ダンジョン・ボス戦
1
そこは、さほど広くはない部屋であった。
天井までの高さは三メートルほど。横十メートル、奥行き二十メートルといったところか。
青白く発光した壁のお陰で暗くは無いが、その壁などがおかしい。
まるでささくれのように、魚の小骨のように、斜めに屹立した小さな棘が、壁や天井、床にまで何列も並んで生えていた。
ここで転倒でもすれば、大惨事になるだろう。そのくらいの鋭さはありそうだ。
「ベアーチェ、入る前に『浮遊の指輪』を――」
「もうしているわ?」
さすが。と感心するシヴァに、ベアーチェが「君は指輪をしないの?」と訊ねてきたが、彼はそれに答えることなく、足を踏み出した。
すると、床の棘はシヴァの脚を傷つけること叶わず、逆に砕け散った。
「ふむ、どうやらこの鎧の方が硬いらしい」
「……そのようね」
鎧の頑強さもそうだが、仮に鎧を着けていなくとも、カンストしたステータスを持つシヴァであれば素足でも余裕であっただろう。
シヴァの目茶苦茶ぶりに深いため息を吐くベアーチェの手をとり、室内を進む。
三分の一ほど進んだところで、何者かの声が聞こえてきた。
『ほぅ、ここまで訪れることができる者がいようとはな……』
ガラスを引っ掻いたような不快な声に、ベアーチェが眉を顰めながらも声の出所を探そうと視線をあたりに彷徨わせる。が、見当がつかなかった。
『我の計算では、あと百年は来れぬと思っていたが……いや、結構結構』
声に笑う気配が混じると、部屋の中央の空間にポッカリと穴が開いたかのような黒い球が現れ、蠢いた。
空中で蠢くソレは、やがてローブを纏った人型へと変貌を遂げた。
漆黒のローブから覗く腕はどこまでも白く、どこまでも細い。まるで皮と骨しかないようだ。
骨ばった拳に握られるは漆黒の刃を持つ大きな鎌である。
目深に被ったフードの奥からシヴァたちを射抜く目は燦燦と燃える炎を宿し、瞳の炎によって照らし出された顔もまた、腕と同じく病的なまでに白く、筋肉という筋肉が削げ落ちたかのように、皮膚が骨に張り付いていた。
その姿を一言で形容するのであれば――死神。
死、そのものであった。
宙に浮かぶ死神が、シヴァとベアーチェを見つめる。
「っ!」
目が合った瞬間、ベアーチェは言い知れぬ恐怖に心臓を鷲掴みにされる錯覚を覚えた。
そして次の瞬間、まるで静電気に弾かれたような音とともに体がビクリと跳ねた。
『ほう、我が魔眼に抵抗して見せるか、女』
死神が愉快そうにベアーチェを見やる。
「魔眼?」
死神に見つめられ、がくがくと膝が震え、ガチガチと歯が噛みあわない。気を抜けば失神しそうな中、それでもベアーチェは気丈に訊ね返した。
相手は会話が通じる魔物であり、迷宮主なのだ。少しでも情報は持って帰りたい。この情報は、人類にとって貴重な益となるはずだから。
『その通りだ。我が魔眼は気の弱い生物であれば死に至らしめ、それを回避できても気力が萎える呪いが篭もっておる。女、今のお前がそれよ』
なるほど、ベアーチェの体が竦んでいるのはそのせいか。とシヴァは納得した。
ちなみに、ベアーチェが死神の魔眼に抵抗できたのは、事前にシヴァが渡していた『女神の腕輪』のお陰であった。このアクセサリーは、即死効果のある攻撃を防いでくれる。
ただ、本人が感じる恐怖までもは防ぎようがないが。
それでも、念のために『女神の腕輪』を渡しておいて良かったと胸を撫で下ろすシヴァ。仮に死亡したとしてもアイテムで蘇生させることができるとはいえ、死なないに越したことはない。
『だが、気になるのは男のほうよな。我が魔眼に抵抗したふうでもないのに、死んでないどころか萎縮している様子もない』
それはそうだろう。シヴァは鼻を鳴らす。一応、シヴァも『女神の腕輪』を装備しているが、そもそもレベルやステータスがカンストしているのだから、恐らく格下であろう敵の即死攻撃など通じるはずもない。
EFⅩⅥでは、レベル差やパラメータの値の差が著しい場合、敵の即死攻撃などはキャンセル扱いにされる。だからこそ、死神の魔眼の呪いを受けたはずのシヴァには、ベアーチェと違って『抵抗』したことを示す現象が起きなかったのである。
(つまり、コイツは俺より弱いってことだな)
即死攻撃が通じないことから確定だろうが、念を入れて敵のステータスを確認しようと、シヴァは口の中で『コンフィグ』を唱えた。
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種族:死霊
職業:D-32迷宮主
Lv:320
HP:2200/2200 MP:30000/30000
筋力 :100 体力:250
精神力:5000 魔力:5000
敏捷性:300 器用:1000
運 :100 直感:100
知識 :4000 話術:100
【ユニークスキル】
死の魔眼/物理攻撃無効
聖魔法以外の魔法無効
【称号】
死の王
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(レベル三二〇か……想定してたより高いけど、それでも弱いことに変わりはないな。ユニークスキルもけっこう面倒なの持ってるけど、聖魔法以外ってあるから弱点丸分かりだし……なんだかなあ)
全てのジョブスキルを習得しているシヴァは、当然のごとく聖魔法も扱える。
たとえ聖魔法を持っていなくとも、シヴァが腰に下げている魔剣ダインスレフには防御スキル無効が付いているので、敵が物理攻撃無効だろうとダメージを与えることはできる。
どころか、レベル差を考えれば一撃加えただけで終わるだろう。
(結論、やっぱ敵じゃない)
シヴァがそう結論付けていると、迷宮主が鼻を鳴らした。どうやら向こうも結論がでたらしい。
『ふむ、なかなかに興味深いが……どうせ喰らうのだ、我が魔眼が通じなかったことなど些細なことよな』
「喰らう、ねえ。まだ戦ってもいないのに随分と余裕だな、死神さん?」
『ふはっ! たかが我が魔眼に抵抗しただけで気を大きくするものだな、弱き者よ。貴様らなど所詮は我らが母が住まう場所へ至るまでの食料にしか過ぎぬと言うのに』
「我らが母? あなたたち迷宮を産み出した者がいるのね?」
『当然だ、女。我ら、というよりは我らの根幹となった迷宮を産み出した者、だな。我らは根幹から根分けした存在だが……まあよい』
根幹となった迷宮の存在、そこから根分けして産まれたのが、それ以外の迷宮。気になる単語が出てきたが、今は続きを聞くことが優先だとベアーチェは耳を傾ける。
『根幹となった迷宮は遥か遠い昔に母によって大地に産み落とされ、遥か遠い昔に忘れ去られてしまった。だからこそ我らは帰るのだ。母が住まう場所へ。大地の底へと。そここそが我らの故郷であり、それこそ我らが悲願であり生きる目的でもある。その活動力として――』
「俺らを喰らうってか」
『ハハハ! 物分りが良いではないか、男よ!』
「そりゃどうも。だからって、黙って喰われてやるほどには物分りは良くないがな」
『ではどうする? 我と戦うか、弱き者たちよ。それも良いだろうが、どうせ絶望するだけだ。食料は食料らしく、ただ黙って喰われるほうがらしいというものだ』
「心に響かないご高説をどうも。あんた、迷宮の主にしてはお喋りが好きなんだな? 食事中の会話は行儀が悪いってママに教わらなかったのか?」
『……良くぞ言ったな、男。礼としてその傲慢なる心に絶望を刻み、百年の苦しみをもって消化してやるから感謝するがよい』
「ハッ、その言葉そっくり返してやるから覚悟しろ」
売り言葉に買い言葉。
誰もが恐れる迷宮の主相手に一歩も引かないどころか挑発してみせるシヴァの表情は、どこか怒っているようにベアーチェには見えた。
実際、シヴァは怒っていた。結果的に『女神の腕輪』のお陰で事なきを得たとはいえ、それがなければ彼女は死んでいたのだ。身内と認めた人間にはことさら甘くなるのがシヴァと言う人間である。ベアーチェが害されそうになったとあれば、彼の心情は穏やかなものではない。
付いてくると決めたのは彼女自身であるし、それを認めたのはシヴァ自身なのだが、そんなお利巧なことは知ったことではない。人は自分の事が関わると、どこまでも身勝手になれるのだから。
『抜かせ、弱き者よ――ファイア』
無詠唱で紡がれた魔法。
迷宮主の手から放たれた炎の塊がシヴァを直撃し、たちまちに彼を覆いつくした。
「シヴァ!!」
悲鳴をあげるベアーチェだったが、
「つまらん」
『ぬぅっ!?』
シヴァは腕を一振り、炎を払ってのけた。これには迷宮主も驚愕の声を漏らす。
張り詰める空気の中、シヴァがゆっくりと口を開いた。
「一分だ」
『……何?』
「一分くれてやる。その間、俺はお前に一切攻撃を加えない」
『正気か、男。……いや、我に時間を与えるなど到底正気とは思えないが、一応聞いてやろう』
「ただのハンデさ、弱っちぃお前に対してな」
だから、
「一分で俺を殺してみせろよ、迷宮主?」
『…………』
対して、迷宮主は無言。だが、その眼窩に燃える炎は怒りに染まっているのは明白。
それを承知の上で、さらにシヴァは挑発を重ねる。
「まだハンデが足りなくて俺が恐いか? ならこれでどうだ」
言って、シヴァはあろうことか、自分の装備を全て解除した。
武器が、
鎧が、
各種アクセサリーが、一瞬にして消えうせる。
今やシヴァが身につけているのは鎧の下に着込んでいた洋服のみ。上質な素材でできているものの、一切の防御力も何の支援効果も付加されていない、正真正銘ただの服だ。足下に至っては裸足だ。
「これ以上はレディーがいるから脱げんぞ?」
不敵なまでの上から目線。
どこまでも舐めた態度のシヴァに、ついに迷宮主が切れた。
『どこまでも我を侮辱するか、男!』
空中を滑るようにして襲い掛かってくる迷宮主。その動きは……速い!
彼我の距離を一瞬にして殺し、手にした大鎌を振り下ろす! が、シヴァの動きはさらに上をいった。棘だらけの床を裸足で蹴って粉砕しながら、大鎌の一撃を躱す。
『こしゃくな!』
迷宮主が大鎌を横薙ぎに振るい、それをシヴァが身を屈めてまたも躱す。間髪いれずに大鎌の追撃――躱す。躱す。躱す!
『おのれちょこまかと!』
大鎌の猛撃の合間に魔法が加わる。が、シヴァはそれを素手で殴り飛ばして霧散させていく。
『もらったわ!』
着地の瞬間を狙って払われた大鎌の一撃。それをシヴァは素の腕で受け止めてみせたではないか。
『なっ!?』
迷宮主の一撃は決して軽いものではない。その証拠に、受け止めたシヴァの足元の床は軽く陥没していた。
そんな一撃をあろうことか、なんの防具も装備していない腕で、それも無傷で受け止めたのだ。
なんという非常識。
だが、それもさもありなん。
レベルもステータスもカンストしているシヴァにとっては、迷宮主の攻撃はぬるすぎるのだ。
防具やアクセサリーを一切装備せず、スキルさえも使わずに余裕であしらえる程に、ぬるい。
「――あと三十秒。どうした、止まっている暇はないはずだぞ? 迷宮の主」
『が、ガアアアアアア!!!!』
鎌を振り下ろし、シヴァが跳んで躱したのを見計らって、迷宮主は次の攻撃へと移る。
ただし、目標はシヴァではなくベアーチェであった。
『女を放っていたことを後悔するが良いぞ、男! ――サンダー!』
カカッと哄笑しながら指から雷を放つ迷宮主。音を超える速さでもって迫るソレに対しベアーチェは、
(これは死んだわね)
自らの魔力壁を上回る威力と見抜き、死を悟った次の瞬間――魔法の雷は目に見えぬ障壁によって阻まれた。
無論、ベアーチェが展開した障壁ではない。そも、迷宮主の魔法を防げるような障壁を彼女は張れない。
では誰が? 答えは決まっている。
「誰が仲間を放ってるって? ちゃんと対策はしてたさ、失礼なヤツだ」
シヴァだ。彼がいつの間にか張っていた障壁のお陰でベアーチェは命拾いしたのだった。
だが、いつの間に張っていたのだろうか?
『貴様、いつの間に障壁を……』
「あんたの攻撃を躱しながら」
『なっ!?』
絶句する魔女と迷宮主。
(あの猛撃を躱しながら並行して魔法を行使してたというの!?)
魔法とは、その場に留まって行使するのが基本である。物理攻撃と魔法を両用する『魔法戦士』は存在するものの、やはり魔法を使うときは足を止めて行うのが一般的。
攻撃や回避と平行して魔法を行使できる者は、限りなく少ない。
だからこその驚愕。まあ、シヴァの場合は魔法を選択した後は発動まで自動で行われるのだが。
「……一分。時間切れだな、迷宮主」
PZ5のホームメニューで時間を確認したシヴァが言い渡す。
「ここからは俺のターンだ」
それは死刑宣告であった。
2
『フン! 身のこなしや魔法が扱えるところを見るに男、貴様は魔法戦士だな? だが、生憎とそれは我とは相性が悪いと知れ。何せ我にはそのどちらも効かぬのだか――』
「『セイント』」
迷宮主の口上に被せるように、シヴァが魔法を唱える。途端、迷宮主の足下から神々しい光が立ち上った。
『グガアアアアアアッッッ!!!???』
立ち昇る光に貫かれ、激しく体を揺さぶられる迷宮主。慌てて光から逃れるも、光を浴びた箇所から煙が上がっているのを見れば、ダメージを負ったのは一目瞭然である。
光の正体は聖属性の下級魔法である。
それでもレベルがカンストしているシヴァの魔法を喰らって倒れなかったのは、流石はレベル三〇〇台のボスといったところか。
それでも体力の四分の一ほどを失っていたが。
「お前に物理攻撃や殆どの魔法が効かないのは知ってるよ。だけどな、同時に弱点も知ってるんだよ。ブヮーカが!」
『バ、馬鹿な! どうして魔法戦士の貴様が聖魔法を扱えるのだ!? それは聖職者だけが扱えるものだぞ!?』
「頑張ったからな! トータルプレイ時間千オーバー舐めんなよ!?」
EFⅩⅥにおいて、魔法やスキルはジョブごとに異なる。そしてジョブのスキルや魔法を全て覚えると、ジョブマスターとなり、他のジョブに転職しても引き継ぎされる仕組みとなっている。
そして全てのジョブをマスターにすることで解放されるのが、主人公専用ジョブ、『勇者』だ。
シヴァのジョブは当然、勇者であるからして、聖魔法も問題なく扱える。
ちなみに、この勇者のジョブを解放するのに掛かる時間は、平均で五〇〇時間ほど。シヴァも大体そのくらい掛かった。
シヴァが聖魔法を扱える経緯や余談はさておき、魔法戦士と思われているシヴァが、聖職者のみが扱える聖魔法を使えるという事実はこの世界においてどう映るのだろうか。
答えは――異常である。
聖とその他の属性は相容れない。それが世界の常識だ。人や亜人、魔物に至るまで、それは不可侵であり絶対だ。
だからこそ、ベアーチェだけでなく迷宮主ですらシヴァの放った言葉に唖然としている。
頑張ったからどうとなるものでもない。
世界の常識を宇宙の彼方に放り投げたような非常識にして異常。
『バ、馬鹿か貴様! そんな、そんな莫迦げた理由で貴様は常識を超えたというのかっ、男!!』
迷宮主の怒声には、確かな怯えや恐怖が含まれていた。
「知るか! できるもんはできるんだよ! お前こそ馬鹿か!」
子供じみた罵りあいに、ベアーチェは目眩を覚えたが、シヴァの非常識さは止まらない。
「『トリプル』! 『ダブル』『ダブル』『ダブル』!」
トリプル及びダブル――シヴァが今しがた使ったのは、言うまでもなくEFⅩⅥの魔法である。効果は魔法名から分かるとおり、複数の魔法を同時に発動させる魔法である。
トリプルであれば三つ。ダブルであれば二つ。
この魔法であれば、発動までに掛かる時間が異なる魔法でも、ノータイムで同時発動できる優れもの。
ただし、この二つの魔法、使い勝手が良すぎる故に、一回の戦闘で使える回数は決まっている。
トリプルは一回。ダブルは三回まで。
EFⅩⅥでは、トリプルにダブルを三回掛けで使うのがセオリーとなっている。これであれば上級魔法だろうと究極魔法だろうと六個、同時発動できるからだ。
下級聖魔法の『セイント』でも迷宮主の体力を四分の一ほど奪えるのだから、これは明らかに過剰攻撃である。
だが、仲間を傷つけられそうになったシヴァは、そのくらいしなければ気が済まない。
だから遠慮なくぶっ放す。ただそれだけの憂さ晴らし。
使うは死霊系の魔物に絶大な威力を持つ聖属性の上級魔法、六連発。
「『ホーリー』×6!!」
部屋全体に虹色の光が六度、爆発した。
音は消えうせ、ただただ虹色の光が室内の全てを飲み込んで、蹂躙していく。
とはいえ、『ホーリー』そのものに破壊力はない。聖魔法の特徴は、闇に生きる者にしか効かないということだ。
『――――――――――!!!!!!!!』
その闇に生きる迷宮主が、虹色の光によって断末魔ごと浄化されていく。
荒れ狂う虹の光が収まった時、迷宮主が浮かんでいた場所には、大鎌と拳大の魔石が一つ、転がっていた。
「ぃよっし!」
「……………………はぁ」
勝鬨をあげるシヴァを見ながら、ベアーチェは深い、とても深い息を漏らした。それから、疲れたように声を漏らした。
「本当に一人で勝ってしまったのね、君は」
あの様子ではこれまでどうよう、自分がどのような偉業を達成したか理解できていないだろう。
六〇階以上の階層を持つダンジョンの単独制覇。
これが命を掛けた一進一退の攻防の末の辛勝ならば、ベアーチェも辛うじて納得できたのかもしれない。
だが実際には、一方的な暴虐でしかなかった。しかも最初のシヴァが与えた一分を除けば実質数十秒、無傷での勝利である。
さらに付け加えるのならば、シヴァはなんら武器も防具も靴すら身につけていないという馬鹿げた生で立ち。
もっと言えば相手の魔法を素手でかき消し、腕で刃物を受け止めるという人間離れした身体能力。
極めつけは恐らく上級魔法だと思われるオリジナルの聖魔法を六発同時展開という、この世界の魔術理論を鼻で笑うような魔法の数々。
もはやどこから突っ込めば良いのか分からない。
(こんな話、誰が信じるのかしらね)
実際に見ていたベアーチェですら現実味がないのだから、聞けば誰もが鼻で笑うだろう。
それでも報告はしなければならないという事実。ベアーチェの気を重くするのに十分であった。
ベアーチェはもう一度、深いため息を漏らす。
ともあれ、攻略は成ったのだ。
七月下旬の某日。
こうして、人類が三二番目に発見した迷宮――通称『D-32ダンジョン』は、一人の冒険者によって人知れず攻略されたのであった。




