追憶
すべての仲間が信念を持った時に。
銀次は自分の店が跡形もなく消滅していたことに唖然としていた。
ようやく、店を構えた時の借金も無事に返し終えたばかりで、これからという時にだ。
消防士の必死な消火活動のお陰で建物から煙が燻り続けていた。
銀次は車から降りると、瓦礫と化したジャックビルの手前で、しばらくの間、黙って佇んでいた。
銀次は頭の中が真っ白な状態で、この悲しい現実の光景を見ていても、未だに自分の目が信じられないでいた。
道路には顔馴染みのお客様や避難してきた人で溢れていた。皆、銀次に気付くと一斉にアナログレコードを持って駆け寄ってきた。
『Feeling』の看板だけが無事に残っていたようだ。アルバイトの隆介が泣きながら大事に看板を胸に抱えていた。
その姿を見た銀次は咽び泣きながら隆介の傍に行くと、隆介の頭を撫でて、優しく抱きしめてあげた。
隆介は泣き止むと、一部始終を語り始めた。
・午後7時前から異変があったこと。
・地震のような揺れと衝撃が、立て続けに1時間近く続いたこと。
・店の中に300人近くも避難してきたこと。
・電気が消えて、店の壁が崩れ始めたので非常階段から地上に急いで逃げ出してきたのだが、店のお客様と避難してきた人たちがアナログレコードを全て持ってきてくれたことに驚いたこと。
・ジャックビルに火の玉のような物が3回衝突して崩壊し始めたこと。
・その火の玉のような物は、フィットネス・ジムやレストラン、化粧品、ファッション・ブティックや銀行などが入っている高層ビルの屋上から降ってきたようだったこと。
・知り合いの女性が運転する車にも、火の玉のような物が直撃してしまい、残念なことに命を落としてしまったこと。
などを隆介は一気に捲し立てた。
「隆介、どこも怪我はないのか?」
「はい。大丈夫です」
「【火の玉のような物】というのは、何なんだ?」
「よく分からないです。火の玉も見たことがないのに火の玉と例えるのは可笑しな話なんですが。爆弾のような感じかもしれない、ミサイルみたいな。火焔瓶とは違うし…」
銀次は火の玉のような物が飛来した場所である高層ビルを目を細めて見上げていた。
「銀次さん、『Feeling』がなくなちゃいました。これから、一体、どうしたら良いでしょう?」隆介は、また涙を浮かべていた。
「いや、『Feeling』はなくなってねぇよ。看板があるじゃねぇかよ」
隆介は抱きしめていた看板を銀次に渡した。
「店は移転するからよ。隆介、これからまた忙しくなるから、覚悟しとけよ」と銀次はシャウトするように力強く言うと『Feeling』の看板を両手で高く持ち上げた。
「おい! わかったぜ。面白いじゃねぇかよ。俺を見くびるんじゃねぇよ。ロックン・ロールの力を見せてやるからな! やってやるからな!」と銀次は月に向かって怒鳴るように吠えまくった。
隆介は込み上げてくる涙を拭っていた。
銀次は看板を足元に置くと拳を何度も突き上げて笑顔を浮かべていた。
「レコードをトランクに入れるのを手伝ってくれ」と銀次は隆介とお客様や避難してきた人に頼んだ。
皆一斉にワーゲンのトランクに集まり出すと、独りずつ銀次に挨拶をしながらレコードをトランクに入れていった。
銀次は隆介に「トイレに行くから少しだけ留守番をヨロシク頼むよ」と行って向こう側にあるコンビニまで走っていた。
すぐに小さなトランクはレコードで埋まったが、残り700枚程は後部座席に置くことでどうにか間に合いそうだった。
銀次はトイレに行くフリをしてコンビニの角を曲がると、薄暗い細い裏道の方に入っていった。
しばらく裏道を歩くと、定休日のラーメン屋さんを見つけた。色の剥げた青いシャッターが下ろされている。
銀次は辺りを確認してからラーメン屋さんの裏に忍び込んで深呼吸をした。 銀次は手を固く握り締めると、迷わずに瞬間移動をして消えた。
銀次は高層ビルの屋上にいた。屋上は格闘の痕跡や血痕、所々に小さな穴が空いていた。激しい戦いがここで行われていたことを物語っている。
銀次は表向きはロックバー『Feeling』のオーナー、店長としての仕事をしていたが、裏では別の顔があった。
銀次は生まれつきの超能力を使って、対象を何処までも追い続ける【追跡者】をしていた。物騒に聞こえるかもしれないが、銀次は悪に対してのみ正義の審判を自ら手で下すのだった。 殺しの対象は極悪人だけに限定されていた。只し、どんなに悪い女や子供がいても一切殺しは行われなかった。
銀次は、警察や探偵、浮浪者や、夜の男や女たちとの繋がりも深く、あらゆる情報源を得ながら依頼人からの仕事を完璧にこなしていた。
銀次がこの仕事を始めた大きな理由は、5年前に付き合っていた彼女が原因だった。結婚の約束までしていた麻美が悪党に殺害されてしまったのだった。まだ麻美は25歳だった。麻美は『悲しみのアンジー』をギターで弾いて歌う銀次の姿が好きだった。
銀次は嬉しそうに聞き入っている麻美が堪らなく可愛くて好きだった。麻美は銀次のすべてだった。
(悪党は今も逃走を続け、居場所の特定も出来ていたのだが、山の方角を追跡している途中、何故か途切れてしまった)
銀次はポケットに手を入れてアメ玉を取り出すと口に含んだ。
『まだ屋上には気が残っているはずだ。ヴィジョンを見るしかないようだな』と銀次は考えながら膝まづくと、右手を地面に翳して目を閉じた。
紫と緑の煙が視界に映し出されていく。
泡のような光が地面から溢れてくると、曇り空から雨が降ってきて、強い風に飛ばされた赤い帽子に手を伸ばそうとした女の子の笑顔が見えた瞬間だった。
空中に浮かぶ2羽の鷹が激しい喧嘩をしていたかと思うと、鷹が2人の男の姿に変わっていった。
また1人、男が現れたのだが、男は胸を押さえながら倒れてしまった。慌てて駆け寄った男は倒れた男を介抱していた。
「レイン、レイン」とリフレインが聞こえてくる。
【静かにしていろと彼は言った。静かにしていてくれと彼は祈っていた】とメッセージが届いた。
ジャンは優しい笑顔を滅多に見せない。
絵莉は荒れていた。血筋を受け止めてはいるが、自由がなくなるのが何よりも許せないようだった。宿命は受け入れた時にこそ、確かな力となるのだ。
スパークした光が暗闇に消えてしまった。
【慎二の能力は限界を越えた危険な領域にあり、それが希望だと気付くしかないのだ。厳しい状況にあるのなら行動で解決するしか道はない。行動あるのみ。行動あるのみだ】と老人の深い声が頂上から響き渡った所でヴィジョンが消えていった。
銀次は静かに目を開けてゆっくりと立ち上がると、「レイン…、ジャン…、慎二…、絵莉…」と呟いていた。
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朝の4時過ぎ。
レインはジュリアと同じ病室で横になっていた。
絵莉は一晩というより、5階にある長椅子で3時間ほど横になり睡眠が取れたので体力が回復していた。 若さは肉体の回復が異常に早い。
絵莉は病院を抜け出すと近くにある小さな公園のトイレに入り、瞬間移動をして自宅に戻った。
家族は寝静まっていた。絵莉は居間に行き、テレビを付けて朝のニュース番組を見た。艷夢の惨事が映し出されていた。午前8時に大沢首相が緊急の声明を出すとの事だった。
昨夜の午後11時に危機管理対策本部を設置した自衛隊と警察が共同で今回の緊急事態に対応すると発表していた。
絵莉はこれからの事について考えていた。
『もう、この家には、2度と戻る事が出来なくなるかもしれないわ』と思っていた。
『レインとの出逢いは運命なんだ。同じ様な能力を持つ人間が、他にいるんだと分かっただけでも、どこかホッとした自分がいる。レインは人間かしら?』
絵莉は自分の部屋に戻ると、シャツとジーンズを脱いでベッドに入った。
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慎二は徹夜をしていた。帰宅直後にシャワー浴び、軽く食事を済ませて、一晩中テレビを付けっぱなしにしていた。
『現実を直視した方が次の段階、レベルアップ、ステージに行けるということを理解したほうがいい。
いつまでも、過去から目を背けて自分自身と向き合うことから逃げてばかりいては、成長も進歩もない、発展もしていかないんだ』と慎二はニュースを見ながら考えていた。
『俳優としての仕事は、ここで一旦ストップをしよう。一時休養宣言を出すしかない。映画撮影で多くの人に迷惑を掛けてしまう。仕方がない、これは仕方がないんだ』と慎二は自分に言い聞かせて無理やり納得することで気力を振り絞っていた。
つづく
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