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     暗殺者・チートVS.チート③

   1




「――ようこそ、と歓迎するべきかな?」


 そう言って自分を出迎えた男を観察しつつ、シヴァは無言で歩を進めながら左腰に吊るした鞘から伸びる赤い柄へと右手を伸ばした。


 シュラリ。


 硬く無機質な音が鞘の鯉口を走り、収められていた剣身が顕(あら)わとなる。

 暗闇を裂くかのように光り輝く黄金の剣。

 魔剣ダインスレフ。

 E(エンドレス・)F(ファンタジー)ⅩⅥ内における最強武器の一つ。

 その切っ先を地面に向けつつ更(さら)に歩み進んで、一メートル程の距離を開けて二人は対峙(たいじ)した。

 どちらも無言ではあるが、その表情は対照的。

 薄っすらと笑みを浮かべるサライに対し、シヴァは訝(いぶか)しげに眉をひそめる。

 サライは自分が負けるとは微塵も思っていないからこその余裕の笑みであり。

 一方のシヴァは、目の前にいる男の放つ覇気(オーラ)に困惑していた。


 膝に乗せた本の上で手のひらを組んだ、どこにでもいそうな中年男性。この頭髪の寂しい男こそが世界を股にかけて暗躍する暗殺者であり、貌無し(ノッコゥト)の異名を持つサライ・マカライなのは間違いないだろう。

 依頼された殺しは一度の失敗もなく。

 暗殺方法は奇々怪々としか言い表しようがないほどに異常で。

 しかも人相素性(すじょう)を知られても捕まることもない。

 そんな凄腕で、一流の暗殺者。


 なのに。

 だというのに。

 この男からは覇気というものが一切感じ取れない。

 だからこその、シヴァの困惑。

 なぜなら。

 冒険者であれ傭兵であれ、荒事を生業(なりわい)にしている人間からは多かれ少なかれ覇気や凄味(・・)というものがある。それは暗殺者であっても変わりはないだろう。

 どれだけうまく隠そうとも、完全には隠し切れない。それが凄味というものなのだから。

 だけれども、この目の前の男からは何も感じない。

 うまく隠しているとか、そういうのでは決してない。

 本当にないのだ。覇気が。凄味が。

 故にシヴァは断言できる。


 こ(・)の(・)男(・)は(・)自(・)分(・)の(・)手(・)を(・)直(・)接(・)汚(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)が(・)一(・)度(・)も(・)な(・)い(・)。


 数多くの暗殺をこなしてきて、そんな事があり得るだろうか? ……あり得るのだろう、これまでの暗殺方法から考えれば。

 とはいえ、想像力を働かせて考えれば別の見方も出てくる。例えば、この目の前の男は影武者で本当(実行犯)のサライは他に潜んでいる――この方がまだ信憑性がありそうなほど、この男からは一般人レベルで何も感じない。


(……サライは他にいる、か)


 シヴァは自分の考えに、ふむと頷(うなず)く。悪くない。

 とはいえ、本人に「あんたが本物のサライ・マカライ? あとこの部屋に他にも誰かいる?」と馬鹿正直に尋(たず)ねても、答えは前者には「イエス」、後者には「ノー」一択だろうけど。

 だから魔法を使って確かめる。使うのは相手のステータスを盗み見ることができる『コンフィグ』と、周辺の状況を視界右上のマップ画面に情報化できる『マップ』の二つ。

 これで目の前の男が本物のサライ・マカライか分かるし、他に誰か潜んでいるかも分かる。

 シヴァは相手に気取られないよう、口内で魔法を唱えた。


 と同時に。


 机の上の本の一冊が独りでに、物凄い勢いで捲(めく)られていき――シヴァの魔法が二つとも不発に終わった……


「……ほう、私には分からなかったが、何らかの魔法を唱えてたのか」


 か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)思(・)え(・)た(・)。サライの次の一言を聞くまでは。


「それにしてもこれは悪趣味だ。相手の情報と部屋全体の状況を盗み見る魔法とはね。これはどちらも禁呪扱いされてもおかしくない。そう思わないかね? シヴァ君」


 ゾワリと。

 背筋を悪寒になぞられた。


(クソっ、不発(ファンブル)だったんじゃない! こいつ、魔法を盗んだんだ!!)


 シヴァの表情から、魔法が奪われたことに気づいたのを察したのだろう。わざとらしくニヤリと口角を上げてみせた目の前の男に、シヴァは間違いないと確信する。


(やっぱりこいつがサライ・マカライだ!)


 『コンフィグ』で確証に至れなかったのは残念ではあるが、魔法を使えば盗まれるということが判明したのは大きい。開幕初手、攻撃魔法ブッパを選択しなくて良かったと思うことにしたシヴァ。自分で撃った魔法で自分が攻撃されるとか冗談じゃない。一発で死ぬとは思わないし、魔法耐性を司るステータス『精神力:9999』を易々と抜けるとは思わない。

 けれどこれで一切の魔法が使えなくなってしまった。


 それと気になることがもう一つ。


 魔法が盗まれたことに驚きすぎて触れなかったが、先ほど独りでに動き出した机の上の本。その角。

 カンストしたステータスに押し上げられた、もはや人外の領域にあるシヴァの動体視力が捉(とら)えたもの。それは――


「パラパラ漫画?」


 思わず口にするシヴァ。確かに彼が見たものは、日本で百年ほど前に流行したという旧(ふる)い遊び。小学生のころに授業で学び、体験学習の一環として実際に作ってもみた。

 教科書もノートもタブレット端末で行うデジタル社会の中で、紙に描くというアナクロ的な遊びが新鮮だったのでよく覚えている。

 それがあの本の角に描かれていたのだ。

 ここ異世界(バニイップ)にもあったのかと驚くシヴァに、彼の言葉に同じく驚いた表情を見せるサライが口を開く。


「これを知っているとは……もしやお前も記憶持ちなのか?」


 質問とも独りごとともとれるサライの言葉に、今日何度目かの驚きを顕わにするシヴァ。

 記憶持ちという気になる単語もそうだが、なにより今の言葉はこの世界の言語ではなかった。


 地球出身のシヴァは当然のごとく、この世界の言葉は喋れないし何を言われたのか理解もできない。そも地球人では発声できないような発音があるのだから当然だ。

 だから常日頃からPZ5に標準搭載されている『翻訳機能』をオンにしたまま会話をしている。そうでないと挨拶一つ満足にかわせない。

 そしてこの機能には、相手が複数言語を使用した場合に字幕で知らせてくれるサービスがある。

 例えば先ほどのサライの言葉。彼がしゃべっている間、シヴァの視界下部にはこうあった。


 【※現在、相手は英語(アメリカ)にて会話中です】――と。


 英語。この世界ではなく地球で生まれた言語でそれを操るということは。


「……アメリカ人」


 なおかつパラパラ漫画という言葉に反応したのをみるに、自分と同じく何らかの方法でこの世界に渡ってきたか――


(あるいはラノベでありがちな転生者か)


 この際どちらでもいいが、ご丁寧にチート持ちらしい。こっちの方が大問題だ。

 なぜサライをチート持ちと思ったか。それはシヴァが先程見たパラパラ漫画の内容にあった。

 随分と簡素な絵ではあったが、そこには二体の棒人間が描かれており、その片方の頭から「・・・」と書かれた吹き出しが生え、それが消えた瞬間に相手に腕を前方に突き出した。だけど何も起こらずに「???」と困惑する棒人間をよそに、残るもう一体の棒人間が同じく腕を突き出すと、その先から〇(マル)で描かれたナニかが飛び出して相手を打ち倒して漫画は終了。

 恐らくあの“〇”は魔法を表す記号で、内容は自分に危害のある魔法を奪い、自分の魔法として扱うといったところだろう。

 先程シヴァの魔法が盗まれたのと内容が一致する。

 つまり、描いたパラパラ漫画をこの世に反映することが出来るのが、サライ・マカライの異能(チート)。

 シヴァの推測が正しければ、厄介極まりない異能だ。

 こんな反則染みたチートならば、伝え聞いた貌無し(ノッコゥト)の暗殺の奇々怪々さにも納得だ。同時に、サライの覇気や凄味といったものが皆無なのも解った気がする。

 パラパラ漫画を描くだけで安全な場所から、自分の手を直接汚すことも、自分の身を危険にさらすこともなく対象を確実に暗殺できるのであれば、覇気や凄味が身に付くはずもない。

 何それズルいと思わず舌打ちしながら、眼を動かせる範囲で部屋を素早く確認する。サライの横にある机の上、ベッドの上、窓際の床。そこに無造作に置かれた何冊もの本がある。

 恐らくここからは見えない場所にもあるだろうし、隠されている本もあるのだろうことは想像に難しくない。

 何冊あるかは分からないし考えたくもないが、その全てにパラパラ漫画が描かれているんだろう。その内容はきっとサライには最高に愉快で、シヴァには最高に不愉快なんだろうなぁと思うと心底げ(・)ん(・)な(・)り(・)する。

 パラパラ漫画はページを捲(めく)らないと成立しないことから、一冊の本で使えるのは上下(天地)の角二つのみ。それをさらにページの裏表を使えば計四つのパラパラ漫画が一冊に描ける計算。

 短い作品にすれば、途中から違う作品を幾つも描けるのではとも思ったが、それはできないはずだとシヴァは自らの考えを否定した。なぜなら先程見たパラパラ漫画はそれ程長くはなかったにも関わらず、最後のページまで止まることがなかった。後半のほとんどは白紙であったのにだ。

 それはつまり、余白のページがあっても描けないことを示唆(しさ)している。……はず。だからだろうか、部屋中(じゅう)無造作に置かれている本はどれも比較的薄い。無駄なページを作らないためだと思われる。

 つまりシヴァの推理が正しければ、それがサライの異能(チート)の制約。

 とはいえ厄介な異能であることは変わらない。

 もう一度舌打ちしたくなったが、それは飲み込んだ。

 因(ちな)みにアメリカ人と発言してからここまで、ほんの数秒の思考である。


「質問には答えてほしいものだけど、まあいいさ。……それにしてもアメリカ人、ね」


 それが私の以前の人種か。と小さく呟いたサライ。それを聞き逃さなかったシヴァはうん? と首をひねる。なぜそこに疑問を感じたのかと不思議に思ったからだ。そして一つの考えに至る。



(……もしかしてだけどコイツ、記憶が完全じゃない?)


 転移者ならば世界間を移動しているだけなので、自分の人種に疑問を持つことはない。

 だけど転生者ならばどうだろう――前世の記憶を完全に覚えているとは限らないのではないか? シヴァが読んできたラノベやWeb小説にも似たような設定があった。サライもそれと同じなのでは。

 だとすれば――


(これが攻略の鍵(・)になりそうな気がするな)


 カンストした直感にビンビンきてる。

 とはいえ、それを活かすのは今じゃない。そのくらいは分かる。だけれど、機(・)がくれば自然と分かるとも思う。多分、きっと、メイビー。


 それとサライの質問に何一つ答えないのは用心のためだ。部屋中にばらまかれているだろうパラパラ漫画の内容が分からない以上、仕方がない。返事がトリガーとなるパラパラ漫画があってもおかしくないし、それがデバフの類であれば厄介だ。

 ただのデバフであれば跳ね除ける自信はあるが、相手は異世界転生者(推定)でチート(異能)持ち。そのチートであるパラパラ漫画は下手な異常魔法よりも厄介だ。現に先ほどは短時間とはいえシヴァの耐性を超えてみせたのだから。

 だからこそ、サライの異能の発動になりそうな行動はできるだけ回避したい。なので返事は返さない。こちらからも出来るだけ声をかけない。……まあ、返事を返さないことがトリガーである可能性もあるが。その時はその時だ。


「…………」


「…………」


 それから互いにしばし無言で、室内は無音。

 部屋に聞こえるは外からの雨音のみ。


(さて、と……どうやら向こうから仕掛けてくるつもりはないようだ)


 それはつまり。


(よほどカウンターに自信があるんだろうなあ。となると、パラパラ漫画の大半はカウンター系で占められているとみるべきか)


 それはまあ何となくわかるな。とシヴァ。ここは謂(い)わばサライの砦だ。いつ来るかわからない敵ならば、自分から攻撃するよりもカウンターを主にした防衛に徹した方が楽だろう。何せ先ほどはシヴァが支援魔法を使っただけで自動発動したパラパラ漫画に奪われたのだ。

 きっとあのような自動発動型のパラパラ漫画が盛りだくさんに違いない。

 ほんっとおーーーーーーーーーーーーーーーにっ! 指名依頼ってやつは面倒で厄介だ!! シヴァは内心でぐぬぬと呻(うめ)いた。

 なにはともあれ。

 このまま睨めっこしてても埒が明かないし、向こうがこうも余裕ぶっこいてるってことは、このまま時間を浪費すると発動するパラパラ漫画があるんだろうなぁ。それも致死性の高いヤツ。とシヴァは推察する。

 であれば。


(しょうがない! とりあえずカウンター覚悟で攻撃してみますか!)


 シヴァは柄を握る手に力を籠め、次にサライを斬るか、彼の異能を司るパラパラ漫画の描かれた本をぶった斬るかの選択で、サライへの攻撃はどうせカウンターされるだろうからと本を攻撃することを選ぶ。どうせこっちも何かしら対策はされているだろうけど、ワンチャン狙い、当たればいいなー、と割り切って。狙うはサライの横の机の上にある一冊の本。さっきシヴァの魔法を横取りして下さいやがったド畜生。

 フェンシングスタイルで剣を構え、命(タマア)盗(と)ったらぁ!!ばりの踏み込みで瞬時にテーブルへと肉薄。

 あとは突くだけ――となったところでシヴァはふと思った。


(カウンターがあるにせよ、サライの異能(パラパラ漫画)の発動には本の角を最初から最後までめくる必要がある。ってことは、捲(めく)り終わる前に超スピードで叩きこめばカウンター失敗にできるんじゃ?)


 シヴァの全ステータスカンストした身体能力であれば可能(イケる)かもしれない。

 そう思いついた途端に、背筋を悪寒が走る。それは悪手だと直感が告げる。

 だけど。


(俺は冒険者だ! こういう行動(アクション)だって冒険だ!)


 男は度胸(ドキョー)ーー!! と内心で叫びながら吶喊(とっかん)。剣先を本に向かって全力で繰り出す。でもやっぱり悪寒には逆らえなかったのか、ほんの少し、ほんの僅(わず)か、全力には届かない剣速。


 だけれど。

 そのほんの少しの僅かがシヴァを救うこととなる。


 シヴァの剣速を遥かに超える速度でめくられていく窓際に置かれた本。刹那の間で発動したサライの異能(パラパラ漫画)。

 その内容はすぐに解った。

 机の上に置かれている本へと伸びていた剣先が、突如としてぐ(・)に(・)ゃ(・)り(・)と反転。


「っ!? ってうぉい!!??」


 まるで出来の悪い光の屈折を見ているようだと思う間もなく、自分の眉間を串刺しにせんと迫る切っ先を、首を思い切り限界まで傾けることでどうにか回避に成功。ほんの僅かに耳をかすめて一粒の血が出るが、無視して問題ない。

 慌てて体と剣を引き戻して最初の位置へと戻ったシヴァは、愛剣がどうなったのかを確かめる。

 そこには真っ直ぐに伸びた黄金の剣身があるのみで、ぱっと見で異常はないし、先ほどのようにぐ(・)に(・)ゃ(・)っ(・)てもいないことに一安心。

 ――したのもつかの間。

 再び背筋に走る悪寒。勘が告げるは足元。ここに突っ立っているのはマズいと。

 悪寒に突き動かされてバッと下を見れば、いつの間にかシヴァの足元の絨毯が歯を見せて笑みを浮かべる大きな口へと変わっていた。今彼が立っているのはその大きな口が見せる歯の上だ。

 足裏を通して伝わる細かな振動は口が動く前兆。笑みを浮かべたまま口が開く。ヤバイ。


(俺を喰う気かよ!)


 慌ててスキル『サイドステップ』で壁際のチェスト付近まで退避。直後、ガチン! と勢い良く歯がかみ合わさる音が聞こえてきた。

 獲物(シヴァ)を喰い損ねた大きな口は歯を噛み合わせたまま元の絨毯へと戻った。

 シヴァの物理攻撃を跳ね返したのがカウンターなら、今のは追い打ちといったところか。恐らくこの二つでワンセットのカウンターと見たシヴァ。

 と、そんなシヴァの耳が、斜め後ろにあるチェストから本の捲(めく)れる音を拾う。

 三度目の悪寒が今度は天井を指す。音の出どころを確認するよりも先に目を上に向けたシヴァが見たものは、彼を圧殺しようと迫りくる天井。

 『ステップ』を発動して前方へ転がるようにして回避。ズドン! とシヴァが先ほどまで立っていた部分にだけ落ちる天井。仕留め損ねた天井がゆっくりと戻っていく。


(今のもカウンター……いや、今のはトラップ型か)


 素早く体を起こして態勢を整えたシヴァが見つめるのは、チェストの上に無造作に置かれた数冊の本。あの中に一定の範囲に敵が入ると自動で発動するパラパラ漫画があったのだろう。

 カウンター型と追い打ち型にトラップ型のパラパラ漫画。

 攻撃を仕掛ければカウンター型で返され、追い打ち型で追撃、躱した先に範囲指定のトラップ型のコンボ。なかなかに凶悪だ。

 シヴァはチェストに向けていた顔をサライへと移す。

 相も変わらず余裕の笑みを浮かべる貌無し(ノッコゥト)。その表情はシヴァを苛立たせるに十分であったが、ここまで手も足も出ないのではあの余裕っぷりにも納得ではある。気に入らないが。


(あの顔を今すぐにでもぶん殴ってやりたいけど、さてどうしよう)


 シヴァは今一度部屋の様子を軽く見やる。

 部屋中に置かれた本。見えるだけでも十冊以上。見えない部分にも隠されているだろうし、その全てが先ほどの三タイプに分類されるパラパラ漫画だと推察される。

 魔法を使えば横取りされ、攻撃をすれば返され、追撃され、運が悪ければ避けた先でトラップに引っかかる。

 さっきはすべて躱せたけれど、最初のカウンターは全力じゃなかったから辛うじて躱せただけだし、その次の追撃と最後のトラップは勘に助けられた側面が大きい。特に追撃とトラップは勘が働かなったり態勢が崩れてでもいたら、もしかしたら重傷を負っていたかもしれない。そう危惧するほどに、サライの異能(チート)はヤバイとシヴァは思っている。

 実際に目にするまでは、シヴァはE(エンドレス)F(ファンタジー)ⅩⅥのカンストステータスと最強装備の一角と言わしめた防具とアクセサリー類があればそれなりに余裕だと思っていた。

 だけど違った。

 サライの異能による攻撃は、恐らくシヴァの防御力を軽々と越えて彼を殺しに来る。ゲーム風に言えば、全て『防御力無視』だと思われる。

 そうでなければああも悪寒が走るとは思えない。受けてもダメージが通らない攻撃であれば、そも躱す必要はない。

 なのにサライの攻撃には全て悪寒が走った。

 躱せと。

 絶対に食らうと。

 己の勘が告げたのだ。

 それはつまり、無視できないほどの大ダメージを負う攻撃だったということ。

 シヴァの直感が正しいのか証明するには実際に食らうしかないのだが、もちろんそんなことをするつもりは毛頭ない。直感がいうのならそれに従う。それだけだ。

 なにはともあれ。


 ……本当にどうしよう。


 魔法も物理もカウンターで返される。攻撃魔法は威力が高すぎるから室内で使う気は最初(もと)からないけど、問題は物理攻撃だ。仕掛けた時の速度と威力がそのまま返ってくるのだから篭手(こて)などで防いでいる暇がない。なので躱すしかないのだけれど、運が悪ければトラップに引っかかる可能性もある。

 まあトラップに関しては直感で回避するしかない。けれど、本当の問題はそこじゃない。どの道カウンターで攻撃が返されるのなら、サライにしろパラパラ漫画が描かれた本にしろ、武器を当てることができない。


(剣がダメなら射程が比較的長い槍なら……無理だろうなあ)


 武器の種類に関わらず、カウンターで返されるのがやるまでもなく目に見える。

 であれば当然、射程武器である弓類も駄目だろう。

 これは更に推測だが、パラパラ漫画という絵で状況(シーン)を表す特性上、武器によるカウンターは、一つ一つ、武器種に分けて描かなければならないはずだ。

 文章であれば、『この世全ての武器は総べからく本人へと跳ね返る』で済むけれど、絵ではそうはいかない。

 剣での攻撃をカウンターで返すのであれば、それに対応したパラパラ漫画を。

 槍であればそのパラパラ漫画を。

 武器の数だけパラパラ漫画も必要になってくるはずだ。

 もちろん、この部屋には全ての武器に対応したパラパラ漫画があると見るべきだ。


 …………いや待て、本当にそうか?


 漠然とではあるが、自分の考えに疑問を覚えたシヴァ。なぜそう思ったのか自分でもわからないけれど、何か引っかかりを覚えた。だから思案する。幸いと言っては何だけれども、相手は自分から攻撃する手段は持ち合わせていないらしい。なので考える時間はある。悠長に、とはいかないだろうけど。

 自分は何に引っかかったのか?

 それはもちろん、『この部屋には全ての武器に対応したパラパラ漫画がある』という自分の考えに、だ。

 それはなぜか。というよりも、今の考えのど(・)の(・)部(・)分(・)に疑問を抱いたか、だ。

 シヴァが疑問に思ったのは、『全ての武器』の部分。

 なぜそこに疑問を覚えた? シヴァはさらに深く思考していく。

 カウンター……パラパラ漫画……サライの異能……転生者……歯抜けの前世の記憶…………歯抜けの前世の記憶? っ!? そうか!!

 シヴァが疑問に思った『全ての武器』と、サライの前世の記憶がどうやら不完全であるらしいこと。この二つが繋がることで、シヴァの疑問が解消された。

 シヴァの推理が正しければ、これは反撃の一手だけではなく、必殺の一手となり得る。

 つい数分前に、サライの不完全な前世の記憶が攻略の鍵になるかもしれないがまだ早いとは感じたけれど、こうも早く機がくるとは思わなかったシヴァ。

 ともあれ、突破口となりうる武器は見つかった。


(あとはそれを証明するだけ……なんだけど)


 ここでも問題が一つ。

 その武器がもし当てが外れてカウンターで返された場合、恐らく躱せないということ。そうなれば間違いなく死ぬ。ゲームであればコンティニューができるが、生憎(あいにく)ここはゲームの世界ではない。果たしてシヴァの能力はそこまで再現されているだろうか? そんな不安がよぎる。

 なのでその武器を使う前にとりあえず手持ちの武器を全て試してみることに。もしかしたらサライのパラパラ漫画に抜けがあるかもしれない。

 シヴァは、ふぅ……と一息吐(つ)いて無駄な力を抜いてサライへと向き直る。

 よく見れば今自分が立っているのは最初にサライと対峙した場所とほぼ同じ位置だった。遠すぎず、近すぎず。様々な武器を使うにはちょうどいい位置。


「ふうん……その顔、なにか思いついたみたいだね? どうだろう、その企みを私にも教えてくれないだろうか」


 楽しそうに、小馬鹿にするように、サライが語りかけてくるがくるが無視。安い挑発には乗らない。

 代わりとばかりに素早くコマンドから装備を変更して槍で突く。ほぼノーモーション。戦闘能力が一般人と大差ないサライからすれば必殺の一撃。躱す間もなく眉間を貫くはずだった穂先はしかし、数分前の剣による刺突と同じく歪(いびつ)にねじ曲がり、シヴァの顔面へと襲い掛かる。シヴァはそれを顔を傾けることで難なく回避。

 続いてベッドのシーツが浮き上がると、布を大きく広げた状態のままシヴァ目がけて襲い掛かる。

 追撃型のパラパラ漫画だろうと当たりをつけたシヴァは、すぐさま迎撃するべく槍のスキル『地獄突き』を見舞う。穂先が輝き、目にもとまらぬ連続突きがシーツを滅多突きにする。――しかしてシヴァの視界に映るダメージカウントはどれも0(ゼロ)。

 シヴァは舌打ちするも驚きはない。何せ相手は転生チート持ち。このくらいは想定済みである。冷静に自身へ襲い掛かるシーツを回避すると、その時点で役目を終えたのかシーツがはらりと床に落ちた。動き出す気配はない。それを視界端で確認しつつ、シヴァは武器を槍から身の丈を超す大剣へと変更。

 横凪ぎに振るう。カウンターで返される。屈んで躱す。シヴァの影が起き上がり、追撃の手を伸ばしてくるも横に転がって回避。しつつ武器を弓へ。起き上がりざまにサライへと射掛ける。

 返される。

 躱す。

 追撃をかわす。

 武器を変えては攻撃し、返され、躱し、追撃されるもそれも躱し。

 時には回避した先でトラップ型のパラパラ漫画に引っかかるもそれも回避。

 それの繰り返し。

 剣類は駄目。槍も駄目。弓も鎚(つち)も鞭もアウト。

 ならば二刀流はどうか? 片手ずつ違う武器を持って戦う――それも通用しない。それぞれに対応したパラパラ漫画が同時に発動して防がれた。

 どうやらサライの異能は複数同時に発動可能らしい。

 シヴァは観察する。

 サライは笑みを浮かべてみているだけ。

 ……もしもサライが、自分で直接戦闘するタイプであったなら。あるいは修羅場を数多く経験していたならば、今のシヴァに違和感を覚えていただろう。彼が全力で武器をふるっていないことに気づけたはずである。

 自分の攻撃を返されると分かっているうえで様(・)々(・)な(・)武(・)器(・)で攻撃し、跳ね返ってきたそれを余裕(・・)をもって躱し、追撃の手を逃れる。

 その表情は追い詰められた者のそれではなく、何が通用しないか、どの本が発動してどの本が発動していないかを観察している者の眼だった。

 そのことに、自分の身を戦闘の場に置くことをしてこなかったサライは気づかないし、気づけない。

 それは殺し合いの場ではあまりにも致命的で。

 そして終わりの時はあっけなくやってきた。

 十分ほどの攻防の末、シヴァは攻撃の手をとめて三度(みたび)、サライと正面から対峙した。


「どうしたんだい? もう一人遊びは終わりかな?」


「そうだな、次で終わりにしよう」


 今回も無視されると思っていたサライは、シヴァから返答があったことにすこしばかり驚いて浮かべていた笑みを崩す。が、それも短い間だけ。すぐに小馬鹿にしたような笑みを浮かべて口を開く。


「それで? 最後にどんな武器を、どんな攻撃を見せてくれるのかな? 君は」


 その質問には答えず、シヴァは無言でPZ5のメニューを操作してソフトを入れ替え、そのゲームでの愛用の武器をサライの顔へと向けた。

 向けられたサライ当人はというと、その見(・)た(・)こ(・)と(・)も(・)な(・)い(・)、珍妙な形をした鈍器らしきモノを見て、苦笑を漏らした。


「なんだいその短い金属の塊は。もしかしてハンマーかな? それとも魔法の杖? どちらにせよ、そんな失敗作染みた武器じゃあ、私は殺せないよ」


 クツクツと嗤(わら)うサライを見て、シヴァは本当に、心底、安堵の息を漏らした。

 てっきり残念がる、もしくは絶望するかと思っていたサライは、シヴァの様子に笑いをおさめて困惑する。

 なぜここで安堵するのか?

 自分に突き付けられている、穴(・)の(・)開(・)い(・)た(・)金属の塊がどうしたというのか。変な形で、変な握り方をしているが、これはどう見ても鈍器の類だろう。それならば自分のパラパラ漫画で跳ね返せる。心配はない。

 この部屋にはありとあらゆる武器に対応したパラパラ漫画があるのだから。心配はない。

 すこしばかりいびつな形であろうとも、その本質(カテゴリー)に当てはまる武器であれば、パラパラ漫画は発動するのだから。心配はない。

 ――なのに、なぜかあの穴を見ていると心がざわつく。すこしばかり恐怖を感じるのはなぜか。

 問題はない。心配もない。だというのに、サライの本能は目の前の鈍器を問題視し、恐怖している。

 なにか自分は、見落としているのではないか。世界中の武器に対応したパラパラ漫画を描いた。漏れはないはずだ。……本当に?

 不意に、サライの本能が語りかけてきた。


 お前が描いたのは『この世界』の武器だけだろう? なら、お前の『前世の世界』の武器は?


 サライは目を見開く。

 そうだ。自分には前世の記憶がある。その世界にも当然、武器があったはずだ。前世の世界にはあって、この世界ではまだ産まれていない武器が。

 サライは朧げな前世の記憶から、目の前の武器に似たモノを思い出そうとしたが――それは果たせなかった。


「これに見覚えがなくて助かったよ、貌無し(ノッコゥト)。来世では自分を殺した『銃』を忘れるなよ? まあ――」


 今度も転生者でいられるかは分からないけどさ。シヴァはそう言って引き金を引いた。破裂音。銃口から放たれたパラベラム弾がサライの眉間に穴をあけ、脳をミンチにした。

 音速で放たれた弾丸の運動エネルギーをもろに受けたサライが勢い良く椅子ごと後ろへとひっくり返る。


 アサルトライフル――M〇A1ライフルによく似たゲームオリジナル銃器、AL4AA(オプション:G320グレネードランチャー)。


 それがサライの命を奪った武器であり、シヴァの切り札。今のシヴァはW(ワールド)G(ギア)Ⅲ仕様。

 サライが持つ前世の記憶が不完全であり、ならば銃器であれば通用するのでは?と思ったシヴァの予想は当たりであった。

 銃弾は当たったものの、生死を確かめていないシヴァは気を抜かずにAL4AAの銃口をサライへと向けたまま、ゆっくりと近づいてゆく。


(やった! はフラグだからな)


 俺は詳しいんだ。

 とばかりに気を張り詰めていたシヴァだったが――

 眼球が内部からの圧力で少しばかり飛び出した状態で死んでいるサライを見てようやく銃口を下ろすと、大きく息を吸って、


「っはあぁぁ~~~~―――…………」


 肺腑にたまった息やら緊張やらを纏めて吐き出したのだった。


「終わったーーーーー…………」


 次に口から出てきたのは気の抜けた言葉。

 その場に座り込みそうになるも、それは思いとどまる。

 D-32ダンジョンの主と戦った時よりも疲れた。流石はチート持ち異世界転生者。

 なんだよパラパラ漫画って。なんだよ描いた内容を世界に反映させる異能って。チートすぎるでしょ!

 と、自分の持つチートは棚上げして盛大に愚痴るシヴァだったが、とりあえず今の状況をどうにかしないといけないよなあ……と部屋の惨状へと目を移す。

 暴れまわった(主にシヴァが)せいでぐちゃぐちゃになった部屋。武器を振り回した(主にシヴァが)せいであちらこちら傷だらけの内装。

 とどめに眉間に穴をあけた死体。

 シヴァはギルドから暗殺者の捕縛、ないし排除の依頼を受けただけだが、知らない第三者から見ればどうだろう。


(……どっからどう見ても暗殺者は俺で、普通に通報モノだよなあ)


 タイミングがいいのか悪いのか、あるいはサライのなんらかの人払いの効果のあったパラパラ漫画の効力が、持ち主の死亡とともに切れたのか、恐らくシヴァの放った銃声を聞きつけたらしき(あるいは他の宿泊客による通報を受けた)ホテルスタッフの慌ただしい足音が複数こちらに向かっているのを、シヴァの身に着けているパワードスーツの集音器が捉えていた。銃声というものを知らなくても結構な音が響いたのだ、確かめにも来るだろう。

 ……さて、どう説明したもんかなあ。

 もう一度室内をぐるり。

 見渡して嘆息。

 そして天井を見上げて愚痴った。


「本っっっっっっっっっっっ当に! 指名依頼ってやつは!! 本っっっっっっっっっっっ当に!!!! めんどいなあ!!!!!!」


 外の雨もシヴァの面倒も、今少し終わる気配はなさそうだ。

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