げた。


「これからは貴方の好きにするといいわ。ふふ、いつの間にか、私の可愛い『レグちゃん』ではなくなっていたのね」


「……皇后陛下。ご英断、感謝いたします」


レグルスは毅然とした態度で一礼する。アンドロメダは連行される直前、実の息子に向けて最後に振り返った。


「仮にも私は貴方の実の母親よ? 問診委員会での処遇は、せめて丁重に扱ってちょうだいね?」


「はっ。仰せのままに、母上」


絶対的な支配者が、ついにその座から転落した瞬間だった。

アンドロメダが兵に囲まれて退室していくのを見届けた後、レグルス皇帝はベッドの上のカノープスへと視線を向け、穏やかな、しかし芯のある声で呼びかけた。


「――カノープス君。大事は無いか?」


月光を浴びて輝く、美しいプラチナの髪。色白の端正な顔立ちに、吸い込まれそうなほど深いエメラルドの瞳。心配そうに覗き込んでくるその姿は、あまりにも絵になる貴公子そのものだった。


(……何だろう。ここだけ切り取ったら、ちょっとしたBL小説のワンシーンみたいだな……)


カノープスはまだ痺れの残る身体のまま、必死に声を絞り出す。


「は、はい……。大事はございません。皇帝陛下におかれましては、至高のお心遣い、深く感謝いたします……」


慇懃に返答しながらも、カノープスの胸の内は、実に複雑な嵐が吹き荒れていた。


(あ、圧倒的すぎて何も気づけなかった……。僕はあの皇后に全神経を集中させていたとはいえ、レグルス皇帝がいつの間にこれだけの衛兵を別邸の周囲に配備し、結界を解除していたのか、影の気配すら察知できなかったなんて……)


隠密として、あまりにも完敗だった。

結果として自分は、悪い魔女の城に囚われたところを、白馬に乗った気高き王子様に颯爽と助け出された『お姫様』のような格好になってしまったのだ。

王子様に助けられたというのに、カノープスの心には、得体の知れないモヤモヤとした感情だけが澱(おり)のように残っていた。


(あー……うん。ええ、はい。助けてもらったことは、本当にありがとうございます。ええ、もう、めちゃくちゃありがたかったです、はい……)


九死に一生を得てホッとした感情と――その一方で。


(……いや、でもさ。もう少し、あとほんの少し遅く来てくれたら、あの最高にエロい皇后様と素晴らしい大人のイベントが発生していたのでは……!? )


『――ぶっちゃけ、これから最高に良いところだったんじゃないの……!?』


絶体絶命の危機から生還した安堵と、秒速で白旗を上げたウブな煩悩の未練。

その2つの感情の狭間で、カノープスは宇宙一複雑な表情を浮かべながら、激しく戸惑うばかりであった。

いいとこだったのに。

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