表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
58/71

Nord Amoureux

「あれー?透歌と楼來さん、知り合いなの?」


桜音がこちらにとてとてと近づいて首を傾げる。


「うん。昔からのね」


「そうなんだ!こんにちは、月影つきかげ桜音です!」


桜音は、春風そのもののような元気よさでぺこりと頭を下げた。


宵は眩しそうに一瞬だけ目を細める。それから、どこか遠い記憶を慈しむような、柔らかい微笑を浮かべた。


「……楼來宵です。よろしく」


その落ち着いた声音。耳に届いた瞬間、透歌の胸の奥がちりりと熱を帯びる。懐かしいような初めてのようなそんな空気の中に溶け込んでいた。


「わあ、なんか大人っぽいね!同い年だよね?」


「一応」


「一応ってなにそれー!」


桜音がくすくすと笑い、宵が困ったように眉を下げる。


そのやり取りを見つめながら、透歌はほんの少しだけ、張り詰めていた息を吐き出した。


(……変わってない)


空気の取り方も、自然な距離の詰め方も。


「ねえ透歌、ほんとに昔からの知り合いな

の?」


桜音がいたずらっぽく目を輝かせ、透歌の耳元で小声で囁いてくる。


「うん」


「幼なじみ、とか?」


透歌は一瞬、言葉を探した。


幼なじみ。そんな平穏な言葉で片付けるには、二人の歩んできた道のりはあまりに長く、険しく、そして鮮烈すぎたから。


けれど、今のこの穏やかな光の中では、その言葉が一番相応しいようにも思えた。


透歌はふっと唇を綻ばせる。


「……そんなところね。千年前からの」


「あっはは!なにそれ!」


嘘ではない。けれど、それだけでもない。

幾千の時を巡ってようやく辿り着いた「今」という奇跡。


「へえー、いいなあ。なんかドラマみたい!」


「そうかしら」


「そうだよ!運命の再会って感じでさ!」


無邪気な桜音の言葉が、透歌の胸の湖面に小さな波紋を作る。


(再会、か……)


「じゃあさじゃあさ!せっかくだし写真撮ろうよ!入学記念!」


桜音が勢いよくスマホを取り出す。


「え、もう?」


「もうだよ!この瞬間は今しかないんだから!」


強引に二人の間に入り込む桜音に、透歌は思わず苦笑した。


「しょうがないわね」


「はい、寄って寄ってー!」


ぐい、と肩が寄せられる。


隣に立つ宵の体温が、制服越しに伝わってくる。その瞬間、不意に視線が重なった。


宵の瞳は、かつて透歌が見守り続けたあの頃と同じ、静かな深さを湛えている。


けれど、今は少しだけ違う。


かつての鋭い孤独は消え、そこには穏やかで優しい、確かな光が宿っていた。


「……透歌」


宵が、消え入るような小さな声で彼女の名前を呼ぶ。


ただそれだけのことが、奇跡のように思えて。透歌の胸の奥が、じんわりと、春の陽だまりのような温かさに満たされていく。


「撮るよー!はい、チーズ!」


カシャッ、と軽快なシャッター音が響いた。

画面の中に収まったのは、どこにでもいるような三人の高校生。


眩しそうに笑う少女と、少し照れくさそうな少年、そしてすべてを優しく受け止めるような微笑を湛えた少女。


降り注ぐ春の光、舞い散る桜。


「ねえ宵。この後ケーキ屋さん、行かない?」


「ケーキ?」


「ええ。桜音のケーキ屋さん」


***

「ねえ、桜音!どうなってるのあのふたりっ!」


「わかんない。なんか新入生代表の人なんだけど透歌の昔からの知り合い?らしくて」


ここは桜音の家のケーキ屋、『Nord Amoureuxノール・アムルー』。「恋する北欧」と名付けられたこの店はSNSでも人気で桜音の自慢のお店だ。


宵と透歌は窓際のソファ席に座りその様子を遠くのテーブルから桜音と未遥が眺める。


二人のテーブルの上には蜂蜜のベリーパイ。


「本当に久しぶりだな」


「ええ。千年ぶりね」


紅茶の湯気がさらさらと折り重なって午後の光に溶けていく。甘い香りと、少しだけ酸味のあるベリーの匂い。


それが、どこか懐かしくて——


透歌はカップに指を添えたまま、小さく息をついた。


「……こうして座ってると、不思議ね」

「何が」


宵は視線を上げる。


「全部が、夢みたい」


透歌は微笑む。


「でも、夢じゃない」


その言葉に、宵はほんの少しだけ目を細めた。


「確認する必要があるか?」

「あるわよ」


透歌はフォークを取り、ベリーパイを一口。

さくり、と軽い音。蜂蜜のやさしい甘さと、果実の酸味がほどける。


あの頃と、おんなじ。


「……ちゃんと美味しい」

「現実だな」

「ええ、残念ながら」

「残念か?」

「少しだけ」


透歌はいたずらっぽく笑う。


その様子を、少し離れた席から。


「ねえ未遥、あれ聞いた!?」


桜音がひそひそ声で身を乗り出す。


「“千年ぶり”って言ったよね!?言ったよね今!?」


未遥は腕を組んで、じっと二人を見つめる。


「……言ってた」

「やばくない!?なにそれ!ロマン!?前世!?」

「落ち着いて」

「落ち着けないって〜!!」

「でもさ」


桜音が少しだけ声を落とす。


「なんか……変じゃない?」


未遥が視線を向ける。ふわふわした栗色の髪の毛が揺れた。


「変?」


「うん。なんていうか……」


言葉を探すように、少しだけ考えて、


「すごく自然」


未遥は一瞬黙って、それから小さく頷いた。


「……わかる」

「初対面じゃない感じ」

「それどころじゃないね」

「うん」


桜音は頬杖をついて、ふっと笑う。


「ずっと一緒にいたみたい」


窓際。透歌が外を見ている。光が、髪に落ちる。その横顔は、静かで。でも、どこかやわらかい。


「ねえ、宵」

「ん?」

「もしまた、全部やり直しになったらどうする?」


唐突な問い。でも、宵は迷わない。


「同じことをする」

「……迷いないのね」

「ない」


一拍。


「お前を選ぶ」


透歌は、少しだけ目を伏せて、それから笑った。


「そう」


小さく、でも確かに。


「じゃあ、私も同じ」


フォークを置く。紅茶に口をつける。


「何度でも、選ぶわ」


静かな時間。言葉は少ない。でも——それで足りている。


遠くの席で。


「ねえ、これ完全にそういうやつじゃない!?」


桜音が興奮気味に囁く。


「そういうやつって何」

「運命のやつ!!」


未遥は少しだけ呆れた顔をしながら、それでも、視線は外さない。


「……でも」


ぽつりと呟く。


「いいと思う」


桜音が目を丸くする。


「え、未遥がそういうこと言うの珍しくない?」

「別に」


少しだけ視線を逸らして、


「似合ってるから」


その頃。


透歌はふと、窓の外に目を向ける。風が吹く。店先の小さな木が揺れる。


(最高)


そう思う。過去でもなく、誰かに決められた未来でもなく。何千回何万回思い出した。何億回夢見たら景色が今、この瞬間。


宵が静かに言う。


「透歌」

「なに?」

「……笑ってるな」


透歌は一瞬きょとんとして、

それから、少しだけ照れたように視線を逸らした。


「悪い?」

「いや」


宵は、ほんのわずかに口元を緩める。


「いい」


窓の外。午後の光。甘い香り。静かな笑い声。


それは、物語ではない。ただの、ありふれた日常。


でも——それが一番、尊いものだった。

今世での皆の名前です!


小紫透歌こむらさきとうか

楼來宵ろうらいよい

月影桜音つきかげおと

月影海之つきかげみゆき(桜音の父)

弧百合未遥こゆりみはる

弧百合紡こゆりつむぐ

星牙城蒼空ほしがじょうそら

朝霧千隼あさぎりちはや

白鷺萌乃しらさぎもえの(moe)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ