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証明の刃

学内裁定会。


王立学寮の大講堂には、在校生、貴族子女、教師陣が全て集められていた。


高い天井。赤い絨毯。中央に設えられた証言台。


その前に立つのは――


小紫透歌。


視線が刺さる。囁きが渦巻く。


「温室での傷害未遂事件について、本日、正式に審議する」


朝霧千隼の声が響く。


王太子としての顔。


感情は抑えられている。


「被害者は白鷺萌乃」


萌乃は包帯を巻いた腕を抱き、涙を浮かべている。


「加害の疑いは、小紫透歌」


会場がざわめく。

透歌は微動だにしない。


その背後に立つのは――楼來宵。


学内では従者としての立場。


一歩下がり、しかし確実に背を支える位置。

萌乃が証言台に立つ。


「わたしは……温室で透歌様と二人きりでした」


震える声。


「突然、怒ったように詰め寄られて……」


泣き崩れる。


完璧な演技。


同情の空気が流れる。


「透歌」


千隼が問う。


「弁明はあるか」


透歌は静かに一礼した。


「ございません」


ざわめきが大きくなる。

萌乃の目が一瞬、光る。


(勝った)


そう思っただろう。


だが。


「ただし」


透歌は顔を上げる。


その瞳は氷のように澄んでいる。


「事実確認を要求いたします」


「何をだ」


「目撃証言と、物証の再提出を」


千隼が頷く。


「許可する」


その瞬間。


宵が一歩前へ出た。


「楼來宵。小紫透歌様の従者として発言いたします」


低く、よく通る声。


静まり返った大講堂で、宵の声だけが澄んで響いた。


千隼が頷く。


宵は一歩前へ出る。


透歌の半歩後ろではない。

裁定席の真正面。


まるで――証人ではなく、検証者の位置。


「まず、物証の確認から」


白手袋をはめた手で、布に包まれた小型ナイフを提示する。


「温室入口より発見。教師立会いのもと保全済み」


教師がうなずく。


「刃渡りは七センチ。細身。護身用として市販されている型」


宵は続ける。


「次に、傷の状態について」


教師が提出した診断書を受け取り、淡々と読み上げる。


「切創は右前腕、外側。横方向に約四センチ。深度は浅い。筋損傷なし」


宵は顔を上げる。


「重要なのは、刃の“入り角度”です」


講堂中央に設置された黒板へ、簡易図を描く。


腕の位置。


刃の動き。


「第三者が正面から切りつけた場合、通常は上から斜めに力が入る」


チョークが斜線を描く。


「しかし今回の創傷は、ほぼ水平」


横一文字。


「これは自ら内側から外へ引いた場合に最も自然な角度です」


ざわめき。


萌乃が小さく首を振る。


「違います……わたし、よく覚えていなくて……」


涙声。


だが宵は止まらない。


「覚えていない、という主張は尊重します」


感情の否定はしない。


それが彼の冷静さ。


「では次に、血痕」


透歌の袖が提出される。


「付着は一点のみ。飛沫が存在しません」


別の布を広げる。


「他者が至近距離で切創を負わせた場合、動脈でなくとも微細な飛沫が周囲へ飛散する」


教師が頷く。


「しかし透歌様の衣服には、それがない」


沈黙。


「つまり」


宵の声は低くなる。


「透歌様が刃を振るった事実は、物理的に成立しません」


空気が変わる。


千隼の表情が引き締まる。


萌乃の睫毛が震える。


「最後に、位置関係」


宵は温室の簡易模型を卓上に置く。


「当時の証言では、両者の距離は“言い合いができる程度”」


模型の人形を置く。


「三歩。約一・五メートル」


刃を持つ人形を動かす。


「この距離から水平に正確な横一文字を入れることは、極めて困難」


動作が止まる。


「刃が届く前に、防御反応が発生するはずです」


教師の一人が口を開く。


「確かに……」


宵は最後に言う。


「以上三点より、透歌様による加害の可能性は否定されます」


完璧な論理。


感情ではない。


物理。


構造。


事実。


千隼が萌乃を見る。


「白鷺嬢。反論はあるか」


萌乃は震える。


だが、崩れ落ちるように膝をついた。


「……ごめんなさい」


涙。


「わたし、混乱して……怖くて……」


自白はしない。


だが、否定もできない。

透歌は一歩も動かない。


怒らない。


責めない。


ただ、立つ。


それが何よりの対比。


千隼が宣言する。


「小紫透歌に傷害の事実はない」


はっきりと。


その瞬間。


疑いは、消える。


萌乃は退学しない。

罰もない。


だが。


論理の前に、脚本は崩れた。


廊下に出た後。


透歌が小さく言う。


「あなた、冷静すぎますわ」


宵は答える。


「透歌様が揺れなかったからです」


「もし、わたくしが取り乱していたら?」


「その場合は、別の証明方法を用意しておりました」


透歌は微笑む。


「完璧ね」


「最適解です」


観測者は感情を出さない。

だが。


透歌の隣に立つ位置だけは、決して譲らない。

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