素敵な二人・下②
「あそこがグレーテルの家だ」
オルドが案内したのは、村の入口の反対側。やや奥まった場所に建つ一軒の木造平屋であった。こじんまりかつ古びてはいるが、それが逆に田畑に囲まれた風情ある西洋の家といった感じで、日本人のシヴァからすれば物珍しさから好感が持てる。
「おーいグレーテル! いるかー! グレーテルー! いるなら返事しろーい!」
家に近づきながら呼びかけるオルドの大声が辺りに響き、茜色の空に溶けていく。当然、近くの家々から何事かと住民が顔を覗かせるが、オルドを認めた途端、なんだオルドかと納得したように引っ込んでいった。恐らく、オルドが訪れる度にこの調子なのだろう。「……子どもかお前は」と小声でつっこみつつ、友人と思われたくないシヴァはさり気なくすすすと距離を取った。その間もオルドは大声でグレーテルを呼び続ける。
「グレーテルやーい!」
家の近くまで来たとき、玄関と思しき扉がバンッ! と勢い良く開くと同人一人の女性が飛び出してきたかと思えば、オルドの声に負けないほどの大声を張り上げたではないか。
「うっさいよオルド! 毎回毎回そんなデッカイ声で何度も呼ばなくても聞こえてるよっ、このアンポンタン!」
辺りに木霊す女性の声。今回は付近の住民が出てくるようなことはなかったが、さらにすすすすすと距離を取るシヴァ。
「おおっ、グレーテル! 久しぶりだな! 元気にしてたか……って今の声を聞きゃあ、聞くまでもねえか!」
グレーテルの姿を見るなり、走り寄ってガバリと抱きつく喜色満面のオルド。飛び出してきたこの女性がオルドが惚れているというグレーテルらしい。
「ええい鬱陶しいね! 会うたんびに抱きついてくるんじゃないよっ、こう見えてあたしはまだ結婚前の乙女なんだからさ!」
「ダッハッハ! こう見えてって何だよっ、お前が乙女なのは俺が一番知ってるっての!」
「本当にうっさいね!」
抱きつくオルドを引き剥がそうとしているグレーテルだが、その表情を見るにまんざらでもなさそうだ。
「おっとそうだ! グレーテル、俺の連れを紹介するぜ! 兄ちゃん! ……って何でそんな離れたところに突っ立ってんだ?」
「……恥ずかしいからだよ」
お前らのやりとりがな! との言葉は飲み込んだ。
「ダッハッハ! まっ、たしかにグレーテルは別嬪だからな! 兄ちゃんが照れるのも分かるが、とりあえず紹介すっからよ。こっちに来てくれ」
盛大に勘違いをするオルドに溜め息一つ吐いたシヴァは、言われた通りオルドの隣に立ってグレーテルと向き合う。
「グレーテル。この兄ちゃんは護衛でついてきてもらったシヴァっていう凄腕の冒険者だ。俺のダチでもある。んで、こっちがグレーテルだ」
「シヴァだ。宜しく、グレーテルさん」
「へぇ、冒険者様かい。この村に冒険者が来るなんて何年ぶりだろうねえ。オルドの友達ってんなら歓迎するよ、シヴァさん」
「ありがたい、感謝する」
「ああ、それとあたしの名前は呼び捨てでいいよ。さん付けされる柄じゃないしね!」
笑顔で差し出されたグレーテルの右手を取りながら、さりげなくグレーテルの様子を窺うシヴァ。
全体的に丸みを帯びた小柄な体型。顔の作りは失礼な物言いだが平凡。だが、力強い笑顔はこちらまで元気になるような、そんな魅力的な笑みであった。
身に着けている服は、ふくよかな体の線を隠すためか、ややゆったりとしたサイズのチュニックは長袖仕様である。
が――シヴァはどこか違和感を感じた。
そして、すぐに気付いた。
左袖が、肩口近くで結ばれていることに。
そして、グレーテルの左腕がないことに。
軽く目を見開いて驚くシヴァだったが、同時に、今回の依頼を受ける際に聞いたオルドの言葉を思い出し、納得もした。
――なるほど、これがオルドが言っていた、会えば分かるってやつか。
「おや、気付いたかい? ってかオルド、あんたシヴァさんにあたしの体のこと、言ってなかったのかい」
「……まあな。お前の体の事は前もって言ってもなかなか信じてもらえない場合が多いからな」
グレーテルに問い詰められ、気まずそうに頭を掻くオルド。
「ったく。だからって黙ってて良いってことにならないだろう? 済まないねえ、シヴァさん。これは生まれつきなのさ。不快な思いをさせたんなら御免よ」
言って、頭を下げるグレーテル。
「お、おいグレーテル! なあ兄ちゃん、どうかグレーテルの事を気味悪がったりしねえでくれねえか!」
シヴァに頭を下げるグレーテルを見て、オルドは違った意味でシヴァに頭を下げた。
生まれつき、グレーテルはそう言っていた。という事は、彼女は先天性欠損症というやつなのだろうと、小学生の時分に授業で習った知識を掘り起こす。
先天性欠損症――体の一部が欠けた状態で生まれてくる症状である。それは腕であったり足であったりと様々だが、グレーテルの場合は左腕が肩口から欠けた状態だったというわけだ。
次に、シヴァは頭を下げるオルドとグレーテルを見やる。
これまでの二人の言葉の端端や雰囲気から察するに、この世界において体の一部が欠損した状態で生まれてきた人たちは、少なからず迫害や差別の対象になっているようだ。
それは別に珍しいことではない。シヴァが生まれ育った地球でも、悲しいことに障害者に対する差別や迫害は現在進行形で存在するからだ。
人は、自分と違う姿をした者を排除しようとする本能がある。体の一部が欠けているとなれば、加えて強気になるという一面もあるかもしれない。
とはいえ、シヴァにそういった差別意識はない。
その一因に、二十一世紀末の日本において、情操教育の一環として早いうちから知的、身体的な障害を持った人たちとの積極的な交流が学校の授業に盛り込まれているからだ。
人が自分と違う姿をした者を排除しようとする本能があるのであれば、適応力が高い子どものうちから障害を持った人たちとの交流があれば、差別や迫害も少しはなくなるだろうとの考えだ。
先ほど、冒険者であるシヴァに不用意な発言をした子どもに、他の冒険者に同じ事を言わないよう釘を刺したのと似たようなものだ。
考えを矯正するのは早ければ早いほど良い。
この考え方に基づく交流がある程度の成果を上げているのは、シヴァが生きる二十一世紀末現在、障害者への差別や迫害が年々減少傾向にあることからも明らかだろう。
子どもたちはこういった交流を通して、障害を持った人たちも自分たちと何一つ変わりないと学び、遊びを通して友人となる。
そういった環境で育ったシヴァからすれば、グレーテルの障害は気にならない程度であった。
グレーテルをあまり人目に晒したくないオルドが、あえてシヴァを護衛に選んだのは少ない付き合いの中で、シヴァならばと商人独特の勘で感じ取ったのかもしれない。もしくは信頼か。
ともあれ、それは言葉にしなければ伝わらないだろうし、なにより二人にいつまでも頭を下げさせておくわけにもいかない。
シヴァはまず、頭を下げ続けるオルドの肩に手を置いた。
「言い方は悪いが、腕が無いくらいで別に気味悪がったりしないさ、オルド」
「に、兄ちゃん」
「そういうわけだからグレーテルさん、頭を上げてくれないか」
「……シヴァさん。あんた、あたしの体が気持ち悪くないのかい?」
「特に何も感じないな。グレーテルさんのように、体に障害を持っている人を他にも何人か知っているし、友人にもいる」
シヴァの言葉に目を見開く二人。
別に嘘は言っていない。シヴァの友人の中にはグレーテルと同じ先天性欠損症の人が居るのだ。彼女は右足の膝から下が無いが。
「まあ、そんなわけだ。だからグレーテルさんは俺に変に気を使わなくていい。俺も変に気を使わないからさ」
あまりにもあっけらかんとしたシヴァの態度に、オルドとグレーテルはポカンとするばかりだったが――
「ぷっ! くっくく……あーっはっはっは!!」
「ぐ、グレーテル?」
「流石はオルドの友人だよ! いやー、参ったね!」
言って、グレーテルはシヴァに無遠慮に近づき、バシバシと肩を叩き始める。
「おっと、そういやいつまでも外で立ち話ってのもなんだね。オルド、ご飯はまだだろう?」
「あ、ああ」
「ならウチで食べてきな。ちょうど作ろうとしてたところだからね。シヴァさんもそれでいいかい?」
「迷惑でなければご馳走になろう。ここ二日は出来合いの料理で、しかも男二人のむさくるしい食事だったからな。そろそろ女性が作ってくれた手料理と、一緒に食べてくれる女性が恋しいところだ」
「おや、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。あたしでも女にカウントしてくれるのかい?」
「勿論だ」
「だったら決まりだね! さあ、二人とも、ウチに上がっておくれ」
グレーテルに促され、中へ。
入るとすぐにリビングになっており、右手には台所とトイレに続く扉。左手奥には扉が二つ。グレーテルと今は亡き両親の寝室らしい。
いわゆる2LDK。
こじんまりとした外観と同じく、室内もこじんまりとしていた。
「二人はそこで休んでてよ。すぐに仕上げるからさ」
「そうさせてもらおう。だが、何か手伝うことがあったら遠慮なく言ってくれ。主にオルドに」
グレーテルに言われ、シヴァはリビングに置かれたテーブル椅子に腰を下ろしながら、彼女に申し出た。
「ああ任せておけ――って、おいっ、手伝うの俺だけかよ!」
アッハッハ! と笑いながら台所に消えるグレーテル。
そんな彼女を見送り、くつろいでいると、対面に座るオルドが溜め息を吐いた。
どうしたとシヴァが訊ねれば、オルドは「いやな」と口を開く。
「兄ちゃんは凄ぇなと思っただけよ」
「凄い? 意味が分からんが」
むしろ外であんな大声を出せるコイツのほうがある意味凄いと思うのだが。
「さっきよ、兄ちゃんはグレーテルに手伝うことがあったら言ってくれっていったろ? 俺ぁ、あいつと出会ったばかりの頃は何でも手伝おうとしてたんだよ」
まあ、終いには「鬱陶しい!」って怒鳴られたけどな。と苦笑いを浮かべて言うオルド。
「ああ、なるほど。俺にも覚えがあるな」
「あるのか! ……そういや兄ちゃんにも体の不自由な友人がいるって言ってたっけか」
「ああ。俺もそいつと会った頃はとにかく何でも手伝うから俺に任せとけ! って感じだったな。まっ、相手からすればありがた迷惑で、完全に俺の一人よがりだったわけだが」
シヴァの友人である、右足の膝から下が無い先天性欠損症の彼女と出会った頃、シヴァは子ども特有の正義感に駆られ、何かと彼女に手を貸そうとした。それこそ歩行から何までだ。
シヴァとしては自分の行動が誇らしく思えたが、それを聞いた父親は静かに口を開いた。
――それをその子が頼んだのか? と。
シヴァは首を横に振った。
父親は言う。
障害者は、確かに生活する上で不便なことも多くあるだろう。
だからといって、何も出来ないわけじゃない。健常者よりも時間は掛かるだろうが、出来ることだって沢山あるのだ。
――お前がやったことは誇らしいことなんかじゃない。その子を侮辱する行動だ。
なおも父親は言葉を続けた。
――お前は、その子ができることまで奪ったんだ。
その言葉に、幼かったシヴァは大きな衝撃を受け、声を上げて泣いた。
翌日、彼女に謝ると、向こうは笑って許してくれた。気にしないでと。だけど今度からは訊ねてもらえると嬉しいかなと、最後に付け加えて。
障害者に手を貸すことは決して悪いことではない。だけどそれは、乞われて行うものであって、自己満足のために行うものではないのだと、幼かったシヴァは学んだのだ。
放任主義の父親から教わった、数少ないまともな教訓でもある。
「障害を持つ人たちと普通に接するってのは、意外と難しいよなあ。さっきも言ったようによ、あいつのハンデは俺が背負う! って思ってたんだよ」
昔を懐かしむように、それでいて悔恨するかのように、独白するオルド。シヴァは何も言わず、黙って耳を傾ける。
「だけど、違うんだよな。あいつのハンデは、どこまでいってもあいつのハンデなんだ。だったら俺にできることは何だってなるじゃねえか。考えて、考え抜いてよ……」
「答えはでたのか?」
「隣にいる。あいつのハンデがあいつだけのものなら、あいつの隣にいて、俺が左腕になる」
シヴァを正面から見据え、己の覚悟を表明するオルド。だが、グレーテルの隣にいて、彼女の左腕になるということは、
「それってつまり――」
「ああ、俺ぁグレーテルと結婚するつもりだ」
ほう。シヴァは感心した。障害を持った人と一つになるというのは、大変な覚悟が必要となるはずだ。それをオルドは、迷いもなくハッキリと言い切ってみせた。だからこその先ほどの覚悟なのだろう。
「そうか……で、もうプロポーズはしたのか?」
「ああ」
「ほほう。で、答えは?」と聞きながらも、まあ聞くまでもないんだろうがと思い直すシヴァだったが、
「大笑いされたあとに断られたよ」
まさかの答えに、座りながらもこけそうになるシヴァ。この男のさっきの覚悟はなんだったのか。
「まあ聞けよ兄ちゃん。最初はあいつも俺が冗談を言ってると思ってたらしいだよ。まあ、告ったのがあいつの両親が死んで間もない時だったしな」
「……どんな状況でプロポーズしてるんだお前は」
「しょうがねえだろ。悲しそうにしているあいつを見てたらこう、我慢できなくなってポロっと本音が出ちまったんだから」
「そうか、ポロっと出てしまったんならしょうがないな。それで?」
「それからは何度もアタックさ。俺の本気を信じてもらえるまでな」
遠い目をするオルド。その様子から恐らく数え切れないほどアタックしたようだ。
「それで、どうにか俺の本気が伝わったんだけどよ、それでもあいつは断ったんだ。行商人のあんたがあたしみたいな女を妻にしたら、行商もままならなくなる。あたしのせいであんたの人生を棒に振っちまうよってな」
オルドの言葉を聞きながら、シヴァはちらりと台所に目を向ける。ここからはグレーテルの姿は見えないが、その時の彼女の答えは、自分にとっても辛かったはずだ。だってそうだろう。グレーテルは当時からオルドの事を憎からず思っていたはずだ。そんな相手からのプロポーズを断ったのだから、辛くないはずがない。
「それを聞いて俺ぁカチンときたね。俺の人生がふいになる? 冗談じゃない。俺の人生がふいになるかどうかなんて、俺が決めることだろ? 勝手に決めんな!」
当時の事を思い出しているのか、次第にヒートアップしていくオルド。
「だから俺ぁ言ってやったんだ」
――だったら見とけ、俺ぁ絶対に自分の店を持ってみせる。絶対にだ! それだったら文句ねえだろ! そん時はお前を攫ってでも嫁にしてやるからなっ、今から俺の嫁さんになる覚悟しとけよ!
「それを聞いたあいつはキョトンとしてよ。しばらくしてから、分かった、その時を楽しみにしてる。と言ってくれたんだ」
ニカッと歯を見せて笑うオルドに、「随分とカッコイイなオイ」とシヴァが返す。
「だろ? おぉっと兄ちゃん、だからって俺に惚れんなよ?」
「安心しろ、俺にその気はない」
自分の言葉が恥ずかしかったのか、自分で茶々を入れるオルドに、シヴァも軽い調子で答えたあと――どちらからともなく噴き出した。
「あーこっ恥ずかしい。二十後半の良い大人が何言ってんだって話だよな」
「青春ってやつだな」
「マジでやめて!」
赤くなった顔を冷ますように手で仰ぎながらオルドが言うと、シヴァがわざと真面目くさった表情でのたまい、オルドをさらに赤面させた。
そして、もう一度笑いあう二人。
笑いながら、シヴァは思う。
この世界には傷を治す治癒魔法がある。それこそ、欠損した体を治すこともできるほどに強力な最上位治癒魔法もあることも、シヴァは知っている。
冒険者や傭兵をやっていれば、魔物や人によって体の一部を吹き飛ばされたりすることもある。そんな時には、教会や一部の高位魔法使いに頼み、治してもらうのだ。むろん、高額ではあるが、確実に治るのだから安いものだろう。
であれば、グレーテルの腕もその最上位治癒魔法で治るのではとも思う。が、現実はそう甘くない。
この世界の最上位治癒魔法で治せる欠損は、あくまで健常者のみである。生まれつきの障害は治せないのだ。――いや、正確には『治せる見込みはほぼない』だ。確率は低いが、障害による欠損も治せる場合がある。それはつまり、グレーテルの腕も場合によっては治癒魔法によって治せるかもしれないということ。
だが、この世界に来て数ヶ月のシヴァでも知っている事を、グレーテルやオルドが知らないはずはない。治癒魔法にかかる費用が高額とはいえ、庶民でも数年ほど貯蓄すれば十分手が届くはずだ。グレーテルの年齢はオルドとそう大差ないはず。であれば、その歳月の中で治療を試していないはずがない。
なのに未だグレーテルの腕がそのままであるということは、つまりは――そういうことなのだろう。
彼女は、確率から外れたのだ。
とはいえ、それはこの世界の治癒魔法の話。
シヴァが持つ魔法は、この世界の物ではない。『EFⅩⅥ』や『一攫千金! ジョブ☆チェンジ』といったゲームの魔法であり、この世界の常識を遥かに超えた威力を持つ魔法でもある。
シヴァが持つ治癒魔法であれば、恐らく――いや、確実に治せるはずだ。
――俺が治そうか。
そう、口を開きかけたシヴァだったが、やめた。
自分が魔法を使えば、確かに治せるだろう。いとも簡単に、確実に。
この世界の最上位治癒魔法が高額なのは、習得するのが難しく、また、魔力消費が大きいからだと聞いている。
だが、シヴァが持っているのはゲームの治癒魔法だ。習得に必要だったのはレベルとスキルポイントだけで、何年もかけて習得するようなものではなく、消費する魔力も、八千万オーバーのMPを持つシヴァからすれば大した消費量ではない。
――だけど、それは何か違うだろう。
それをすれば、グレーテルのこれまでの努力を、オルドのプロポーズを断った時の気持ちを踏みにじることになる。
グレーテルの側に生涯寄り添い、彼女の左腕になるという、オルドの覚悟も、自分の店を持ってグレーテルを迎えに来るという夢も踏みにじってしまう。
そのくらい、シヴァの魔法は常識外れでチートすぎ、二人の覚悟や努力に比べて軽すぎるのだ。
そんな魔法を、使うわけにはいかない。
使うにせよ、提示するにせよ、少なくとも現在ではないはずで、その機会はいつかきっとやってくるだろう。
その時のために、今は取っておく。
だから代わりに、シヴァは違うことを口にした。
「まっ、大変だろうけど頑張れ」
オルドの決意を応援する意思を込めて、シヴァが拳を突き出す。
シヴァの気持ちを察したオルドもまた、その気持ちを受け取るかのように、だけど照れくさそうに己の拳を突き出し、
「おう、兄ちゃんに言われるまでもねぇよ」
男二人は拳をかち合わせた。
「オルド、シヴァさん。盛り上がってるとこ悪いけど料理が出来たから運んでおくれ!」
台所から呼ぶ声に、オルドは「わぁーった!」と返事を返しながら椅子から腰を起こすと、嬉しそうにグレーテルの元へ。シヴァも手伝うために立ち上がる。
台所では、グレーテルがフライパンから料理を皿に移しているところだった。
グレーテルが今持っているフライパンもそうだが、魔石コンロに乗った他のフライパンや鍋は、全て片手持ち。食器が納められている棚類の扉も、右手で開け易いようにと取っ手に工夫がされているか扉そのものがない。全ては右手一本のグレーテルが使いやすいようにとの工夫であろう。
「さあ、どんどん運んどくれ!」
右手一本で、手際よくどんどん料理を皿に移していくグレーテルを見ながら、これだとシヴァは思う。
ハンデを背負っているのに、そんなハンデを工夫や長年の努力によって見事に乗り越えてみせる障害者の強さ。それが素直に凄い。
足に障害を持つ友人も、こんな感じでいつもシヴァを圧倒する。彼女は決してグレーテルのような勝気な性格ではないが、それでもハンデを背負って、それを乗り越える彼女の姿に、シヴァを圧倒されるのだ。
だからこそ、シヴァはそんな彼女たち障害者に尊敬の念を感じずには入られない。
「ほらシヴァさん、ぼーっと突っ立ってないでさっさと運んでおくれ! でないと食事抜きだよ」
「おっと、それは勘弁願いたいな」
「アッハッハ! だったら運びなよっ、そうしたらあたしも美味い料理を食わせてやれるからさ!」
「兄ちゃんが食わなくても俺が全部食べるから安心しろ! むしろグレーテルの料理は俺が全部食う!」
「客人の料理まで食おうとする馬鹿に出す料理はないよ、オルド!」
「じょ、冗談だっての!」
二人のやりとりを見つつ、受け取った料理を笑いながら運ぶシヴァ。
やはり魔法を使うことを提示するのは今じゃなくてもいい。そう思った。
グレーテルから渡された料理を全てテーブルに運び終えると、テーブルが埋まった。肉に野菜にパンにチーズにスープに果物にと、中々に豪勢なラインナップだ。
この短時間にこの量。やはり凄い。いや、これは純粋にグレーテルの腕か。
全員が席に着いたところで食事となった。
「あたしたちの出会いかい?」
雑談を交えるなか、シヴァは二人の出会いを訊ねてみた。
「ああ。ちょっと興味が湧いてな。もちろん、二人が話したくなければ構わないが」
グレーテルとオルドは互いに顔を見合わせると、「まあ、別に構わないけどよ」と話してくれた。




