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     ダンジョン・二日目



   序


 D-32ダンジョン十一階層――広大な迷宮の一角にある広間(ホール)。一見、何の変哲もない広間であるが、その実よく見ると一部の壁には明らかに人の手が加えられている場所があった。

 更によくよく見れば、壁と類似色をした禍々しい装飾が施された扉が一つあるのが分かるだろう。

 巧妙に隠されたソレがカモフラージュを狙ったものだという事は、人工物と気付かずに目の前を通り過ぎていく魔物を見れば一目瞭然である。

 その扉の向こうには、中々の広さを持つ室内があると誰が想像できるだろう。

 天井には黄金でできたシャンデリアあり、室内の中央にはテーブルと椅子が置かれ、壁の一角にはソファーと柱時計。室内一番奥にはベットが二つ。

 他にもトイレが二つに風呂まで完備されているようだ。

 迷宮をよく知る者がそれを聴けば、そんな馬鹿なと一蹴するに違いない。

 ダンジョンを構成する物質は非常に硬く、魔法やミスリルで作った工具ですら歯が立たない。そんな壁をくり抜いて部屋をこしらえたなど、誰が信じようか。

 だが、その部屋は実在するのだ。


 誰もが信じないであろう部屋を造ったシヴァは今、室内の奥に設置されたベットで安穏と眠りこけていた。

 その眠りを邪魔するかのように、彼の頬を何者かが軽く叩(はた)く。


「シヴァ、シヴァ」


 声まで聞こえてきたが、シヴァに起きる様子はみられない。


「ぬ、ぬぅう……やめろぉ~」


 眉根を寄せて顔を振るシヴァであったが、頬を叩く何者かの手が止む様子がない。むしろ段々と力が篭もっていく。ペシペシが次第にペチペチに代わり、最後はベシベシへと音が変化した。

 さすがのこれにはシヴァも目を覚ました。同時に、頬を叩いていた何者かの手も止まる。

 目蓋を開けた先にいたのは、自分の顔を覗きこむベアーチェであった。頬を叩いていたのも彼女だったのだろう。


「まったく、いつまで寝ているの? 探索に付き合えと私に昨夜言ったのは君なのよ?」


「……ああ、そういやそうだった。スマン、そしておはよう、ベアーチェ」


 呆れ顔のベアーチェに謝ってから挨拶し、ベットから起き上がるシヴァ。

 柱時計を見ると六時を少し回ったところだった。

 昨日は零時過ぎに寝たので、たっぷり六時間ほどは寝たことになる。それはつまり、魔物がこの『家』に気付かなかったということだ。


(ふむ、カモフラージュ作戦は上手くいったな)


 オタルの出してくれたアイデアの成果に満足げに頷くシヴァ。それはベアーチェも同じだったようで、


「まさかダンジョンでこんなに長い時間眠れるなんて嘘みたい。それこそ夢のような話だわ」


「だな。自分でも驚いてるさ」


 二人は顔を見合わせ、笑い合う。


「さて、朝ごはんにしようか」


「ええ」


 こうして、ダンジョンの探索は二日目を迎えた。



   1



 食事やらなにやらを済ませ、あとは部屋を出るだけの段階で何気なくみたベアーチェの姿に、シヴァはふと、彼女のステータスを思い出した。


(そういや、ベアーチェの体力って8しかないんだよなぁ)


 この場合の体力とは、スタミナの他に自身の体の強さを表すものでもある。ありていに言えば防御力だ。

 生粋の魔女とはいえ、この数値はかなり低い。それは昨日のベアーチェの疲労ぶりを見れば分かりやすい。

 ダンジョンは潜れば潜るだけ階層が広くなり、迷路も複雑になっていく。無論、魔物の強さも階層に比例する。

 今はシヴァの魔法で一撃で屠れるが、いつまでもそうとは限らない。

 その中でベアーチェも連れて探索を続けるのは、問題があるだろう。

 ことが彼女の命に関わる以上、何か対策を講じる必要があった。


(もっとも簡単なのは支援魔法(バフ)をかけることなんだけど、時間が経てばいずれ解けるしなあ)


 もし戦闘中に解けることがあれば、それこそ命に関わる。


(となると、やっぱ支援効果があるアクセサリーを渡すのが一番だな)


 その為には今の『テラ・リア充』仕様からE(エンドレス)F(ファンタジー)ⅩⅥ仕様に戻る必要がある。


「ベアーチェ、準備はできたか?」


「ええ、いつでも出れるわ」


「んじゃま、家具とかを回収するか」


 そう言うと、シヴァはいくつかの武器を登録しているショートカット機能である『装備スロット』から『アダマ・ツルハシ』を取り出した。そしておもむろに、テーブル目掛けてツルハシを振り下ろしたではないか。


「えぇっと、シヴァ? 気でも触れたのかしら?」


「失礼な、俺はいたって正常だよ」別にシヴァはテーブルを壊そうというのではない。「これは回収してるの。特殊な方法で家具を設置したから、こうしないと回収できないんだよ、ほれ」


 シヴァのそう言ってテーブルを指し示すと、確かにツルハシで叩かれたテーブルは壊れることなく、大きく弾んだだけである。それを回収するシヴァ。

 『テラ・リア充』のアイテムは、一度設置すると『ツルハシ』系の武器で何度か叩かないと回収できないようになっている。ちなみに、外したアイテムをさらに数回叩くと壊すこともできたりする。

 シヴァが家具を回収しているのは、放置していくのが勿体ないということもあるが、今からEFⅩⅥ仕様へとソフトを切り替えるためだ。ゲーム固有のアイテムは、他のゲームと共有できない。ソフトを切り替えた時点で、放置された他のゲームのアイテムは消滅してしまう。

 そういう制限が、チートじみたシヴァの能力にはあるのだ。

 だから回収する。クラフトゲームである『テラ・リア充』のアイテムは、大体が自分で作成するか、ワールドで手に入れるかのどちらかである。つまり、買えないのだ。消滅させるのはあまりにも勿体ない。

 シヴァは次々と家具をツルハシで外していき、一通り回収していく。内壁に使った『木のカベ』と、床に敷き詰めた『木材』はアイテム欄に大量にあるので回収しない。

 これで良し。シヴァは室内を見て取り残しが無いか確認して頷くと、装備を能力をEFⅩⅥ仕様へと切り替えた。


「……君の装備が変わった瞬間に、内壁と床の木材が消えたのだけど?」


「そういう仕様だ、気にするな」


 まともに答える気が無いシヴァにベアーチェは「やっぱり」と肩を竦めただけであった。

 伽藍堂(がらんどう)となった室内を見渡すシヴァ。『木のカベ』と『木材』はやはり消えてしまったが、家の囲いに使った『D-32ダンジョンブロック』は残ったままである。どうやら、昨日シヴァが推測したとおり、元がこちらの世界の物質で造ったアイテムであれば消滅することはないようだ。


 そのことを確認し終えると、次はベアーチェに体を向ける。


「ベアーチェ、手を出してくれるか」


「? 別に構わないけど、これで良いかしら」


 差し出された白い手に、シヴァはインベントリから幾つかのアクセサリーを落とす。殆どが指輪だが、ネックレスや腕輪なども混じっている。


「これは?」


「どれも支援効果がついた魔法具だ。今から効果を説明するぞ」


 シヴァは指でさしながら、アクセサリーの説明をしていく。説明を受けるたびにベアーチェの表情がを引きつっていくのだが、シヴァは気付かない。

 シヴァが渡したアクセサリーは以下のとおりだ。


 装備した者の体力を三倍ほど底上げする『体力の指輪』。

 装備した者のHPを自動で回復していく『HP回復の指輪』。

 装備した者のMPを自動で回復していく『MP回復の指輪』。

 装備した者の体を浮かべる『浮遊の指輪』。

 装備した物を全ての状態異常から守るネックレス『お守り』。

 1000以下の物理・魔法攻撃を無効化する『盾の腕輪』。


「――こんなところだな。特に『浮遊の指輪』、これは便利のはずだ。なんせデコボコとした地面を歩く必要がなくなるんだから。これで今日の探索は楽になるぞ。……っておい、ちゃんと聞いてたか?」


 呆けていたベアーチェの肩をシヴァが揺すると、彼女はハッと我に返って頷いた。


「え、ええ。ちゃんと聴いていたわ、大丈夫よ。それよりもこんな破格の性能を持つ魔法具を貸しても良いの?」


 似たような効果を持つ魔法具ならばこの世界にもあるが、ここまでぶっ飛んだ性能はない。特に『浮遊の指輪』などは存在しない。正確に言えば、物体を浮遊させる魔法具は存在するが、ここまで小型化された物はない。

 それをポンポンと取り出すばかりか、いとも簡単に貸してしまうこの男の頭は大丈夫なのだろうか? そう思ってのベアーチェの言葉だったが、シヴァの返事はそれを上回るものであった。


「問題ない。使わなくなってインベントリに放り込んでいた余り物だしな」


「……これらが余り物」


 絶句である。世の錬金術師が聞けば発狂するに違いない。いや、そもそもこんな馬鹿げた性能を持つ魔法具をどこで手に入れたというのか。


「それは秘密だ」


「……人の心を読まないでもらえるかしら」


 珍しく分かりやすい顔をしていたからな。と笑うシヴァに、そっぽを向くベアーチェ。何となくむかついたので、これらの魔法具はダンジョンから帰っても返さないでおこうと心に決めた。


 受け取った魔法具のうち、『浮遊の指輪』以外をさっそく身につけたベアーチェ。腰を捻るなどして自身の体を確かめるが、これといった体調の変化は見受けられない。これで本当に体力が上がったのだろうかと訝しんだほどだ。

 そして最後に『浮遊の指輪』を指に通すと、ふわりと体が浮き上がり、地上から十五センチほどのところで滞空した。


「……これはなんとも不思議な感覚ね。心許ないというかなんというか」


 おっかなびっくり足を前に出したりしてバランスが崩れないか試していたベアーチェだったが、どんな態勢をとろうと(それこそしゃがもうと)バランスが崩れることが無いことが分かり、彼女はほっと息を吐き出したのだが。一つ気が付いた。


「シヴァ、ちょっといいかしら」


「どうした?」


「これ、どうやって歩けば良いのかしら」


「どうって、普通に歩けばいいんじゃないか?」


「それができないから困っているのだけど」


 言って、ベアーチェは足を交互に出すも進む様子はなく、シュールな光景になっていた。


「……あれ、マジで? ちょっと待て、俺も試してみるから」


 シヴァはインベントリからもう一つ『浮遊の指輪』を取り出して指に嵌め、浮き上がる。そして足を踏み出すと……普通に空中を歩けた。


「……歩けるわね。もしかして私のコレ、壊れているのかしら。シヴァ、悪いけど君のと交換してもらえるかしら」


 ベアーチェの提案に従い、互いの指輪を交換するも……やはりベアーチェは空中で足をパタパタさせるばかりで一向に前に進めない。

 その様子をみていたシヴァは、一つの仮説をたてた。


(もしかして、俺が歩けるのはゲームの恩恵を受けているからか?)


 シヴァはPZ5で起動したゲームの主人公の能力や装備を扱える。その恩恵の中には、もちろんゲームシステムも含まれている。メニューやインベントリ、マップなどがそうだ。

 空中を歩けるのは『浮遊の指輪』の能力をいうよりも、システム的なアシストと捉えられるのではないか。シヴァはそう考えたのだ。

 つまり、現実世界でゲームの恩恵を受けているシヴァは『浮遊の指輪』を装備して普通に空中を歩けても、シヴァ以外の人間――ゲームシステムの恩恵を受けていないこの世界の住人達では、『浮遊の指輪』を嵌めて浮くことはできても、空中を歩くことはできないということになる。


 となると、ベアーチェがいくら足を動かしたところで前に進めないということだ。


「……しょうがない。ベアーチェ、どうやら空中を歩くにはコツがいるようだから、普段は歩きでソイツは疲れた時だけ嵌めてくれ。その時は俺が引っ張ってやるからさ」


「そういうことなら、しょうがないわね」


 溜め息一つ、『浮遊の指輪』を外してローブの懐に収めるベアーチェ。


「あっと、そうだ。これも渡しとこう。魔力と魔法の威力を一.五倍にまでひきあげる『魔導の杖』だ。そいつは使ってないやつだから返さなくていいぞ」


 シヴァから受け取った『魔導の杖』を眺める。表面は鈍い光沢を放つ金属製だが、素材は不明。長さは一七〇センチほどもあるが、華奢なベアーチェでも片手で苦もなく持てるほどに軽い。だからといって強度が低いというわけでもなさそうである。

 そして何よりこの杖の性能。やはり破格なのだが、まだこの世界のことをよく分かっていないシヴァは理解していない。


「……ありがとう、何から何まで大判振る舞いね」


「俺は身内と認めた人をトコトン甘やかす性格だからな」


「それはどうなの?」


 それ目当てに擦り寄ってくる強欲な人間が後を絶たなそうだが。


「代わりに、俺の財産目当てでやってくる人にはことさら冷たくなるぞ」


「ああ。それなら釣り合いが取れてる……のかしらね?」


 身内の人間が得られる利益が大きすぎる気がするのだが。かくいうベアーチェも、すでに沢山の魔道具を受け取っている上に、ダンジョンから帰れば魔鉱石のブロックまで貰える約束まで交わしているのだ。そこまでの振る舞いをして、彼にいかほどの利益があるというのか?


「身内にそこまでして、シヴァにはどんな益があるのかしら?」


 ベアーチェは沸いた疑問をシヴァに問うたのだが、彼の答えは至ってシンプルなものだった。


「さあ? 俺が身内に甘くなるのは性格だから、考えたこと無いな」


「……なるほど、それがシヴァのスタンスなのね」


 女性には紳士に。身内にはひたすら甘く。財を目当てに擦り寄ってくる人間にはことさら冷たく。

 それがシヴァと言う人間の大まかな行動原理。

 やる人によっては嫌味にしかならない行動だが、不思議とシヴァは嫌味になっていない。

 それは彼がどこか抜けている性格で、本当に見返りを期待していない行動だからこそなのかもしれないわねと、ベアーチェは思う。ただ、シヴァのほうはベアーチェと言う絶世の美女に対する下心はあるが。

 そこが理解できれば、ベアーチェに対する大判振る舞いも両方の意味で頷けるというもの。


「よし、これで渡すものは全部だな。そろそろ行くか」


「ええ」


 最後に忘れ物がないか確認し、二人は一夜の拠点をあとにした。

 今は午前七時過ぎなのだが、地下であるダンジョンでは当たり前だが太陽の光は届かない。ダンジョンに潜る人間に落ちるのはいつだって暗闇だけだ。

 シヴァのマップを頼りに、入り組んだ通路を迷うことなく歩いてゆく。


「……そういえば」


「うん?」


 ふと思いついたように口をついたベアーチェに、シヴァが目を向ける。


「私はいつの間にシヴァの友人になったのかしら」


「……ほう、俺たちはまだ友人じゃなかったのか、ほほーう。よし、ベアーチェ、俺が渡した物すぐさま全部返せ」


「ご免こうむるわ?」


「真顔で即答!?」


「それよりも、魔物の群れが向こうから来るのが見えるのだけど。迎え撃たないの?」


「クールか! 迎撃するけどさ」


「頑張って。友人として応援するわ」


「友人なのか違うのか、どっちだ! あと無表情で応援されても嬉しくないからな!?」


「表情に乏しいというのが、私のアイデンティティーよ?」


「そんなアイデンティティー捨ててしまえ!」


 賑やかに応酬しながら、魔物を瞬く間に殲滅し、迷宮を歩いていくシヴァとベアーチェ。

 ダンジョン探索二日目の朝は、二人の距離が縮まることから始まったのだった。

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