エピソード12 棚ぼたデートと、くノ一の刹那
ミラの軽快な案内に従い、二人は迎賓館の喧騒を離れ、アルキメオンの本丸を取り囲む広大な城下町へと繰り出していた。
歴史を感じさせる古い佇まいを残しながらも、規則正しく美しく整備された街並みは、それだけで大国の品格を漂わせている。至るところに高級な洋服仕立て屋や、煌びやかな宝飾品店が軒を連ねており、イエティカ大陸随一の圧倒的な国力を誇るロメーダ帝国の豊かさをこれでもかと象徴しているかのようだった。
「ねえ、カノープス君! なんだか棚ぼたでデートになっちゃったね!」
ミラは隣を歩くカノープスを振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「どこか特に行きたい場所とかってある?」
デート、という響きにドギマギしつつも、そう尋ねられたカノープスは、ふと故国に残してきた最愛の母親の顔を思い浮かべた。
(そういえば……母さん、昔からアルキメオン名物の『月餅』が大好物だったな)
せっかく帝国まで来たのだ、日頃の感謝を込めて本場の味を贈りたい。カノープスがそのことを伝えると、ミラは「任せといて!」と胸を叩き、地元民しか知らないという老舗の高級菓子店へと淀みなく案内してくれた。
無事に母親への土産を購入し終えると、ミラは少しはにかむようにして指先を頬に当てた。
「実はね、今度は私の方からも行きたい場所があるんだよねー……いいかな?」
(まあ、お堀の外の城下町探索なら、今後いつでも機会はあるか……)
父上から命じられた次の任務のための基礎調査も大切だが、今は彼女の提案に乗るべきだと判断し、カノープスは静かに頷いた。
ミラが嬉しそうに連れてきてくれたのは、城下町の中でも一際洗練された、美しい店構えのカフェだった。
カノープスは周囲に伏兵の気配がないか、入り口や死角に罠が仕掛けられていないかを本能的に鋭く警戒しつつ、店へと足を踏み入れる。案内されたのは、窓際にある、真っ白で清潔なテーブルクロスがかけられた上品な席だった。
席につくと間もなく、最高級の小麦を使った瑞々しいサンドイッチと、鼻腔を心地よくくすぐる華やかな香りの紅茶が運ばれてきた。さらに少し遅れて、精巧に積み上げられたチョコレートの小さなタワーのような、目にも鮮やかなデザートまでがテーブルを彩る。
「一度、このお店に入ってみたかったんだよねー! 今回はミルキーウェールズの接待経費で落とせるから、絶好のチャンスだと思ってさ!」
ミラは屈屈のない笑顔で、実にちゃっかりとした本音を打ち明けた。
目の前に並んだお洒落な紅茶や甘いお菓子に対して、文字通りキラキラと瞳を輝かせている彼女の姿は、どう見てもどこにでもいる「普通の、年相応の女の子」にしか見えなかった。
(……やれやれ。気がつけば、いつの間にか彼女のペースに乗せられてしまっているな)
己の隠密としての甘さを心の中で小さく反省しつつも、カノープスは目の前で幸せそうに微笑む少女の姿を、どこか愛おしげに見つめている自分に気がついていた。この少女が、本当に血生臭いくノ一なのだろうか、と。
「カノープス君、これ本当に美味しいよ! ほら、食べなよ!」
ミラはすっかり面倒見の良いお姉さんモード全開になり、カノープスの皿にお菓子を次々と勧めてくる。しかし、一通りはしゃぎ終えた後、ミラはふと窓の外の遠い空を見つめ、どこか寂しげな表情を浮かべて、ぽつりと呟いた。
「――生きているうちは、楽しまなきゃね 。そうでしょ、カノープス君。」
その言葉は、あまりにも静かで、そして重かった。
いつ死ぬか分からない、失敗すれば即座に存在を消される、帝国の闇に生きる隠密としての過酷な宿命。彼女のその横顔は、やはり「普通の少女」などではなく、過酷な戦場を生き抜いてきた一人のくノ一のそれだった。
カノープスの胸に、何とも言えない切なさと痛みが走る。
「……そうだね」
カノープスは静かに応じると、彼女から勧められた美しく繊細なお菓子へと手を伸ばした。
そして――歴戦の隠密としての本能のままに、指先や視線、鋭い嗅覚を総動員して、そこに危険な薬物や遅効性の毒物が一切仕込まれていないかを「さりげなく、完全に完璧に」確認しながら、それをゆっくりと口へと運んだ。
上品な甘さが口いっぱいに広がる。
ほんの少しの切なさと、プロとしての冷徹な警戒心が入り混じった、奇妙で、けれどどこか愛おしい二人の午後のひととき。
15時の馬車への帰還、そして16時の皇后謁見という「本番」に向けて、砂時計の砂は確実に落ちていくのだった。
これからいわゆるいいところ。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」
ブックマークも大歓迎!!お願いします。




