ダンジョン・報告とお預け
あらすじ
冒険者ギルドの副所長マルクスから、慣れるために近くの迷宮に潜ってねと依頼を受ける。なんやかんやで魔女ベアトリーチェを仲間に迷宮へと足を運び、魔法で敵を蹴散らしながら進んでいったら最下層のボスの間へたどり着いた。戦闘になるも圧勝。ただの軽い探索のつもりが攻略になっていた件。
取りあえず魔法で迷宮を脱出した――ところまでが、前回までのお話です。
1
迷宮の攻略を終えた翌日。
シヴァとベアトリーチェはディンクへと戻ると、その足で冒険者ギルドへと赴き、受付で副所長のマルクスへと面会を申し込んだ。
待つこと数分、すぐさま以前と同じ応接室へと通された。陽が落ちるまでには今少し猶予がある西の空を望める窓を背に、一人の人物が立ち上がる。
「久しぶり……というほど間は空いてないがよく戻ったね、シヴァ殿! そしてベアトリーチェ様。心より歓待させてもらうよ!」
大きく両手を広げ、人好きのする笑顔でシヴァたちを出迎えたのは、このギルドの副所長、マルクスである。
「それでどうしたんだい、こんなに早く戻ってくるなんて。何か問題でもあったのかな?」
彼は二人にソファーを勧めながら訊ね、自身も対面のソファーへと腰を下ろした。
今回の依頼はシヴァにダンジョンに慣れてもらうためのものなので、いつ探索を切り上げるかの判断はシヴァに任せてあったが、それでもたったの数日で戻ってくるというのは、マルクスにして予想外であった。
「……あー、その、なんだ。……どう話したもんかなぁ」
シヴァは迷宮を勢いで攻略したことを、どう報告しようか悩んだ。何せ人類が多大な人命と物資と時間を浪費して、ようやくダンジョンを攻略したという過去の偉業を、それまで以上の深度を誇る迷宮を、ぽっと出の新人冒険者がたったの三日で――しかも実質一人で攻略したのだ。そんなの聞かされても普通ならホラ話と取られてお終いである。であるが、事実だ。そんな馬鹿気た事実を今から報告して、信じてもらわなければならない。
シヴァはベアトリーチェことベアーチェに視線を送る。“代わりに報告してくれない?”対してベアーチェは薄く首を傾げた。“自分でどうぞ? 報告もギルドに籍を置く者のりっぱな務めだわ?”と込めて。それを読んで、ぐぬぬと唸るシヴァ。
何気にこの二人、視線や仕草だけで会話ができるまでに仲が良くなっていた。
歯切れの悪いシヴァに対して「……フム」と顎に手をのせて考え込むマルクス。彼はシヴァが、迷宮に潜ったことでの恐ろしさや理不尽さに気づき、二の足を踏んだことでベアトリーチェにここに戻るよう進言されたのではないかと思い至った。
なにかとぶっ飛んだ成績を残す驚異の冒険者ではあるが、彼はまだ新人なのだ。……成績は本当にぶっとんではいるが。
迷宮は地上とは違う。深く潜れば潜るほどに魔物は強大となり、遭遇の度合いも増える。
地形も広大化、複雑化していく。しかも迷宮に安全地帯などどこにもない。四六時中、魔物を警戒しながらの休憩を強いられるのだ。
また、迷宮内では鉱物は稀に取れるが、人が口にできるものは一切ない。持ち込んだ食料と水がすべてであり、それを上手くやりくりしながら往復しなければならないのだ。
そんな環境に新人が挑む。経験豊富なベアトリーチェが付いているとはいえ、酷というものだろう。だがそれでも、シヴァには迷宮の危険性を身をもって知り、あそこでの探索の仕方、迷宮産モンスターとの効率的な戦闘法、採掘の方法、休息の取り方といった知識を学んでほしかった。
そして何より、仲間を組むことの大切さを知ってほしかった。
このシヴァという男、報告書を見る限り、これまでの依頼の大半を独りで行っているのだ。迷宮の外であれば、ソロでもあまり問題はない。だが、迷宮でのソロは命にかかわる。あそこはソロで探索できるような甘い場所ではない。下手をすれば浅い階層ですら死んでしまう、危険地帯。
だからこそ、単独行動を好むシヴァには早い段階でダンジョンの危険性を身をもって知ってもらい、仲間を見繕ってほしいというのがマルクスの狙いであった。
(とはいえ、ダンジョンに対して過度の恐怖心をもたれるのも困りもの。さてさて、ここは僕が助言して彼の心を軽くしてあげるのが、人生の先達としての役目かな?)
と、マルクス。全くの見当違いなのだが。
彼はゴホンとわざとらしく咳払いをしてシヴァの気を引くと、口を開いた。
「シヴァ殿、迷宮は辛い環境だ」
「え? あ、うん。……うん?」
唐突に話しかけられて、曖昧な返事を返すシヴァ。
「どんなに優秀であろうとも、人一人では乗り越えられない障害や困難も山のようにあるだろう」
(特になかったんだよなぁ)
「それらによって挫折しそうになったり、何もかもが嫌になって放り出そうとするかもしれない」
(それもなかったんだよなあ)
「だから君が心の迷宮をさ迷わないよう、僕からこの言葉を贈ろう――スペシャル、レッスゥン『蟻の思いも天に届く』……弱小な者でも一心に努力して願えば、望みは達せられるという諺だよ」
どうだい? とドヤ顔のマルクスにし、シヴァは「あ、はい」と適当に頷くしかなかった。
そんな二人を見かねたのか、ベアーチェはため息をついてマルクスの思い違いを正そうと口を開いた。
「はぁ……マルクス、あなた勘違いをしているわ?」
「勘違い、ですか?」
「シヴァはね、探索に行き詰まってこの街に帰ってきたんじゃないの。……シヴァ、この先はちゃんと自分の口で言って?」
その言葉に、シヴァは言葉を尽くして説明することを放棄して、シンプルに伝えることにした。
「……攻略した」
「ん? 攻略? 何をだね?」
「迷宮を。D-32ダンジョンの迷宮主を倒して、攻略してきた」
しんと静まり返る応接室。
「は、ハハハハ! 冗談はよしてくれシヴァ殿!」
奇麗に整えた口ひげを震わせながら呵呵大笑するマルクス。迷宮を攻略? この数日で、たったの二人で? 一考するまでもなく、ありえないと切り捨てる。酒の入った冒険者がよく口にする冗談の一つみたいなものだと笑い飛ばす。
が、正面に座る二人は笑わずに、真顔でマルクスを見つめるのみ。マルクスの笑いも次第に小さくなっていく。
「……冗談ですよね? ベアトリーチェ様」
「あなたの言いたいこともわかるわ? でも真実。隣に座る常識外れの冒険者が迷宮主を消し飛ばすという、笑えない冗談のような光景をこの目で見たもの」
ね? と当事者へと水を向ける魔女に、肩をすくめて答えたシヴァ。
「あ、ありえない! 数日っ、たったの数日ですよ!? そうだ証拠は!! 攻略したという証拠を提示できるのですか!?」
立ち上がり、唾を飛ばしながら声を荒げるマルクスに対し、この場で最も立場の高いベアーチェは気を悪くする風でもなく「シヴァ? 出してあげて?」と口にするのみ。
「あいよ――っと」
インベントリから取り出した迷宮主の大鎌と拳大の漆黒の魔石。その二つをテーブルの上へ並べる。
「迷宮主が使っていた武器と、魔石だ」
禍々しい雰囲気をまとう大鎌はともかく。流動する漆黒を内包する魔石を目にした途端、マルクスは呆けたようにソファーへと腰を落とした。
「ま、間違いない……め、迷宮主の……魔石」
2
「すまない。冒険者ギルドの副所長とあろうものが取り乱してしまった」
頭を下げるマルクスの謝罪にシヴァとベアーチェは構わないと流す。二人が本当に気に留めていないようすに胸をなでおろしたマルクスは、今一度テーブル上の魔石に視線を落とした。
「いやはや、まさか迷宮主の魔石をこうも間近で目にする機会が来ようとはね」
魔石内を不規則に流れる漆黒。マルクスが十年以上も前に目にした他の迷宮主の魔石も同じであり、現存する五つの迷宮主の魔石の共通項でもある。それすなわち、シヴァが持ってきた魔石が紛うことなき迷宮主の魔石である証拠にほかならない。
「副所長はこれ以外のを見たことが?」
「あるとも。かなり前だけどね、五つ目のダンジョンが攻略されてからしばらく経って開かれた大陸会議で見たよ」
手に持つことはおろか、近寄ることも許されなかった状況ではあったが。とシヴァに答えるマルクスは、当時のことを思い出す。
今から十八年前、騎士王国『モラン』にて五つ目の迷宮――通称D-48ダンジョンが攻略された。二十年近くかけて資金と資源を集め、最短ルートを割り出し、それをもとに必要な人手を算出して自国・他国から軍をかき集め、全ての国のギルドに依頼を出して人を募った。集まった総数――四万六千。
昼夜問わず敢行された進軍によってD-48ダンジョンは二十日ほどで落ちたが、それによって失われた人名は四万三千余りにものぼる。
それでも人々は喜んだ。危険極まりない隣人が一つ滅んだのだから、悲しみよりも歓喜のほうが勝った。
かくて事後処理等々が済んだのち、騎士王国『モラン』にて迷宮攻略の謝辞と報告を兼ねた大陸会議が大々的に開かれた。そこでお披露目されたのが、迷宮主の魔石だったのだ。
当時、すでに冒険者ギルドの副所長だったマルクスも大臣などと一緒に招かれており、そこで初めて目にしたというわけである。
話を聞いたシヴァは、なるほどと頷いていたが、内心では早く報告を終えてビールが飲みたかった。あと魔石を携えて『夢の園』へと行き、魔石仕掛けの置物を注文したかった。だから早よ終われと思わずにはいられない。
そんなシヴァの心を読んだのか、マルクスが少しばかり語気を強めて言う。
「四万六千。四万六千なのだよっ、シヴァ殿。D-48ダンジョンは多少投入された人員が多かったとはいえ、迷宮の攻略では万を超える人員が導入されるのが常なのに!」
今回はたった二人! しかも聞くにシヴァが実質一人で攻略したというではないか。嘘、ホラ、虚言に妄想。普通であればそう断言できる世迷い言。だけどこうして証拠品を突き付けられれば認めざるを得ない。
マルクスは天井を見上げ、重たい息を吐いた。
「しかし、まぁ……D-32ダンジョンの攻略はなった……か」
経緯はどうあれ、『全迷宮の攻略』という人類の悲願はまた一歩、近づいたのだった。
3
さて、マルクスへの報告も終わったので退室……とはいかなかった。報告書を仕上げなければならないマルクスによる聴取を受けることとなった、シヴァとベアトリーチェ。
とはいえ、全て馬鹿正直に答えるわけにはいかない。シヴァが迷宮内でやらかした行為の数々は、そう易々と口外してよいものではない。というのがベアトリーチェの見解である。
たった二つの魔法で、階層とそこに潜む魔物を完全にマッピング。
超が付くほどの硬度を誇る迷宮の壁を、いともたやすく破壊する魔法と拳。
最後には壁を掘りぬいて即席のキャンプ小屋を造るという、イカレた技術とそれを可能にする工具類。
どれ一つとっても、世の明るみに出ればシヴァを確保するために国が動く。それも自・他国を問わずに、だ。下手をすればシヴァを巡って戦争が起こる。
一人で六十階層以上の迷宮を数日で攻略できるというのは、そういうことだ。
だからこそ、詳しい説明はできない。それはシヴァもわかっているはずだと、ベアーチェは青年を見る。見たはいいが……のほほんとしていた。どこまでものんきな顔で、出された紅茶をおいしそうに飲んでいる。これは駄目だ。分かっていないっぽい。
ベアーチェは口を〰〰にしながら眉間を抑えた。そういえばこういう男だったと。自分の非常識さを何一つ自覚していない鈍感野郎であったと思い出した。ここで自分が口出ししなければ、この男は問われたことに対して全てバカ正直に答えかねない。ベアーチェは眉間を揉みながら、聴取には主に自分が答えようと決心した瞬間であった。
4
その後、聴取は2時間ほどで終了。先ほどの宣言通りベアーチェ主導で行われたやり取りは、シヴァの特異な点をひた隠しにしつつも無難な内容に収められていた。その中身は、ただひたすらシヴァの殺傷力の高い魔法と、彼の卓越した剣術の力業による強行軍で踏破したといった物である。
あながち間違いではないものの、話の端々で多少の粗が出てしまったのは致し方無い。
例えば休憩の取り方。例えば短時間による複雑怪奇な迷路の突破方法。前者は交代制による見張り、後者は単純に運としらみつぶしに歩き回ったと答えた。これにはマルクスも不審を覚えたのか、眉をひそめた。
が、それ以上の追及はなし。というのも、主に答えているのが世界トップクラスの魔術師たるベアーチェなので波風を立てたくはないことと、冒険者が手の内を隠すのは暗黙の了解として黙認してきたので仕方ないという二点が冒険者ギルド側にあったからだ。
ともあれ、これで聴取は何事もなくおわるはずであった。
「ベアトリーチェ様、シヴァ殿。長い時間お付き合いいただき感謝の限り。これで聴取は終わりとなります――ああ、シヴァ殿。悪いけど魔石と大鎌はこちらで回収させてもらうよ」
このマルクスの一言がなければ。
「え゛っ!? か、回収!? 回収するのか!?」
今まさに魔石と大鎌をインベントリに仕舞おうとしていたシヴァは、マルクスの言葉に手をとめて訊ねる。
鬼気迫る彼の物言いにマルクスはたじろぐも、言い方が悪かったかと思い立ち、シヴァを安心させるように微笑む。
「何、心配はいらないよ、何も奪おうという話ではない。破格の値段で買い取らせてもらうとも」
ニッコリ笑顔の副所長の言葉に、シヴァは内心で頭を掻きむしりながら、お金なんてどうでもいいんだよ!と叫ぶ。シヴァからすれば、魔石を回収されると困るのだ。これがなければ、シヴァの望む魔石仕掛けの置物が作れない。何せシヴァが作ろうとしているのは、生活用機能を全部積みのオーダーメイド品であるからして、魔石も中位ないし上位の魔物から取れる質の高い魔石でなければならない。シヴァの実力をもってすれば上位の魔物であろうと瞬殺できるが、残念ながらこの地方には上位どころか中位の魔物ですらほぼ居ないのだ。そんな折に手に入れた、上位の魔物すら霞むこと間違いなしな迷宮主の魔石。当然、魔石の質も最上級のはず。
それをギルドは金を払うから手放せという。シヴァにも都合がある以上、到底受け入れられる話ではない。
ギルドが何に使うか分からないが、これまでの話から推測するに、各国へのダンジョン攻略の証明として使うのだろう。
で、あればと口を開く。
「金は要らないから一時的に貸す、というのはどうだ?」
攻略の証明として使うのであれば、目的を終えればお役御免となるはず。だからこその妥協案。しかしこの妥協案は即切って捨てられる。
「ノンノン。それはできない。迷宮主の魔石はダンジョン攻略の証であると同時に研究対象でもあるのだよ、シヴァ殿」
魔石の中を流動する漆黒など、他の魔物から取れるどの魔石にも見られない現象であると同時に、余りにも内包する魔力が多大なために『魔工』への転用ができていない。そういった事を研究するために強制的に買い取るという。
それを聞いて「ぐぬぬ」と唸るシヴァ。それを見て「値段の交渉にはできうる限り応えるよ?」とシヴァが渋るのは取引交渉だと勘違いするマルクス。すれ違っている二人の会話を傍から見ていたベアーチェは、ため息をついて口をはさむ。
「シヴァ? 魔石を手放したくないみたいだけど、何か理由があって?」
大抵の冒険者にとって魔石は換金素材いじょうの価値はない。だからこそ、マルクスはシヴァが渋るのは少しでも買取金額を上げるためだと思っていたのだが、ベアーチェはそれ以外の理由があるのではという。信じがたい思いでシヴァを見やる。すると彼は頷いたではないか。
魔工技師でもない冒険者が魔石を売るのではなく、欲しがる。その理由とはなにか。シヴァ以外の冒険者であれば記念として取っておくか、ギルド以外へ売るためかと思えるが、迷宮を独りで攻略してしまうような実力者が言ったとなれば邪推してしまう。何に使うのか。もしや彼は魔工の技術も持ち合わせているのか。仮にそうだとしても、今のマルクスであれば信じてしまうかもしれない。そしてまた、ベアーチェもシヴァの魔石の使い道が気になった。
「……その理由とやらを聞いても?」
「この魔石で魔石仕掛けの置物を作りたいのだ、俺は」
「「………………は?」」
ベアーチェとマルクスの、間の抜けた声が重なった。聞き間違いだろうか? なんかスタチューが作りたいと聞こえたような? 二人の心中も重なった。
「だから、魔石仕掛けの置物が作りたいと言ったんだ!」
もう一度シヴァが言う。聞き間違いじゃなかった。迷宮主の魔石を手放したくない理由がスタチュー制作に用いるためときた。あんな補助的魔道具のために? 本気か? いや待て。この歩く非常識な男のことだ、もしかしたら自作による既製品とは一線を画した物だという可能性も……え、オーダーメイド? 自分で作るのではなく? ……お店に頼む? 本気の本気で言ってるの? ……問答の結果、どうやら本気のようだ。
本気でシヴァが魔石仕掛けの置物の核にしたいらしいと確信した副所長とディンクの魔女は、深い、とても深くて長い溜息を吐いた。
「……シヴァ、あなたってなんて残念な子なの?」
「なぜかすごい憐れみの眼を向けられているような気がするんだが……」
「それはきっと気のせいではないと思うよ、シヴァ殿。かくいう僕もベアトリーチェ様と同じ気持ちだからね」
マルクスがこれ見よがしにため息をついてみせると、シヴァは「あんたもか」と落ち込んだ。
そも、なぜスタチューなのか。既製品では駄目なのか。オーダーメイドにしてもシヴァの稼ぎであれば、たいていの物は購入できるはずで。疑問に思った二人はとりあえずシヴァにそのことを訊ねた。
すると、自分が欲しいのは生活機能を全積みした物だという。確かにそれであれば、それなりの質をした魔石が必要となる。事実、オーダーメイドを頼む予定の店主にも言われたらしい。
……ただ、だからといって迷宮主の魔石ではオーバースペックにすぎる。生活機能どころか戦闘機能をすべて積み込んでもまだまだ余りあるはずだ。そも、迷宮主の魔石を魔工に転用する術はまだ確立していないのだが。
そのことをシヴァに伝えると、最初目を見開き、次いで魂が抜けたように口を大きく開けて呆けてしまった。
それを見たベアーチェは流石に可哀想に思え、マルクスを見やる。どうにかしろと意味を込めて。魔女の圧力を受けた哀れな副所長は背中に大量の冷や汗を流しながら口を開く。
「ま、まあシヴァ殿の言い分はわかった。そこでどうだろう、迷宮主の魔石の買い取りとは別に、こちらでシヴァ殿の要望にかなう魔石を報酬として用意するというのは」
ダンジョン攻略の立役者だ。このくらいの便宜を図るのは当然だろう。
魂の抜け殻と化していたシヴァが再起動する。
「……それで俺が望むスタチューが作れる?」
「できるだろう。もし無理であれば、無論、取り換えさせてもらうとも」
それを聞いたシヴァは表情を明るくさせ、深々とマルクスへ頭を下げた。
「すまないが、それで頼む」
「うむ、取引完了だね。それと悪いけれど、魔石を渡せるのに一月はかかるかもしれないが良いかい? 何せここら変だと上質な魔石は出ないからね。どうしても取り寄せるのに時間がかかるんだ。……構わない? ありがとう、感謝する」
シヴァのスタチュー制作のお預けが決定した瞬間だったが、仕方ないと諦めて、もう一度よろしく頼むと頭を下げた。マルクスは朗らかに頷く。シヴァの隣で聞いていたベアーチェもこの結果にニッコリだ。それを見てさらにマルクスは安堵の息を漏らした。
(……いやはや、まさかご自身の研究以外に興味を示さないベアトリーチェ様がこうも他人を慮るとはね)
驚天動地とはこのことか。とマルクス。この短い間に二人の間に何があったのか? 気になるマルクスではあったが藪をつつくわけにもいくまいと自制する。つついて出てくるのはきっと蛇ではなく、竜の類であろうから。
5
これで今度こそ諸々の話は終わりだ。シヴァとベアーチェを見送ったマルクスは、自分の執務室へと戻り、重厚な造りの机上へと迷宮主の魔石を置き、大鎌は机の横へと立てかけた。
椅子に腰を下ろしたマルクスは、机の上で禍々しい模様を描く魔石を眺めながらこれからのことを考え、思考の坩堝へと落ちていく。
(さて、先ほど聞いた話。どう所長に説明したものか。ありのまま話すか? あり得ない。内容に関しては魔石と大鎌をみせれば納得するだろう。だけれどそれ以上に、あの愚昧な男のことだ。コレも、シヴァ殿も、自身の政治的野心に利用しようとするに違いない)
あれはそういう男だとマルクスは唾棄する。
そもそもの話、冒険者ギルドの副所長(ナンバー2)でしかないマルクスがこうも権限をふるっているのは、所長が役に立たないからだ。というよりも、所長がギルドに来ることは滅多にない。そんな人間がギルドのトップに長年居られるのは、評議員の都合によるものだ。いつかは評議会委員にと夢見る所長は、議員たちへと挨拶回りに余念がない。表に出せないお金に贈り物。あれだけ貢いでも悲しいかな、所長が議員になれることはないだろう。議員らにとって所長は体のよい財布でしかなく、自分たちの政党から擁立させるつもりがないからだ。仮に擁立させたとしても、人望も実績もない人間に誰が投票するというのか。つまりはそういうことであり、かといって邪険に扱うことで挨拶回りという名の賄賂を渡しに来なくなっても困るので、冒険者ギルドの所長という席を用意してあげているわけである。そんな人間だからこそ、他ギルドもこちらの所長をいないものとして扱い、何か用があればマルクスに繋ぐ。つまりは、実質マルクスこそがここのトップであった。
(まあ、所長には事後承諾でも構わないでしょう。他ギルドの所長たちにはまず他言無用で伝えるとしましょう。シヴァ殿の行いを知れば納得してもらえるはず。その後で評議会へと報告。……これが一番厄介だなぁ)
評議会――市民の投票で選ばれた議員たちが運営する政治の中枢。投票で選ばれたというものの、企業の組織票ないし後援会で選ばれた起業家や、親の自力を受け継いだ2世、3世議員たちが大半であり、まともな政治家は数少なく。保身や野心、既得権益の確保・拡充に腐心する政治屋どもが大勢、蔓延るのが評議会という場所だ。
そこに、単独での迷宮攻略などという餌をぶら下げて参上すれば酷いことになること請け合いだろう。そうならないように、彼らお得意の隠蔽と改竄を、こちらがさせて貰う。これには他ギルドにも協力を求めることになるが、まあ問題ないだろうとマルクスは睨んでいる。評議員たちの腐敗ぶりに呆れ、腹を立てているのは冒険者ギルドだけではないのだから。
もし真相にたどり着きそうな議員がいれば、その耳元で腹黒い過去を囁いてやれば黙るだろう。具体的に言えばうちの所長から受け取った賄賂の数々を値段まで詳細に語ればよい。こういう時のために、こちらも所長を野放しにしているのだから。
(さて、やることは山積み。思うことは盛り沢山。だけど一つづつ着実に片づけていこうか。自分へのレッスン、『遠くに見える山もいつかは辿り着く』。僕の言葉だけど、やっぱ僕って良いこと言うなあ)
マルクスは自己満足しながら机の上に置いていた迷宮主の魔石を金庫へと納め、しっかりと鍵をかけたのち、書類作成へと取り掛かったのだった。
第30話・了
第31話 暗殺者に続く




