暗殺者・記憶
序
ライードを謎の能力で暗殺してみせた中年男性――サライには、幼少期のころに唐突に思い出した不思議な記憶があった。
それはとても朧げで、色褪せていて、虫食い穴だらけの記憶。
天に届けといわんばかりの高い建物が規則正しく並び建つ街。馬車の車輪を四つ付けた、二アーツの車両のような形をした乗り物が何十台、何百台と縦横無尽に町中を走り回り。白、黒、黄色味がかった肌の人間が聞いたこともない言葉を交わしている。他にも様々な、明確には思い出せない物事の数々が記憶として記録されている。
記憶の中にあるいずれもが、これまでの人生で見たことも聞いたこともない景色ばかり。
ただしそれは、幼い子供が生み出した妄想でも想像でもなく、確かに存在していたと、自分はその中で暮らし生きていたんだと、サライは確信していた。
それはきっと、前世と呼ばれる記憶。
今の自分ではない、他の誰かだった自己の記憶。
この世界ではない、どこか別の世界の記憶。
それがこの朧気で頼りない記憶の正体だと、サライは思う。
ただその中で、唯一はっきりと覚えているものがあった。
本の最初の頁の角に絵を描き、それをコマ送りのように、少しづつ動かすようにして次々と頁の角に描きこんでいくことで、連続した動きを持つ動画を作り出す技術。
それを前世の世界では『パラパラ漫画』と呼んでいた。
サライはパラパラ漫画を作るのに夢中になった。
いくつも作り、何本もの物語を創作した。
そして気づいた。これがただのパラパラ漫画ではないということに。
きっかけは十歳のころ。母親に頼まれたおつかい。その途中で町の悪ガキどもに絡まれてしまい、お金を取られてしまった。サライ少年は怒った。だが、腕力では勝てない。そこでサライは、怒りの丈をパラパラ漫画にぶつけた。棒人間の〇頭の中に悪ガキどもの名前のイニシャルを書き入れ、漫画の中で自分の影に食べられるという物語を作った。
パラララ、パラララと何度も何度も捲り、その出来栄えに満足するとともに、自分で考えた悪ガキどもの末路に溜飲をさげた。
ただそれだけのハズだった。
だけど翌日。悪ガキどもは忽然と姿を消した。大人たちが懸命に探した末に、狭い路地裏のひとつで夥しいまでの血だまりを発見。石畳だけでなく、両隣の壁まで血に染まっていたという。
それを聞いて、サライ少年は直感した。これは自分がやったのだと。自分が描いたパラパラ漫画の通りになった結果なのだと。自分が思い描いた結末なのだと。
人による殺人か、それとも魔物による捕食かと不安がる両親を残して、サライは自室へと戻るとベッドへと飛び乗り、枕に顔をうずめて笑った。
いい気味だと。
当然の報いだと。
そして――
なんて素晴らしい能力なのかと!
自分の能力(異常)を恐れるでもなく、自分の引き起こした惨劇を嘆くでもなく。
ただただ歓喜した。
この能力はただ描いて楽しむだけではなく、描いた内容をこの世界に反映させることができる愉快な能力なのだ!
素晴らしいかな! ああ、素晴らしいかな!
明日からきっと毎日が楽しくなる。自分にとって最高の世界になる。
邪魔な奴は殺してしまえ。
嫌な奴は消してしまえ。
暴力を向けてくる者は自滅させろ。
自分にはそれができるのだから。人に知られることなく、闇に葬ることができるのだから。
その日、サライ少年は興奮して寝付けなかった。
そしてこの事件は結局、未解決のまま、流れ者の異常者による犯行だとして幕を閉じたのだった。
終
それから幾年月が経ち。
サライは裏の世界では知らぬ者はいない暗殺者となっていた。自分の手を直接汚すことなく他者を殺めることを覚えてしまった少年が、人の道を外してしまったのも道理なのかもしれない。
今日もサライは本の角に絵を描き連ねる。
何枚も、何枚も。
自分の思うままに。
依頼のままに。
依頼主の望む結末を描き続けていく。
その楽しげな表情は、初めてパラパラ漫画を描いた日から三十年以上たった今でも変わらない。
ここから先語られるのは、転移者たるシヴァとは違う、もう一人のチートを持った転生者の、やがて終わりを迎える物語である。




