エピローグ 始まりの始まり
「ニト君、見ましたよ。この間の筆記試験十九位だったそうじゃないですか。頑張りましたね」
「二十人中の十九位、やっと最下位脱出だよ」
あれから僕はダテール学院勇者クラスへと復学し、真面目に落ちこぼれをやっている。
体力は戻ってきたので実技はなんとかついていけるようになったけれど、座学については思い出すところから始まったし、ひと学年下のクラスに友だちもいなかったので(元の学年にもほとんどいないけれど)かなり大変な思いをしていた。
今の僕はただの周回遅れの学生だ。それだけで済んだのは本当に幸運だった。
あの事件の真相はユシンから正式に報告されたはずだけど、僕たちが罰を受けることはなかった。
その理由の大きな一つは、あの事件での死亡者がいなかったことだ。ユシンたちはもちろん、防衛面でも治療面でもエラが相当頑張ってくれていたという。本人に感謝を伝えたら「ふふふ、これで私の下僕が一人増えましたね」と微笑んでくれた。
「ですが一年も休学していたのですから、やはりあなたは頑張りましたよ」
「ありがとう。エラの方はどう? 就職活動は順調?」
「ええ。今のまま首都の教会に正所属することが決まりました」
「はは……さすがだね」
エラはやっぱり優秀だった。けれどユシンのパーティーを追放されたことはいまだ尾を引いているらしく、時折学院内でエラに関する根も葉もない噂を耳にすることがあった。
きっとエラはエラでずっと胸に秘めたものがあったんだと思う。それでも踏ん張って学院に通い続け、トップの成績を維持し続けたのは素直にすごい。
「ニト君とも一緒に卒業できたらよかったんですけどね」
「さすがに二年生は丸々休学しちゃったからね。出席日数が足りないし埋め合わせる実績もないからやっぱり進級は無理だったよ」
「そうですか。まあ仕方ありませんね。身から出た錆です。ご自分で綺麗にするしかありませんものね」
「そうだね。僕は僕で頑張るよ」
僕たちの間にひとつ風が吹いた。いつの間にか空気が少し涼しくなっていた。そうやって季節がめぐり、やがて僕たちは別々の道を行く。
みんな新しい道を歩き始めた。僕も両親に休学していた事実を伝えた上で、もう一度ここで頑張ることにしたと手紙で伝えた。返事を開封するときは心臓が止まるかと思ったが、そこに僕を責める言葉はなく、ただ『ニトが決めたことなら応援する』とだけあった。僕は部屋でひとり泣いた。
「……ですが、私はニト君のパーティーを抜けるつもりはありませんよ?」
「えっ?」
「クラネさんは通信制の学校に編入しましたけど夜間クラスだそうですし、トーカさんはどうせまだ試験浪人中ですし、ニト君は来年も学生ですし相変わらずそんなに友達もいませんし、みなさん時間はあります。問題ないでしょう?」
エラが当たり前のように言い、淡桃の長い髪をかきあげる。
「い、いいの……? ギルドにパーティー登録したもののみんなそれぞれ忙しくなってそんなに活動らしい活動もできてないし、エラなら冒険だけで稼げるトップクラスのパーティーだって狙えるのに……。いや、そもそも教会の正所属になるなら僕たちになんか構ってる暇なんて……」
「なにを言っているのですか。ニト君のパーティーでしょう? ニト君が解散を宣言しない限り、私は呼ばれればいつでも飛んでいくつもりですよ。そしていつの日かこのパーティーだけで食べていけるようになったら首都の教会なんてやめてやりますよ」
僕の弱音を風のように笑い飛ばして女神のような微笑みを向ける。だいぶ慣れてきたと思っていたんだけど、思わずドキリとして固まってしまった。
「それでは、私は次の講義がありますので。またどこかで」
エラが手を振り踵を返す。長い髪とローブが優雅にふわりと翻った。
「――エラ!」
その背中に慌てて声をかける。エラが足を止める。
「トーカから聞いたよ。僕を待とうって言ってくれたのはエラだったんだよね? どうして僕なんかを信じてくれたの?」
単純な疑問だった。あのときの僕は自分で振り返ってもひどい奴だった。エラにはどこまであの結末が見えていたんだろう。
僕の問いにエラが振り返る。
「そんなの決まってるじゃないですか。たとえ今は何者でもなくとも、ニト君は勇者になるのでしょう? 言ったじゃないですか。あなたが勇者であろうとする限り、あなたは勇者であると」
「……え?」
ぽかんとする僕を見て、エラは嬉しそうに微笑んでいた。
そして、当然のように言う。
「勇者は必ず、世界を救いますから」




