魔女の過去(1')
私はミーナ。こう見えても魔道王国ノルマンで、女ながら騎士なんてやってる。
一応、この若い若さで王国護衛騎士に抜擢された数少ない女騎士ってことで、街の連中や店員からは『あの男勝りのミーナ様』なんて、ちょっとした有名人扱いをされてるんだけどさ。
まあ、周りからどう見られようと知ったこっちゃないけどね。
両親ともに騎士の家系で、私も必然的にその背中を追いかけて騎士になった。何のひねりもない人生よ。
今日は、本当に久しぶりの休日!
つい先日まで、騎士団長アレンの提案で『三十日間の山岳遠征訓練』なんて地獄に付き合わされていたの。
あいつ、本当に何を考えてるのかしら。脳みそまで筋肉でできてるんじゃないの?
十日やそこらならまだ分かるわよ? 何が嬉しくて三十日間も、猛獣や魔獣、挙句の果てには飛竜まで上空から襲ってくるような過酷な山で、むさい男どもと血反吐を吐きながら戦い続けなきゃいけないのよ!
私の本職は王妃様の護衛なの! 護衛の訓練をさせなさいよ……なんて、口が裂けても本人には言えないんだけどさ。
さて、そんな命からがら生き延びた休日に、幼馴染で恋人の……いや、「恋人」なんてしっくりくる感じは一切ないわね。昔から知りすぎていて、もはや手のかかる弟みたいになってるというか……まあ、そのインダルフと買い物に行く約束をしていたの。
インダルフは、私の実家のお隣さん家で生まれた。
彼もまた、両親が魔術師、おじいさんもおばあさんも、そのまたひいおじいさんもひいおばあさんも魔術師……はいもういいわね! 要するに彼も私と同じく、何のひねりもない人生ってわけ。
似た者同士で気が合ったから、昔からずっと一緒に遊んできた。
ただ、私と決定的に違うのは——彼が本物の天才だったってこと。
若干九歳で魔道王国ノルマンの宮廷魔術師に抜擢され、十四歳の時には自然魔術を『月・火・水・木・金・土・日』の『七曜』に分類して全世界の魔術師ギルドへ発表。それまでごちゃごちゃだった魔術体系を、鮮やかに整理整頓してみせた。
その後も革新的な魔術理論を次々と打ち立て、今や十八歳にして我が国を支える筆頭魔術師よ。
要するに、たまに私が外に連れ出して息抜きさせないと、延々と研究室に籠もり続ける魔術バカなのよ。
「……だからねミーナ、『白魔術』と『黒魔術』を別体系として分類するのはナンセンスなんだ。元々は同じ人体のマナに作用する技術なんだから、同一の体系として統合すべきなんだよ。それにね——」
……ああ、完全に私のミス。
山岳訓練で白魔術師がバテて倒れたから、黒魔術師が代わりに回復術をかけてたって話を振ったのが運の尽きだったわ。話が脱線しまくって、難解な魔術議論が止まらない。
インダルフは根はいい奴なんだけど、魔術のスイッチが入るとこれだから困る。ああ面倒くさい、話題を変えよう!
「ねぇねぇインダルフ! あそこの店、新製品の焼き立てパンがすごく美味しいんだって。行ってみようよ!」
よし、難解な講義の回避成功!
店に入ると、店内の一角がこんがりと香ばしいパンで埋め尽くされていた。
おお、これは美味しそう!
幸せな小麦の匂いに包まれて、昨日までの過酷な山岳訓練のことなんて綺麗さっぱり吹き飛んじゃったわ。明日の朝食用のパンはどれにしようかな〜、なんてウキウキで選んでいた、その時。
「泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!!」
店内をつんざく叫び声。
見れば、少し離れたところで小さな子供が大きな焼き立てパンを幾つも抱え、風を切って疾走する山猫のような勢いで店を飛び出していくのが見えたのよね。
放っておいてもよかったんだけど……私、しつけのなっていないガキって大嫌いなのよね。昔の自分を見ているみたいで腹が立つから。
サッと追いついて首根っこを掴んでやろうとしたんだけど——甘かった。そのガキ、子供とは思えないほどあり得ないスピードで路地へ抜けようとしたの!
思わず本気になって、脚に肉体強化の魔術を込めてギリギリで壁に押さえつけたわ。
「——私、子供と泥棒は大嫌いなの。孤児院の子? ちゃんと教育しなさいよ」
よし、バッチリ威圧感のある厳しい口調で言えた!
捕まえてよく見たら、泥と煤で汚れてはいるけれど、艶やかな黒髪に吸い込まれそうな大きな目をした女の子じゃない。……うっ、何これ超かわいい。
いやいや、いけないいけない! ここで甘い顔をしたらガキは図に乗るんだから!
店員がカンカンになって駆け寄ってきて、その孤児院の犯人を縄で縛り上げ、衛兵に突き出そうとしていた。
まあ妥当な処置よね、と思って見ていたら——後ろからついてきたインダルフが、とんでもないことを口走ったの。
「ちょっと待ってくれ。彼女が盗んだもの、僕がすべて買い取ろう」
……はぁ?? 今なんて言った? 代わりにお金を払う?そんな金余ってるなら、さっき私が買った服の代金も払いなさいよ!
……まあ、でも。きっとそう言うだろうなとは思ったわ。昔からお人好しすぎるのよね、インダルフ君は。
そういう甘いところが、まあ……好きなんだけどさ。
「インダルフ様……お優しいのは結構ですがね、こんな泥棒猫、どうせ逃がしたってまた盗みを働きますよ! 衛兵に突きだしてお灸をすえてやらないと!」
金貨を受け取って毒気を抜かれた店員が、なおも悔しそうに言い捨てた。
壁に押さえつけられたままの黒髪のガキはというと――助けてもらった感謝の顔なんて微塵も見せず、生意気にも店員に向かってペッと舌を出している。
(うわぁ……全然反省してない。やっぱり根っからの野良猫ね、この子)
私が呆れていると、インダルフはガキの前にすっと膝をついて目線を合わせ、優しく微笑みかけたの。
「怪我はないかい? お腹が空いていたんだね。……君、すばらしい身のこなしだったよ。気配の消し方も、走り出しの速さもね」
「……なによ、ヘラヘラして。気安く話しかけないで」
ガキはフンッと横を向いたけど、インダルフの言葉に少し拍子抜けしたみたいだった。
するとインダルフは、急に真顔になって私のほうを振り返ったのよ。
「ミーナ。この子、君の『肉体強化』を素でかわしかけたよ。特別な訓練もなしにあの速度が出せるなら、将来、とんでもない騎士になる才能がある」
「は? 騎士? 何言ってるのよ、この子はただの泥棒の……」
「だから、僕が身受人を立てて、騎士養成所の幼年部に入れてあげようと思うんだ」
「……はあぁぁぁっ!?」
思わず大声が出ちゃったわよ。店員も目が点になってる。
なにを血迷ったこと言い出してるの、この魔術バカは!
「ちょっと待ちなさいよ! 養成所に入れるのはいいとして、身受人って……誰がその後の面倒を見るのよ!? 籍はどうするの!?」
「もちろん、ミーナが引き取って面倒を見てあげてほしい」
「なんで私なのよっ!? あんたが言い出したんだから、自分の弟子として引き取りなさいよ!」
「無理だよ。僕は弟子をとらない主義だからね。研究に集中できなくなる」
「訳の分からない屁理屈こいてんじゃないわよ!! 私は現役の騎士なの! 王妃様の護衛で忙しいの! 孤児を育てる余裕なんてあるわけないでしょ!?」
「大丈夫。養成所のみんなも協力してくれるさ。それに……君なら、この子に正しい強さを教えてあげられる」
そう言って、インダルフはあのズルい笑顔で私を見つめてくる。
昔からそうなのよ。この男は、自分が正しいと信じたことには一切の疑いを持たず、私なら絶対に見捨てないと分かっていて頼んでくるの!
「……っ、もう! 知らないからね! 私は厳しいし、甘やかさないからね!!」
結局、インダルフのペースに完全に巻き込まれ、私が保護者(身受人)として、その黒髪の女の子を引き取ることになっちゃった。
——だから、なんでそうなるのよっ!!!




