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     シヴァの日常~猫娘との出会い・下①



   序



 一人良い思いをしていたキースに制裁を加えて依頼に出かけるオッサンたちを見送ったシヴァ。

 しばらくは顔なじみの冒険者達と談笑しながら時間を潰し、掲示板前から人気(ひとけ)が退いたあとで掲示板を覗いた。

 案の定、普段は数十枚の依頼書で埋まる掲示板は今、まるで食い散らかされたあとのように十数枚の依頼書しか残っていなかった。それらはどうしようもない内容か、報酬がとにかく低い依頼ばかり。いわゆる『外れ』と呼ばれる依頼である。

 だが、他の冒険者にとっては『外れ』でも、シヴァにとっては『当たり』が含まれていたりするので問題ない。

 シヴァにとって依頼(しごと)とは、報酬が高いとか安全かではなく、面白そうかそうでないかが優先であるがゆえに。

 残った依頼書をさささっと見ていくシヴァ。と、一枚の依頼書の前で目が止まる。依頼内容をじっくりと読み――にんまりと笑った。そしてろくに報酬も確認しないまま依頼書を剥がすと、鼻歌交じりに受付けに持っていった。

 どうやら『当たり』があったようだ。


 向かうは東の森。奇しくもオッサンたちと同じ場所である。

 そして狙うは大蜘蛛、ジャイアントスパイダーとも呼ばれる魔物(モンスター)。依頼はその魔物の腹から採れる『糸袋』の採集であった。



   1



 二時間後の午後一時過ぎ。

 シヴァは東の森にいた。その名の通り、街から東に一時間ほど歩いた場所にある、それなりの広さをもつ森である。この豊かな植物に恵まれた森には、動物だけでなく魔物も多い。

 朝からの曇りとあって、ただでさえ樹木のせいで陽の光が差しにくい森は一層に暗い。さらには森特有のじめじめとした湿気に加え、暑さ増す初夏の空気と相まって、不快指数はうなぎ上りであった。

 シヴァがここにいるのは無論、受けた依頼をこなすためである。が、それも今しがた終えたところ。

 足下には腹を割かれた大蜘蛛の死骸が転がっていた。死骸を見るに、頭の半分が吹き飛んでいる。今のシヴァは銃器をメインにしたW(ワールド)G(ギア)Ⅲ仕様。遠距離からの狙撃で大蜘蛛を仕留めたのだ。


「――うし、これで依頼完了っと」


 手に持った【糸袋】を弄(もてあそ)びながら「ふぃ~っ」と肺腑に溜まった息を漏らす。この糸袋こそが、今回の依頼主が要望した品である。


 糸袋とは、大蜘蛛が腹の中に持つ器官であり、その名の通り、糸を吐き出す。大きさは大人の両掌ほどで、重さは大凡五百グラム。糸袋から吐き出される糸は強靭であり、大蜘蛛はこれで相手を絡め取るのだ。

 糸袋の中には魔石が籠められており、大蜘蛛は自身の魔素(マナ)を用いて糸となる原料の粘液を作り出し、袋の中に溜め込んでいるらしい。この粘液が空気に触れると、糸となる。吐き出すときは、袋の伸縮させるようだ。袋とあるが、それ自体が一種の筋肉なのだ。

 大蜘蛛の糸袋から取り出される糸は様々な用途があるので、それなりに需要がある。強靭さを活かしたロープ。撥水(はっすい)性を活かしたローブにマント。両方の特性をふんだんに活用したテントや馬車の幌(ほろ)など、枚挙に暇が無い。

 これは、シヴァが生きる二十一世紀末の地球でも変わらない。

 二十一世紀初頭には研究が進んでいた蜘蛛の糸の活用は二十一世紀中ごろに日本で実用化され、品種改良された蜘蛛の養殖が世界的に始まった。これは、絹を生み出す蚕(かいこ)に次ぐ画期的な養殖として今も教科書に乗るほどである。ちなみに、品種改良された蜘蛛の名は『絹蜘蛛(きぬぐも)』という。絹蜘蛛から生み出される物の殆どは、ここ、異世界バニイップと変わらないが、中には防弾チョッキなど、軍用のものも存在する。

 ともあれ、地球と異世界(バニイップ)。世界の違いはあれど、蜘蛛の糸の有用性は変わらないようだ。

 だが、今回の依頼主は、ただ大蜘蛛の糸袋が欲しいというわけではない。そんな依頼内容であったならば、変わった依頼が大好きなシヴァが引き受けるわけも無い。

 依頼主が糸袋を欲しがったわけ。それは――大蜘蛛の糸で鞭を作りたいから……らしい。

 依頼書に書かれた内容によると、依頼主は最近女の影がある夫を持つ、三十代の女性。浮気をしている節がある夫。仕事から帰ってくると、たまに女の匂いがする。問い詰めてもしらばっくれる夫。しまいには怒鳴り散らす。そこである日、仕事帰りの夫を待ち伏せして尾行したところ――やはり浮気をしていた。相手は二十代の若いホステス。ケバい化粧のホステスに腕を組まれた夫がだらしなく鼻の下を伸ばすのを見た彼女は、堪忍袋の尾が切れたらしい。依頼書の内容欄はそのあと――そんなに若い女がいいのか! やはり男は若い女がいいのか! そりゃあ私も三十の後半ですし? 肌も潤いが落ちてきてたりすけども、まだそれなりに張りだってあるんですけど!? ――などなど、怨念こもった愚痴が所狭しと書かれていたのだった。

 ともあれ、腹に据えかねた彼女は、そんな夫を懲らしめるための鞭が欲しいんだとか。

 大蜘蛛の糸は、屈強な冒険者でも一度絡め取られれば、スキルを使ってもそうそう容易には抜け出せないほどの強靭さを誇る。


「……そんな大蜘蛛の糸で作った鞭で叩かれたら、さぞ痛いんだろうなあ」


 スパンキン! シヴァの脳裏に、そんな単語が思い浮かんだ。

 旦那さんが変な趣味に目覚めないよう、祈るばかりだ。完全に他人事のシヴァは、両手に持っていた糸袋をインベントリに収納する。あとは帰って納品し、報酬を受け取るだけである。

 とはいえ、シヴァ以外は誰も見向きもしなかった依頼である。報酬は300G(ギラン)と安い。

 そんな安い『外れ』依頼ばかりを優先的に受けるシヴァが、ではどうやって稼ぎを出しているかというと――


「っと、お出ましか」


 視界右上にある簡易マップの端に敵性マーカーが複数現れ、こちらに近づきつつある。大蜘蛛の死骸から流れる血の匂いに引きつけられたか。次第にマップに頼らずとも、ガサガサと騒々しい音が敵の存在を知らしめるようになった。

 シヴァはウェポンメニューからビーム兵器型ショットガンBSG-800を選択。構えたところで折りよく敵が姿を見せた。現れたのは大蛇(ジャイアントスネーク)4体。体長3メートル以上、胴回りも体長に似合った太さを持つ大型の魔物である。

 しかも、ただの蛇ではない。魔物と示すとおり、相手の動きを封じる神経毒の他に、魔素(マナ)を機能不全にする毒も持ち合わせているのだ。

 一体の大蛇がシヴァを丸呑みせんと、大口開いて襲い掛かる。だが、シヴァは冷静にビームショットガン(BSG-800)の照準を大蛇の口内に向け、トリガーを引いた。

 ビフォオオン! というSFチックな発射音が森に響く中、銃口から放たれた拡散ビームが大蛇の頭をいとも簡単に吹き飛ばした。

 頭部を失ってもなお、慣性の法則に従い突っ込んでくる大蛇の胴体を人間離れした動きで素早く躱すシヴァ。その動作は身につけているプロテクトアーマーに備わるパワーアシスト機能のお陰だ。


「ッシャアアアッ!!!!」


 さらに二体の大蛇が襲い掛かってくる。仲間が容易くやられるのを目の当たりにし、同時攻撃で仕留めようと目論んだのだ。しかも左右からの挟み撃ち。これは対処し辛い。大蛇はなかなかに知能が高いようだ。

 だが、やはりシヴァは慌てる様子もなく、銃口を襲い掛かる二体ではなく残りの一体に向けた。大蛇が笑うことができたのなら、今のシヴァの行動を笑っただろう。襲い掛かる相手ではなく、後方で待機する敵に狙いをつけたのだから。

 だが、そんな大蛇にこそ、シヴァは笑う。彼の頭上に、突如として現れた四機の飛行物体。ステルスモードで待機させていたドローンである。

 四機のドローンは設定されていたプログラムに従い、射程範囲に入った大蛇二体に照準を合わせると、機体下部に搭載されたレーザー砲をガトリングさながらに連射。


「ギシャアッ!?」


 スパパパパ! と小気味良く大蛇の頭の先から尻尾の先に至るまで、無数の穴が穿たれる。シヴァが持つショットガンに比べれば威力は低いが、そこは連射が効くレーザー砲。低威力を数で補い致命傷へと変えて、二体の大蛇の命を瞬く間に刈り取った。

 残る一体も、シヴァのショットガンにより仲間の後を追うことになった。


「さて、魔石やら素材を剥ぎ取って、さっさと帰るかね」


 でないと、行(・)き(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)後から後から湧き出てくる魔物の相手をする羽目になってしまう。

 ここに来る間も、シヴァは襲い掛かってくる魔物を片っ端から仕留めていたのだ。その数、すでに二十を越えていたりする。


 これこそが、シヴァの稼ぎの正体であった。

 外れと言われる依頼で得られる報酬よりも、そのついでに仕留めた大量の魔物から取れる素材の売却額の方が圧倒的に高いのだ。

 だからこそ、こうやって外れの依頼を優先的に受ける余裕があったりするのだ。



 それからさらに一時間後。シヴァは東の森から出ていた。それまでに仕留めた魔物の数をさらに増やしながら。


「やっぱオッサンたちとは会わなかったか」


 それなりの広さをもつ森である。依頼は違えど、同じ場所だからといって出会うほうが稀であるからして、仕方ない。

 森のじめっとした湿気から解放され、肺腑に溜まった息を吐き出す。草原を走る風が心地よかった。大きく息を吸いながら空を見上げる。どんよりとした曇り空は、さらに黒さを増して低くなったように見えた。


「こりゃあ、今にも一雨降りそうな空模様だな……うん?」


 呟いたその時、遠くの空に一条の光が走るのが見えた。遅れてやってきたのは、ゴンゴロ、ゴンゴロと耳と腹に響く重低音。雷だ。


「……おっとぉ、雨よりも先に稲光(いなびかり)が来たか。確かこういうときは、くわばらくわばらって言うんだっけ?」見上げていた頭を戻すと、「さっさと街に帰ったほうが良さそうだ」と、シヴァはそう肩を竦めて歩き出した。


 ここまでであれば、いつもとそう変わらない日常。しかしこのあと、イレギュラーが発生するとは思ってもみないシヴァであった。



   2



 街まであと半時間というところで、視界の右上にある簡易マップに六つのマーカーを捉(とら)えた。マーカーの色は六つ全てが中立を示す黄色であった。

 WGⅢにおいての中立とは、プレイヤー――つまりはシヴァの行動いかんによって敵にも味方にもなるという意味である。

 余談ではあるが、シヴァが一度味方と認識した相手は以降、なぜか味方を示す青のマーカーで表示されるようになるのだが、どういう仕組みで判別しているのかは分からないままである。

 ともあれ、商業都市ディンクに所属する冒険者の数は多い。こうしてマップに捉えることもままあることなので、シヴァも特に気にしてはいなかったのだが、突然、六つのマーカーのうち五つが敵性を示す赤へと変わった。

 中立から敵性へ。この変化には見覚えがあった。むろん、ゲーム内でだが。


(擬態か!)


 擬態――WGⅢでは、一般人に扮したテロリスト達の変装のことを指す。彼(テロリスト)らは普段は黄色のマーカーで表示されるが、正体を見破られたりすると赤のマーカーへと一変し、襲いかかってくるのだ。

 恐らく、今簡易マップで起こったのもそれと同じだろう。

 それはつまり――


(誰かが襲われている!)


 簡易マップに表示されているマーカーはここから南東寄りに五キロほど先だが、パワーアシスト機能をフルに使えば一分ほどでつく距離だ。

 シヴァは迷うことなく、地面を蹴って駆け出した。



   3



 時を遡(さかのぼ)ること少し前――。一人の少女が東の森近くを歩いていた。

 名をミアという。

 年の頃は二十歳そこらか。身長は百七十センチ手前ほど。

 すらりとした体躯には無駄な贅肉は一片も無く、それでいて華奢(きゃしゃ)というわけでもない。鍛え上げられた体は一目見て戦士と分かる。

 現に、少女は所々を金属で補強した皮鎧を身に付け、後ろ腰には二本のショートソードを差していた。

 鎧の合間から見える肌は薄っすらと陽に焼けており、健康美溢れる褐色に染まっていた。

 背中に背負った背嚢(リュック)の汚れ具合や足取りをみるに、相当に旅慣れしているようだ。

 次に顔を見てみると、非常に整っているのが分かる。十人に聞けば十人全員が少女を美人だと評するだろうほどに。

 クリッとした目は釣り上がってはいるが、愛嬌を感じさせる卵型なのでキツイ印象は感じられず、瞳の色は目がさめるような透き通った青。筋の通った鼻に、ぷくっとした桜色の小さな唇が可愛らしい。

 絹糸のような銀の髪は肩口で揃えられたボブ。その銀髪が、ミアの頭の動きに合わせて左右に揺れていた。

 しきりに周りを見ているようだ。


「あれー? 街なんてどこにも見当たらないよ? どういうことなの、チャム!」


 ミアが訊ねたのは、自分の肩に止まる金属製の猫だ。魔石仕掛けの猫(リビングスタチュー)である。銀色の体長は四十センチほどで、尻尾を含めれば五十センチにはなるだろう。アーモンド形の瞳は少女と同じく青。どうやらチャムというのはこの魔石仕掛けの猫の名前らしい。


「うみゅぅ?」


 ミアに尋ねられたチャムは、可愛らしく首を傾げる。だが、主人の少女には通じなかったようだ。


「可愛らしく誤魔化しても駄目だかんね! また迷ったでしょ!?」


「みゅみゅ!」


 ミアが怒るも、チャムにも言い分があるのか、主人の頬をペシペシと叩いて抗議する。どうやらこの少女、道に迷っているようだ。


「いたたっ! こら、止めろ! 確かに最初に迷ったのは私だけど! 方向音痴に自信はあるけども! だけど何で【道先案内(ナビ)】の機能を持っているチャムも高い確率で間違えるの!?」


「みゅっ!!」


 痛いところを突かれたのか、ショックを受けたような動作を取るチャム。

 今ミアが言っていた【道先案内(ナビ)】という機能は、名前の通り目的地までの道のりを随時(ずいじ)教えてくれる便利な機能だ。各国各地を歩く行商人や冒険者、傭兵などに人気が高く、少女が持つチャムと同じように魔石仕掛けの置物(リビングスタチュー)に搭載されることも多い。この機能によって、知らない土地でも道に迷わずに目的地まで行けるわけである。

 ……あるはずなのだが、その機能を使ってなお迷っている人がここにいる。どうやらこの一人と一機(一匹?)、揃いも揃ってポンコツらしい。


「はぁ……いい? チャム。もう一度聞くから、よーく、よーー~~っっく! 聞いてね? この近くにあるはずの街! はどこにあるの?」


 溜め息一つ、肩に乗る金属猫(チャム)の腹を両手で持ち、目の高さに合わせてミアは訊ねる。街の部分をものすごく強調して。

 チャムもまた、主人の期待に応えようと、「みゅみゅみゅ~~~」と唸りながら機能をフル回転させることたっぷり十数秒――検索が完了したチャムは、「みゅみゅっ!!」と自信たっぷりに顔を向けた。

 その先には……東の森しか見えなかった。


「森しか見えないじゃない!? 方向音痴の私でも向こうに街が無いって分かるよ!? 一目瞭然ってやつだよ!? あるにしても獣か魔物の巣穴だけだよ絶対! それともなに!? チャムは私に「お前なんか獣や魔物のねぐらで十分さ」って言いたいわけ!? っていうか本当にチャムのナビ機能どうなってんの!?」


「みゅ~~!」


 涙目のミアにガックガックと激しく揺さぶられたチャムが情けない声を上げた。

 一人と一機がコントめいたことをしていると、近づいて来る複数の気配を察したミアはチャムを揺さぶるのをやめて警戒する。チャムも定位置である少女の肩へと素早く戻った。

 近づいてくるのは五人の男。いづれも鎧に身に包んでいることから、冒険者か傭兵だろうと推測できた。

 ミアはさっと周りを確認すると、障害物がないことに舌打ちする。女の一人旅はなにかと危険がつきまとう。こうした郊外などは特に。それなりに腕に自信はあるものの、身を隠せる場所がないというのは心許ない。

 少女は気持ちを切り替えると、不自然にならないよう、男たちの進路から外れるように歩き出す。だが、男たちも進路を変えて近づいてくる。再び舌打ちする。

 と、男の一人が手を上げながら声を掛けてきた。


「やあ! こんにちわお嬢さん。こんな所でどうしたの」


 ほら来た。と内心で身構えながら、無難かつ無愛想に答える。


「近くの街まで行くところ。じゃあね」


「へえ、俺たちもちょうど戻るところだったんだ。良かったら一緒にどうだい?」


「遠慮しとく」


 ミアの隣に並びながら男が誘うも、即答で断る。声音は優しいが、その視線が下心に満ちているのを少女は見逃さなかった。男達をさっと観察する。五人とも皮鎧。武器は剣。弓などの射程武器は見当たらない。そしてなにより魔法使いがいないことにホッと胸を撫で下ろした。


「まあまあ、そう言わずに。旅は道連れって言うじゃないか」


 言って、男はミアの腕を掴もうとするも……するりと躱されてしまう。


「道連れならそっちは五人もいるみたいだし、十分でしょ? 私はこの子で間に合ってるから」


 男に冷たく言い放ちながら、肩に乗るチャムの頭を一撫でする。

 それを見た他の男たちが笑い始めた。


「ダッハッハッハ! 振られたなあスターン!」


「お嬢ちゃんはお前よりもスタチューの方がイイってさ!」


「い~~ひっひっひ! だから小芝居なんざしねえで、さっさと襲っちまった方が手っ取り早いって言ったのによお!」


「るっせえ! ったく、人の好意を無碍にしやがって」


 男たちは人が変わったように、侮蔑的な眼差しと荒い言葉使いを少女に向ける。いや、こちらが本性か。

 ミアはさっと飛び退き、男たちから距離を取る。後ろ腰に差した双剣を抜く。


「ハッ! イイ度胸じゃねえか。オイ!」


 スターンと呼ばれた男が仲間の一人に声を掛ける。声を掛けられた男がニヤついた笑みを浮かべながら少女を指差す。ミアの背筋に悪寒が走る。なんかヤバイ! と男の指先から逃れようとするも、男のほうが速かった。


「萎(な)えろ萎(な)えろよ! 為す術なく! 『ファイネス』!」


 まさかの魔法。抵抗(レジスト)する暇もなく、ミアの全身から力が抜ける。


「ぐっ……魔法、戦士!」


「正解」


 正体を言い当てられた魔法戦士の男が、よく出来ましたと手を叩く。

 魔法戦士が使った『ファイネス』というのは、相手を脱力させる魔法であった。

 しっかりと魔法に掛かってしまったミアの両手から、ショートソードが零れ落ちた。どうにか倒れ落ちるのは耐えているが、膝はガクガクと今にも崩れそうだ。


「ほお、生意気にも立つか。だけどな――」


 スターンはミアに近づくと、肩を突き飛ばした。それほど力が篭もっていたわけではない。だが、それだけでミアは倒れてしまった。


「ふんっ、お前ら獣人(・・)はそうやって地面に這い蹲(つくば)っているのがお似合いなんだよ」


 そう、彼が今言ったように、ミアは獣人であった。その証拠に、彼女の耳は人間のソレではなく、先がピンと尖った猫の耳であった。

 数ある獣人族の一種――猫人族(キャッツ)。それがミアの種族名であった。


「……あんたたち、ガルディア帝国の人間か!」


「これまた正解だ、お嬢ちゃん」「獣人のクセになかなか賢いじゃないか」


 先ほどからの獣人を馬鹿にしたような言動から推測したのだが、どうやら当たりの様だと、ミアは三度目の舌打ちをする。

 ガルティア帝国は人族至上主義国家であると同時に、極度の獣人嫌いでも有名だ。


「さて、人間様の好意を無碍にした獣人には、お仕置きが必要だなぁ……お?」


 ミアの体を舐めるような視線で見るスターンの前に、チャムが立ち塞がった。


「おうおう、ご主人様を守ろうってか? 健気だねえ。だ、け、ど!」


「魔素は枯渇。溜まること無し――『マナゼロス』」


 再び魔法戦士が魔法を放った。チャムの動きが止まる。


「チャム!」


 ミアが呼びかけるも、動く気配は無い。

 『マナぜロス』とは、魔石に溜まっている魔素(マナ)を霧散させてしまう魔法であり、もっぱら対魔石仕掛けの置物(リビングスタチュー)として使われることが多い。


「これで邪魔物はいなくなったなっと!」


 へらへらと笑いながら、スターンがミアへと歩み寄り、押し倒す。


「くっ!」


 どうにか逃れようとするも、身に力が入らないミアには押しのけることが出来ない。


「さあ、これから楽しい調教の時間だぜ、獣人さんよ――おぶぁ!?」


 ミアの目の前にあったスターンの顔が、突然消えた。

 否、真横に吹っ飛んでいったのだ。ごろごろと地面を転がり続け、止まった頃には、彼は気絶していた。

 あまりの突然のことに、ミアを含めた全員が呆気に取られ、何が起こったのか把握できないでいた。

 が、いち早く我に返ったミアはどうにか体を起こすと、目の前にはいつの間にか男がこちらに背を向けて立っていた。

 顔は見えないが、どうやらこの男性が自分を助けてくれたらしい。

 そこにいたのは、修羅のごとき怒りに燃えるシヴァであった。


「……この、腐れ外道どもが!」


 シヴァの咆哮が、草原に響き渡った。

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