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魔術の魅力と外れない視線

文化祭当日。朝、七時。


校門が開いた瞬間から、黎明高校はすでにお祭り騒ぎの熱気に包まれていた。


「おはようございまーす! 外門のアーチの装飾、確認お願いしまーす!」

「ちょっと、パンフレットの増刷分まだ届かへんの!? 足りんくなんねんけど!」

「中庭の模擬店、火気使用の最終チェック終わったクラスから報告して!」


校舎のあちこちから、実行委員や生徒たちの怒号に近い元気な声が飛び交う。そんな喧騒のなか、我が1年2組、和風メイド喫茶『北辰庵』でも、いよいよ文化祭の幕が上がった。


――開店、わずか十分後。『北辰庵』は、すでに廊下にまで長蛇の列ができるほどの大繁盛を見せていた。


「いらっしゃいませ。北辰庵へようこそ」


和風メイド服に身を包んだ私が、入り口で極上の営業スマイルを浮かべてお辞儀をする。すると、先頭に並んでいた男子生徒二人組が、まるで石化の魔術でもかけられたかのようにその場でピキリと固まった。


「……あの、二名様でしょうか?」


返事がない。完全に動きが停止している。


「お客様? こちらのお席へどうぞ」


案内を促しても、彼らは魂が抜けたような顔で私を見つめたままだ。あまりにも動かないので、私は少しだけ素のトーンに戻って眉をひそめた。


「……座らないの?」

「は、は、はいっ!!! 喜んで!!!」


その一言でようやく呪縛が解けたように、男子生徒たちは顔を真っ赤にしてドタバタと席へ着いた。驚くべきことに、そんな光景が開店から一時間、二時間と、一日中ずっと続くことになったのだ。


「ねえ、あそこにいる1年の小紫さんって子、やばくない!?」

「写真撮りたい! 一緒にチェキ撮れるメニューないの!?」

「和風美人すぎるでしょ……。本当に同じ高校の一年生?」

「どっかの若手女優が極秘で編入してきたんじゃないの!?」


押し寄せる客たちの興奮混じりの声を背中で聞きながら、私は淡々と接客をこなしていく。死ぬほど練習したんだ。笑顔の作り方も、丁寧な言葉遣いも、お茶を淹れる自然な所作も、すべて体に染みついている。


そのためか、ただの高校生の文化祭なのに、どこか老舗高級旅館の若女将のような圧倒的な貫禄まで漂っていた。


「お茶のおかわりはいかがですか?」

「お、お願いします!!!」


声をかけた男子高校生が、軍隊の敬礼のような勢いで即答する。そんな私の働きぶりを、厨房近くから見ていた桜音が、クスクスと肩を揺らして笑った。


「あはは、透歌、完全に無双してるじゃん」


店内にやってきた未遥も、真面目な顔で深く頷く。


「うん。接客スキル、SSSランク。あれは並の男子じゃ10秒も目が持たないね」


しかし。そんな店内の透歌フィーバーを、一瞬にして塗り替えるほどの衝撃が、突如として入り口付近から沸き起こった。


「うわ……っ」

「ちょ、待って、やばい」

「似合いすぎでしょ、反則だって……!」


店内にいた女子生徒だけでなく、廊下で待っていた他校の女子たちまでもが色めき立ち、黄色い悲鳴を殺気立たせる。


その原因は、一歩足を踏み入れてきた、あの男だった。楼來 宵。彼は、クラスの男子有志で合わせたという、昔の書生風の袴姿に身を包んでいた。きゅっと引き締まった腰回りを引き立てる濃紺の袴に、汚れ一つない真っ白な着物。漆黒の髪はいつもより少しだけ整えられており、切れ長の涼やかな瞳を縁取る長い睫毛が、夕焼けのような店内の照明に影を落としている。


ただそこに立っているだけで、まるで一幅の絵画か、あるいは歴史映画のスクリーンからそのまま抜け出してきたかのような神々しさだった。


「待って、かっこよすぎる……」

「映画の主演俳優さん?」

「大正時代からタイムスリップしてきたの?」

「無理、好き……」


あちこちから、リアルに恋に落ちる音が聞こえてくるようだった。


「あのっ……! 楼來くん、おすすめのメニューとか、ありますか……っ?」


顔を真っ赤にした他校の女子生徒が、勇気を振り絞って宵に話しかけた。宵は少しだけ面倒そうに視線を泳がせ、相変わらずのトーンで口を開く。


「おすすめか? ……全部だな。クラスの奴らが必死で作っていたからな」


その、ぶっきらぼうでありながらも身内を身に纏うような天然の解答に、女子生徒たちの胸は完全に撃ち抜かれた。さらに激しく恋に落ちる音が店内に響き渡る。そして。接客の手を少しだけ止めた私も、その姿を視界に捉えていた。


「……っ」


思考が、完全に停止する。お盆を持ったまま、呆然と宵の袴姿を見つめて固まる私。その異変に、桜音が真っ先に気がついた。


「あ」


続いて、未遥も気がついた。


「あ」


二人がニヤニヤとした視線を私に送ってくる。完全に固まっている私に、桜音がお盆の端をツンツンと突きながら囁いた。


「透歌、透歌。どう? 宵さんの袴姿」


私はハッと我に返り、猛烈に視線を逸らした。


「……べ、別に。似合ってるんじゃないかしら。ただの衣装よ」


そう言い張る私の耳たぶは、自分で自覚できるほど真っ赤に染まっていた。


「へぇー」

「へぇー。ただの衣装ねぇ」


桜音と未遥が、これ以上ないほど意地の悪い笑みを浮かべてハモる。


「な、何よ、二人して!」

「別にー? 何でもないよー?」

「うん、何も言ってないよー?」


私が二人に抗議している間にも、店内の女子たちの行動力は加速していった。宵の周囲には、あっという間に人だかりができ始める。


「楼來くん、一緒に写真撮って!」

「お願い、一枚だけ! こっち向いて!」

「スマホ貸すから、並んで撮ってもいい!?」


凄まじい大人気っぷりだ。それを見た私の眉が、ぴくり、と不機嫌そうに跳ね上がった。桜音が、それに気付く。未遥が、それに気付く。そして、近くで大道具の片付けをしていた藍瑠は、爆笑を堪えるように口元を必死で押さえていた。


「透歌」


桜音がわざとらしく声をかけてくる。


「何よ」

「もしかして、嫉妬してる?」

「してないわよ」


私は一秒の迷いもなく、即答した。しかし、それから五分後。相変わらず女子生徒たちに囲まれ、次々とカメラを向けられている宵の姿を、私はお盆をきつく握りしめながら凝視していた。


「……人気ね」

「うん、人気だね」

「……すごく、楽しそうじゃない」

「うん、不機嫌だね」

「違うわよ!」


完全に不機嫌だった。我ながら器が小さいとは思うけれど、なんだか胸の奥がモヤモヤとして、面白くない。その頃。宵はといえば、女子たちに囲まれて「右を向いて」「笑って」と注文をつけられながらも、なぜか視線だけはずっと、定位置から動かしていなかった。


彼の切れ長の瞳が、まっすぐに、一点だけを見つめている。その視線の先にあるのは――和風メイド服を着て、ぷいっと顔を背けている私だった。あまりにも宵が動かないため、周囲にいた女子生徒たちも、次第に彼の視線の意図に気がつき始めた。


「あ……」

「あー……。なるほどね」

「そういうことか……」

「うん、これは勝てないわ」


宵の心に誰がいるのかを、彼女たちは一瞬で悟ったようだった。なぜなら、楼來宵という男は。写真撮影の最中も、休憩中も、周りからどれほど黄色い声を浴びせられても、その瞳には最初から、ただ一人、小紫透歌の姿しか映していなかったからだ。


そして。周囲の女子たちが一歩引いた瞬間、宵が私に向かって、ほんの少しだけ、照れたように優しく微笑んだ。それを見た瞬間、私の胸のモヤモヤは、嘘みたいに綺麗さっぱり消え去っていった。


(……格好良すぎるのよ、バカ)


千年の時が経ちもう彼のことは知り尽くしているはずなのに。それなのに、今の彼の笑顔を見た瞬間、私は今世のこの世界で、もう一度、ほんの少しだけ彼に恋に落ち直してしまっていたのだった。

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