1−5 解散!!
「えっ……ちがっ、その、なんていうか、ちょっと触っただけなんだけど……っ!」
突然の事態に悲鳴じみた声を上げながら咄嗟に石板を手放す。ガコン、と重い音がして石板は元あった場所から僅かにズレて地面に落ちた。
振り返ると呆然と口を開けて半ば体を引いたトーカとクラネがいた。
「えぇー……ニトお前……俺たちめちゃくちゃ噛ませ犬じゃんかよ……」
「普通に開けたな……アタシらじゃビクともしなかったのに……」
「ほ、ほら! みんなで力を合わせた結果だって! ね、エラ! ……って、あれ、エラは……?」
あたりをきょろきょろと見回すがエラの姿はない。
「エラ!?」
立ち上がり周囲を探す。だがどうにも姿が見えない。僕は全身からさあっと血の気が引くのを感じた。
「ちょっ嘘でしょ……エラ! エラーッ!」
そんなつもりじゃなかったのに! むしろエラのためにもう少し試行錯誤してみようって思っただけなのに! ちょっといいとこ見せたかっただけなのに!
「あー本職差し置いて開けちゃったもんなぁ」
「アタシたちは良いとしてエラはショックだろうな」
トーカとクラネは他人事のように「なー?」と声を合わせている。僕のせいかよ!
「そ……そんなこと言ってる場合じゃないだろ! もう日が落ちているんだ、魔物の力も強まっているというのにひとりでいなくなるなんて……!」
「いや、正直エラが一番実力あるんだから大丈夫だろ。話逸らすなよ」
逸らしてなんかないし! 心配してるだけだし! 開くなんて思わないじゃん! 普通!
「ふぅ……あら、私がどうかいたしましたか?」
「エラ!!」
振り返るとエラがなに食わぬ顔をして立っていた。見る限りトーカの言う通りなんともなさそうだ。
「良かった、急にいなくなるから心配したんだよ!」
「すみません、緊急事態でして。ちょっとおなかの具合が……」
「おなか……?」
ぽかんとする僕にエラがにこりと笑いかける。淡桃の髪がふわりと揺れた。こんなに暗い中なのに本当にかわいいなぁ。なんだか僕までおなかが痛くなってきたよ。
「ええ。言いましたでしょう? 私は肝心な時にいつもおなかを壊してしまって不在がちだったがためにパーティーを追放された、と」
「今もなんだ!? もう一度病院行ったほうがいいと思う!!」
「それにしても一体なんの騒ぎで……あら、開いてしまいましたの?」
「あ……うん…………」
あ、そこも見てなかったんだ。
僕は気まずくて思わずエラから視線を逸らした。エラがローブの中からごそごそとクリスタルを取り出す。
「うーん、特に変わりありませんねぇ。悪化もしてないですし、浄化もされてませんね」
僕の心配をよそに、エラはクリスタルを見て首をひねっていた。確かにエラの言う通り、クリスタルの中心には、相変わらず黒と紫が混在した液体を流したような模様が渦巻いていた。
「そのクリスタル壊れてんじゃねぇの? 歪んだ思考の人間にしか見えないとか言いつつ俺にも見えるし」
「アタシにも見えるしな」
「僕に見えるのもおかしいよね」
「そこはおかしくないと思うんですけど……」
エラは僕たちの主張を軽くスルーしつつ、顎に指を当てて「うーん、やっぱり私の勘違いでしょうか……」などとブツブツと呟いていた。
この場所は元々エラが見つけた場所だ。呪術や治療を専門としている祈祷師のエラにはなにか気になることがあったようだけど、僕は特になにも感じない。クリスタルももしかしたら魔道具商に偽物でも掴まされたのかもしれない。
そもそもこの石板もこの間までなかったんだ。単に誰かがどこかで拾ったものの、重くて街に持ち帰れずに捨てていっただけなのかもしれない。
そこでふと、石板に目を向けて。
「あれ? 石板は?」
ない。
「あら……ないですね?」
ない。
「え」
ない。
「ないですね」
ない!!
石板があったはずの場所には、ぽっかりと黒い穴が空いていた。
「なに、これ……」
「わかりません……ですが以前私が来たときには確かにこんな穴はありませんでした……」
気味の悪い感覚がおなかの中心にぐるぐるとうずまき始める。なんだ。一体なんなんだこれは。
そもそも石板はどこに消えたんだ。さっきまで確かにここにあったというのに。落とした時にあれだけ鈍い音がしたんだ。実際石板は重かった。勝手にどこかに転がるとは考えにくい。
全員が目を離した一瞬の隙。たったそれだけの間に石板は消えた。
トーカとクラネに視線を向けると、ふたりともふるふると首を高速で横に振った。自分はなにもやっていないという激しい自己主張だった。本格的におなかが痛くなってきた。
もしかして、もしかすると、本当にこの場所はエラの言う通りなにか魔のものが――。
「あっ私ちょっとおなかの調子が……」
「――解散!!」
おなかを押さえて脱兎のごとく街の方へと消えていったエラを筆頭に、怖くなった僕たちは一瞬で穴に土と葉を被せてその場から逃げ出した。




