ダンジョン・休憩②
1
外に出たシヴァは、若干落ち着きなく警戒に当たっているベアーチェに声をかけた。落ち着きがないのは早く室内を見たいのだろう。
「ベアーチェ、出来たぞ」
「それじゃあ、もう入っても?」
「ああ、構わ」
んよ。と言い終わる前に、いそいそと家の中に入って行くベアーチェ。
苦笑しながらその背中を見送った後、シヴァは出来上がったばかりの家を眺めた。同じダンジョンの物質を使っていることもあって、背景に巧く溶け込んでいる。扉に使った『アクマの扉』も似た色合いなので分かり辛い。
手放しで褒めるのは少々癪ではあるが、ダンジョンの壁を素材とし、そのままカモフラージュとして使うというオタルのアイデアは見事だと言えるだろう。
「それにしても、本来2Dの『テラ・リア充』で三次元の世界を動くというのは違和感があるな。マップ画面はゲーム仕様のままだし」
シヴァが言ったように『テラ・リア充』は元々横スクロール型の2Dゲームである。
マップもそれに会わせたもので、EFⅩⅥやWGⅢのような俯瞰したマップではなく、世界を横から見た断面図のようなマップ構成となっている。
なので、シヴァが方向を変えるたびに、その方向にあわせてマップの断面図も変わる。正直見辛い。
「……うん?」
マップを眺めていたシヴァは、近くの壁の中に見慣れぬ色を発見した。その箇所を拡大してみると、光るエフェクトがかかった紫色をしている。
「これは鉱物、か?」
『テラ・リア充』のマップには、宝箱や地中に埋まっている鉱物などのアイテム類も表示される。
鉱物に関しては、種類ごとに色で区別されており、ゲーム内で紫といえば『コバルト鉱石』を示すのだが、このような光るエフェクトは付いていない。というよりも、どの鉱石にもエフェクトなど存在しない。
つまり、この世界特有の鉱石に反応している可能性があるということだ。
「マジか。……比較的浅いし、近くに敵のマーカーもない……よし、掘ろう」
未知のアイテムが近くにあるのなら、それを手に入れたいと思ってしまうのがゲーマーというもの。
シヴァは敵がいないと見るや、さきほどのベアーチェ同様いそいそと壁際まで移動し、『アダマドリル』で掘り進めていく。三メートルほど掘り進んだところでドリルに鉱石が当たり、ブロック化していくつか地面に落ちた。
掘るのをやめて鉱石を回収し、すぐさまアイテム欄を開いて確認する。
そこにあったのは――魔鉱石×5
「おお、これが魔鉱石か!」
実際に一つ取り出して眺めてみる。
ブロック化しているので形は正方形で、色は透明感のある深紫。表面はツルツルで、指を滑らせても殆ど摩擦が起きないほどだ。重量もそれなりにある。
ベアーチェがいうには魔鉱石は希少鉱物らしい。一個だけでもかなりの額で買い取ってもらえるという話だが、それが一気に五個も手に入ってしまった。しかも一辺が五十センチもある大物だ。
全部売れば結構な額になるに違いない。
「よく見たら、そこら中にあるな」
マップに表示されているのはこの階層だけだが、ざっと見てみただけでも、近場だけでかなりの埋蔵量があるのが分かった。
「まあ、お金に困っているわけでもなし。今のとこコレに使い道があるわけでもない。放っておこう」
欲しければ掘りに来ればいいだけのこと。
そう結論付け、シヴァはベアーチェにも見せようと、取り出した魔鉱石はしまわずに肩に担いで家の中へ入った。
「シヴァ、ようやく戻ってきたのね。ざっと室内を見て回ったけど、非常識もいいところだわ、ここ。造りがしっかりとしてるのは当たり前だけど、トイレにお風呂は完備されているし、寝具は高級。一体どうやったらこんな短時間でここまで造れ…………シヴァ? その肩に担いでいるものは何かしら? 私には魔鉱石に見えるのだけど」
室内に入ってきたシヴァを見るなり、頬を上気させながら興奮した様子で質問攻めにしてきたベアーチェだったが、シヴァが肩に担いでいる魔鉱石を見ると表情が一転、真顔になって訊ねてきた。
「見えるも何も、魔鉱石そのものだ」
魔鉱石とは、ダンジョンでのみ採掘できる希少鉱石のことである。魔鉱石はそれ自体が周りの魔素を吸収する魔石と同じ効果を秘めており、なおかつ既存の金属よりも高い硬度を持つ。それでいて重さは鉄よりも軽いミスリル並み。
そんな希少鉱石を、シヴァが肩に担いでいる。そう、担いでいるのだ。
滅多に取れない、取れたとしても精々が手の平に収まって余りある大きさしか取れないはずの魔鉱石を。
目の前の光景が信じられず、ベアーチェはもう一度確認する。
「……その塊が全部魔鉱石? 本当に?」
シヴァは「もちろんだ、ほれ」と魔鉱石のブロックをテーブルの上に置いた。
それをベアーチェはつぶさに観察し、大きさもさることながらその純度に驚くと、長い溜めを作った後で今度は長い息を吐き出した。
「……………………ッハァ~~~~~~~~~~~。……こんなもの、どこで拾ってきたの?」
まるで捨て犬を拾ってきた子供を叱る母親のような口調で、シヴァを問いただすベアーチェ。
「拾ってきたんじゃない、掘ったんだよ。近くの壁に埋まっているのが分かったからな」
「うん、その発言がすでにおかしい。君はそれをもう少し理解すべき。魔鉱石が埋まっている所が分かったとか、それをいとも簡単に掘り出したとか……それができないから希少鉱石なんじゃない! しかも何? この大きさ、この純度の高さ。こんな魔鉱石なんて見たこともないわよっ」
最初は淡々と話していたベアーチェだったが、最後はテーブルに手を叩きつけながらシヴァを紛糾する。
「そ、そうなのか?」
「いい、シヴァ。ダンジョンでたまにしか取れないコレの大きさは、拳大もあれば良いほう。大体はそれより一回りも小さい物が一般的なの」
それだって不純物が多いから、錬成して不純物を取り除いたらもっと小さくなるのに……君ときたら。と、ベアーチェが一気にまくし立てる。
「ぬぅ……なるほど。俺が取ってきたコレは、規格外の大きさだったわけか」
それを聞いたシヴァは、彼女の迫力に気圧されながら頷きながら、同じ大きさの物があと四つあることは黙っていた方が良さそうだと判断した。
「いい? シヴァ、一つ忠告してあげる。これを売るのは止めておきなさい。面倒なことになるわ」
「いや、元より売るつもりはなかったが……そうなのか?」
「ええ。売るとなるとどの位の値段が付くのか私でも分からないけど、こんな物が市場に流れたら確実に国が動くわ」
魔鉱石の主な使い道は、ゴーレムや都市防衛の要、砲台やその砲弾などの素材である。
それら兵器の製造は国のみにしか許されていない。その素材が塊で手に入るのだ。しかもシヴァが言うには埋まっている所も何らかの方法で分かるという。
そんなことが国に知られたら、どんな手段を用いてもシヴァを確保しようとするだろう。
折角の研究材料をみすみす国に奪われるのは面白くないので、ベアーチェは積極的にお節介を焼くことにした。
「……むぅ、そんなにか。だったらこれらは人に見せないほうが良いか」
「これ、ら? もしかしてシヴァ。掘り出した魔鉱石はこれ一つじゃない?」
シヴァは「あ……」と間抜けな声を出すと、「…………」ついっとベアーチェから目を背けた。
「一つじゃないのね? いくつなの? いくつ掘り出したの、君は!」
ついにはシヴァの肩を掴み、激しく揺さぶってくるベアーチェ。シヴァの頭が壊れた人形みたいにガクガクと激しく前後する。
「いい、いいじゃないか、別に! っていうかベアーチェ、お前そんな大声出すようなやつだっけ!? キャラ崩壊してない!?」
「そりゃあするわよ、こんなもの見せられたらっ、悪い!?」
「逆切れぎみ!?」
やりとりは不毛だが、何となく距離が縮まった二人である。
「――まったく、この家も大概だけど。魔鉱石、これはそれ以上ね」
テーブルの上に置かれたままの魔鉱石を指で撫でながら言うベアーチェ。
普段、興味がある物以外にはことさら目を向けない彼女がこうも取り乱すのだから、相当なのだろう。
だが、ベアーチェが落ち着きを取り戻すまで延々と揺さぶられ続けたシヴァも相当だった。苦痛的な意味で。
(本当はインゴットにまで精製したかったんだがなぁ……)
ベアーチェの壊れっぷりを見るに、それは止めておいた方が吉だろう。
「まあいいや。ベアーチェ、いつまでも魔鉱石を眺めてないでご飯にしよう。何か疲れた」
シヴァは魔鉱石に手を触れて回収する。するとベアーチェが「私の魔鉱石が……」と悲しそうな声をあげた。
「……いつの間にお前のものになったんだ。まあいいけどさ。最初から一つはあげるつもりだったし」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。ただし、ダンジョンから帰ってからな。どうせ今渡しても運べないだろうし。ほら、分かったらご飯にするぞ。そこの流し台で手を洗って来い。俺はその間に料理とお風呂の用意をしておく」
シヴァがそう言うとベアーチェはこくこくと頷き、流し台に行くのだった。
2
それからしばらくして、シヴァとベアーチェはテーブルを囲んで食事を取っていた。
「――こんなに落ち着いて食事をしていると、ここがダンジョンだってことを忘れそうになるわね。しかも味気ない携帯食ではなくて、温くて美味しい食べ物がこんなにも沢山」
ベアーチェは具沢山のピザを頬張りながら、向かいに座るシヴァを見て、
「本当、羨ましい魔法だわ」
そう感想を漏らした。
彼女がいうように、テーブルの上には所狭しと料理が置かれていた。
テーブル中央に陣取るは、バスケットに山と盛られたパン。その周りをサイコロステーキ、ニンニクの効いた鶏肉、スライスされたトマトとチーズの盛り合わせ、貝と海老の蒸し焼きが入った小ぶりのバケツ、ディップが付いた野菜のスティック、フルーツの盛り合わせ。スープもポタージュの他にかぼちゃなどが数種類。
それにベアーチェの希望でもあった甘いものもちゃんと複数用意されていた。
これだけでもダンジョンでの食事と見れば破格なのに、極めつけはアルコールまであるということだ。ビール、ワイン、カクテルがテーブルの脇の床に樽ごと置かれていた。しかもそれぞれに味が数種類ずつあるという、よく分からない気の配りようだ。
これらは全て、シヴァが普段から適当に屋台などで買ってインベントリに放り込んでいたものであるが、こうして酒を飲みながら食事ができるのも、ひとえに魔物に襲われる心配がないからだ。
「はふはふっ、んぐ。収納魔法のことなら、もぐもぐ、原理を教えただろう?」
好物である熱々のサイコロステーキを二又のフォークで次々と口に放り込みながら、シヴァがベアーチェに返す。まあ、その原理も友人のオタルが適当に考えた設定なので実現できるかは怪しいのだが。
「まあね、そのことには感謝しているわ。ふふっ、帰ってから研究するのが楽しみよ」
それでも、当のベアーチェはどうやら説明を聞いただけで手応えを感じているようなのだから、四百年分の魔道の知識と『ディンクの女主人』の二つ名は伊達ではないということなのだろう。
それからの会話は他愛の無いものへと移り、食事は終始和やかに進んでいく。
「ぷはぁ! あー、落ち着いた!」
シヴァは最後にビールを喉に流し込むと、膨れた腹をさすりさすり「ごっそさん」と食事を終えた。
「ご馳走様、美味しかったわ」
粗野な締め方をしたシヴァとは対照的に、ベアーチェは取り出したハンカチで口元をしとやかに拭う。これが男女の違いだろうか。
「そりゃ良かった。俺は後片付けしとくから、先にお風呂に入って良いぞ。お湯は食事の前に出しといたからすぐに入れるはずだ」
湯船にはオレンジも入れといた。と付け加えながら、シヴァはインベントリから取り出した新品のバスタオルをベアーチェに放る。
「ありがとう。お言葉に甘えて先に頂くわ。……だけど」
「だけど?」
女性がお風呂に入るのだ。その先の言葉は予想は付くが、シヴァはあえて訊ねてみる。
「覗いたら殺すわよ?」
「言うと思ったよ。だけど安心しろ、俺はそういうのが嫌いだ。だから覗かん」
「……そう、それが君の女性に対するスタンスなのね」
「俺ってば紳士だろ?」
「フフ。ええ、そうね。そういうの、とっても素敵だと思うわ」
微笑みかけ、浴室へと入っていくベアーチェ。
「……」
先ほど言った言葉に嘘はないが、それでもベアーチェほどの美女があの扉一枚の向こうで入浴していると考えると、少し惜しいことをしたかなーと思うシヴァであった。
「いやいやいや。犯罪者になる気かよ俺。覗き、ダメ、絶対。……立ち止まっているから変なことを考えるんだ。後片付けしよう」
煩悩退散、煩悩退散。と何度も口ずさみながら、余った料理をインベントリに放り込んだり汚れた食器類を洗ったりして自らの欲望と闘い、見事勝利したシヴァであった。
交代で入浴し、心身ともにリフレッシュしたシヴァとベアーチェ。
二人がテーブルに座り、それぞれが好きなアルコールを口にしながら談笑していたところ、『ノスタルジックな柱時計』が日付が変わったのを「ボォ~ン、ボォ~ン」という音で知らせてきた。自然と二人の会話が止まる。
特にベアーチェは、風呂に入ったことと魔物に襲われる心配がないことに気が緩んだのか、欠伸を噛み殺していた。
生粋の魔女でありながら一日中歩き続けたこともあって疲労が溜まっているのだろう。ついにはウトウトと船を漕ぎ出す。
「ベアーチェ、寝るならベットで寝ろ」
「……ん、分かった。奥のベットを借りるわね」
ベアーチェは目をこすりながら言うと、もぞもぞと毛布の中にもぐりこんでいく。
「……一応言っておくけど――」
「夜這いなんて卑劣な真似はしないさ。だから寝ろ。明日も朝から探索に付き合ってもらうんだからな」
「……ん。お休みなさい、シヴァ」
「ああ、お休みベアーチェ」
シヴァは優しい声音で応えながら自分と彼女のグラスを片付け、ベアーチェの寝息が聞こえてくるのを待ってから自分もベットで横になる。
本当は明かりを消したかったシヴァだが、『テラ・リア充』の照明アイテムに明かりをオン・オフする機能は付いていないので、諦めてそのまま目を閉じた。
室内に響く柱時計の「コチ、コチ」という、やけにノスタルジックな音に混じって二人の静かな寝息が聞こえてきたのは、それからしばらくしてのことである。




