暗殺者・チートVS.チート②
1
(さてどうしようか)
シヴァは三〇四号室の前でどうやって中に入るか考えた。
穏当にノックして相手の出方を見る――という行儀のよい方法は最初からシヴァの頭にはないし、なんなら手荒い方法も辞さないつもりである。
デバフとはいえ、れっきとした攻撃をすでに受けているのだから遠慮する必要はない、というのがシヴァの考えである。
それに、だ。
すでに敵に自分のことが気づかれているのなら、このままドアを蹴破るなりC4爆薬で吹き飛ばすなりして室内に飛び込む、というのも一つの手だろう。
とはいえ、ここは宿泊施設。爆破などすれば騒ぎになるのは必死。駆けつけてくるであろう従業員や他の宿泊客の邪魔が入れば、その状況を利用して貌無しに逃げられる可能性もあるので、それは避けたいところ。
加えてもう一つ懸念がある。
貌無しの部屋を探して廊下を歩いている早い段階で妨害を受けたのだ。この目の前の扉に何かしらの工作が施されている可能性もある。であれば、無暗に押し入ることは控えた方がいいかもしれない。というかするべきではない。
さっきからシヴァの勘が警鐘をひっきりなしに鳴らしているのだ。ノックしてはいけない、呼び出してはいけない、破壊してはいけない、と。これは恐らくEFⅩⅥのステータス、直感:9999からくるもの。であれば従うのが最善。
ではどうするか。
普通に扉を開けて入ればいい。ただ、確認するまでもなく鍵がかかっているだろう。
もちろんシヴァは鍵など持っていない。フロントで事情を説明して借りようとしても、素直に貸してはくれるとは思えない。三〇四号室の宿泊客が暗殺者だと証明できないからだ。最悪、ここの従業員全員が貌無しと通じている可能性もある。それか訊ねた時点で先ほどのような妨害が飛んでこないとも限らない。
普通に考えれば八方塞がり。
だとしても、シヴァにはこの扉を開けられる方法があった。
シヴァはPZ5のホームメニューにある『ゲーム』の項目から一つのソフトを起動。
EFⅩⅥの青を基調とした装備から、目にも鮮やかな橙色を基調とした装備へと変貌を遂げる。
全身鎧と丈夫そうな厚手のマントに身をつけ、頭をターバンのように布でグルグルと包みこんで紅玉のブローチで留めたシヴァの姿は『ドラゴンミッションⅩⅩⅤ』――通称ドラションで知られる、『エンドレス・ファンタジー』シリーズと双璧をなす国産RPGであった。
ドラゴンミッション。
百年あまり昔に一作目が発売されてから今日まで続く超人気タイトルである。
当時の人気マンガ家である鳥海明夫をキャラデザに起用し、氏の手から生み出される、どこか愛嬌のある魅力的なモンスターや、それに負けないドラマ性あふれるシナリオに人気が爆発。特に三作目は過去二作を巻き込んだ壮大なストーリが好評を博し、その人気は二〇九〇年代後半の現在まで幾度もリメイクが作られるほどからも窺える。
また、このシリーズの特徴を挙げよ。と問われれば枚挙にいとまがないが、大勢の人が揃えて答えるであろう特徴の一つに『民家や宝物庫に勝手に入ってタンスや宝箱を漁る、ツボを割って中の物を当然のように取っていく勇者』があると思う。
そう、この勇者、物を漁ることを是とする勇者なのだ。勇者だけの特権なのか、元々そういう世界観なのかは分からないが。
そしてそんな勇者の物漁り行為の一助(?)となるのが、シリーズ通して物語の中で手に入る『〇〇きー』シリーズである。
例えば鍵のかかった銅の扉(もしくは宝箱)を開けることのできる『ぶろんずきー』がある。
他にも『しるばーきー』『ごーるどきー』『とうぞくきー』等々が存在し、その中でもどんな鍵でも開けられる『みらくるきー』が物語終盤で手に入るのがお約束である。
そう、『みらくるきー』はどんな鍵でも開けられる。
そしてそれは、全てのナンバリングで物語終盤で手に入れられるアイテム。
もちろん今のシヴァが使用しているドラションⅩⅩⅤも同様で。
やりこみ派の彼が手に入れてないはずもなく。
「みらくるき~!」
歴史の教科書にも載っている百年以上昔の漫画家が描き、二二世紀を目前に控えた日本でも絶賛放送中の猫型ロボットアニメの声優の物まねをしながら、『めにゅー』の『あいてむ』一覧から一本の鍵を取り出して掲げてみせるシヴァ。
全体が虹色に輝く凹凸のないブレードを持つ、一風変わったこの鍵こそが、この世にあるありとあらゆる鍵を開けてしまう『みらくるきー』。正しく奇跡の鍵である。
それを三〇四号室の鍵穴へと差し込み、くるっと捻る。
――カチャリ
軽い音とともに鍵の外れる感触が鍵を伝ってシヴァの手のひらに響いた。
そのまま入ろうかとドアノブに手を伸ばしたシヴァはしかし、その手をとめた。それから自分の体を見下ろして考えてみる。ドラション仕様で大丈夫か?と。
いうまでもなく、ドラションⅩⅩⅤもEFⅩⅥ同様にステータスはカンストしているし、すべての職業も網羅している。とはいえ、EFⅩⅥと比べると、戦闘面では物足りないのも確か。
シンプルなのだ。ドラションシリーズの戦闘システムは。
ナンバリング毎に凝った戦闘システムを作り上げるEFシリーズとは違い、ドラションシリーズは全作品を通してさほど進化していない。基本コマンドは『たたかう』『じゅもん』『とくぎ』『あいてむ』『さくせん』の五つ。そこに作品によっては稀に独特のコマンドが追加されることはあるが、基本は五つのみ。
しかもRPGから途中でアクションRPGへと路線変更したEFシリーズと違い、今も変わらずに王道RPGを貫くドラションシリーズには、戦闘中、移動や回避に使える『ステップ』といった移動系のスキルが一切存在しない。それもそのはず、敵とエンカウントしたらコマンドとターン制で真正面から殴り合う戦闘システムなのだから、自分でキャラ操作して攻撃をかわしたり当てたりする必要性がどこにもないのだ。
攻撃を避けるも当てるも全てが全て、敵ステータスと自ステータスを元にシステムが計算して判断することであって、そこにプレイヤースキルが介在する余地は一切ない。
もちろんそれが必ずしも悪いことではない。単純明快な戦闘システムは老若男女問わず分かりやすいからだ。
ただ、今の状況はドラションだと厳しそうで。
なにせ相手はよく分からない暗殺方法を使ってくるという。ターン制に縛られず、自分のタイミングで行える回避系のスキルがないのは心許ない。
ここはやっぱりスキルが豊富なEFⅩⅥの方がいいと思う。
そう判断したシヴァは、すぐさまEFⅩⅥ仕様へと変更してから改めてドアノブへと手を伸ばし、今度こそ回したのだった。
1.5
――カチャリ
「……ほう」
サライが扉を見守る中、施錠したはずの鍵がゆっくりと回りだし、解錠された音が彼の耳に届く。
部屋中に配置した本を見やる。いずれもパラパラ漫画を描いているのだが……そのどれもが発動した様子はない。それはつまり、正規の鍵を手に入れたか、パラパラ漫画に描き記した以外の手段でもって鍵を開けたことを示していた。
その間にゆっくりと扉が開くと、全身鎧を纏った男が一人、入ってきた。
豪奢な装備を見るに、恐らく腕の立つ冒険者。あるいは傭兵。
この男が、敵。
どんな手段を使ったのかわからないが、自分の精神操作系や妨害系のパラパラ漫画を跳ね除けてみせた初めての敵。恐らく手ごわいだろう相手。
そう認識した瞬間、心臓が少し跳ねた。気がする。
臆病風に吹かれた? この私が? 馬鹿な、ありえない。たかが二度、自分の異能を防いだだけじゃないか。臆することはない。
サライは無意識のうちに、閉じて膝に置いていた本の表紙を撫でた。まるで、怖い話を聞いて不安になった子供が親に抱きついて安心するかのように。
「――ようこそ、と歓迎するべきかな?」
サライはいつもより速い鼓動に気づかないふりをしつつ、自分を捕まえるか殺しに来たであろう男を余裕を持った態度で出迎えた。
この判断が間違いであったと。逃げるべきだったと気づくのは、そう遠くない。




