沈着な空
もう少しで異世界、魔法の国へ。
『たった今、入りましたニュースです。先ほど、午前7時29分頃、コンビニで立て籠り事件が発生した模様です。通行人の通報により事件が発覚したとのことです。立て籠った男は川谷亮三郎容疑者です。芸能人の川谷亮三郎です。繰り返しお伝えします。コンビニ立て籠り事件の犯人は川谷亮三郎容疑者です』とアナウンサーが唾を飛ばしながら早口で繰り返し同じことを話していた。
すでに犯行現場付近にはカメラマンがいてコンビニを遠目から撮影していた。
警察官の姿が尋常ではなかった。ざっと見て70、80人はいるだろうか。
パトカーや救急車も確認できた。
コンビニの中の様子は、はっきりとは映し出されてはいなかった。川谷がテレビ中継を見て先手を打たれる可能性があるために、規制されているようだった。
生中継は野次馬のインタビューで場を持たせているという感じだった。
大沢首相の緊急声明が発表される午前8時前に、突如発生した事件が意味する事とは、「民主主義に対する挑戦的な犯行」、「自由を奪うための犯行に違いない」、「異常者による場当たり的な、または突発的な犯行によるもの」、「艷夢の事件に悪影響を受けて、感化されたバカの見本のような事件」などと評論家や専門家が判ったような顔をして、お互いに論じ合っていた。
慎二はテレビを無言で見つめていた。
最近の川谷亮三郎のイカれっぷりを見て首を傾げていた。撮影現場でもウワサになっていて休憩中にも話題になっていた。
完全に気が狂ったか、洗脳されたか、という意見が大部分を占めていた。
慎二は川谷の表情を見る限り、夢見るような眼差しをしているので洗脳の線が濃厚だろうと考えていた。
「地に足が着いていない連中がいるような世界は、火薬の中にいるようなものなんだ。嫉妬と妬みに満ちた世界のことだ、いつ、フラストレーションが爆発するかは誰にも分からない」と専門家がキツイ言葉を用いて川谷亮三郎を激しく批難していた。
夢や希望を与える人たちがたくさんいる世界でもあるのに、たった1人、愚かな人間のために、他の方々に多大な迷惑や悪影響を与えることになってしまう。他人の足を引っ張るとは、まさに今回の事件のことで川谷亮三郎のことだった。
この不可解な事件が気になるのか、慎二は川谷亮三郎が立て籠ったコンビニの近くにある公園のトイレまで瞬間移動をした。
運良く人はいなかった。慎二はお腹を擦りながらトイレから出ていった。
コンビニ付近は仕事に行くサラリーマンの姿や学生たちで溢れていた。
皆、口々に「イカれた。川谷亮三郎が遂にイカれたよ」と話ながらスマホでコンビニを撮影していた。
慎二はコンビニの向かいの道路から背伸びをして様子を見ていた。
警察官、カメラマンの側を通り抜けてコンビニの道路まで歩いていくと、警備に当たっている警察官の脇をすり抜ける瞬間、コンビニの中の様子を透視した。
『人質がいる』慎二はそのまま角を曲がり、しばらく歩いた。
慎二はもう一度、公園のトイレにまで戻って、個室に入ると瞬間移動をした。
慎二は無事にコンビニの個室トイレに移動をしたはずだった。
洗面所から水の流れる音がする。
『誰かいる。気付かれたかもしれない』と慎二は、一瞬だけ焦った。
慎二は、そっと静かに扉を開けてみると、顔を洗っている男がいた。
男は革ジャンを着て、101Zのジーンズを履いていた。
男は鏡を見て髪を整えている間、のんびりと鼻唄を歌っていた。『悲しみのアンジー』だ。慎二はハミングバードの赤いギターが頭に浮かんだ。『この男がトイレから出ると、人質にされる恐れがある。止めるしかない』と慎二は思って男を見ていた。
「人質か。フフ。大丈夫だよ」と男は鏡越しに慎二に話し掛けてきた。
「なんだって!?」と慎二は驚き、勢いよく扉を開けてしまった。
「大丈夫だよ、と言っただけさ」と男は手を洗いながら喋っている自分の顔を鏡で見ていた。
「心が読めるのか?」と慎二は戸惑いながら男の傍に来て言った。
「ああ、少しだけね。残念ながら、イカした能力があってもね、女の心は相変わらず読みにくいんだよ」
「君も瞬間移動をしてきたんだね」
「そういうことさ」と男は洗面所に備え付けてあるティッシュを、1枚取って鼻をかむと、立て続けに何枚もティッシュを取ってポケットに入れた。
「花粉でね」と男は鼻を啜りながら照れ笑いを浮かべていた。
「俺は銀次。よろしく」
「慎二。こちらこそ、よろしく」
「慎二か。君が慎二なんだね。こんなに早く御目にかかれるとは思ってもみなかったよ」
「どういう意味だい?」
「レイン、ジャン、それに絵莉」
「レイン達を知っているのか? 絵莉というのは誰の事だろう?」
「近いうちに会えるさ」と銀次はアメ玉を慎二に差し出した。慎二は首を横に振ってから「ありがとう」と言った。
「問題は川谷だ」銀次は腕を組むと、首で店内を示した。
「おそらく、洗脳されているんだろう」と慎二は首を掻きながら言った。
「どうする?一気にケリをつけた方が良いのか?」
「それはマズイ。超能力や魔法がバレたら火あぶりにされてしまうよ。警察官もカメラマンもいる。店内の防犯カメラに僕たちが映るのも良くない。先ずは防犯カメラを止めてから、行動開始といこう」と慎二は銀次の肩に手を置きながら話した。
「なるほどね。了解」
「よし、始める」と慎二は先頭に立つと静かに扉を開けた。慎二は店内にあるすべての防犯カメラを超能力で止めた。
コンビニの中に、お客が10人、レジ担当のアルバイトが2人、腕を上げて慎二と銀次を見ていた。
レジの前に椅子を用意して、ふんぞり返って座る川谷亮三郎の姿があった。
川谷の前には若い女性が腕を上げて震えていた。
川谷は銃を持っていた。本物か偽物かは、ここからだと分からない。近くで見ても分からないだろう。最近のこういった代物は作りが精巧だ。
川谷は突然トイレから出てきた慎二と銀次を見て驚いていた。
「誰もトイレにはいなかったはずたぞ! 貴様らは何なんだ? 死にたくなければ、そこに立ってろ!」と川谷は慎二と銀次に銃を向けて怒鳴った。
「おにぎりとお茶を買いに来たんだ。売ってくれるかい?」と慎二は川谷に優しい笑顔を見せて言った。
「ふざけるな!」と怒鳴った川谷は、立ち上がり天井に向けて銃を発砲した。驚いた女性のお客が悲鳴を上げた。
「次は貴様を撃つ」と川谷はニヤけながら言った。
「それは痛そうだな」と銀次は肩を竦めてから、おにぎりが置いてある場所まで歩いていった。
「フランクフルト2本」と慎二は腕を上げている店員に言った。
腕を上げている10人の客が目を丸くして慎二を見ていた。
「梅のおにぎりは置いてないんですかー!」と銀次は手を上げて質問をする生徒を真似て言った。
「この野郎、俺を誰だと思っているんだ?」と川谷は迷わず銀次に向けて発砲をしたが、玉は外れて壁に当たった。
「クソ。外したか…。弾は無駄にはできない。グザリフ様とムデグパ様に申し訳が立たない」と川谷は呟いていた。
その言葉を聞いた慎二は顔色を変えて川谷を睨み付けていた。
つづく
ありがとうございました♪