シヴァの日常~猫娘との出会い・中②
序
これはまだ、シヴァがストリートソルジャー5をやり始めたばかりの頃。友人のオタルと対戦している時の話。
――くっそ、また負けた! おい、オタル! ちょっとは加減しろよ! こっちは昨日から始めたばっかの初心者だぞ!? まだ新システムの把握も出来てないっつーの!
――フン! 脆弱なことを言う! お前が初心者なのは百も承知! そして俺は全国大会でも上位に残れる上級者。だがな、だからといって手を抜くようなことはせん! それが上級者としての矜持!
――……で、本音は?
――初心者いたぶるのって超楽しいよなあ! それに手加減して万が一にも負けてみろっ、超恥ずかしいだろうに! ……ハッ!?
――ふざけんなテメー!
――ぶあっはっはっは! 勝敗に拘るのはゲーマーの性なのだから仕方ないだろう!? おぉっと危ない! リアルファイトはご免だぞシヴァ! お前も一端のゲーマーだったらゲームで片をつけようじゃないか、んん!? ま、初心者が上級者に敵う道理はないがな! ってこら、本当にやめろ! 殴るな! 俺はこう見えて痛みに弱いんだぞ!? 泣くぞ!? 夜中だけどわんわん泣くぞ!?
――二十歳になった男が吐く台詞じゃないな!?
――フン、まあいい。大分ボコって気も晴れたしな。シヴァよ、お礼に初心者のお前に強くなる近道を教えてやろう。
――そんなのがあるのか?
――ある! それはな……。
――それは?
――実戦に勝る経験なし! 実戦を積む事こそ、レベルのない格ゲーの経験値と知れ! というわけで試合再開だシヴァ! 思う存分、俺にボコられろ!
――結局ソコかよ!? ぃようっし! 上等だ、絶対にぶっ飛ばす!
――やれるもんならやってみろ初心者! ぶあっはっはっは! ぶあーっはっはっはっは!!
それから数年。シヴァは実戦を積み、中級者といえるくらいまでに成長した。
そして現在、シヴァは異世界バニイップにてその腕前をいかんなく発揮しようとしていた。
1
「ハアアァァアアアア!!!!」
裂帛の気合いと共に飛び込んでくるオィンガス。中々の速さだが、目で追えないほどではない。
(普段だったらここで波動掌を打ち込むところだけど、そうもいかないよなあ)
波動掌とは、突き出した掌から打ち出される気弾のことであるが、ギルド内では魔法の仕様はご法度だ。波動掌は魔法ではないが、それを知らなければ魔法と判断されてもおかしくない。
なのでシヴァはタイミングを合わせ、懐に入ったところでしゃがむと中Kを放った。
上半身を床ギリギリまで屈め、槍のように突き出した右足がオィンガスのくるぶし付近を強打する。
「がっ!」
リョウの中Kは出が早い上に射程も長い。突っ込んでくる相手を迎撃するにはもってこいだ。
くるぶし付近を強かに打たれたオィンガスが一瞬、怯む。
その時すでにシヴァは脳内コントローラーでコマンド入力を終えていた。
突き出していた右足を引き戻すと同時、シヴァは素早く体を小さく縮めると、オィンガスを見上げる。そして――
「昇竜掌(→↓\、P)!」
バネのように大きく飛び上がりながら、右腕を下から掬うように振り上げる!
「ガッ!?」
振り上げた拳がオィンガスの下っ腹を捉えた。オィンガスの顔が苦痛に歪む。だが、それだけに留まらず、シヴァの拳はそのままオィンガスの体を貫通するように攻め立てた。
「ごっ、ゲハッ!」
多段ヒット。大きく仰け反ったオィンガス。だが、すぐに態勢を立て直すと同時にバックステップで距離を取る。仕切り直そうというのだ。
その隙を逃さんと着地と同時にシヴァが間合いを詰める。さっきのお返しとばかりにオィンガスが突きを放つ。が、
(見え見えだっつーの!)
オィンガスの攻撃が当たる直前、シヴァは脳内コントローラーで強Pと強Kを同時に押す。シヴァの体が急停止。腰を落とし、全身に力を溜める。
そこにオィンガスの攻撃がシヴァの顔面を捉えた。確かな手ごたえにオィンガスが嗜虐的な笑みを浮かべるも、その表情はすぐに驚愕へと代わった。
シヴァが何事もなかったかのように突っ込んできたからだ。
「そ、そんなバカな!? 確かに当たったはずッスよ!?」
確かに手応えを感じた。渾身の一撃だった。そのはずなのに!
「どうして無傷なんスか!?」
シヴァの顔には痣一つ無く、効いた様子もなかったのだ。
「セビキャンからのステップだよ!」
「せ、せび――何つったって!?」
「セビキャンステップだっての!」
シヴァが行ったのはスト5では必須のテクニック。セービングキャンセル、通称セビキャン。
そもセービングとは、強Pと強Kを同時押しすることで発動する、相手の攻撃に怯むことなく攻撃できる技のことである。いわゆるスーパーアーマー付属の攻撃だ。
そしてセビキャンとは、セービング攻撃が発動する前に前後にステップ入力することでキャンセルする技のことだ。これにより、セービングは真の攻防一体技と化す。それを人はセビキャンステップと呼んだ。
突進止まぬシヴァ。すでに懐に入り込まれているオィンガスは咄嗟に防御スキル『アーマー』を発動。オィンガスの体が淡く輝きだした。『アーマー』とは、魔力を鎧に纏わせて防御力を底上げするとともに、身体の防御力も上げてくれるスキルだ。肉弾戦であれば、文字通り鉄壁と化す。
普通であれば。
だが、オィンガスが今拳を交わしている相手は普通などでは到底なく、この世界の常識や理を地平の彼方へ放り捨てたかのような出鱈目な男である。
オィンガスの体が淡く光るのを見て、何らかの防御系スキルを使用したと確信したシヴァは、
「独楽旋風脚!」
ジャンプすると右足を突き出し、技の名前どおり独楽のように回転! 空中を進みオィンガスに迫る!
「なん――アガッ、ガッ、ガッ、ガアッ!!」
多段ヒット。独楽旋風脚はオィンガスの『アーマー』など関係ないといわんばかりにダメージを叩きこんでいく。が、オィンガスはそれどころではない。
蹴りは別にいい。だが、問題はどうやってオィンガスの『アーマー』を破ったかだ。
それにあの動き、普通じゃないッスよ!? 一体どうやれば人が垂平に宙を飛んで来るっていうんスか!
――おいっ! 今の見たか!? ――ああ、蹴りで『アーマー』を破ったぞ! ――……独楽旋風脚って言ってたな。アレはスキルなのか?
ある意味確信を突いた周りの声だったが、今のオィンガスの耳には入らない。
独楽旋風脚はただの蹴り技ではない。アーマーブレイク属性を持った蹴り技であり、対セービング技でもある。シヴァは防御系のスキルも一種のスーパーアーマーだろうという安直な考えから繰り出したのだが、それが上手くいった。
シヴァはチラリと視界上部にあるオィンガスの体力バーを確認。この時点で相手はすでに半分程度を失っていた。
上級者のオタルに比べれば物足りないが、まあ、こんなもんだろうとも思う。
これまでの闘いから、シヴァはオィンガスを初心者並みだと判断したのだ。
「くそ!」
オィンガスが破れかぶれの拳を繰り出す。それをバックステップで躱す。後ろへ退いたシヴァにオィンガスが追撃を仕掛けた。シヴァの右腕を取り関節技を狙う。
どんな猛者も、関節を決められればその動きは極端に制限される。
掴んだシヴァの右肘に手を当て、捻りあげようとするオィンガス。
今度こそやったッス!
オィンガスは内心で喝采を上げた次の瞬間――シヴァがするりとオィンガスの手から抜け出した。
「んなあ!?」
誰もが驚愕する。誰の目から見ても、オィンガスの関節技は決まったかのように見えたのだから無理もない。
だが、シヴァは見事に抜け出して見せた。
シヴァが行ったのは、『投げぬけ』と呼ばれるテクニックだ。投げぬけとは、相手の投げコマンドに被せるようにして、自身も『投げ』を入力することで、投げ技を回避する必須テクニックである。
その投げぬけを、シヴァはオィンガスの関節技が決まる瞬間に入力していたのだ。
(関節技が投げ判定されてて助かった)
安堵の息を漏らすシヴァ。
対して、心穏やかでないのはオィンガスだ。当たったはずの拳を意に帰されず、関節技もいとも容易く抜けられてしまった。しかも相手は良く分からない攻撃スキルを使い、あまつさえ自分の防御スキルを破ってみせたのだ。
――もしや今のも未知のスキルッスか!?
もはやオィンガスは混乱の極みであった。それゆえ、シヴァの接近に気付かなかった。
「敵を前に考え事とは余裕だな?」
「っ!?」
シヴァの声に、ハッと我に帰るオィンガス。シヴァの顔が目の前にあった。致命的なミス。
だが、混乱しているオィンガスはもはや迎撃は不可能な距離まで詰められているにも拘らず、無理やり拳を繰り出そうとした。それをシヴァはジャブにも似たパンチで反撃。「がっ!」もろに顔面に食らったオィンガスの拳がとまる。否、動きそのものがとまった。
(もう、何をされているのか訳分かんないッス!)
オィンガスの心が折れてしまったがゆえに。
格ゲーだろうとリアルファイトだろうと、初心者が達人に敵うはずもない。
そして、初心者が最も恐れるのは『自分が何をされているのか分からない』という点も同じだろう。
達人は己の経験から豊富な戦術を持つ。戦術の数だけ攻防の選択肢は広がり、相手を翻弄し、追い詰める。
また、積み重ねてきた実績は何事にも動じない度胸に転じるのだ。
シヴァ本人に武術の心得は全くないが、スト5と同様に体を動かせて技を繰り出せるのであれば、シヴァは今、確かに中級者であった。
オタルにいいようにやられた悔しさからネットでの野良試合を散々し、広く普及しているテクニックやコンボを覚え、愛用キャラの長所や短所を把握し、その上で自分なりの戦術を組み上げた。そして今では上級者のオタル相手でも、対戦を十回やれば、一、二回は勝てるまでになった。それが自信にもなっている。
対してオィンガスは、多少の武術の心得があったとしても、実戦経験が圧倒的に足りなかった。特に格上を相手にした経験が。だが、それも致し方ない。ゲームとは違いここは現実世界なのだから。しかも、荒っぽい者が多い冒険者同士の私闘では、時に命を落とす場合もある。勝てぬ闘いはしないのが鉄則である。が、だからこそ、オィンガスはシヴァの攻撃に対処できず、未知の攻撃に戸惑い、混乱してしまった。心が折れてしまった。
実戦に勝る経験なし。
オタルがシヴァに言った言葉ではあるが、そこもまた、ゲームも現実も同じ。であれば、経験の足りないオィンガスは初心者も同じと言える。
初心者が達人に敵わないように、初心者が中級者に勝つのもまた困難。
(だからといって、手心を加えるつもりはないけどな!)
かつてのオタルと同じように、容赦なく攻めるシヴァ。彼もまた、勝敗に拘るゲーマーなのだ。
動きを止めたオィンガスの襟を、シヴァが掴む。
「地獄落とし!」
一本背負いにも似た、投げ技である。
だが、『地獄落とし』は普通の一本背負いではない。
棒切れのように跳ね上げられたオィンガスの体が空中で垂直になった瞬間、シヴァは腰を落とし、相手の頭を勢い良く床に叩きつけた。
これこそ『地獄落とし』の真骨頂。
襟を握られているオィンガスに逃げようもない。
「ぐげっ!」
オィンガスの短い悲鳴と、『ゴスン!』という鈍い音がロビーに響く。
オィンガスの頭を床に打ちつけたシヴァは素早くステップで一歩退き、相手の出方を待つ。……が、オィンガスに動き出す様子がない。どころか、ピクピクと痙攣しているように見えた。
シヴァが「おや?」と思うのと同時に、
――YOU WIN!
脳内でシヴァの勝利を伝えるアナウンスが流れたのだった。
「……あれ?」
シヴァが首を捻るのも無理はない。オィンガスの体力はまだ半分近く残っていたのだから。
地獄落としはスト5の全キャラ中、屈指のダメージ量を誇る投げ技だが、半分近く残っていた体力を飛ばすほどではない。
だが、シヴァの視界の上に表示されているオィンガスの体力は空であった。
再び首を傾げるシヴァであったが、すぐに思い至った。
(そういや現実なんだっけ、コレ)
ゲームでは半分以上残っている体力を飛ばすことは出来なくとも、現実であれば可能だ。
硬い床に勢い良く脳天を叩きつけられて、平気でいられる人間は少ないだろう。ましてや相手は心を折られていたのだ。気絶するのも無理なかろう。
今さらながら現実であることを思い出したシヴァは、頭を叩きつけてしまったオィンガスの容態を気にするも、
(……まっ、勝ったんだし、いっか)
目の前にランキング表が現れると、オィンガスのことはあっさりと流した。
――もし何かしらの後遺症が出たとしても、EFⅩⅥの万能アイテム『エリクサー』でどうとでもなるしな。
それにこれは合意の上での私闘であり、全ては自己責任。必要以上に気にかける必要もないだろう。
と結論付け、ゲーマーのシヴァはいそいそと目の前のランキング表に注目する。
1.聖拳のアリオン 撃破数25,694
2.聖拳の名を継ぎしジャボン 撃破数13,378
3.鉄槌のバッシン 撃破数 8,159
:
:
:
NOLANK.シヴァ 撃破数 128
(よし、ランキングは格ゲー間で共通のようだな)
スト5で闘ったのは今日が初めてであるにも関わらず、シヴァの撃破数は128。これはデッドライブ5で勝った数も含まれていることを指していた。
それにしても、シヴァがこの世界に来てからまだ二ヶ月強。にも関わらず、撃破数はすでに百を超えている。
(大抵一人倒したらソイツの仲間まで相手にする羽目になるんだよなぁ。まあ、そのお陰で数が稼げているんだけどさ。……それにしてもランキング最下位の一万位の撃破数が564だから、あと400ちょいか)
二ヶ月そこらでここまで縮めたのは速いのか遅いのか。いや、速いと見るべきだろう。
シヴァはランキング上位に載っている人物が、本当にこの世界にいる人物なのか調べたことがあった。
結果は、全員居た。
一位の聖拳のアリオンはとても有名な人だったようで、数多くの関連本があり、簡単に調べることができた。
それによると、彼は幼少の頃に素手で魔物を倒したという。また、多くの大会を素手のみで優勝してみせ、付いた二つ名が『聖拳』。アリオンが生涯を通して倒した魔物や人は二万を超えるであろうとあった。
つまり、ランキングに載っている撃破数は正しいという事だ。むしろ、細かい数字が出ている分、ランキング表の方が詳しいかもしれない。
だが、ここで重要なのは、聖拳のアリオンなる人物の撃破数が、彼の生涯を掛けて叩き出した数字であるという事だ。アリオンが亡くなったのは七十一歳の時らしい。
この世界の一年は三百六十日。アリオンの亡くなった年齢を鑑みれば、彼のキル数は、大体にして一日1となる計算となる。
対してシヴァは、二ヶ月強で128。シヴァのキル数は一日当たり、約2であり、倍近い。
私闘が面倒なシヴァなので、キル数は今後変動していくだろうが、少なくともシヴァの名前がランキングに載るのはそう遠くないだろうことは確実であろう。
ともあれ、スコアが伸びることはゲーマーにとって快感である。
また一つ撃破数を重ねて上機嫌になったシヴァはランキング表を閉じると、オィンガスの容態を確かめるべく歩き出した。が、その一歩目で足の裏に床のタイルのひやりとした冷たさを感じ、そういえばスト5のままだったことを思い出た。
シヴァは苦笑しながらPZ5のホームメニューからWGⅢ仕様へと変更してから、彼に近づいていった。
2
……何だか視界が白いッスね。耳も馬鹿になったみたいにくぐもってるッスよ。頭もぼーっとしるし……あれ? そういえば俺様、なにしてたっけ?
起き上がりのような思考。重たい頭はまるで脳みそのかわりに鉄の塊を入れているようで。
……ああ、何も考えられないッスねー。
重たい目蓋が、徐々に閉じていき、白い世界が暗闇に閉じてい――
「――おい、おい! 起きろオィンガス!」
頬に熱い感触が走るやいなや、痛みがオィンガスを襲った。
ビックリして目を開ける。さっきまで白く塗り潰されていた世界に、色が付いた。
目を見開いたオィンガスの視界一杯には、彼が慕う冒険者、同業者からはオッサンと呼ばれるドワーフのガイの厳つい顔であった。
先ほどの頬の痛みは、どうやらガイが張り手を食らわしたようだ。
「ってて。何スんすかガイさん!」
がばりと上半身を起こして抗議するオィンガスに、ガイは半目で返した。
「ったく、ようやく起きたか。で、頭の調子はどうだ、痛むか?」
「頭ッスか?」
「……どうやら記憶が混乱しているようですね」とのカリストフに「そうみてえだ」とガイが返した。
張られた頬ではなく頭の調子を聞かれ、オィンガスは思わず手を頭にやる。と、触れると同時、ズキリと鈍い痛みが走り、顔を歪める。
だが、その痛みで自分がシヴァと闘い、敗れたことを思い出した。
項垂れるオィンガス。
「……どうやら思い出したようだな」
「完敗だったッス。手も足も出なかったスよ」
自分の攻撃を全ていなされた。何も出来ないまま、打ちのめされた。
「覚えておきなさい。あれが真の強者って奴です」
その言葉と共に、横からすっと差し出される瓶。ポーションである。
「……カリストフさん」
「頭を打ったのですから、念のために飲んでおきなさい」
ありがとうッス。お礼を言って、受け取ったポーションを一気に呷るオィンガス。飲み干したあと、彼は俯いてしまった。よほど参ったとみえる。
「……で、どうだった?」
「どう、スか?」
ガイの言葉に、オィンガスは顔を上げないまま聞き返した。
「闘いの前によ、シヴァはお前に「拳で語れ!」なんてカッコつけてたろ。奴の拳は、お前に何かを語ってくれたかって聞いてんだよ」
「拳で……」
確かにシヴァはそう言っていた。ガイの質問にオィンガスはシヴァとの闘いを思い返す。
圧倒的な強さ。自分の攻撃を的確に対処してみせた技量。豊富な技。
やられたのは確かにくやしい。だが、それ以上にシヴァの姿はカッコ良かった。闘いの内容は、思い出せば思い出すほど自分の稚拙さが浮き彫りになって恥ずかしいが、それ以上に興奮する内容でもあった。
もう一度、そっと頭に触れる。ポーションのお陰で、痛みはもう無い。
だが、シヴァの一撃一撃が、この頭に焼き付いている。
頭の痛みは消えても、この記憶はきっと、一生消えずに残るだろう。
「フン、どうやら得るものはあったようだな」
「あとは、それをどう生かすか。貴方次第ですよ、オィンガス」
「ガイさん、カリストフさん……俺様は――」
――どうしたいんだろうか。
俯いたまま、自分に問いかけ続けるオィンガスであった。
3
「オィンガスは大丈夫そうか? オッサン」
「おう、もう目も覚ましてるぜ。ほれ」
介抱していたらしいオッサンことドワーフのガイに声を掛けると、床に座り込んでいるオィンガスを顎でしゃくってみせた。
オッサンが言うとおり、オィンガスは大丈夫そうだ。手にポーションの空き瓶が握られているのが見えた。
「頭を強打してましたからね。一応、飲ませました」
答えたのはエルフのカリストフ。どうやら大事をとったらしい。流石は気の利く男である。
それにしても、床に座り込み俯くオィンガスが静かだ。どうやら気落ちしているらしい。
流石にやりすぎただろうかと、オィンガスの激しい落ち込みように内心で冷や汗を大量に流すシヴァ。いやしかし、実力に差があるからといって変に手を抜くと言うのも、ゲーマーとしてどうかと思うのだがよくよく考えてみればここは異世界でれっきとした現実世界な訳であってゲームではないのだし――と言い訳めいた呟きを零す。
そんな中、オッサンが唐突に声を上げた。
「それにしてもシヴァ! 最後の投げは豪快な技だったじゃねえか!」
ありゃ俺でも目を回すぞ! なあ!? とオッサンが豪快に笑いながらシヴァの肩を叩いてくる。落ち込むオィンガスへのオッサンなりの気遣いか。それと、シヴァに対しても気にするなとの気持ちも含まれているのかもしれない。その言葉を受けて、周りのギャラリーもやんややんやと盛り上がった。
――確かにありゃあ見事な技だったな! ――それ以前にシヴァの技が全体的に意味不明だろ!? ――やっぱスキルかな? ――くぅ! 仲間に欲しいぜ!! ――無理でしょ、アタシの色仕掛けにもなびかなかった男よ? ――テメエは男だろ!? 何色仕掛けしてんだよ! 逆にシヴァが気の毒だぞ!? ――キー! 心は乙女よ! ――だー! 賭けに負けたー! いつもは瞬殺だったのによー! ――まあ、それだけあの坊主もシヴァ相手に善戦したってことよ。――だな。――坊主、ナイスファイトだったぞ! ――後で驕ってやらあ! ――てめっ、さては賭けに勝ちやがったな!? ――だっはっはっは!
賭けに負けた者、勝った者問わず、まるでお祭り騒ぎだ。ちなみに、賭けの内容は『シヴァがオィンガスを十秒以内に倒せるか』だ。シヴァの勝利は誰も疑っていなかったのである。
周りが騒ぐ中、それまで俯き、黙っていたオィンガスが急に顔をあげて大声を上げた。
「シヴァさん! すみませんっしたーッス!」
せっかく上げた頭を、今度は額を床にこすりつけるかのように勢い良く下げた。
「シヴァさんの強さに俺様超ビビッたッス! 惚れたッス! どうか弟子にして下さいッス!」
「……あ?」
急な展開についていけず、間抜けな声を漏らすシヴァ。騒いでいたギャラリーも静かになった。
「弟子にして下さいッス!!」
顔をガバリと上げ、もう一度頼み込んでくるオィンガスに対し、シヴァは――
「や、無理」
シュタッと目の前に上げた手を左右に振って拒否した。
「何でッスか!?」
なぜか断れるとは微塵にも思っていなかったらしいオィンガス。驚愕の眼差しで問うてきた。
「何でって言われてもなあ……」
自分を弟子に、と言う話はこれまでも結構あった。というよりも、私闘の後は大抵が弟子入りを懇願された。だが、シヴァはそのいずれも断ってきたのだ。
理由は簡単。
ゲームの技なんぞ、どうやって教えろと? である。
今回のスト5にしろ、今まで使っていたデッドライブ5にしろ、シヴァがゲームの技を使えるのは脳内コントローラーでコマンド入力すると勝手に体が動いているからであって、実際に体を動かしているわけではない。
例えばスト5の波動掌。モーションとしては、両足を肩幅より少し広めに開いて膝を落とし、腰を溜めたあと、掌底を突き出す。すると気弾が打ち出される。そんなモーションだ。
それを弟子を取って教えろと言われても、シヴァには「波動掌を撃つ時は↓\.→と入れた後にPボタンね。あ、Pは強と弱のボタンで威力とスピードが変わるから気をつけて」としか教えられない。それで「さあ、やってみよう!」と言われても、弟子入りした人も困惑するしかないだろう。
だから弟子入りの話は全て断っているのだ。
「是非! 是非に俺様を弟子に! 今なら俺様の妹も付けますよ! まだ一歳ッスけども! イケるッスか!?」
「イケるか!」
一歳の赤ちゃんなんぞ貰ったところで俺にどうしろと!?
「その辺にしとけ、この馬鹿」
「あだッ!?」
尚もしつこく縋りつくオィンガスの頭に、割と容赦なく拳骨を落として黙らせたのはオッサンだった。
「わりいなシヴァ。コイツには後でよく言って聞かせるからよ。で、これから一緒に行く依頼の件だがよ」
「ん? ああ、そういやそういう話だったな」
「おう。で、取りにいく魔物の素材なんだが――」
「いや、俺は行かないぞ?」
「「「…………はああああっ!?」」」
オッサンとカリストフ、オィンガスの声が綺麗に重なった。
「いや、なんで!?」
「オィンガスが気に入らないのでしたら、彼を外しても良いのですよ?」
「それはいくらなんでも酷いッスよ、カリストフさん!」
「いやいや、そもそも俺、一言もオッサンたちと一緒に行くって言ってないよな?」
その言葉に、三人ははたと黙りこみ、誘った時のことを思い返すと――
「……確かに言ってませんね」
「……ああ、俺の記憶でも言ってねえな」
シヴァの言葉が事実であると確認したのだった。
「それじゃ、俺様が闘った意味ってなんスか?」
そも、オィンガスがシヴァに突っかかったのは、弱そうに見えたシヴァの同行を嫌ってのことであった。それが無意味だったと知らされ、肩を落とすオィンガス。
「まあ、そういうわけで悪いな、オッサンにカリストフ。それと一応オィンガスも」
「俺たちの早とちりだったんだから、別にお前が謝る必要はねえよ」
「ガイの言うとおりです。ですが、私たちに付いて来ないのであれば、シヴァさんはこれから別の依頼を?」
「ああ。俺はいつもどおり掲示板で面白そうな依頼がないか見てみるよ。無かったら適当に余った依頼でも受けるさ」
「なるほど、シヴァさんらしいですね」
クスリと笑うカリストフ。このイケメンエルフの笑みは、同姓の自分でも思わずドキリとさせられるのでやめてほしい。
いやいや、俺にそんな気はない! 頭を振るシヴァは、ふとあることに気付いてオッサンに訊ねた。
「そう言えばさっきからキースの姿が見えないが?」
「あん? ……って、確かに見えねえな」
「どこに行ったんスかね?」
辺りを見渡すも、侍もどきの軽戦士こと、キースの姿は見当たらない。と、そこに――
「お~い、シヴァ殿、みんなも! 某はここでござるよ!」
間の抜けたキースの声が、シヴァたちの耳に届いた。声のしたほうに顔を向ければ、そこはギルド備え付けのバーである。
嫌な予感がするも目を眇めて探せば――いた。
ジョッキを片手に、相席している女性冒険者の肩を抱いている侍もどきが。
恐らく彼は、オッサンたちに内緒でいつの間にか賭けに参加していたのだろう。さすがは素早さを信条とする軽戦士である。そして賭けに勝ったようでもある。その儲けで女性冒険者に驕っていると見た。
「はやく、みんなもこっちに来るでござるよ! なぁに、勘定のことなら心配ござらん! 某がまとめて払ってやるでござる!」
「や~ん、キースったら素敵!」
「ハハハ! それほどでもござらんよ!」
肩を抱かれた女性冒険者がキースの肩に頬をすり寄せると、キースは鼻の下をデレッと伸ばす。その間に女性冒険者はウィトレスに追加のビールをちゃっかり頼んでいた。強かである。
「………………」
シヴァたちは無言でキースに近づく。
「ようやく来たでござるか。うん? どうしたでござる。みな、そんなに恐い顔をして」
きょとんするキースに、
「どうしたもこうしたもあるか、このアホが!」
「これから依頼をこなしに出ると言うのに酒を飲む馬鹿がいますか、この馬鹿!」
「そうッスよ! それに何、人の私闘で儲けた金で女性を侍らしてるんスか!? 羨ましいッス!」
「みんなの言うとおりだ、このムッツリスケベ侍め!!!!」
「おろーーーーっ!?」
シヴァたちの怒声とともに、拳が雨あられと落ちたのだった。




