エピソード13 氷の美貌、アンドロメダ皇后
時計の針が15時を指す少し前。
カノープスとミラの二人は、約束の時間通りにアルキメオン城の広大な車寄せへと帰還した。短い「棚ぼたデート」の余韻を断ち切るように、二人は視線だけで静かに別れを告げると、それぞれが本来待機すべき別々の馬車へと乗り込んだ。
自身の馬車に戻ったカノープスは、席につくや否や、先ほど城下町で購入したばかりのアルキメオン名物の月餅――母親への土産が入った包みを、馬車内に控えていた父親の配下の隠密へと手際よく託した。
「……本国への定期連絡の便に混ぜて、母上へ届けてくれ」
「御意に」
隠密が音もなく包みを受け取った頃、帝国の外交官たちとの昼食会(という名の熾烈な情報戦)を終えた父親のゼダルと使節団の一団が、どこか疲弊した面持ちで馬車へと乗り込んできた。
全員の着席を確認すると、馬車は定刻通り、アルキメオン城からさほど離れていない高台にそびえる『特権寺院』に向けて静かに発車した。
がたごとと揺れる短い乗車時間の中、カノープスとゼダルはすぐさま正面に向かい合い、声を出さない『読唇術』での緊密な擦り合わせを再開した。
ゼダルが素早く唇を動かす。
『――カノープス。お前が昼前に報告した【賢者の書】の暗号ロックの件だが……。先ほど我が方のエージェントたちが複数のルートから証言を集めた。結果、閲覧に特殊な暗号が必要だという情報の信憑性は「極めて高い」と判断された』
さすがは王国の隠密首脳、短時間でそこまでの裏を取ってきたか。カノープスは内心で頷いた。やはり、ミラのくれた情報は本物だったのだ。
『ですが父上、その暗号の具体的な「中身(文字列)」までは、さすがにまだ掴めていないのですね?』
『ああ。そこまでは帝国の最高機密だ。この短時間では網が届かなかった。……やはり、今夜のプランBで直接現地に潜入し、力技で解除コードを割り出すか、あるいは……』
お互いに視線で今夜の作戦の危険度を再確認しているうちに、馬車は減速し、厳重な警備が敷かれた特権寺院の豪奢な車寄せへと滑り込んだ。
案内されたのは、寺院の奥深くに位置する『謁見の間』。
大理石の床は鏡のように磨き上げられ、高い天井からは厳かな光が差し込んでいる。しかし、カノープスたちミルキーウェールズ使節団が所定の位置に並び、平伏する準備を整えたその瞬間だった。
使節団の背後――部屋の入り口の方から、全身の毛穴が総毛立つような、文字通り「背筋が凍るような凄まじい気配」が迫ってきた。
(……っ!? なんだ、この圧倒的な魔力とプレッシャーは……!?)
本能的な恐怖に支配されそうになりながらも、カノープスは隠密の技術で必死に呼吸を整え、頭を垂れたまま、視線だけを辛うじてその人物へと向けた。
(――この人が、アンドロメダ皇后……!)
そこに現れたのは、大国ロメーダ帝国の現皇帝レグルスを裏から操る、事実上の「絶対的支配者」たる女性だった。
絹のように艶やかな銀髪に、雪を思わせる透き通るような白い肌。そして、すべてを見透かすような冷徹なエメラルドの瞳。その妖艶かつ圧倒的な美貌は、事前情報にある「四十歳近い」という年齢など到底信じられないほど、若々しく神秘的な輝きを放っていた。
常人であれば、ただその姿を見ただけで熱病に浮かされたように魅了されてしまうだろう。しかし、彼女が備える美しさは、生半可なハニートラップなど足元にも及ばない。その眼光の鋭さは、対面する者すべてに抗い難い「死の畏怖」を抱かせる、本物の怪物のそれだった。
かつて前皇帝との婚姻前、たった一人で帝国の凶悪なレジスタンス一党を文字通り消滅させたという、帝国最高峰のアークウィザード(大魔導士)。その逸話に偽りはなかった。
アンドロメダ皇后は、玉座へと続く階段の手前でゆったりと立ち止まると、氷の結晶が弾け飛ぶような、冷たく美しい声で口を開いた。
「――ミルキーウェールズの使節団一同、大義である。此度の来訪、心より歓迎しよう」
ただ一言、歓迎の辞を述べられただけだった。
それなのに、カノープスは完全に圧倒されていた。
午前中に対面した新皇帝レグルスの「凡庸さ」とは対極にある、異性として、そして一人の表現者・戦闘生物としての、絶望的なまでの実力差。
懐に忍ばせたハニートラップ用の『コイイモリ』の存在すら、この冷徹な氷の女王の前では滑稽なおもちゃに思えてくる。
(……あー。父上。無理です。)
今夜の「特権寺院への潜入」を前に、カノープスは人生最大級の冷や汗を流しながら、ロメーダ帝国の深すぎる闇の神髄を、その身で痛感するのだった。
圧倒的な強キャラ
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