ダンジョン・辿りついた先
序
そこは、広大な広間であった。
視界を遮るような障害物はなにもなく。先を見通せぬほどの広大な空間があるだけ。
視界を遮るものはないが、視界を妨げるものはある。暗闇だ。どこまでも続く、どこまでも深い暗闇。それが広大な空間にわだかまっていた。
そんなただっ広い空間に人影が二つ。
佇んでいるのは蒼を基調とした鎧を身につける男の戦士と、ローブに身を包んだ魔女であった。
二人の頭上には光球が一つ浮かび、周囲ほどを照らし出していた。
とはいえ、こうも広大な空間である。光球一つで全てを照らし出せるはずもなく、光の球が照らし出せるのはせいぜいが五メートルほど。
暗闇を円く切り取った空間には、二人の男女以外には何も無い。あるのは黒光りする地面のみ。
ふと、戦士が頭上を仰ぐ。それにならって、魔女のほうも顔を上げた。
そこには暗闇しかないが、その先には天井があるはずだ。
……いや、正確にいえば、円くくり抜かれた天井が、である。
厚さ数メートルはあろうかという天井が、くりぬかれているのだ。
自然にできた穴ではない。人の手によって、そのように破壊された結果なのだ。
二人の男女は、その穴から降りてきた冒険者であった。
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床をぶち抜きながら進んでいると、気が付けば六三階層まで降りてきていた。
そしてこの階層こそが、『D-32ダンジョン』の最下層でもある。これ以上は下の階が存在しないことは、視界右上に浮かぶマップを見ればシヴァには一目瞭然であった。
なんせこの階層には下層に続く坂道はなく、あるのは正面にある扉だけ。
しかも、扉の向こうの部屋は、ボスがいることを示す色で表示されていた。
つまりは、あの扉の向こうはボス部屋ということだ。
そのことを説明すると、ベアーチェは愕然となった。
「……うそ……」
何の支援もなく、単独での主がいる階層への到達。
そも、今回はダンジョンに慣れていないシヴァを慣れさせるという名目の元、彼の魔法をみることが目的だったはず。
(それがどうしてこうなったのかしらね?)
もちろん理由は分かっている。
あっさりと階層抜きをしていくシヴァの魔法を観察するのが楽しすぎて、調子に乗りすぎたのだ。
それで最下層まで来れるというのもどうかと思うが。今はそんなことはどうでもいい。
ベアーチェが気にしなくてはならないのは、シヴァの様子である。
といっても、最下層まで来て萎縮しているとかでは断じてない。
むしろ逆である。
今にもあの扉を開けんばかりに生き生きとしているではないか。
(意味が分からないわ)
迷宮主に単独で挑む。
こんな馬鹿げた話はない。
これまでに攻略された五つのダンジョンをとってみても、いずれも五千人以上が攻略のために動員され、その大半が主への戦闘に投入されたのだ。
結果、なんとか討伐はできたものの、主との戦闘で生き残ったのは、僅か数十人ほどである。
たった数百分の一の人間しか生きて帰れなかったのである。
凄まじいまでの生還率の低さ。
迷宮の主とはそれほどまでに恐ろしい存在であるにもかかわらず、シヴァは行こうとしている。しかも嬉々として。
無茶とか無謀とかの次元ではない。ただの阿呆で馬鹿でしかない愚行。いや、もっと質が悪い。
それがこの世界の住人たるベアーチェの、シヴァに対する感想であった。
そんなベアーチェの思いなど露知らず、シヴァはさっさと覚悟を決めて言った。
「よし、行くか!」
「ちょっと待ちなさいこの馬鹿」
「いきなり馬鹿呼ばわり!?」
突然の失礼な物言いに、足を出しかけていたシヴァの動きが止まる。
「馬鹿がいやなら阿呆でも間抜けでも良いのだけど。それともトンマや痴れ者と呼ばれるほうがお好きかしら?」
止まらぬ悪口雑言。これにはシヴァも溜まったものではなく、降参とばかりに待ったをかけた。
「待て待て。どうやら俺がなにか気に触れることをしたらしいが、生憎お前の何に触れたのかがとんと分からん。説明してくると嬉しいのだが?」
「説明も何も、迷宮の主に支援も無しに挑もうだなんて人、聞いたことも見たこともないわ?」
「聞くも見るも何も、挑もうとしている男が今もって目の前にいるじゃないか」
「ええ、とんだ愚か者がね」
どこまでも冷たい目で見てくるベアーチェに、シヴァは肩を竦めた。
「俺だって勝機がないわけじゃないさ」
「君にないのは正気だものね?」
「誰がうまい事を言えと。そうではなくてだな、まぁまずは落ち着け。俺の予想だと、このダンジョンの主はそう強くないはずだ」
「……詳しく話して?」
冗談を言っているようには見えないシヴァに、ようやくベアーチェも冷静さを取り戻して、シヴァの話を聞くために姿勢を正したのだった。
「今まで遭遇してきた魔物の強さを見るに、一番強い魔物でもレベル二〇〇そこそこ……といっても分からんか」
この異世界バニイップには本来レベルはなく、シヴァの魔法『コンフィグ』で見た人物、あるいは魔物のステータスは、あくまでEFⅩⅥの基準で測ったものでしかない。
とはいえ、目安にはなる。
シヴァは階層抜きをしている間も、ちょくちょくと魔物のステータスを見てきていたのだ。そしてもっともレベルが高かったのは、最下層直前の六一階の魔物たちであった。
いずれもレベルは二〇五から二一〇の間。
であるならば、ボスはそれに五〇から六〇ほど上乗せしたレベル帯だと思われる。つまりどんなに高くとも、三〇〇には届かない。
あくまでゲームを基準にしたシヴァの推測だが、例えボスのレベルが三〇〇以上であろうとも、レベルがカンストしているシヴァの敵ではない。
加えて、装備している防具や武器、アクセサリーの数々は、ゲーム中最強と名高い組み合わせの一つでもある。
各種ステータスアップ効果に、各種デバフ無効効果が今のシヴァには掛かっている。
だから安心して突っ込めるというわけだ。
シヴァの話を黙って聞いていたベアーチェは、彼の話が終わると深い溜め息を吐いた。
「レベルと言うのがどのような指針によって強さを割り出しているのか分からないけれども、つまり、迷宮の主がどれほど強かろうと君の敵ではない。そう言いたいのね?」
「そんな感じだな」
「それを信じろというの?」
「勿論だ。俺を信じろ」
「まだ知り合って一週間も経っていない人間のことを?」
「そこを突かれると痛いがな」
ギャフンってやつだ。とのシヴァのジョークは、あいにくと通じなかったらしく不発に終わった。
シヴァの下らないジョークをスルーしたベアーチェは、しばらくの間シヴァを見て――もう一度溜め息を吐いた。
「……君とは知り合ってまだ数日だけれども、君のスタンスや戦いっぷりは間近で見てきたわ。魔法は的確で最速。威力も申し分ない。腕力もずば抜けて高いわね。性格も突っ込むばかりが脳の熱情型というわけではないし、観察眼も悪くないように見える。それに――」
「それに、紳士で素敵なナイスガイ、だろ?」
ベアーチェの言葉に割り込んでシヴァ。
「ええ。ええそうね、紳士で素敵なお調子者のナイスガイよ、君は」
虚を突かれたベアーチェは、笑みを零しながらそう締めくくったのだった。
「それじゃ、主と一戦交えてもいいんだな?」
「ええ、構わないわ。その代わり、私はお荷物でしかないと思うけど、我慢してね?」
そりゃあもう。とシヴァは安請け合いする。
「……今気付いたのだけれど、私の許可を取る必要はあったのかしら? 君なら私がいくら武力でもって反対したとしても、簡単にねじ伏せて主との戦いに赴けたはずよ?」
おかしな話である。自分より弱い者の意見を聞くなどあまり聞かないことだ。この世界は実力主義なのだから。
「馬鹿を言え。仲間をないがしろにする気はないぞ。仲間が反対するのなら説得を試みるし、それでも反対されるのなら諦める。それくらいの度量はあるつもりだそ、俺は」
「じゃあ、私が今ここで頑なに反対したとすれば――」
「もちろん帰るさ」
それがシヴァの仲間に対するスタンス。
身内にはトコトン甘く、女性には紳士で、仲間には対等の立場を。
(まるでおとぎ話の主人公みたいね……顔は平凡だけれども)
だけど、それがかえって親近感を抱かせる。
ベアーチェはクスリと笑う。
「? どうした、やっぱ帰るか?」
「いいえ、行きましょう。君が迷宮の主相手にどんな戦いをするのか、今はその興味で頭が一杯だわ?」
「期待に沿えるよう頑張るよ。それじゃ、行く前に――っと。ベアーチェ、念のためにこれを」
言って、ベアーチェに渡したのは一つの腕輪だった。
「これは、また魔道具かしら?」
「ん、即死系の攻撃から守ってくれる『女神の腕輪』だな」
「それはまた……本当に身内には甘々なのね」
「甘々なんだよ」
とある高難度クエストでしか手に入らない貴重なアクセサリーなのだが、クエスト自体は何度でも受けられるので、シヴァは複数個もっている。一つくらい渡しても問題はなかった。
ちなみにシヴァも『女神の腕輪』を装備していたりする。
その後、二人は軽い食事などの休憩を取り(この階層には魔物がいないことはシヴァがマップで確認済み)、万全を備えた。
「さて、今度こそ行くか!」
「ええ」
シヴァを先頭に、二人は迷宮の主が待ち構える扉を押し開けたのだった――。




