王都の崩壊と北方の再生
第二章スタートです!ここからはほのぼの北方再生していきます!
丘を下りながら、透歌はふと立ち止まった。
「……ねえ、宵」
「どうしましたか?」
「強制力、本当に消えてる?」
宵は空気を探るように目を細める。
以前なら感じていた、どこか“視られている”感覚。
選択肢が出現する直前の、わずかな圧。
「……はい。少なくともここには」
「王都からの距離?あと、もう敬語いらないから」
「物理距離もあるでしょう。ですがそれだけではないと思います」
宵は続ける。
「ここは“舞台”じゃない。攻略対象も、イベントフラグもない。観測する側にとって、価値が低い場所なんだと思う」
透歌は小さく笑った。
「ひどい言い草ね」
「でも好都合だ」
「ええ。最高」
二人は顔を見合わせる。そして同時に言った。
「やれる」
風が草を揺らす。
丘の下には、小紫家の本邸と、広がる農地、さらにその先にはまだ手つかずの土地。
「まず何からいく?」
「三本柱」
透歌は指を立てる。
「食料の安定、物流の再構築、そして情報」
「情報?」
「王都が崩れる速度を読むため」
宵は口元をわずかに上げた。
「もう崩れる前提なんだ」
「崩れるわよ。あれは“私がいる前提”で回る構造だったもの」
歩きながら、透歌はさらりと言う。
「税の再配分も、水利権の仲裁も、貴族間の密約も、全部私が裏で調整してた。千隼は気づいてなかっただけ」
「萌乃も?」
「萌乃は……」
一瞬、透歌の目が冷える。
「物語の中心にいる限り、守られる。強制力があるうちはね。でも現実は、あの子を守らない」
宵はそれ以上何も言わなかった。
屋敷に戻ると、家令の黒崎司が待っていた。
「お嬢様——」
「その呼び方、やめて」
透歌は軽く手を振る。
「透歌でいい。もう“公爵令嬢”じゃない」
黒崎は一瞬だけ目を丸くし、それから深く頭を下げた。
「……承知いたしました。透歌様」
「様もいらないけど、急には無理よね。まあいいわ」
執務室へ入る。
机の上には北方の収支報告、穀物備蓄量、交易路の地図。
透歌は迷いなく座り、書類をめくった。
「備蓄、思ったより少ないわね」
「去年の寒波の影響だ」
「じゃあ保存技術を変える。乾燥庫を作るわ。あと、南から塩を仕入れるルートを増やす」
「資金は?」
「王都に残した“置き土産”があるでしょ」
宵がふっと笑う。
「ああ。あの投資案件か」
「そろそろ王都の市場が混乱し始める。価格が落ちたところで買い戻す。差額で北のインフラを整える」
「……性格悪いな」
「今さら?」
二人の間に、軽い笑いが落ちる。
透歌は椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
「ねえ、宵」
「うん」
「私、ずっと“必要とされる悪役”を演じてたんだと思う」
静かな声。
「嫌われることで、物語を進めるために存在してた。でも——」
視線を下ろす。
「ここでは、何者にもならなくていい」
宵は机越しに彼女を見る。
「じゃあ、何になる?」
透歌はゆっくり微笑んだ。
「作る人」
「世界を?」
「うん。物語じゃない、本物の」
その時、扉が叩かれた。
「失礼します!」
若い領兵が飛び込んでくる。
「王都からの急報です! 商工会が機能停止、税収報告が三週遅延! 各貴族家で混乱が——」
透歌は目を閉じた。
「始まったわね」
宵は小さく息を吐く。
「思ったより早い」
「千隼、叱責されてる頃かしら」
透歌は立ち上がる。
「よし。今から商会設立の準備に入る」
「名前は?」
透歌は窓の外を見る。広がる緑。揺れる麦。
「“北辰商会”」
「北の星か」
「ええ。道に迷った者が見る星」
宵が頷く。
「じゃあ、俺は裏から王都の情報を引き続き拾う。萌乃の動きも追う」
「お願い」
一瞬、目が合う。もう主従ではない。同じ未来を選んだ二人の視線。
「透歌」
「なに?」
「これ、たぶんまだ序章だよ」
「知ってる」
彼女は笑う。
「物語は終わった。でも世界はこれから」
窓の外で風が強くなる。王都の崩壊と、北方の再生。二つの流れが、静かに交差し始めていた。




